gimmick-天遣騎士団-

秋谷イル

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三章・長い夜へ

彼女の真実(1)

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 壁を強く叩く。頑丈な石材の一部が砕け、壁の下に落下した。アイズは無意識のうちにそれらを目で追いかける。辛い現実から顔を背けて。
「どうして……」
 ブレイブ達がいたはず。十数人の天士が守っていて、それでも守り切れなかったのか?
 壁の内側は一面の焦土。全ての建物が破壊され、魔獣の亡骸が散乱し、ところどころに凄まじい熱で焼かれた痕跡がある。フューリーの力を思い出したが、おそらく違う。もっと範囲が広い。
 そう、シエナと戦った時に浴びた火球。あれなら同様の被害を出せるかもしれない。実際に今もまだあちこちで火が燃え続けている。
(アイリス……)
 彼女と戦った時、アイリスの力ならクラリオを壊滅させるのも容易いと思った。けれど、あの時にはそれが実現したところで、どうということのない事態だとも考えた。
 今は違う。深い悲しみが胸を満たす。このまま膝をついて慟哭したい。喪われた者達を想って涙を流したい。

 でも、まだできない。必死に感情の昂ぶりを抑えつけて顔を上げた。
 捜さなければ。諦めきれない。あの少女を見つけたい。

「リリティア……頼む、生きていてくれ……!」
 この惨状で彼女だけ生き延びた可能性は低い。そんな都合の良い現実はありえない。冷静にそう分析してしまう。けれど、だとしてもと別の自分が否定する。声高に叫び、希望に縋る。
「リリティア……どこだ……」
 捜す。エアーズと共に魔獣化事件の真相を追っていたあの時よりも必死に、微かな空気の揺らぎさえ見逃さないよう神から貰った眼を凝らす。
 同時に祈った。主、アルトルに。どうかリリティアに加護をと。
 その願いが通じたのか、やがて彼女は見つけ出す。
「リリティア!」
 信じ難い。本当に奇跡が起きた。今この瞬間だけは人々を悼む気持ちも、姿の見えない仲間達を案じる心も忘れ、壁から降りて一心不乱に走り出す。
 少女は城があった場所の地下に埋もれている。アイズの超視力でなければ絶対に見つけられない空間。
(地下倉庫! そうか、あの場所は地下倉庫だ!)
 かつて栄えていたこの都は災害や戦時における籠城といった事態に備え、城の下に大量の物資を蓄えていた。ナルガルにあった地下施設も元はそのためのものだったらしい。現在より高度だったとされる当時の建築技術の粋を凝らしたそれは、千年経った今もまだ実用可能な状態を留めていたため他国からの支援物資を保管するのに利用させてもらった。
 あっという間に辿り着いた彼女は息もつかずに救出作業を開始する。超視力で瓦礫の山を解析し、最短最効率でリリティアの元へ到達できるルートを探り当てた。瓦礫をどかし、崩れそうな箇所を補強した上で埋もれていた入口を曝け出す。
 老朽化のせいだろう、流石に地下倉庫の一部も崩落しており彼女が掘り出したそれは正規の入口とは別の場所だった。この都へ来たばかりの頃のブレイブとの会話を思い出す。

『この地下施設、まだ使えると思うか?』
『使用可能だが、西半分は推奨しない。あちらは雨水と植物の根の浸食で脆くなっている』

 そう、彼の質問に答えるため、この目で解析を行った。だからブレイブはリリティアを地下倉庫の東側に匿ってくれたのだろう。まさか、あの時の会話がこんな形で役に立つとは。
 自分の『眼』が間接的にリリティアを救った。その事実に、彼女を見つけた瞬間から続いている喜びがよりいっそう大きくなる。
 崩落した部分から降り立ったアイズは、いくつもの棚の間を駆け抜け、すぐにリリティアの元へ向かった。幸いそれほど遠くない。
「リリティア!」
 ついに再会。仰向けに倒れたままの少女へ駆け寄り、呼吸を確認する。
 大丈夫だ、胸が上下している。間違いなく生きている。
「良かった……大きな怪我もしていない……」
 安心した反面、別の不安が鎌首をもたげる。この惨状をリリティアに見せていいものか?
(ようやく両親の死を乗り越えたというのに……)
 壊滅した街の様子や市民の死を知ったら、また記憶障害が悪化してしまうかもしれない。そうでなくとも辛すぎる事実だ。
(一旦、別の場所へ連れて行こう)
 仲間達と合流して安全圏まで退避させる。姿の見えないブレイブ達の行方や、この殺戮を行った七人目のアイリスの動向は気になるが、今はリリティアを守るのが第一だ。
(すまない皆、すぐ戻る)
 この子さえ危険から遠ざけられればそれでいい。彼女の安全を確保でき次第、戻って来て仲間と七人目を追跡する。そう考えながらリリティアを抱えて地上に戻った。
 念のために周囲を確認。やはり誰の姿も無い。アイリスはすでにこの地を去ったのかもしれない。だとすると、ブレイブ達も追跡中か?
 自分も早く任務に戻らないと。街の外を目指して走り出す。すると、ようやくリリティアが目を覚ました。
「う……ん……」
「起きたか」
 足は止めない。なるべくこの凄惨な光景を見せたくない。腕の中の少女は彼女の願い通り、彼女の顔だけを見て安心したように笑う。
「アイズ……おかえり……」
「ああ、ただいま。やっと、戻って来た」
 目頭が熱い。鼻の奥に力を込めて涙を堪える。長い冬を越え、ようやく再会できた。嬉しいのに、同時に悔しくしてたまらない。耳元を吹きすぎる風の音が人々の悲鳴のように思える。
 守りたかった、もっと早く戻れば良かった。これは自分のせいだ。冬の間にアイリスを見つけてやれなかった自分が悪い。
 すまない――そう言いかけてすんでのところで口を噤む。余計な事を言えばリリティアが周囲を見てしまうかもしれない。そんなことはさせない。素直に喜んでくれているならそれでいい。今は自分に注目させよう、そう思って表情を作る。精一杯の泣き笑いを。
「会いたかったぞ」
「私もだよ」
 リリティアも嬉しそうだ。ああ、この顔が見られて本当に良かった。彼女だけでもこの惨劇から生き延びていてくれて嬉しい。アイズの笑顔は段々と自然なものになっていく。
 壁が迫って来て、どうしようかと考える。子供とはいえ人を抱えたまま防壁を越えるのは流石に厳しい。背負ってならさっきのようによじ登ることもできるが、今のリリティアにしっかりしがみつくだけの力があるだろうか?
(いや、縛ればいいな)
 何かで背中に固定してやればいい。鞘を腰から提げるためのベルトでいいだろう。革製だし子供一人の体重くらい短時間なら支えられるはずだ。
 そう考え、一旦立ち止まり、リリティアを地面に下ろす。
「今から壁を登る。背負った上でベルトを使って背中に固定するが、手足に力が入るなら自分でもしっかりしがみついていてくれ」
「壁……? どうして、壁を登るの……?」
「それは……」
 返答に悩む。この口ぶり、もしかしてリリティアは何も覚えていないのではないか? また記憶が飛んでしまったのかもしれない。
「何があったか覚えているか?」
「えっと……」
 仰向けのままぼんやり思い返す少女。少し時間はかかったが、やがてぽつぽつと語り始めた。
「急に、さわがしくなって……団長さんに、地下に連れていかれて……」
 やはりブレイブが守ってくれたのだ。深く感謝しながら耳を傾けるアイズ。リリティアの話にはまだ続きがある。
「そしたら、上からものすごく大きな音がして、グラグラゆれて……ころんで頭をぶつけた……」
「そうか」
 それで気絶していたのだと納得する。早い段階から地下にいたなら地上で何が起きたかなど知るまい。これ以上質問しても無意味だと悟り、おぶってベルトで固定してやった。
 その時、逆に問われる。
「アイズ……何があったの……?」
「……酷いことだ。もう、ここにはいられない。だから他の場所へ連れて行く」
「えっ?」
「振り返るな!」
 気配を感じ、咄嗟に大声で制する。驚いた少女の体が震えた。
「アイズ……?」
「見なくていい、前だけを向け!」
 そう言って壁に取りつき、先程と同じように一気によじ登る。もう、これ以上リリティアの心が傷付くのは見たくない。
(サラジェに連れて行こう)
 あの場所ならリリティアの故郷だし、ザラトスをはじめ友好的な人間が多い。もし駄目だったら聖都オルトランドを目指す。天遣騎士団の威光をかざせば三柱教は断れない。旧帝国民でも確実に保護してくれる。
 そして最後のアイリスを倒し、全てが終わったなら、その時はまた傍に戻って寄り添おう。力を返上することになっても構わない。天士のままでいることより、リリティアの方が大切だ。
 壁の上に立ったアイズはベルトを解きながら振り返り、困惑したままの少女の前に屈んで、目をまっすぐ見つめて約束する。
「もう一度誓う、ずっと一緒だ。これからも私がついている。だから安心してくれ」
 七人目の追跡のため、また一時的に離れることになるとは思う。だが今度はもっと頻繁に彼女の元へ戻る。リリティアは賢い、きっと理解してくれるはずだ。
 けれど突然、違和感が生じる。

「嬉しいわ」

 顔はリリティアのままだ、けれど何かが違う。彼女はこんな表情はしない。
 本当に嬉しそうで、頬が上気しており、なおかつ大人びた雰囲気。口調も変わる。
「その言葉を待っていたの。絶対に忘れないでね、私達は互いを最も大切な存在だと認識している。それはね、お互いが最大の理解者だからなの。共感こそが信頼の始まり。相互理解が心と心を結びつける」
「リリティア……?」
「ああ、ごめんなさい。愛し合う二人なら本当の名前も知っていなければならないわね。私だけが知っているのじゃ不公平だわ」
 言った途端、何故か両手でアイズの右腕を掴む少女。そのままぐるりと身体の向きを半回転させ、とてつもない力で自分より大きな体格の女を投げ飛ばした。
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