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四章・愚者の悲喜劇
反逆者(2)
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――少し時間は遡り、インパクトが腕を切られる直前。アリスは全身を切り刻まれて地に横たわることとなった。
(なるほど)
道理で複製が自信満々だったわけだ。彼女はアイズほど視覚に依存しているわけではない。だが、それでもやはりこの幻像には惑わされる。
それによって生じた隙を突かれバラバラにされてしまった。もちろんこんなことでは死ねないが。
この程度で死ねるなら苦労は無い。
「あははは! 無様ですね陛下! お仲間も自分の身も守れない! 可哀相に、彼等の一人が腕を失いましたよ!」
「失礼なことを……それでも私の複製なの?」
地面に散乱したアリスの体の一部が姿を変え、もう一人のルインティになる。彼女は己の複製と対面し、続けて問いかけた。
「陛下を侮辱するのはそこまでになさい。いいかげん我慢の限界だわ。主への敬意を忘れた人形など、私が始末してあげる」
「いいのよルインティ」
「でも、アリス様!」
「いいの」
アリスもまた他の肉片を繋ぎ合わせて再生する。そんな彼女とルインティを複製はさらに細かく切り刻んだが、それでも構わず喋り続けた。肉片が震えて音を発する。
『無駄よ。私を殺すなんて言っていたけれど、結局貴女にも不可能みたいだし。これでハッキリした』
天士達は殺せても自分とアイズを殺すことは無理。複製の深度は、まだその域に達していない。
「へらず口を! その状態で何ができると言うの?」
『色々できるわよ? 試してみたら』
「言われなくても!」
深度は感情や覚悟によってもある程度変動する。だからまず心を挫くつもりだろう、複製はアリスがずっと庇っていたウルジンに狙いを定めて炎を放った。動力甲冑の力で生み出された疑似魔法より遥かに高温の白い炎。
だがウルジンはアリスの髪が形作った繭によって保護されており、炎はその表面を焦がすことすらできなかった。
「なっ!?」
『あの人間達、面白い魔素の使い方をしてたわね』
魔素で障壁を作って攻撃を防ぐ。記憶の保存と再現という二つの性質を持つこの物質を、アリスは今までその二通りの方法でしか活用して来なかった。髪を操る機能の汎用性が高すぎたことも原因である。
けれど、なるほど――魔素結晶から無限に吐き出される物質。それそのものを盾にしたり相手にぶつけたりしても良いわけだ。想像力次第で強度も格段に上げられる。学ばせてもらった。
今ウルジンを包み込んでいる繭は、構成する髪の一本一本全てが魔素で保護されている状態。もう炎で焼き払うことはできない。
それに幻像への対処も済んだ。向こうに恋人が付いているように、こちらもアイズと手を組んでいる。そしてアイズにはさらに死した十九人の天士が力を貸してくれる。
アリスは頭部を再生させた。その頭を再び切り刻もうとした赤い髪がやはり弾かれて幻像の中に溶け込む。複製はずっとこの幻に隠れたまま。
なのに、彼女の目は正確に相手の位置を捉える。
「そこにいたの」
次の瞬間、アリスの頭部は鋭い矢のような形に変形して飛んだ。まっすぐに標的を追跡したそれは幻像の陰に隠れていた複製の腹に突き刺さる。
「うぐっ!?」
『貴女、とても強くなったわ。でもね、私はもっと強い人達とも戦った』
クラリオで殺めた十九人の天士。そしてブレイブ。
彼等は死に物狂いだった。その上で自分自身の能力と仲間達の能力を正しく理解しており、連携攻撃によって後一歩のところまでこの身を追い詰めた。
さらにアイズ。アルトルとして覚醒した彼女の強さは怪物と比較してもなお圧倒的だった。
『少しくらい強くなった程度で調子に乗りすぎ。上には上がいるものよ』
髪を伸ばす。伸ばして全て自分の肉片に接続する。
そして一気に引き寄せ、諸共に複製の体内に侵入した。腹が大きく膨張して嘔吐する少女。
「う、うぶっ!? ひっ――」
心臓に冷たい手が触れたのを実感する。アイリスの能力の根源であり唯一の弱点。魔素結晶が撫で回されている。
『殺してしまってもいいんだけどね、アイズは怒ると思うの』
だから別の手段で無力化することにした。彼女もまた『アイリス』なので誰よりも良く理解している。自分達を止めるには肉体へのダメージより精神的な傷の方がずっと効果的だと。
複製の膨張した腹が、さらに大きく盛り上がっていく。
「い、いや! やめてやめてやめて! あああああああああああああっ!?」
破裂。腹を突き破り、元の姿で外へ飛び出すアリス。ルインティの複製体は激痛と精神的なショックで白目を剥いて気絶する。
直後、血に塗れながら苦笑するアリス。
「そう怒らないで」
彼女の中のルインティに抗議された。
『私も見ているんですよ?』
「ごめん。でも、これでこの子は無力化出来た」
そしてそろそろ、アイズも勝つ。
(なるほど)
道理で複製が自信満々だったわけだ。彼女はアイズほど視覚に依存しているわけではない。だが、それでもやはりこの幻像には惑わされる。
それによって生じた隙を突かれバラバラにされてしまった。もちろんこんなことでは死ねないが。
この程度で死ねるなら苦労は無い。
「あははは! 無様ですね陛下! お仲間も自分の身も守れない! 可哀相に、彼等の一人が腕を失いましたよ!」
「失礼なことを……それでも私の複製なの?」
地面に散乱したアリスの体の一部が姿を変え、もう一人のルインティになる。彼女は己の複製と対面し、続けて問いかけた。
「陛下を侮辱するのはそこまでになさい。いいかげん我慢の限界だわ。主への敬意を忘れた人形など、私が始末してあげる」
「いいのよルインティ」
「でも、アリス様!」
「いいの」
アリスもまた他の肉片を繋ぎ合わせて再生する。そんな彼女とルインティを複製はさらに細かく切り刻んだが、それでも構わず喋り続けた。肉片が震えて音を発する。
『無駄よ。私を殺すなんて言っていたけれど、結局貴女にも不可能みたいだし。これでハッキリした』
天士達は殺せても自分とアイズを殺すことは無理。複製の深度は、まだその域に達していない。
「へらず口を! その状態で何ができると言うの?」
『色々できるわよ? 試してみたら』
「言われなくても!」
深度は感情や覚悟によってもある程度変動する。だからまず心を挫くつもりだろう、複製はアリスがずっと庇っていたウルジンに狙いを定めて炎を放った。動力甲冑の力で生み出された疑似魔法より遥かに高温の白い炎。
だがウルジンはアリスの髪が形作った繭によって保護されており、炎はその表面を焦がすことすらできなかった。
「なっ!?」
『あの人間達、面白い魔素の使い方をしてたわね』
魔素で障壁を作って攻撃を防ぐ。記憶の保存と再現という二つの性質を持つこの物質を、アリスは今までその二通りの方法でしか活用して来なかった。髪を操る機能の汎用性が高すぎたことも原因である。
けれど、なるほど――魔素結晶から無限に吐き出される物質。それそのものを盾にしたり相手にぶつけたりしても良いわけだ。想像力次第で強度も格段に上げられる。学ばせてもらった。
今ウルジンを包み込んでいる繭は、構成する髪の一本一本全てが魔素で保護されている状態。もう炎で焼き払うことはできない。
それに幻像への対処も済んだ。向こうに恋人が付いているように、こちらもアイズと手を組んでいる。そしてアイズにはさらに死した十九人の天士が力を貸してくれる。
アリスは頭部を再生させた。その頭を再び切り刻もうとした赤い髪がやはり弾かれて幻像の中に溶け込む。複製はずっとこの幻に隠れたまま。
なのに、彼女の目は正確に相手の位置を捉える。
「そこにいたの」
次の瞬間、アリスの頭部は鋭い矢のような形に変形して飛んだ。まっすぐに標的を追跡したそれは幻像の陰に隠れていた複製の腹に突き刺さる。
「うぐっ!?」
『貴女、とても強くなったわ。でもね、私はもっと強い人達とも戦った』
クラリオで殺めた十九人の天士。そしてブレイブ。
彼等は死に物狂いだった。その上で自分自身の能力と仲間達の能力を正しく理解しており、連携攻撃によって後一歩のところまでこの身を追い詰めた。
さらにアイズ。アルトルとして覚醒した彼女の強さは怪物と比較してもなお圧倒的だった。
『少しくらい強くなった程度で調子に乗りすぎ。上には上がいるものよ』
髪を伸ばす。伸ばして全て自分の肉片に接続する。
そして一気に引き寄せ、諸共に複製の体内に侵入した。腹が大きく膨張して嘔吐する少女。
「う、うぶっ!? ひっ――」
心臓に冷たい手が触れたのを実感する。アイリスの能力の根源であり唯一の弱点。魔素結晶が撫で回されている。
『殺してしまってもいいんだけどね、アイズは怒ると思うの』
だから別の手段で無力化することにした。彼女もまた『アイリス』なので誰よりも良く理解している。自分達を止めるには肉体へのダメージより精神的な傷の方がずっと効果的だと。
複製の膨張した腹が、さらに大きく盛り上がっていく。
「い、いや! やめてやめてやめて! あああああああああああああっ!?」
破裂。腹を突き破り、元の姿で外へ飛び出すアリス。ルインティの複製体は激痛と精神的なショックで白目を剥いて気絶する。
直後、血に塗れながら苦笑するアリス。
「そう怒らないで」
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『私も見ているんですよ?』
「ごめん。でも、これでこの子は無力化出来た」
そしてそろそろ、アイズも勝つ。
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