gimmick-天遣騎士団-

秋谷イル

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五章・選択の先へ

決死の一撃(1)

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「やめろアクター!」
「お前の恋人は、もう死んだんだ!」

 ――そんなことはわかっている。ルインティは戻って来ない。もう二度と彼女の笑顔は見られない。

 アクターは広範囲に幻像を展開してかつての戦友たちを翻弄し、その裏から次々に彼らを攻撃していく。
「カハッ……!?」
 首を深く切り裂かれた天士ファイアーワークスが傷口を両手で押さえて苦しみ始めた。彼はそのまま倒れ痙攣しながら戦闘不能に陥る。
「誰だ!? 今、誰がやられた!」
 ブレイブの呼びかけ。彼には今、仲間の姿が見えていない。今この場で正しく全員の位置を把握できているのはアクター他数名の天士のみ。
「ワークスです! アクターは団長の後方に!」
「!」
 竜巻を生み出し自分を覆うことで咄嗟に防御するブレイブ。背後から彼を狙っていたアクターは静かに音を立てず後退する。

 そんな彼を追う数人の天士。フルイド、マジシャン、インパクト。前回の戦いでも手を焼かされたノウブル隊の生き残り。さらにあと四人がそれぞれ別方向から正確にアクターの位置を把握して迫りつつある。いずれも幻像に惑わされず周囲の状況を知ることができる超感覚の持ち主。やはり、そう簡単にはいかない。

 だが勝機はある。七人の天士に追われつつ、異教徒の死体を蹴り上げるアクター。正面から来る二人を牽制して右からの三人の方へ自ら間合いを詰めて踏み込む。
「チッ!」
「舐めるな!」
 地面の振動を感じ取れる天士パーカッションと優れた嗅覚の持ち主エレファント。そのエレファントの巨体に隠れながら近付いて来る細身の天士サーマル。彼は物体の温度差を感じ取る。
 パーカッションが最初に攻撃してきた。剣ではなく拳で。彼のこの攻撃を受けると体内の水分を媒介に波のように衝撃が伝播し全身の骨と内臓にダメージを受ける。あのノウブルですら膝をついたことがある威力。
 避けられるかは賭けだったが、アイズとの戦闘経験が役に立った。あの凄まじい速度の鋭い斬撃に比べれば遥かに遅い。だとしても辛うじてではあったが、ギリギリで回避してすれ違いざまに鎧の隙間から膝を浅く斬る。
「くっ――」
 ところがパーカッションは斬られた足を軸に回転して、もう一方の足で回し蹴りまで放ってきた。
「うぶっ!?」
 左肘でガードしたものの接触したその部分から衝撃が伝播していく。骨と内臓が高速で振動して液化してしまいそうな最悪の感覚。

 吹っ飛んだアクターを追うエレファントとサーマル。さっき足止めした二人と別方向の二人も迫って来る。

 だが、そこへ別の天士が割り込んできた。
「そこか!」
「うおっ!?」
 アクターの幻に誘導され味方の障害になる位置へ移動してしまったその天士のおかげで一瞬の余裕ができた。
「が、ああああああああああああっ!」
 歯を食い縛り血反吐を吐き散らしながら再度攻勢に移るアクター。どうしても、どうしても奴らだけは倒さなくては――

 決死の覚悟を固めた彼の速度は追撃者たちの予想を上回った。風の如く追いかけてきた七人の間をすり抜け、全員の身に切り傷を刻む。
 本来なら致命傷にならない浅い傷。しかし――

「ぐ、うっ!」
「あああああああああああっ!?」
 苦痛に喘ぎ、地面に倒れる七人。異教徒の死体から奪ったこの長剣には特殊な毒が塗られている。だから彼らは僅かな時間とは言え、天遣騎士団相手に持ち堪えていた。
 この毒を受けた天士は想像を絶する激痛に苦しみ、軽い切り傷程度でも一時的な行動不能に陥る。倒れた仲間を守ろうとすれば無事な者まで足を引っ張られる。そういう仕掛け。

 これで超感覚を持つ七人の動きを止められた。やっと一息つけると安堵の息を吐くアクター。
 ところが、そうはいかなかった。

「龍来儀!」
 かつての上官の咆哮が轟いた瞬間、彼の展開した幻像が真っ二つに引き裂かれて消える。これには驚愕するしかない。
 盾だ。巨大な光の盾が、ありとあらゆる攻撃を遮断する絶対防御の盾が二枚合わさった状態から引き離されたことで幻まで押しのけて強引に打破してみせた。
「そんな手が……」
 動けない。パーカッションの攻撃でダメージを受けた骨に限界を超えた機動による負荷がかかって足を骨折した。この状態ではあの男からは絶対に逃がれられない。
 瞬時に間合いを詰めてくる巨影。直属の上官だったノウブル。

 寡黙な彼は、その瞬間に何も言わなかった。けれど厳しい眼差しが真意を物語っている。アクターの暴走を止められなかった責任は隊長の自分が取ると。自らの手で殺し、部下の過ちを正したいと。

(真面目ですね、本当に)
 アクターは、この上官のことが嫌いではなかった。ただ単に彼の願いを果たすため共にいられなくなった。それだけ。長い時を共に過ごした隊の仲間たちにも親近感を抱いていた。
 ノウブル、マジシャン、マグネット、フルイド、インパクト。
「ごめん……」
「!」
 最期の言葉に驚きつつ、それでも容赦無く拳を繰り出すノウブル。アクターの顔面は陥没し、後頭部が破裂して脳漿を散らす。天士といえどこのダメージからは立ち直れない。完全に死んだ。
 裏切り者はそうして消えた。



 ――同じタイミングでアイズも窮地に陥っていた。ホワイトアウトから天士の加護を剥奪したことによりアルトルの力の負荷が大きくなり、そのせいで尋常でない苦痛を味わっている。
「ぐ、う……!」
 たった一人、天士一人分の力を取り戻しただけで痛みは数倍まで増大し、今にも体が引き千切れそうに思えた。
 けれど、そんなもの錯覚だ。本当はまだ動ける。言い訳をするな、休む理由を探すなと自分を叱りつける。

 これは己の甘さが招いた事態。失敗する可能性も考えていた。なら殺す覚悟も固めておくべきだった。罪を背負い、それによってより多くの命を救う決断を。

 アリスが時間を稼いでくれたおかげで、ようやくその決意を固められた。ゆっくりと立ち上がるアイズ。そこへ迫り来る魔獣化したホワイトアウト。彼の後方からアリスが叫ぶ。
「逃げて!」
 今の彼にはどんな攻撃も通じない。天士でなくなった以上さっきと同じ方法での無力化も不可能。
 だがアイズの『眼』は、そうではないと言っている。倒す手段はある。

 剣の柄をしっかり掴んで踏み込む。目を見開き、視界を広げ、頭上から繰り出された多腕による斬撃を正確に見極めながら紙一重で回避。そして懐へ潜り込む。
 髪の先端が切り落とされ、皮膚に浅い傷が生じ、風圧の唸りが耳に響く。全てを鮮明に、克明に、時間の流れが遅くなった世界で余さず正確に認識できる。
 かつてアリスと戦った時と同じ感覚。空間に無数の道筋が現れ、彼女の瞳にだけ映り込んだ。ここから分岐する複数の未来へ至る軌跡。可能性の数だけ存在する異なる結末。

 たしかにホワイトアウトの能力は危険。同じくアルトルから分与された未来視を使い次々に自分に不利な可能性を探り当て、凍結させて打ち砕く。それによって本来そうなるはずの結果まで無に帰してしまう。
 だが、彼にその力を与えたアルトルとは自分。そして今アイズの中には天士だった時の彼の能力も還っている。

 その力を使ってホワイトアウトに有利な未来も潰していく。互いに互いの選択すべき未来を潰し合い、僅かでも有利な可能性を掴み取ろうとする一瞬の攻防。

 ――彼の力は本当は協力を拒絶している。それを強引に従わせて使った。対価として胸に激しい痛みが走るも、アイズはさらに前へ。未来へ。彼を倒せる可能性へ今の自身を重ね合わせる。全身を覆った入れ墨のような黒が、また少し面積を広げた。

 直後、彼女の剣は哀れな幼子の体を肩口から袈裟斬りにして両断する。
 未来の読み合いなら、眼神の眼を持つ自分が負ける道理は無い。

 けれど、それでもやはり涙が溢れた。覚悟をしていても、そう簡単には受け止めきれない。手が震え出す。罪の意識に心が揺れる。
「すまない……」
 子供を殺した。何の罪も無い幼子を、自分のせいで全て奪われた哀れな子をこの手で殺めた。
 彼女はけして忘れない。彼にした仕打ち。背負った罪。絶対に忘れてはならないと強く自分に言い聞かせる。
 死してもなお背負い続けろ。地獄に落ちても忘れるな。お前は、子供を殺した大罪人だ。
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