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一章【災禍操るポンコツ娘】
思い出(1)
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その後は、しばらく二人で夜空を見上げながら話した。ずっと眠っていたから全く眠くない。色々話したはずなのに記憶はおぼろげ。興奮していただけで本当は眠かったからだ。彼女はいつの間にかまた眠ってしまっていた。
ニャーンを背負い、出来るかぎり静かに地面に降りたアイムは家の中へ戻ってベッドに寝かせてやると、そっと頭を撫でた。
「わがまま……か」
昼、飲んでいる時にビサックに言われた。ニャーンはきっとアンタに甘えているのだと。幼くして親に捨てられ、修道院に入り、厳格な規律の元で少女時代の大半を過ごした。
甘えられる相手などいなかったろう。だから真面目に育った。自分自身に厳しくなった。なのに彼にだけわがままを言い始めた。素をさらけ出した。
大英雄。自分より遥かに強く、呪われた力でさえ受け入れてくれる存在。そんな相手に出会えて気が緩んだからだ。ビサックはそう思うらしい。
真偽はわからない。本人の言葉ではなく、あれはあくまでビサックの推察。そしてもしそうだったとしても自分は対応を変えるつもりは無い。そのように育てられたから。育て親は彼をけして甘やかしたりしなかった。
「因果なものよ」
眠る少女に胸中で謝る。手は抜いてやらない。恨んでくれて構わない。だからどうかと同時に願う。
「強くなれ、いつかワシがいなくなってもいいように。この星を覆う脅威を払い、新たな脅威にも立ち向かっていけるように、もっともっと強くなれ」
かつて自分がそうしたように。
──千年前、空から赤い星が落ちて来た。大気を押しのけ、纏った灼熱で離れながらに海を沸騰させ、全ての生命に絶望をもたらした。あまりにも巨大なそれは本来なら惑星を完全に粉砕し、何もかも宇宙の塵に変えていたはずの災厄。
だが星の意志は誕生以来最大の窮地に陥ったことで、それまで有していなかった守護者を生み出す。
星獣アイム・ユニティは、その瞬間に生まれた。
漆黒の毛並みを持つ山のように大きな黒狼。落ちて来る赤い星を睨みつけた彼は本能でどうすべきかを知っていた。まずは全身全霊を込めた咆哮。その一声は物理的な破壊力を発揮して絶望の塊に亀裂を入れ、続けざまの体当たりにより敵をいくつもの小さな欠片に打ち砕いた。
最も大きな破片は第四大陸に落下し、中央部に巨大なクレーターを作った。他の小片はさらに細かく彼の手で砕かれ、宇宙に押し返されるか、怪塵となって世界中に散った。
だが、彼はまだ怪塵の脅威を正しく理解していなかった。だからその短い攻防によって使命を果たしたと思い込み、生まれたばかりの体を焼け焦げた大地に横たえた。自分より遥かに巨大な敵を砕いて無傷で済むはずも無く、実際に死にかけていたのだ。敵も無抵抗だったわけではない。むしろ激しい抵抗を受けて数多の致命傷を負わされた。
それでも勝った。言葉も知らない赤子が本能に導かれるまま戦い、星を救った。アイムの物語は本来そこで終わるはずだった。
しかし──
「おい、子犬。まだ眠るな。お主の使命は終わっていない」
「……?」
呼びかけられ、今にも永遠の眠りに沈もうとしていた身で瞼を開く。目の前には何だかわからないものがいた。
文字通り正体不明。それは全身が眩く輝いており、その白い光のせいで姿を明瞭に認識できない。後に『人間』を知った時、彼は光の中に浮かぶ輪郭が同種のメスに似ていると思った。
それは語りかけて来る。不思議な力で彼を癒しながら。
「あの赤い星はまだまだこの地に降り注ぐ。すぐではないかもしれん。だが、いつかまた必ずやって来る。あれは宇宙の免疫システムだ。この星にある何かを宇宙全体にとっての害悪と判断し攻撃してきた。
止めようとしないところを見ると、他の六柱はその判断を支持しているらしい。ワシもお主らは滅んでしまってもしょうのない連中だと思う。だが、それでは不公平だ」
光り輝く女はアイムの顔を撫で、目を覗き込みながら笑う。多分、笑っていた。
「人間どもはかつて戯れに姿を見せたワシを光の神と名付けた。しかし、ワシの本質は嵐。試練を司る神。試練とは乗り越えられるものでなくてはならん。僅かな可能性であっても希望を残してこそ意味を成す。そうでなくてはただの虐殺。今ここで主を見捨てることはワシの使命に反する。
生きろ子犬。もう一度立ち上がれ。今はまだ人間達には次の災厄を乗り切るだけの力が無い。だからお主が守ってやれ。お主が再び戦えるようになるまでは、ワシがここで看ていてやろう。なんなら多少の知識も授けてやる」
「……」
ならばと思ったわけではない。そもそも当時のアイムは彼女の言葉を何一つ理解できていなかった。
ただ、素直に思ったことを目で問いかける。
お前は誰だ?
「ふふっ、説明したところで赤子にはわからんか。まあよい、わからぬことなどおいおい知っていけ。まずはワシの名を覚えよ。
我が名は嵐神オクノケセラ。創世の三柱に使命を託されし下位七柱が一つ。忘れるなよ、オクノケセラだ。それがお主の育て親の名だぞ」
「──何が育て親だ」
再び屋根に上がったアイムは一人で空を見上げ、呟く。今は夜、太陽から最も遠い時間。それでも必ず届く。奴はいつでも聴いている。この星で生きる者達の声を。
光の神に息子などいない。なにせ、その息子が認めていないのだから。
「散々いびられた記憶しかないわい。試練の神の使命だとかぬかして毎度毎度無理難題を押し付けよって。そのくせこっちが困っても助け舟一つ出さん。
しかし、まあ……アンタに似たことは否定せん。ワシも今、気付けば同じことをしとる。この立場になってやっとわかった。試練というのは課す方もきついもんじゃな」
今なら素直に認めてもいい、感謝していると。
「……ありがとな、オクノケセラ。おかげで希望は繋がった。あの小娘がそうかどうかはまだわからん。だが、ワシはアンタのように信じてみる。あやつだけじゃない。この星で生まれ生きる者達全て、その底力をだ」
小さな輝きが、いつかは大きく育ち、暗雲を消し去ってくれる。彼は昔から、そう信じ続けている。
ニャーンを背負い、出来るかぎり静かに地面に降りたアイムは家の中へ戻ってベッドに寝かせてやると、そっと頭を撫でた。
「わがまま……か」
昼、飲んでいる時にビサックに言われた。ニャーンはきっとアンタに甘えているのだと。幼くして親に捨てられ、修道院に入り、厳格な規律の元で少女時代の大半を過ごした。
甘えられる相手などいなかったろう。だから真面目に育った。自分自身に厳しくなった。なのに彼にだけわがままを言い始めた。素をさらけ出した。
大英雄。自分より遥かに強く、呪われた力でさえ受け入れてくれる存在。そんな相手に出会えて気が緩んだからだ。ビサックはそう思うらしい。
真偽はわからない。本人の言葉ではなく、あれはあくまでビサックの推察。そしてもしそうだったとしても自分は対応を変えるつもりは無い。そのように育てられたから。育て親は彼をけして甘やかしたりしなかった。
「因果なものよ」
眠る少女に胸中で謝る。手は抜いてやらない。恨んでくれて構わない。だからどうかと同時に願う。
「強くなれ、いつかワシがいなくなってもいいように。この星を覆う脅威を払い、新たな脅威にも立ち向かっていけるように、もっともっと強くなれ」
かつて自分がそうしたように。
──千年前、空から赤い星が落ちて来た。大気を押しのけ、纏った灼熱で離れながらに海を沸騰させ、全ての生命に絶望をもたらした。あまりにも巨大なそれは本来なら惑星を完全に粉砕し、何もかも宇宙の塵に変えていたはずの災厄。
だが星の意志は誕生以来最大の窮地に陥ったことで、それまで有していなかった守護者を生み出す。
星獣アイム・ユニティは、その瞬間に生まれた。
漆黒の毛並みを持つ山のように大きな黒狼。落ちて来る赤い星を睨みつけた彼は本能でどうすべきかを知っていた。まずは全身全霊を込めた咆哮。その一声は物理的な破壊力を発揮して絶望の塊に亀裂を入れ、続けざまの体当たりにより敵をいくつもの小さな欠片に打ち砕いた。
最も大きな破片は第四大陸に落下し、中央部に巨大なクレーターを作った。他の小片はさらに細かく彼の手で砕かれ、宇宙に押し返されるか、怪塵となって世界中に散った。
だが、彼はまだ怪塵の脅威を正しく理解していなかった。だからその短い攻防によって使命を果たしたと思い込み、生まれたばかりの体を焼け焦げた大地に横たえた。自分より遥かに巨大な敵を砕いて無傷で済むはずも無く、実際に死にかけていたのだ。敵も無抵抗だったわけではない。むしろ激しい抵抗を受けて数多の致命傷を負わされた。
それでも勝った。言葉も知らない赤子が本能に導かれるまま戦い、星を救った。アイムの物語は本来そこで終わるはずだった。
しかし──
「おい、子犬。まだ眠るな。お主の使命は終わっていない」
「……?」
呼びかけられ、今にも永遠の眠りに沈もうとしていた身で瞼を開く。目の前には何だかわからないものがいた。
文字通り正体不明。それは全身が眩く輝いており、その白い光のせいで姿を明瞭に認識できない。後に『人間』を知った時、彼は光の中に浮かぶ輪郭が同種のメスに似ていると思った。
それは語りかけて来る。不思議な力で彼を癒しながら。
「あの赤い星はまだまだこの地に降り注ぐ。すぐではないかもしれん。だが、いつかまた必ずやって来る。あれは宇宙の免疫システムだ。この星にある何かを宇宙全体にとっての害悪と判断し攻撃してきた。
止めようとしないところを見ると、他の六柱はその判断を支持しているらしい。ワシもお主らは滅んでしまってもしょうのない連中だと思う。だが、それでは不公平だ」
光り輝く女はアイムの顔を撫で、目を覗き込みながら笑う。多分、笑っていた。
「人間どもはかつて戯れに姿を見せたワシを光の神と名付けた。しかし、ワシの本質は嵐。試練を司る神。試練とは乗り越えられるものでなくてはならん。僅かな可能性であっても希望を残してこそ意味を成す。そうでなくてはただの虐殺。今ここで主を見捨てることはワシの使命に反する。
生きろ子犬。もう一度立ち上がれ。今はまだ人間達には次の災厄を乗り切るだけの力が無い。だからお主が守ってやれ。お主が再び戦えるようになるまでは、ワシがここで看ていてやろう。なんなら多少の知識も授けてやる」
「……」
ならばと思ったわけではない。そもそも当時のアイムは彼女の言葉を何一つ理解できていなかった。
ただ、素直に思ったことを目で問いかける。
お前は誰だ?
「ふふっ、説明したところで赤子にはわからんか。まあよい、わからぬことなどおいおい知っていけ。まずはワシの名を覚えよ。
我が名は嵐神オクノケセラ。創世の三柱に使命を託されし下位七柱が一つ。忘れるなよ、オクノケセラだ。それがお主の育て親の名だぞ」
「──何が育て親だ」
再び屋根に上がったアイムは一人で空を見上げ、呟く。今は夜、太陽から最も遠い時間。それでも必ず届く。奴はいつでも聴いている。この星で生きる者達の声を。
光の神に息子などいない。なにせ、その息子が認めていないのだから。
「散々いびられた記憶しかないわい。試練の神の使命だとかぬかして毎度毎度無理難題を押し付けよって。そのくせこっちが困っても助け舟一つ出さん。
しかし、まあ……アンタに似たことは否定せん。ワシも今、気付けば同じことをしとる。この立場になってやっとわかった。試練というのは課す方もきついもんじゃな」
今なら素直に認めてもいい、感謝していると。
「……ありがとな、オクノケセラ。おかげで希望は繋がった。あの小娘がそうかどうかはまだわからん。だが、ワシはアンタのように信じてみる。あやつだけじゃない。この星で生まれ生きる者達全て、その底力をだ」
小さな輝きが、いつかは大きく育ち、暗雲を消し去ってくれる。彼は昔から、そう信じ続けている。
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