ワールド・スイーパー

秋谷イル

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三章【限りなき獣】

白鳥

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 その夜、再び目覚めたニャーンは顔を合わせるなり開口一番で訊ねて来た。
「どうして、あの子は地上に?」
「あの子?」
「鳥さんです」
「ああ」
 二言三言交わし、ようやく『白鳥』のことだと気付くアイム。彼の感覚では今なおあれを身内として扱うことに抵抗がある。
「奴はお主の命令しか聞かん。ワシの指示にも妥当性ありと判断したら従うようだが、それだけで全面的に信用することはできまい。もし暴れ出したらワシにも止められるかわからん以上、安全のため隔離させてもらった」
「なるほど……」
 言われてみればその通りだとニャーンも納得した。自分がいれば危険は無いはずだが、それでもやはり不安は拭えない。テアドラスの人々も簡単には受け入れてくれまい。

 ――『白鳥』とは、彼女の家族と友人を皆殺しにした大結晶のことだ。千年前に宇宙の彼方から飛来した赤い凶星の欠片であり、より細かく砕けて粒子となったものは人類に仇なす『怪塵ユビダス』の名で知られている。
 数日前の第六大陸での戦闘の結果、大結晶はニャーンの持つ正体不明の力『赤い雷光』に打たれ、こちら側へ寝返った。以降、主の交代を示すように本来は赤かった色が白く変色し、普通の動物を装うため白鳥を象って共に行動している。なので彼女は『鳥さん』と呼ぶ。

(怪塵を操る力とは、どうも二つの能力の合わせ技のようじゃな……)
 隣に座って思い返すアイム。戦闘中、大結晶はニャーンの身に起きた変化を解析しながら結果を精神波によって出力し続けていた。おかげで、その内容を聞いていた彼も独自の推論を構築できたのである。
 まず、ニャーンには怪物アンティに刷り込まれた『本能』と呼ぶべきものに攻撃を加え、部分的な破壊をもたらす力がある。おそらく完全破壊も可能なのだろうが、彼女が大結晶に対して仕掛けた攻撃はあくまでこの惑星を破壊せよという命令を無効化し、神々の持つ怪物に対しての命令権を抹消するだけの行為。
 そして、与えられた命令と主に対する忠誠心を失い無垢な状態になった大結晶に自分が新たな主だと認識させ、こちら側に取り込んだ。これがもう一つの力、支配権の簒奪。今までにも怪塵なら操れていたことを考えると、こっちは以前から覚醒済み。
 これまでニャーンの能力には不可解な点があった。怪塵を操ることができるのに、怪塵の影響で狂った獣や集積体であるはずの怪物は操れない。それは何故かと考えていたが今回のことで合点がいった。神々はこうなることを恐れ、免疫システムに他者の介入を許さない仕組みを導入していたのだと思う。
 いわば免疫システムを守るための免疫機能。ただし粉々に砕かれ粒子化してしまった怪塵の状態では正常に機能しない。だから操ることができた。
 一方、怪物はある程度の怪塵が集まった時にだけ発生するもの。逆に言えばその状態にならない限り単なる赤い塵であって大した害は無い。怪物化できるほど集まってやっと神々から与えられた命令を実行できる状態になる。つまり、そこで神々の施した防御機能も復活する。怪物を操れないのはそのため。
 怪塵狂いの獣を操作できないのは、あれらがあくまで怪塵を大量に体内に取り込んだ作用で正気を失っただけの動物だからだろう。怪塵が動かしているわけではなく、それぞれの脳が動作を決定している。ニャーンの力はあくまで怪塵を操る力であって生物操作ではない。だから怪塵狂いの獣は操れない。
(まあ、体内の怪塵を認識して操作することならできるかもしれんが……)
 彼女の性格なら、強引にそれを行うことはしたくなかろう。狂暴化しているとはいえ、それでも命は命。無闇に奪うことも苦しめることも、この娘にはできない。

 だが、怪物相手なら実行できる。

(免疫システムがどれだけ大戦力を送り込んで来ようと、もはや敵ではないかもしれん)
 破壊と操作、この二つの能力を備えたことでニャーンは怪物を取り込む怪物と化した。むしろ敵が凶星を送り込めば送り込むほど、こちらの戦力が増強されていくことになる。これまでは恐れていた第二波の到来が逆に好機に思えてきた。宇宙の彼方にある以上手を出すことは難しいが、免疫システムの中枢まで行けばそれ自体を手に入れることも可能かもしれない。
(いや……そんなに甘いものではないな)
 顔には出さず、都合の良い想像を密かに振り払うアイム。こんなことを考えてしまう自分も少し疲れているのだろう。
 敵はこの宇宙を支配する神々。いくらニャーンが『宇宙の脅威』に認定されるほど危険な能力者だとしても、そう簡単に勝てるはずもない。
「アイム?」
 考えごとをしていたら、いつのまにやら床を見ていた。様子がおかしいと察し、声をかけて来るニャーン。
 彼はフンと鼻を鳴らしながら顔を上げ、彼女を見据える。そして誤魔化すため問いかけた。
「聞き流すところだったが、お主ここにいても奴の居場所がわかるのか?」
「あ、はい。今は地上の砦の前でじっとしていますね」
 天井を見上げ、こともなげに頷く少女。ここテアドラスはとてつもなく深い地下に築かれた地底の集落。頭上には数百mの分厚い地盤が横たわっている。なのに地上で待機中の白鳥の位置や状態まで把握できるとは。
「つくづくとんでもない力じゃな。まあ、ここからでも制御出来とるならありがたい。村には絶対入らせるなよ」
「わかっています」
 親しい者達を殺された恨みを捨て、仲間として受け入れはしたが、それでもやはり思うところはあるらしい。ニャーンは異を唱えず素直に指示に従った。



 その頃、地上では『鳥さん』こと大結晶がテアドラスの入口を隠した砦の前に立って静かに主の帰りを待ち続けていた。時刻は夜遅く、頭上にはわずかに星々が見えている。すぐ近くの活火山が煙を吐き出し続けているため満天の星空とはいかないが。
 思うところは特に無い。彼は高度な思考能力を備えているものの、人間やアイムのような感情は持ち合わせていないからだ。あくまで命令に従って動くだけの存在である。
 いや、今まではそうだったとするのが正しい見解だろう。ニャーン・アクラタカに支配権が移行して以来、不要なはずの思考が止まらない。今もそうだ、何故か先日の戦いのことを繰り返し思い返している。

『貴方を、許します』

 ――許すという言葉は、そうしなければならない動機や感情を対象に対し抱えている人間が使う言葉のはず。なら彼女は、この身に対し許しを必要とする心理状態にあったのだろう。
 戦力を欲していた?
 違う。短い付き合いだが、彼女が好戦的な性格でないことは明白である。
 戦いをやめさせたかった? しかし、あの時の彼女は自分を破壊したいと思っていたはず。そのチャンスを得ておいて不意にしたことは不可解である。感情で動いていた人間が突然合理的な選択を行うことなどあるだろうか?
 わからない。何故許された? この星に落ちて来た瞬間、彼は彼女に近しい者達を殺害している。やろうと思えば回避はできた。けれどしなかった。以前与えられていた命令が『この星の破壊』である以上、同惑星上に生きる者達の安全に気遣う必要性は認められないからだ。むしろ、この星が標的になった理由は人類にあるため彼等は積極的に排除すべき対象と言える。
 だから殺した。なのに彼女は許した。仇敵であるはずの存在を許し、受け入れ、同行させている。そして自分は今や、そんな彼女の支配下にあるのだ。再び他者に支配権が渡らない限り二度と人類を脅かすことは無いだろう。現在の使命は以前とは真逆、この星と彼等を守ることである。彼女が、新たな主がそうあれと望んでいる。
 やはり、そのために仲間に引き入れたのだろうか? しかし、まだ信用されているわけでもないらしい。少し前に目を覚ました主は、以来頻繁にこちらの位置情報を確認してくる。勝手な行動を取って人間に害を及ぼさないか心配しているようだ。
【……】
 強い風が吹いて一時的に星空が広がる。数日前まで自分もあの場所にいた。千年前の最初の接触でアイム・ユニティに砕かれ、無数の欠片の一つとなって衛星軌道を漂い続けた。
 そして、あの場所から地上で起きる出来事をずっと――
【?】
 またしても未経験の感覚が芽生える。これまでに見て来たもの、記憶にある全ての景色に次々に色がつき始めた。今までも色彩は認識できていたはずなのに、初めてそれを感じ取ったかのような感覚。
 これはニャーン・アクラタカが主となった影響? 彼女の持つ何かが以前の自分に無かった機能や特性を与えようとしている?
 目に映る景色だけでなく、言葉にもこれまで見落としていた意味があると気付いた。
 新しい情報が膨大すぎて、すぐには全てを理解できそうにない。
 けれど一つだけ答えに辿り着けた。

 怒り、悲しみ、憎む。ニャーン・アクラタカは、これほど濃密で膨大な感情を抱えながら、それでも自分に『許し』を与えたのだと。

【貴女に出会えたことは、私にとって幸運なのでしょうか?】
 初めて抱いた疑問。自分は何のために作られ、どうしてここに在り、これから何を成せばいいのだろう? 全てに明確な答えを有していたはずなのに、今は何もわかっていないに等しい。
 新たな女王、彼女の持つ力は破壊と簒奪。
 そして――
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