ワールド・スイーパー

秋谷イル

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三章【限りなき獣】

アイムの焦り

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 しかし効かない。怪物は無傷で反撃に転じる。
【対応済みです】
「チッ!」
 流線形――おそらくは超振動波を受け流せる形状を計算し、それに変形して無効化した。そしてまた無数の触手を伸ばし来る。たしかに前回の戦いでこちらの手の内は全て見せた、怪物なら対応できて当たり前。
 だが、それはこちらも同じ。
「学習するのはお互い様よ!」
 極めて不規則な動きで触手を翻弄し、巧みに回避するアイム。さらには瞬間的な変身により発生する爆風と圧倒的な膂力を併用して弾き返す。千年の戦闘経験から編み出した四つの技のうち虎乱スーフーと重牙の合わせ技。虚空を漂う塵が吹き飛び、空中に無数の円を描く。
 怪物とて一歩も引かない。あらゆる方向から触手と光線による攻撃を繰り返す。本当に殺意無しかと疑いたくなるほどの猛攻。
 無論、光線の出力は弱めてある。重牙によって強靭な獣毛を纏うことのできるアイムを殺傷せしめるだけの威力は無い。触手も彼に絡まって動きを封じようとするだけ。
 光線が掠めても大したダメージにならず、殺意の無い触手からは逃げやすい。けれどこれが実戦ならとうに甚大なダメージを負っている。その事実がアイムを苛立たせた。
「本気を出さんか!」
 地面を踏み抜く。これは象勁パタラン、長年の修練で培った勘により的確に大地の要にダメージを与えて地崩れを誘発。足場を崩して一瞬だけ怪物の動きを止める。
 そこへ今度は右拳による打突。外からが駄目なら内から。怪物の胴――かどうかはともかく最も多くの怪塵が集まっている部分に拳を突き刺し、躊躇せず狼の頭に変化させて咆哮を放つ。
 ところが敵はそれすら筒状に変形して回避した。無駄撃ちになった超振動波はまたもその背後の地面を抉っただけ。
 無論、威力そのものは凄まじい。ここまでの攻防でアイムがより実戦的な訓練を要望していると理解した怪物は触手を全て刃に変化させる。
【警告、生命に危険を及ぼします】
「それでこそじゃ!」
【では】
 音速を超える速度で振り回される刃状触手。触れたもの全てが切り裂かれ、滑らかな断面を晒す。衝撃波も発生して宙に舞った土石を遥か彼方まで吹き飛ばした。アイムは虎乱と重牙、さらに魔力障壁も使ってギリギリで攻撃を捌き続ける。

 一方、観戦中のズウラは逃げ回り、防御し、なんとか人知を超えた戦場で生存中。

『うあああああああああああああああああっ!?』
 衝撃波にカマイタチに光線の流れ弾。時々巨大な岩塊が飛んできたりもする。地面も崩れて無数の亀裂が走った状態。かなり離れているのに余波だけでこれだ。普通の人間なら一秒たりともこの場所に立っていられまい。
『なんて戦いだよ!』
 彼とスワレもこれまで幾度となく怪物と戦ってきた。アイムの実力とて、ある程度知っていると思い込んでいた。
 だが勘違いだ。本気になったアイムと、宇宙から落ちて来た大結晶の力は自分達の想像を遥かに超越している。あれでまだ本気じゃないなんて信じられない。
 同時に、とんでもなく高い要求をされているのだと気付く。
『俺達、あんなのに参加できるようにならなきゃいけないのか!?』
 アイムとていつかは命を落とす。だから人類にも自分と同じ領域に立ち、星の守護者となるべく成長してほしい。それが千年来の彼の願い。
 彼に救われた一人として、その想いに報いるべく努力してきたが、まだまだ足りない。そう痛感させられた。
『いや、でも!』
 逃げ回るのをやめて立ち止まる彼。こうなったら多少のダメージは覚悟の上でしっかりあの戦いを見届けてやる。学べることは多いはずだ。
 ニャーンだって、あれ以上の激戦から生還した。だったら自分もあの場所まで行けるようになる必要がある。
 彼女が大怪我をして戻って来た時、彼は誓ったのだ。アイムだけに任せていてはいけない。この星を救う希望、そして想い人でもあるあの人を自らの手で守りたいと。
 飛んできた巨岩を殴り、粉砕しながらその場に踏み止まって吠える。
『勉強させてもらいます! んがっ!?』
 反応しきれないほど速く飛んできた拳大の石が顔にぶつかった。生身だったら絶対に死んでいる。力を貸してくれる精霊達に改めて感謝の念を捧げた。



 ――しばしの攻防の後、息を切らして動きを止めるアイム。
「ハッ……ハアッ……ハア……」
 かれこれ五分ほど戦っただろうか? こんな短時間でここまで消耗したのは初めてだ。あくまで訓練だからだろう、敵も追撃を止める。律義なことに。
(やはり、こっちの姿の方がアレとは戦いやすい……じゃが、狼になって戦うより多少マシという程度でしかない)
 白い怪物、あれは本来なら巨狼となった自分と同程度のサイズの巨大な結晶。それが今は通常の怪物と同じくらいまで縮んでいる。質量はそのままで圧縮して密度を高めた結果だ。当然、密度に比例して恐ろしく硬い。殴っても蹴ってもこちらの手足がダメージを受けるばかり。
 かといって巨狼に変身すると今度はサイズ差のせいで立ち回りにくくなる。大きい方が有利だと思われがちだが、それは誤った認識。状況次第で有利不利はいともたやすく変化する。でかければいいというものではない。
 大きくなれば敵にとっては狙いを付けやすくなるし、懐に潜り込みやすい。こちらは素早い敵を見失いやすく、加減が難しいため周囲に味方がいるこの状況では思い切った攻撃を仕掛けられない。
 もちろん大きいことが有利に働く場合もある。だが今は違う。今この場であの怪物が相手なら人の姿で戦う方がマシ。

 問題は、それでも全く歯が立たないこと。

「クソッタレ、よく研究しとるな」
【はい。貴方はこの星を破壊する上で最大の脅威でした。衛星軌道から観測できた戦闘は全て記録し解析を行っております】
「でした、か……」
 袖口で汗を拭い、口中に溜まった血を吐く。今や怪物にとって最大の脅威はニャーンになったということだろう。実際彼女の能力なら、この星を汚染した怪塵は全て支配下に置かれるに違いない。後続の赤い凶星が何の対策も行っていないなら、その力もおそらくは手中に収まる。
 つまり彼女が生きている限り、怪塵でこの星を破壊できる可能性は低い。どころか宇宙の免疫が『抗体』を送り込めば送り込むほど彼女を強化してしまう。
 たかが星獣一匹とは比較にならない脅威だ。神々もさぞ頭を悩ませているに違いない。
【ご自分が戦力にならないことを懸念されていますか?】
 意思も感情も持ち合わせない怪物は率直な物言いで訊ねて来た。
 アイムはフンと鼻を鳴らし、半眼で言葉を返す。
「ハッキリ言いよる。答える前に教えよ、この戦いをニャーンは見とるか?」
【いいえ、彼女は現在眠っています】
「だったら答えてやろう、その通りじゃ」
 素直に認めた、今の自分は焦っている。ズウラを必要以上にからかってしまったのも実のところ苛立ちのせい。
「お主にすら勝てん以上、それ以上の敵が出てきたら足手まといになりかねん」
【だから特訓を?】
 そういうことだ。ここ数日ズウラの訓練に付き合っていたのは、自身を強化する手がかりを得るためでもあった。
 彼にもこの距離なら聞こえてはいない。確認してから続ける。
「己を卑下するつもりは無い。ただ単純に今のままでは力不足と考えた。せめて露払いできる程度の実力は身につけておかんとな」
【しかし、貴方はすでに千年の戦闘経験を蓄積しています。肉体的にもおそらくは完全に成熟期を過ぎた状態。ここからさらなる成長を望むことは難しいかと】
「本当にハッキリ言いよる」
 そんなことはわかっているのだ、だからこそ焦りがある。若者と違って今の自分にはもう伸び代が無い。これ以上どうやったら強くなれるのか正直言って皆目見当もつかない。
 多少の成長ならありうる。しかし、その程度ではきっと足りない。
「参考までに聞くが、お主は他の星獣と戦ったことはあるのか?」
【はい】
 宇宙の免疫システムは過去に数回、惑星への攻撃を行っている。その際にやはりアイムのような星獣との戦闘を経験している。彼等は星の免疫システムが生み出した抗体なのだから当然。生命の危機を感じた惑星は多くの場合星獣を生み出す。
「そやつらと比べてワシはどうだ? 強いか弱いか」
【記録に基づく推定ですが、貴方は過去最高の能力を有する星獣です。通常、星獣と言えど完全な状態の『私』を破壊できるほどの能力は有しません。それが可能なら私は免疫システムとして機能できなくなってしまう。原因は不明ですが、貴方は現時点ですでに突然変異的な力を有す規格外の存在だと言えるでしょう】
 ただし、それも過去の話。アイムはどの星獣より強い。だとしても能力の解析が進んだ現在では凶星の欠片一つに勝てずにいる。その程度の脅威でしかない。
【私は貴方の脅威度をA-と判定しています。これは完全な姿の私とほぼ同等、惑星破壊級の力を備えているという評価です。貴方は高度に栄えた文明を持つ星を短時間で壊滅させ、星そのものも打ち砕くことが可能でしょう。極めて危険な存在には違いありません】
「だが、お主より弱い」
【はい。あらゆる可能性を検討してみましたが、貴方が独力で挑む限り私に勝つことは不可能だと結論付けます】
 そして、これ以上成長できる見込みも薄い。だとすると今、自分は間違った方向での努力をしているのかもしれない。
【訓練を続行しますか?】
「……いや」
 やめた。今しがたまでそのつもりだったが、これ以上やってもテアドラスの頭上を無駄に荒らすばかりで何も得るものが無い。
 代わりに彼方のズウラを見て言った。
「お主が『安全』なのは十分わかった。あやつが望むなら訓練相手になってやれ」
【畏まりました】
「というわけじゃ、来い! 交代するぞ!」
「えっ!? すいません、聞こえませんでした! なんですか?」
 呼ばれて駆け寄って来るズウラ。やはり向こうまで声は届いていなかったらしい。若者に弱気を知られずに済んだ。そのことに安心しつつアイムは交代を申し出た。
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