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三章【限りなき獣】
アリアリ・スラマッパギ(1)
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地上へ戻ったズウラはさらに驚きの光景を目の当たりにする。砦から出たその場所に長身痩躯で褐色の肌の男が一人、腕組みしながら立っているではないか。
「その少年が、ここの守り人か」
「ああ」
気軽に頷くアイム。目の前の男を相手にそんな風に対応できるのは彼だけだろう。ビサック同様、何度も話に聞いていたのですぐに何者か察せられた。
「グ……グレン・ハイエンド……さん?」
「そうだ、よろしく頼む」
銀髪で褐色の肌の刃を連想させる鋭利な雰囲気の武人。第一大陸の英雄にして最強の祝福されし者と名高き男。それがグレン・ハイエンド。まさかこんな大物まで連れて来るとは。
「少しでも成功率を上げたいんでな」
言うなり変身するため一人で離れた場所まで歩いて行くアイム。待っている間ズウラは噂の英雄に問いかけた。まさか彼が他の大陸まで出向いてくれるなんて。
「あの、第一大陸は……?」
「俺の能力ならすぐに戻れる。怪物が出現したらアイムが感知できるはずだ。その時には一旦離脱させてもらうが、ここしばらくは怪物が発生していない。おそらくそうはならないだろう」
視線を彼方に向けるグレン。ズウラは察した、きっとその先が第七大陸なのだと。
そしてニャーンのおかげで第一大陸もまた平和が保たれており、グレンが彼女に感謝しているのだともわかった。はっきりとそう言ったわけではないが。
「……アイムから彼女の能力がどう進化したのか詳細を聞いた。事実なら最優先で助け出す必要がある。戦力の出し惜しみはしていられない」
「ですね」
うろ覚えの知識だが、たしか第一大陸は他の大陸に囲まれた位置にあるらしい。だからアイムはグレンとビサックを連れて来たのだろう。距離的にも戦力としてもそれが最善の選択。
――直後、アイムが変身した。すぐにその背中に乗って移動を始めるグレンとズウラ。凄まじい風圧に耐えながら長い毛を掴んで必死に耐える。
「は、速い!」
巨狼となったアイムの背に乗せてもらうのはこれが初めて。想像を絶する速度に驚かされる。
「このスピードなら第七大陸まで一時間とかかるまい」
自力で移動してもいいのだが下手に先行して各個撃破の的となってしまっては手助けに来た意味が無い。大人しく座して待つグレン。こちらは風の影響を全く受けていないように見える。精霊と同化して『光』そのものになっているからだろう。
アイムの表情は今も険しい。
『他の大陸の連中に声をかけている暇は無い。手遅れにならんうちに現状の最大戦力で急襲をかけ、迅速にあやつを取り戻す』
彼にもアリアリがどのような手段で自分達の目を欺き、テアドラスに侵入したのかはわからない。唯一の出入口は彼等の目の前にあった。なのに気付けなかったのだ。前兆さえ気取らせない完璧な奇襲。ニャーンの危機をリアルタイムで感知した白鳥に警告されなければ、今もまだ知らずにいた可能性さえある。
対して向こうはこちらが彼女の奪還に動くことを見越して万全に備えている。厳しい戦いになることは間違いない。
「そういえば、あの白い鳥はどこへ?」
ズウラ達が外へ戻った時には、もうどこにも姿が見えなくなっていた。
『一足先にニャーンを追って行ったのだろう。テアドラスに入るなという命令を律義に守って外に残ったが、第七大陸まで追って来るなとは言われておらんからな』
なるほど。今のあの怪物にとって主人はニャーン。その身を救い出すために独自の判断で動いたとしてもおかしくはない。なら自分達が到着するまでの時間を稼いでくれるかもしれない。
「あの強さならアリアリも倒してくれるかもしれませんね」
『それにはあまり期待できん』
ズウラの楽観的な予測にアリアリ・スラマッパギと白い怪物、両者の強さを良く知るアイムは空を駆けながら頭を振った。
『たしかにあやつは強い。ワシが今まで戦って来た中では最強の怪物じゃ。単純な武力ならワシを上回っておる。だが、それでも単独でアリアリを倒せるとは思わん。ワシも奴には何度も挑んだが未だに勝てたことは無い』
「なっ……」
「一度もか?」
驚愕するズウラ。グレンでさえ眉をひそめる。この星で最強の生物。天から落ちて来た赤い凶星すら砕いてのけた星獣アイム・ユニティがアリアリという男を真の『最強』と認めている。
「いったい何者なんです……?」
何度か話に聞いたことはある。けれどグレンやビサックのことを話す時と違ってアイムはいつもアリアリについてだけは言葉を濁した。断片的な説明だけで十分に邪悪な男だとは伝わって来たが、いつも核心の部分には触れないようにしていた気がする。
その理由が判明する。彼にも、千年生きた流浪の英雄にさえもわからないからだと。
『謎だ。ワシにも奴がどこから来て、どうしてあんな力を持っているのかは全くわからん。ただし、どんな男かは知っている。あれは存在してはならん生物、最も忌むべき悪意の塊だとな』
そして彼は語り始める。アリアリ・スラマッパギとの闘争の歴史を。
この世界の片隅で密かに紡がれてきた忌まわしい物語を。
――アイムが初めてあの男と出会ったのはオクノケセラによる教育を受けて様々な知識と技術を身に着け、人の姿にも変身できるようになって各大陸を巡る旅に出てからしばらく後のこと。最後の第七大陸へ初めて上陸した日だった。
第一から第七という各大陸の数字は、かつて一人の冒険家が船で世界一周の旅を行い踏破した順に割り振っていったもの。アイムですらまだ生まれていなかった千四百年も前の話。
彼の故郷である出発点が第一大陸。西進して最初に到達したのが第二大陸。南下して第三大陸へ到達。そして地図上では左回りになる航海を続け、第一大陸の東で第四、そこから北東に第五大陸を発見。さらに北海に進んで第六と第七へ到達。
彼もその順番で各地を巡ってみた。ニャーンとの旅がそうであったように彼の最初の旅も偉大な冒険家の航路をなぞるものだったのだ。
すでに生まれてから四十年以上経っていたので人間という生き物に関する知識はあったが、旅に出て実際に世界を見て回ったことで理解が深まった。好ましい人間も、その逆も数多くいた。ただ総合的に見れば優秀だし星を代表する知的生物として相応しい種族だと感じた。
旅を続け、多くの国と人々を見るほどに良き人間への好意は強くなり、悪しき者達への嫌悪感も膨れ上がっていった。この時の彼はまだ若く、極端な物の見方をしがちだったので人間達との間でトラブルを起こすことも少なくなかった。
多くは恥ずべき過去である。強者たる自分はもっと寛容な態度で人間に接するべきだったと今は反省している。
間違ってはいなかったと思う争いは少ない。
それでも、アリアリ・スラマッパギとの戦いは絶対に正しかったと確信している。
「なんじゃ……これは?」
第七大陸へ辿り着いた彼は、他の大陸で聞いた話とは全く違う様相に困惑した。最も北極に近い位置にあるこの大陸は一年の大半を雪に閉ざされており人口は少ない。ただし良質な木材や鉱石が採れるので少数ながらも人は住んでおり、特に玄関口になる港町は栄えていると言われた。
だが誰もいない。誰一人見当たらない。
「昨日今日の話ではないな……」
係留されている船や建物は塗装が剥がれ、朽ちて崩れかけている。少なくとも数年は放置されていないとこうはならない。これに関しては他の大陸で聞いた通り。
ここ数年、第七大陸と連絡が取れないと聞いた。第七大陸へ向かった船もことごとく行方不明になり、そのまま帰って来ていないと。調査に赴いた軍隊までもが消息を絶った。ゆえに二年ほど前からはどこの者達も第七大陸にだけは近付かないようにしている。
『お願いします、何が起きているのかを突き止めて来てください。私の姉も、まだあの場所にいるはずなんです』
彼にそれを依頼したのは第六大陸の聖職者。距離が近いことから第六と第七は昔から盛んに交流しており、信仰心に篤い彼もまた陽母教会の総本山で修業するために渡って来て、そして帰れなくなった。両親亡き後、幼い自分を親代わりになって育ててくれた姉が心配だからとすでに世界中に名が知れ渡っていたアイムを捜して頼み込んで来たのである。
どうせ第七大陸には行くつもりだった、そう言ってアイムは単身調査に赴いた。行き先が行き先なので誰も船は出したがらなかったが、彼には当然必要無い。
完全に無人の港町を抜けた彼は、その奥へ進んだ。港からでも見える大きな山。その麓に鉱石の採掘場があり、もう一つの大きな街が手前に存在する。そう聞いていたから。
(怪塵被害を逃れるため風の強い高地を目指したのかもしれん……)
他の地域でもそうしている者達は多い。けれど不可解なのは怪物の気配を全く感じられないこと。今この時だけの話ではなく彼が生まれてから四十年以上の時間の中でたったの一度も第七大陸では怪物が発生していないのだ。だから今まで一度も訪れなかった。
育て親のオクノケセラは事情を知っている風であった。けれど説明してくれたことは無い。
いったいどんな怪塵対策を? 不思議に思っていた答えが今ようやくわかる。
「その少年が、ここの守り人か」
「ああ」
気軽に頷くアイム。目の前の男を相手にそんな風に対応できるのは彼だけだろう。ビサック同様、何度も話に聞いていたのですぐに何者か察せられた。
「グ……グレン・ハイエンド……さん?」
「そうだ、よろしく頼む」
銀髪で褐色の肌の刃を連想させる鋭利な雰囲気の武人。第一大陸の英雄にして最強の祝福されし者と名高き男。それがグレン・ハイエンド。まさかこんな大物まで連れて来るとは。
「少しでも成功率を上げたいんでな」
言うなり変身するため一人で離れた場所まで歩いて行くアイム。待っている間ズウラは噂の英雄に問いかけた。まさか彼が他の大陸まで出向いてくれるなんて。
「あの、第一大陸は……?」
「俺の能力ならすぐに戻れる。怪物が出現したらアイムが感知できるはずだ。その時には一旦離脱させてもらうが、ここしばらくは怪物が発生していない。おそらくそうはならないだろう」
視線を彼方に向けるグレン。ズウラは察した、きっとその先が第七大陸なのだと。
そしてニャーンのおかげで第一大陸もまた平和が保たれており、グレンが彼女に感謝しているのだともわかった。はっきりとそう言ったわけではないが。
「……アイムから彼女の能力がどう進化したのか詳細を聞いた。事実なら最優先で助け出す必要がある。戦力の出し惜しみはしていられない」
「ですね」
うろ覚えの知識だが、たしか第一大陸は他の大陸に囲まれた位置にあるらしい。だからアイムはグレンとビサックを連れて来たのだろう。距離的にも戦力としてもそれが最善の選択。
――直後、アイムが変身した。すぐにその背中に乗って移動を始めるグレンとズウラ。凄まじい風圧に耐えながら長い毛を掴んで必死に耐える。
「は、速い!」
巨狼となったアイムの背に乗せてもらうのはこれが初めて。想像を絶する速度に驚かされる。
「このスピードなら第七大陸まで一時間とかかるまい」
自力で移動してもいいのだが下手に先行して各個撃破の的となってしまっては手助けに来た意味が無い。大人しく座して待つグレン。こちらは風の影響を全く受けていないように見える。精霊と同化して『光』そのものになっているからだろう。
アイムの表情は今も険しい。
『他の大陸の連中に声をかけている暇は無い。手遅れにならんうちに現状の最大戦力で急襲をかけ、迅速にあやつを取り戻す』
彼にもアリアリがどのような手段で自分達の目を欺き、テアドラスに侵入したのかはわからない。唯一の出入口は彼等の目の前にあった。なのに気付けなかったのだ。前兆さえ気取らせない完璧な奇襲。ニャーンの危機をリアルタイムで感知した白鳥に警告されなければ、今もまだ知らずにいた可能性さえある。
対して向こうはこちらが彼女の奪還に動くことを見越して万全に備えている。厳しい戦いになることは間違いない。
「そういえば、あの白い鳥はどこへ?」
ズウラ達が外へ戻った時には、もうどこにも姿が見えなくなっていた。
『一足先にニャーンを追って行ったのだろう。テアドラスに入るなという命令を律義に守って外に残ったが、第七大陸まで追って来るなとは言われておらんからな』
なるほど。今のあの怪物にとって主人はニャーン。その身を救い出すために独自の判断で動いたとしてもおかしくはない。なら自分達が到着するまでの時間を稼いでくれるかもしれない。
「あの強さならアリアリも倒してくれるかもしれませんね」
『それにはあまり期待できん』
ズウラの楽観的な予測にアリアリ・スラマッパギと白い怪物、両者の強さを良く知るアイムは空を駆けながら頭を振った。
『たしかにあやつは強い。ワシが今まで戦って来た中では最強の怪物じゃ。単純な武力ならワシを上回っておる。だが、それでも単独でアリアリを倒せるとは思わん。ワシも奴には何度も挑んだが未だに勝てたことは無い』
「なっ……」
「一度もか?」
驚愕するズウラ。グレンでさえ眉をひそめる。この星で最強の生物。天から落ちて来た赤い凶星すら砕いてのけた星獣アイム・ユニティがアリアリという男を真の『最強』と認めている。
「いったい何者なんです……?」
何度か話に聞いたことはある。けれどグレンやビサックのことを話す時と違ってアイムはいつもアリアリについてだけは言葉を濁した。断片的な説明だけで十分に邪悪な男だとは伝わって来たが、いつも核心の部分には触れないようにしていた気がする。
その理由が判明する。彼にも、千年生きた流浪の英雄にさえもわからないからだと。
『謎だ。ワシにも奴がどこから来て、どうしてあんな力を持っているのかは全くわからん。ただし、どんな男かは知っている。あれは存在してはならん生物、最も忌むべき悪意の塊だとな』
そして彼は語り始める。アリアリ・スラマッパギとの闘争の歴史を。
この世界の片隅で密かに紡がれてきた忌まわしい物語を。
――アイムが初めてあの男と出会ったのはオクノケセラによる教育を受けて様々な知識と技術を身に着け、人の姿にも変身できるようになって各大陸を巡る旅に出てからしばらく後のこと。最後の第七大陸へ初めて上陸した日だった。
第一から第七という各大陸の数字は、かつて一人の冒険家が船で世界一周の旅を行い踏破した順に割り振っていったもの。アイムですらまだ生まれていなかった千四百年も前の話。
彼の故郷である出発点が第一大陸。西進して最初に到達したのが第二大陸。南下して第三大陸へ到達。そして地図上では左回りになる航海を続け、第一大陸の東で第四、そこから北東に第五大陸を発見。さらに北海に進んで第六と第七へ到達。
彼もその順番で各地を巡ってみた。ニャーンとの旅がそうであったように彼の最初の旅も偉大な冒険家の航路をなぞるものだったのだ。
すでに生まれてから四十年以上経っていたので人間という生き物に関する知識はあったが、旅に出て実際に世界を見て回ったことで理解が深まった。好ましい人間も、その逆も数多くいた。ただ総合的に見れば優秀だし星を代表する知的生物として相応しい種族だと感じた。
旅を続け、多くの国と人々を見るほどに良き人間への好意は強くなり、悪しき者達への嫌悪感も膨れ上がっていった。この時の彼はまだ若く、極端な物の見方をしがちだったので人間達との間でトラブルを起こすことも少なくなかった。
多くは恥ずべき過去である。強者たる自分はもっと寛容な態度で人間に接するべきだったと今は反省している。
間違ってはいなかったと思う争いは少ない。
それでも、アリアリ・スラマッパギとの戦いは絶対に正しかったと確信している。
「なんじゃ……これは?」
第七大陸へ辿り着いた彼は、他の大陸で聞いた話とは全く違う様相に困惑した。最も北極に近い位置にあるこの大陸は一年の大半を雪に閉ざされており人口は少ない。ただし良質な木材や鉱石が採れるので少数ながらも人は住んでおり、特に玄関口になる港町は栄えていると言われた。
だが誰もいない。誰一人見当たらない。
「昨日今日の話ではないな……」
係留されている船や建物は塗装が剥がれ、朽ちて崩れかけている。少なくとも数年は放置されていないとこうはならない。これに関しては他の大陸で聞いた通り。
ここ数年、第七大陸と連絡が取れないと聞いた。第七大陸へ向かった船もことごとく行方不明になり、そのまま帰って来ていないと。調査に赴いた軍隊までもが消息を絶った。ゆえに二年ほど前からはどこの者達も第七大陸にだけは近付かないようにしている。
『お願いします、何が起きているのかを突き止めて来てください。私の姉も、まだあの場所にいるはずなんです』
彼にそれを依頼したのは第六大陸の聖職者。距離が近いことから第六と第七は昔から盛んに交流しており、信仰心に篤い彼もまた陽母教会の総本山で修業するために渡って来て、そして帰れなくなった。両親亡き後、幼い自分を親代わりになって育ててくれた姉が心配だからとすでに世界中に名が知れ渡っていたアイムを捜して頼み込んで来たのである。
どうせ第七大陸には行くつもりだった、そう言ってアイムは単身調査に赴いた。行き先が行き先なので誰も船は出したがらなかったが、彼には当然必要無い。
完全に無人の港町を抜けた彼は、その奥へ進んだ。港からでも見える大きな山。その麓に鉱石の採掘場があり、もう一つの大きな街が手前に存在する。そう聞いていたから。
(怪塵被害を逃れるため風の強い高地を目指したのかもしれん……)
他の地域でもそうしている者達は多い。けれど不可解なのは怪物の気配を全く感じられないこと。今この時だけの話ではなく彼が生まれてから四十年以上の時間の中でたったの一度も第七大陸では怪物が発生していないのだ。だから今まで一度も訪れなかった。
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