ワールド・スイーパー

秋谷イル

文字の大きさ
99 / 142
四章【赤い波を越えて】

勇気に散る

しおりを挟む
 オクノケセラが頭を抱えてしまった。もしかしたら沈痛な表情をしているのかもしれない。よくアイムが自分に対してそういう顔を向けるように。
 ニャーンは自分が馬鹿だということを自覚している。でも今の回答は別に適当に答えたとか自暴自棄になったというわけではない。きっと、そう思ってしまったから女神様は困っているのだろうけれど。
 ちゃんと今、自分の考えを説明する。おかげで攻撃も止まっているし。
『わかっているのか……? 今が、お主の言う『その時』なのだぞ……」
「わかっています。でも答えは変わりません。嵐に立ち向かって行く方がいい場合があれば、木陰とかで待ってる方がいい場合もありますよね?」
『状況次第と言いたいのか』
「そうです。飛び出して行ったら風に流されて落ちて死んじゃうかもしれないし、待っていたっていつまでも嵐が収まらなくて、ずっとそこで耐えたまま寿命が尽きるかもしれません。だからその時にならないと答えなんて出しようが無いし、出した答えが正しいとも限らない」

 たしかにその通りだが、だとしても決断は行わなければならない。いつまでも先延ばしになんてできないのだ。

『数多ある可能性の全てを検討していては、いつまで経っても答えを出せまい。結局は何か一つを選ばなければならぬのだ』
「だから話し合いがしたいんです」
 ニャーンがそう言うと、オクノケセラは軽く目を見張った。多分だけど、そんな気配が伝わって来る。
「私一人で答えを決めるなんて、おかしいです。話せるなら皆と、それに『嵐』とだって話し合いたいですよ」

 人は自然の脅威に直面した時、大抵の場合運が悪かったと思って諦めてしまう。立ち向かうことを選んだ者とて災害と対話しようなどとは考えない。相手は生物ですらない現象。現象と意思疎通はできない。
 でも本当にそうだろうか? ニャーンはアイムと旅をしてスワレやズウラのような精霊の祝福を受けた者達と出会い、考え方が変わった。教会は万物に精霊が宿り、全ての現象は彼等なりの理由、摂理があって起こされているものだと教えてくれたけれど、その事実を旅に出る前はきちんと理解できていなかった。
 そう、自然とは対話できるのだ。少なくとも自分達の星では、目の前の女神が人に与えてくれた力のおかげで可能になっている。
 だったら、吹き荒ぶ『嵐』とだって話し合えるはず。彼女はそう信じている。

「女神様、私達の教会では貴女を『光の神』や『陽母様』とお呼びします。でも本当は『嵐』の神なんだとアイムが教えてくれました。私達に試練をお与えになる神様だと」
 だから嵐を目前に羽化した蝶という例え話をしたのだと思う。嵐は彼女で蝶は自分達。虫が精霊と意思疎通できるのかはわからない。けれど自分達人間なら間違いなく可能だ。今こうして話せているのがその証拠。人間は精霊とも神様ともわかり合える。
 そうよ、言ってやりなさいと胸の中の親友が笑って背中を押してくれた。うんと頷いて女神様を見据える目にいっそう強い決意を漲らせる。わかってもらえるまで、けして目を離さない。時間がかかるかもしれないし、その間にアイム達が死んで母星は滅ぶかもしれない。

 だとしても信じる。この神様は、自分達をずっと見守って来てくれた相手だから。
 相手に信じてもらうには、まず自分が信じなければいけないと思うから。

「すごく強くて恐ろしいものに立ち向かって行くことは、たしかにとても勇気のある行為だと思います。でも嵐が過ぎるのを待つことだって、わかってもらえる可能性を信じて嵐に語りかけてみることだって、同じくらい勇気のある行為です。何が正解かなんて、その時になったって結局わからない。私達には未来が見えない」
 そして、だとしても、
「だとしても私達は踏み込まなきゃいけないんです。まだ何も決まっていない未来に。間違ってるかもしれないけど、それでもきっとなんとかなるって、自分や周りの人達を信じて一歩ずつ進んで行くしかありません」

 改めて言う。自分の答えは変わらない。

「わからない、それが私の回答です。そして、それでも自分を信じて進みます。私を信じてくれた人達のために必ずここから宇宙へ出て行ってみせます」
『……必要とあらば、ワシを倒してか?』
「いいえ、きちんとお許しをもらって行きます! だって私、貴女の信徒ですから!」

 だから話し合いか、オクノケセラも納得した。
 納得させられたのだ、ついに。

『そうだな、ワシらはそうしなければならなかった。可能性を恐れ、一方的な暴力で危険性を排除する災害ではなく、対話による相互理解を諦めようとしない、お主のような者に』
 無論アルトゥール達のやり方が正しい可能性もある。そもそもどちらも間違ってはいないのかもしれない。方法は違っても目指すところは同じなのだ。どちらもただ守りたいものを守ろうとしているだけ。
 だとしても彼女は、オクノケセラはニャーン・アクラタカのやり方の方が好きだ。相手に選択の余地を与えないのでは、それは単なる虐殺である。彼女は試練の神なのだから常に他者にチャンスを与えなければと思う。

 答えは決まった。

『やはり、お主はワシと同じか。そうであってくれと願っていた。こんなにうれしいことはない』
 天を仰ぐ。ああ、良かった。やはり人の成長を見届けることは喜ばしい。試練の神である彼女にとって、それは他の何より素晴らしい瞬間。
 同胞達よ見ているか? 見ているならば思い出せ、この喜びと愛おしさを。初めて彼等の成長に気付いた瞬間の感動を。
「女神様……」
 嬉しいのはニャーンも同じである。今も彼女は敬虔な信徒。信仰対象から考え方が同じだと認められて喜ばないはずがない。
 スワレもほっと息をつく。
「つまり、ニャーンさんは合格なんですね?」
『そうだ。お前達は宇宙へ行ける。だが、その前にもう一つだけ頼まれてくれ』
 人工太陽を消して立ち上がるオクノケセラ。そして自ら壇上を降り、驚くスワレ達の方へと歩み寄って来る。何か、そうしなければならない気がして二人も彼女に近付いて行った。スワレはまだ少し警戒しているが、ニャーンの歩調には淀みが無い。頭から出血しているというのに本当に強くなったものだ。
 ニャーンには予感があった。オクノケセラの柔らかくなった眼差しに何かを感じた。それでワクワクしてしまい、一刻も早く話を聞きたかったのである。
 そんな彼女にオクノケセラは言う。
「――になれ」
「えっ」
 立ち止まるニャーン。一転して、先程感じた違和感が膨れ上がっていく。そんな彼女に対し常に光り輝いていた女神は、その光輝を徐々に弱らせつつ微笑んだ。もう表情がわかるくらい弱々しい輝き。曝け出された彼女の素顔はどこかアイムと似ている。造作もだが、それ以上に雰囲気が彼に近しい。
 悪戯っ子の笑みで種明かしする彼女。
「ああ、あやつに人の姿を作らせた時、ワシに似るようさりげなく思考を誘導したのだ。できれば秘密にしておいてくれ、気恥ずかしい」

 ついには声に含まれていた奇妙な響きも消え去り、余計なノイズの無い肉声で改めて語りかけて来る。

「そんなことよりワシは死ぬ。二度もルールに背いた報いじゃ、もうそろそろ消える。だから頼む、ニャーン・アクラタカ。お主が次の――」
 あまりに突然の別れと死に際に託される難題。その要望に即座に答えることはどんな愚か者でも不可能。ニャーンは動揺のあまり言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くす。スワレもまたそんな友人の顔を見上げて彼女がどんな答えを返すかに注目する。
 やがて静かにオクノケセラは消え去ってしまった。完全に真の姿を晒した途端に末端から光の粒に変わって、風に吹かれた砂のごとく霧散した。
 あまりに呆気無く、儚く散った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

サディストの私がM男を多頭飼いした時のお話

トシコ
ファンタジー
素人の女王様である私がマゾの男性を飼うのはリスクもありますが、生活に余裕の出来た私には癒しの空間でした。結婚しないで管理職になった女性は周りから見る目も厳しく、私は自分だけの城を作りまあした。そこで私とM男の週末の生活を祖紹介します。半分はノンフィクション、そして半分はフィクションです。

性転のへきれき

廣瀬純七
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...