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四章【赤い波を越えて】
茨の道
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夢の中でニャーンは力無き少女だった。何故なら彼女は本来そうあるべきだから。奴隷となって売り飛ばされ、彼女を買い取った男の手で徹底的に弄ばれ純潔を散らした。
別の夢では唐突に不気味な虫達の巣に放り込まれた。目と鼻、耳や口、ありとあらゆる場所から体内に侵入して来たそれらに生きたまま肉を食い荒らされる。
さらに続く夢では信じていた人達に裏切られた。アイムに見捨てられビサックに騙され、グレンに殴られズウラに踏みつけにされ、スワレにまで嘲笑された。使えない、馬鹿すぎる、生きている価値も無いと辛辣な言葉を繰り返し浴びせられる。
両親と一緒に暮らす夢も見た。もし二人と弟が生きていたらと、そう想像したことは一度や二度ではない。皆で幸せに暮らしていた可能性だってあると、その度に思った。
けれど夢の中の家族は現実での死が救いに思えるほど悲惨な状況で、彼女の儚い想像を打ち砕く。家族でありながら互いを罵倒し、疑い、傷つけ合って甘い願望を繰り返し否定した。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。現実では一瞬にも満たない時間で地獄のような体験を繰り返す。傷付け、その傷をさらに抉り、人の悪意を徹底的に濃縮して脳髄に叩き込む。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
繰り返している。繰り返させている。
なのに、どうして?
「どうなっている……なんだ君は? どうしてなんだ?」
悪夢を見せているユニの方が悪い夢に迷い込んだ気分だ。どんな夢を見せても、どれだけの苦痛と恥辱を与えても、それでもニャーンは起き上がって来る。
倒れても、必ずまた立ち上がる。
「折れているはずだ! 確かに手応えがあった! もう、何度も諦めただろう? 泣きながら自分の死を願ったじゃないか!? 這いつくばって許しを乞うたくせに!」
「は、い……」
互いに声が震える。ユニには理解できない。普通の人間なら一度で発狂する体験を数え切れないほど繰り返し味わわせた。今だってまだ続けている。全てトラウマになったはず。何度も屈服する姿を見た。心を折ったという、その感触はあったのだ。
けれど、それなのにまたニャーンは少しずつ体を起こす。倒れても倒れても結局また顔を上げてユニを見つめる。
言葉はほとんど発しない。それどころじゃない。繰り返し悪夢に堕ちる。一つ終えたかと思うと、またすぐに次の地獄が始まる。彼の言う通り、心なんて、もう何度も折れている。膝をついて休みたい。いっそ本当に死んでしまいたい。
けれど――
「立ちなさい、ニャーン」
挫けるたびに声が聞こえるのだ。厳しくも優しい親友に叱咤される。
「自分で選んだんでしょ。アタシが止めても聞かずに、アンタはあの時、頷いたのよ」
オクノケセラの最後の頼み。それは彼女の代わりに神になること。母星を救う唯一の道だからと、そう教えられた。守界七柱は全員が同格。ニャーンがそのうちの一柱になれば彼女の意見は重みを増す。他の神々にも説得が通じるようになる。
そのためには席を一つ空ける必要があった。だからオクノケセラは自らルールを破って自分の席を譲ってくれた。試練の神としての使命に縛られている自分より、まだ何の使命も持たない小娘の方が適任だと判断した。彼女なら未来をどんな方向へでも進ませられると。
期待され、迷って、悩み、そしてニャーンは頷いた。心の中のプラスタと現実のスワレ、二人の友人に説得されても結論を変えなかった。
神様になりますと誓った。
「本当のアタシとの再会が遠のいたじゃない。院の皆も待ってるのに、アンタはずっと遠い未来を目指すと選択したのよ」
神様になんてなったら、いつ寿命を迎えられるかわからない。永遠に死ねない可能性だってある。
なのにニャーンは選んだ。馬鹿だから、自分より他人が傷付くのを許容できない、そんな性格の馬鹿だから。自分自身が一番辛くて悲しい茨の道へと踏み込んだ。
彼女にしか見えていないプラスタの幻影は、険しい表情のまま涙を拭う。
「立ちなさい! どんな酷い目に遭っても、立って歩き出せ! 走れ! これからアンタの前には、そんな夢よりずっと辛い現実が待ってる! それでも進むと決めたんでしょ! アタシ達との約束も守りたいんでしょう! なら立ち止まってる暇なんか無いわ!」
その時、眼神から奪った眼がようやく実体の無い情報を捉える。ユニの視界にもプラスタが出現した。ニャーンの横に立ち、炎のように燃える眼差しで親友を叱咤する。自分自身も辛そうな顔をして。
「立って! 怪塵の作った偽物でも、アタシがずっと傍にいるから! 見ていてあげるから、早く立ちなさい!」
「う、う……うううっ!」
ニャーンの動きが早くなる。悪夢はまだ見せているのに意に介していない。プラスタという炎が彼女の魂の中心にも決して消えない火を灯した。どんな夢も現実も、もうその炎を吹き消すことはできやしない。
ユニには、それが理解できた。理解してなお否定する。
「……ふざけるな。たかが小娘一人の言葉で、そんなもので……!」
消えない炎なら彼の中にもある。ずっと昔に灯った暗い火。今それに再び薪をくべて気圧されている自分を叱咤する。
「だったら根競べだ! どっちが先に完全に折れるか勝負しよう!」
もう一度触手を伸ばす。複数の魔法を同時に発動させて解き放つ。精神世界でのダメージは魂を直接傷付けられる分、現実のそれよりも遥かに辛く苦しい。そのはずなのだ。諦めずに繰り返していれば、いつか必ずあの化け物だって倒れる。自我が朽ち果て、操り人形になる。
そのはずなのだ。
「寝てろよ! もう立ち上がるな! 君は何もしなくていいんだ!」
触手が襲いかかる。
そして、掴み取られる。
「!」
「貴様もワシと同じじゃ、ユニ」
今度はアイムが出現した。人の姿でニャーンに迫っていた触手をことごとく鷲掴み、瞬時に捻り切って投げ捨てる。
「アイム! 君まで何故!?」
ニャーン同様に眠らせておいたはず。仮に目覚めたところで自由に動ける状態ではない。しかしここは精神世界で、彼等の肉体は思考を読み取る怪塵の中にある。
だからだと気付いた。
「怪塵を媒介に彼女の精神の中へ!?」
「理屈なぞ知らん! 気付いたらこの場におったわい! だが好都合よ、あやつを守るのがワシの役目! 場所がどこだろうと、それは変わらん!」
「邪魔をするなっ!」
ユニの攻撃をことごとく弾き、叩き落とし、時には身を挺して庇って受け止めるアイム。さらに手数を増やすしかない。そのためのイメージを瞬時に構築する。
ところが次の瞬間、今度は光が落ちて来た。足下からも溶岩が噴出。相手側が先に守り人を追加した。
「加勢するぞアイム!」
「助けに来ました、ニャーンさん!」
グレンとズウラだ。彼等も怪塵を介してこの精神世界に入って来た。そしてアイムと連携し鉄壁の防御でニャーンとプラスタを守護する。
「クソッ! クソックソぉ! やめろ! それに触れるな!」
ユニは目の前の三人より、やはりニャーンを恐れていた。彼女が何をしようとしているか察したから。怪塵が守護者達を呼び出せたのは、ニャーンが思考を読む力を使っているから。その副作用として彼等の意識と彼女の意識が繋がったに過ぎない。
狙いは彼等ではない。彼女が本当に繋がろうとしている相手は――
「やめろ、僕を知ろうとするな!」
「嫌、です……!」
ビサックから貰った杖を出現させ、それを支えについに完全に立ち上がり、顔を持ち上げる彼女。ユニを見つめるその眼差しに怒りは無い。憎しみも無い。繰り返される悪夢で数え切れない地獄を体験させた相手を、彼女は静かに、穏やかな桜色の瞳で見つめる。赤い雷光を使う時の真っ赤な光ではなく青い輝きがその中心に見えた。
海を思わせる深い青が、またしてもユニの胸中に言葉にならない感情を湧き上がらせる。
「どうしてですか? どうして彼女に力を貸すのです!? 僕こそが最も貴女を求めているのに!」
「すいません。こんなのずるとい思います。でも知りたいんです、貴方を、ユニ・オーリという人の心を!」
「嫌だ、やめてくれ!!」
「なっ!?」
驚愕するアイム達。ユニが分裂を始めた。第七大陸での戦いの再現。
けれど、そこに現れたのは複製でなく同位体。アイムから奪った力で接続された並行世界の彼等。その全員がニャーンを止めるべく攻撃を繰り出す。それだけ彼は過去を知られたくない。
文字通り自分の全てをかけた全身全霊の拒絶。全方位からニャーンに迫る触手や攻撃魔法。流石に数が多すぎて三人だけで防ぎ切るのは不可能。
そう、三人だけならば――
「アホウ! ワシも目覚めとるんじゃ!」「傷一つ付けさせん!」「ワシの知るニャーンではなくとも、大事なその同位体じゃからな!」
同じく無数のアイムが出現し、
「クメル、待っていてくれ」「すぐに帰る」「この戦いを今度こそ終わらせて!」
「安心してくださいニャーンさん」「オレ達が」「ついてますから!」
やはり無数のグレンと無数のズウラが対抗する。全ての攻撃をニャーンに届く前に弾いて斬って焼き尽くす。
驚愕するユニ達。前進して肉薄するアイム達。数多の並行世界から集った者同士の激しい攻防が見渡す限りの空間で繰り広げられる。
「繋がる力を仲間に……!」
「この場では全員が繋がっておる! だったらこれも当然の話!」
「言ったじゃろう、貴様もワシと同じだと!」
「ぐっ!?」
この世界のアイムがこの世界のユニ・オーリの顎を掌底でカチ上げた。
別のアイムが天を仰いだ顔面に蹴りを叩き込む。
「侮っておったのだ、ワシらの力を!」
「そして何より、あやつの強さを!」
複数のアイムが蛇咬を仕掛けてユニの動きを封じる。
そんな彼等の信頼を受け、ニャーンの放つ光輝がさらに強さを増す。青い光が悪意で形成された触手を分解し消し去って行く。
「ニャーン・アクラタカは、貴様ごとに支配できる器ではない!」
「あやつはワシの!」
「自慢の!」
――全てのアイムがグレンとズウラの支援を受け、全てのユニの眼前に迫った。右の拳を握って腰を回転させながら突き出す。魔法による攻撃を受けても止まらない。むしろさらに加速する。
とうとう顔面に鉄拳を叩き込み、同時に言い切った。
「相棒じゃ!」
「!」
衝撃でのけぞるユニ達。でも想像したほどの威力は無い。明らかに加減されている。本気の一撃なら全てのユニ・オーリを消滅させられたはずなのに。
「な……何、故……?」
散々弄んできた、出生自体が自身の企みによる結果の存在。ユニ・オーリを誰よりも憎んでいるはずのアイムが殺意を御した。
ただ、押し止めただけ。そこへニャーンの魂が青い光の矢を放ち、無数に分裂させて全てのユニの胸を貫く。これもまた攻撃ではない。鍵を差し込み、心の扉を開いただけ。
何千何万何億といるユニ・オーリの全てが光を浴びて、そしてそれぞれの魂から記憶が、誰にも明かさず秘めて来た想いが解放された。彼が絶対に明かしたくなかった真実。最も大切な思い出が空間を震わせ、響き合い、それを聴いた全員に在りし日の『彼女』の姿を共有する。
『よくできました。ユニ、貴方はとても賢い子ね』
明るく微笑む銀色の髪と青い瞳の女性。見た瞬間に彼女以上の美貌など存在しえないと直感する美しい顔立ち。でも、それ以上に人を惹きつけるのは内面の魅力。
彼女は全てを愛している。だから全てに愛される資格を持つ。
その名はマリア・ウィンゲイト。最古にして至高の神。
別の夢では唐突に不気味な虫達の巣に放り込まれた。目と鼻、耳や口、ありとあらゆる場所から体内に侵入して来たそれらに生きたまま肉を食い荒らされる。
さらに続く夢では信じていた人達に裏切られた。アイムに見捨てられビサックに騙され、グレンに殴られズウラに踏みつけにされ、スワレにまで嘲笑された。使えない、馬鹿すぎる、生きている価値も無いと辛辣な言葉を繰り返し浴びせられる。
両親と一緒に暮らす夢も見た。もし二人と弟が生きていたらと、そう想像したことは一度や二度ではない。皆で幸せに暮らしていた可能性だってあると、その度に思った。
けれど夢の中の家族は現実での死が救いに思えるほど悲惨な状況で、彼女の儚い想像を打ち砕く。家族でありながら互いを罵倒し、疑い、傷つけ合って甘い願望を繰り返し否定した。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。現実では一瞬にも満たない時間で地獄のような体験を繰り返す。傷付け、その傷をさらに抉り、人の悪意を徹底的に濃縮して脳髄に叩き込む。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
繰り返している。繰り返させている。
なのに、どうして?
「どうなっている……なんだ君は? どうしてなんだ?」
悪夢を見せているユニの方が悪い夢に迷い込んだ気分だ。どんな夢を見せても、どれだけの苦痛と恥辱を与えても、それでもニャーンは起き上がって来る。
倒れても、必ずまた立ち上がる。
「折れているはずだ! 確かに手応えがあった! もう、何度も諦めただろう? 泣きながら自分の死を願ったじゃないか!? 這いつくばって許しを乞うたくせに!」
「は、い……」
互いに声が震える。ユニには理解できない。普通の人間なら一度で発狂する体験を数え切れないほど繰り返し味わわせた。今だってまだ続けている。全てトラウマになったはず。何度も屈服する姿を見た。心を折ったという、その感触はあったのだ。
けれど、それなのにまたニャーンは少しずつ体を起こす。倒れても倒れても結局また顔を上げてユニを見つめる。
言葉はほとんど発しない。それどころじゃない。繰り返し悪夢に堕ちる。一つ終えたかと思うと、またすぐに次の地獄が始まる。彼の言う通り、心なんて、もう何度も折れている。膝をついて休みたい。いっそ本当に死んでしまいたい。
けれど――
「立ちなさい、ニャーン」
挫けるたびに声が聞こえるのだ。厳しくも優しい親友に叱咤される。
「自分で選んだんでしょ。アタシが止めても聞かずに、アンタはあの時、頷いたのよ」
オクノケセラの最後の頼み。それは彼女の代わりに神になること。母星を救う唯一の道だからと、そう教えられた。守界七柱は全員が同格。ニャーンがそのうちの一柱になれば彼女の意見は重みを増す。他の神々にも説得が通じるようになる。
そのためには席を一つ空ける必要があった。だからオクノケセラは自らルールを破って自分の席を譲ってくれた。試練の神としての使命に縛られている自分より、まだ何の使命も持たない小娘の方が適任だと判断した。彼女なら未来をどんな方向へでも進ませられると。
期待され、迷って、悩み、そしてニャーンは頷いた。心の中のプラスタと現実のスワレ、二人の友人に説得されても結論を変えなかった。
神様になりますと誓った。
「本当のアタシとの再会が遠のいたじゃない。院の皆も待ってるのに、アンタはずっと遠い未来を目指すと選択したのよ」
神様になんてなったら、いつ寿命を迎えられるかわからない。永遠に死ねない可能性だってある。
なのにニャーンは選んだ。馬鹿だから、自分より他人が傷付くのを許容できない、そんな性格の馬鹿だから。自分自身が一番辛くて悲しい茨の道へと踏み込んだ。
彼女にしか見えていないプラスタの幻影は、険しい表情のまま涙を拭う。
「立ちなさい! どんな酷い目に遭っても、立って歩き出せ! 走れ! これからアンタの前には、そんな夢よりずっと辛い現実が待ってる! それでも進むと決めたんでしょ! アタシ達との約束も守りたいんでしょう! なら立ち止まってる暇なんか無いわ!」
その時、眼神から奪った眼がようやく実体の無い情報を捉える。ユニの視界にもプラスタが出現した。ニャーンの横に立ち、炎のように燃える眼差しで親友を叱咤する。自分自身も辛そうな顔をして。
「立って! 怪塵の作った偽物でも、アタシがずっと傍にいるから! 見ていてあげるから、早く立ちなさい!」
「う、う……うううっ!」
ニャーンの動きが早くなる。悪夢はまだ見せているのに意に介していない。プラスタという炎が彼女の魂の中心にも決して消えない火を灯した。どんな夢も現実も、もうその炎を吹き消すことはできやしない。
ユニには、それが理解できた。理解してなお否定する。
「……ふざけるな。たかが小娘一人の言葉で、そんなもので……!」
消えない炎なら彼の中にもある。ずっと昔に灯った暗い火。今それに再び薪をくべて気圧されている自分を叱咤する。
「だったら根競べだ! どっちが先に完全に折れるか勝負しよう!」
もう一度触手を伸ばす。複数の魔法を同時に発動させて解き放つ。精神世界でのダメージは魂を直接傷付けられる分、現実のそれよりも遥かに辛く苦しい。そのはずなのだ。諦めずに繰り返していれば、いつか必ずあの化け物だって倒れる。自我が朽ち果て、操り人形になる。
そのはずなのだ。
「寝てろよ! もう立ち上がるな! 君は何もしなくていいんだ!」
触手が襲いかかる。
そして、掴み取られる。
「!」
「貴様もワシと同じじゃ、ユニ」
今度はアイムが出現した。人の姿でニャーンに迫っていた触手をことごとく鷲掴み、瞬時に捻り切って投げ捨てる。
「アイム! 君まで何故!?」
ニャーン同様に眠らせておいたはず。仮に目覚めたところで自由に動ける状態ではない。しかしここは精神世界で、彼等の肉体は思考を読み取る怪塵の中にある。
だからだと気付いた。
「怪塵を媒介に彼女の精神の中へ!?」
「理屈なぞ知らん! 気付いたらこの場におったわい! だが好都合よ、あやつを守るのがワシの役目! 場所がどこだろうと、それは変わらん!」
「邪魔をするなっ!」
ユニの攻撃をことごとく弾き、叩き落とし、時には身を挺して庇って受け止めるアイム。さらに手数を増やすしかない。そのためのイメージを瞬時に構築する。
ところが次の瞬間、今度は光が落ちて来た。足下からも溶岩が噴出。相手側が先に守り人を追加した。
「加勢するぞアイム!」
「助けに来ました、ニャーンさん!」
グレンとズウラだ。彼等も怪塵を介してこの精神世界に入って来た。そしてアイムと連携し鉄壁の防御でニャーンとプラスタを守護する。
「クソッ! クソックソぉ! やめろ! それに触れるな!」
ユニは目の前の三人より、やはりニャーンを恐れていた。彼女が何をしようとしているか察したから。怪塵が守護者達を呼び出せたのは、ニャーンが思考を読む力を使っているから。その副作用として彼等の意識と彼女の意識が繋がったに過ぎない。
狙いは彼等ではない。彼女が本当に繋がろうとしている相手は――
「やめろ、僕を知ろうとするな!」
「嫌、です……!」
ビサックから貰った杖を出現させ、それを支えについに完全に立ち上がり、顔を持ち上げる彼女。ユニを見つめるその眼差しに怒りは無い。憎しみも無い。繰り返される悪夢で数え切れない地獄を体験させた相手を、彼女は静かに、穏やかな桜色の瞳で見つめる。赤い雷光を使う時の真っ赤な光ではなく青い輝きがその中心に見えた。
海を思わせる深い青が、またしてもユニの胸中に言葉にならない感情を湧き上がらせる。
「どうしてですか? どうして彼女に力を貸すのです!? 僕こそが最も貴女を求めているのに!」
「すいません。こんなのずるとい思います。でも知りたいんです、貴方を、ユニ・オーリという人の心を!」
「嫌だ、やめてくれ!!」
「なっ!?」
驚愕するアイム達。ユニが分裂を始めた。第七大陸での戦いの再現。
けれど、そこに現れたのは複製でなく同位体。アイムから奪った力で接続された並行世界の彼等。その全員がニャーンを止めるべく攻撃を繰り出す。それだけ彼は過去を知られたくない。
文字通り自分の全てをかけた全身全霊の拒絶。全方位からニャーンに迫る触手や攻撃魔法。流石に数が多すぎて三人だけで防ぎ切るのは不可能。
そう、三人だけならば――
「アホウ! ワシも目覚めとるんじゃ!」「傷一つ付けさせん!」「ワシの知るニャーンではなくとも、大事なその同位体じゃからな!」
同じく無数のアイムが出現し、
「クメル、待っていてくれ」「すぐに帰る」「この戦いを今度こそ終わらせて!」
「安心してくださいニャーンさん」「オレ達が」「ついてますから!」
やはり無数のグレンと無数のズウラが対抗する。全ての攻撃をニャーンに届く前に弾いて斬って焼き尽くす。
驚愕するユニ達。前進して肉薄するアイム達。数多の並行世界から集った者同士の激しい攻防が見渡す限りの空間で繰り広げられる。
「繋がる力を仲間に……!」
「この場では全員が繋がっておる! だったらこれも当然の話!」
「言ったじゃろう、貴様もワシと同じだと!」
「ぐっ!?」
この世界のアイムがこの世界のユニ・オーリの顎を掌底でカチ上げた。
別のアイムが天を仰いだ顔面に蹴りを叩き込む。
「侮っておったのだ、ワシらの力を!」
「そして何より、あやつの強さを!」
複数のアイムが蛇咬を仕掛けてユニの動きを封じる。
そんな彼等の信頼を受け、ニャーンの放つ光輝がさらに強さを増す。青い光が悪意で形成された触手を分解し消し去って行く。
「ニャーン・アクラタカは、貴様ごとに支配できる器ではない!」
「あやつはワシの!」
「自慢の!」
――全てのアイムがグレンとズウラの支援を受け、全てのユニの眼前に迫った。右の拳を握って腰を回転させながら突き出す。魔法による攻撃を受けても止まらない。むしろさらに加速する。
とうとう顔面に鉄拳を叩き込み、同時に言い切った。
「相棒じゃ!」
「!」
衝撃でのけぞるユニ達。でも想像したほどの威力は無い。明らかに加減されている。本気の一撃なら全てのユニ・オーリを消滅させられたはずなのに。
「な……何、故……?」
散々弄んできた、出生自体が自身の企みによる結果の存在。ユニ・オーリを誰よりも憎んでいるはずのアイムが殺意を御した。
ただ、押し止めただけ。そこへニャーンの魂が青い光の矢を放ち、無数に分裂させて全てのユニの胸を貫く。これもまた攻撃ではない。鍵を差し込み、心の扉を開いただけ。
何千何万何億といるユニ・オーリの全てが光を浴びて、そしてそれぞれの魂から記憶が、誰にも明かさず秘めて来た想いが解放された。彼が絶対に明かしたくなかった真実。最も大切な思い出が空間を震わせ、響き合い、それを聴いた全員に在りし日の『彼女』の姿を共有する。
『よくできました。ユニ、貴方はとても賢い子ね』
明るく微笑む銀色の髪と青い瞳の女性。見た瞬間に彼女以上の美貌など存在しえないと直感する美しい顔立ち。でも、それ以上に人を惹きつけるのは内面の魅力。
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