gimmick─鏡の魔女と偶像の騎士─

秋谷イル

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序章・天駆ける狂乱の女神

反撃の光と勇気の一矢(3)

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 天才はいる。
 自身も錬金術という分野においてその一人に数えられているフリーダは、これまでの人生で何人かの掛け値無しに優れた天賦の才の持ち主と出会ってきた。
 中でも最も若いのは、かつてこの船に乗っていた砲手の孫である。
 一年前、祖父から聞いたという連絡方法で接触を求めてきたその娘はどうしてもクレイジー・ミューズ号に乗せてほしいと頼んだ。祖父から聞いた数々の武勇伝に憧れ、自分も彼のように空飛ぶ船に乗って心躍る冒険をしてみたくなったのだと。
 はっきり言ってガキだ。そのために家出同然に飛び出して来たとまで聞いてフリーダは頭を抱えたくなった。猛反対したという彼女の父にも深く同情した。
 だから当然、海賊は子供の遊びじゃないんだよと言って追い払おうとした。まだ世の荒波に揉まれたことのない子供でもある。山中の鄙びた村で育った見るからに純朴な娘だ。そして何よりかつての戦友の孫でもある。
 そんな子供を引き受けられると思うか? ありえない。たまたま一人の王女の手伝いをして英雄視されるようになったが、本来海賊とは悪党の一種。胸を張って人様に誇れるような商売ではないし、挙句にこの時すでに彼女たちは大陸全土から追われる身だった。
 だが、そう――天才はいる。
 少女は必死だった。懸命に自分をアピールした。あれが得意ですこれが得意です。読み書きができます掃除も洗濯もできます。飯炊きは苦手だけどこれから頑張って上手くなります。なんでもしますからどうか船に乗せてくださいと、こうだ。
 別にいらないよと思ったが、ふとあるものが目に留まった。少女が壁に立てかけていた弓。
 使えるのかいと訊ねた。彼女の祖父が砲撃の名手だったから、才能を引き継いでいれば上手くてもおかしくないなと。
 無論、もし名手でも船に乗せてやるつもりはない。ただ興味を覚えたから見たくなっただけ。
 少女は自信無さげだった。狩人をしている父から教わったけど、そう大した腕ではない。路銀が尽きた時の食料調達に役立つかもしれないと思って護身用の武器も兼ねて持ってきただけですと。
 まあそんなもんだろうなと思った。大砲と弓では勝手が違う。祖父の才能を受け継いでいても弓の名手になれるとは限らない。そもそもまだ小娘だ。
 だが、少女が『じゃあ、あの鳥を射ってみますね』と飛んでいる鳶を指してこともなげに言った時、驚かされた。その鳥は大分遠くを飛んでいて、なおかつずっと動いている。
 そして弓に矢を番え、構えて狙いを定める動作に入った瞬間、彼女を含むその場にいた全員が理解した。させられてしまった。
 天才はいる。ただ構えただけで、そうだとわかる格の違う怪物が存在している。
 あの時、フリーダの脳裏には別の一人の少女の姿が浮かんだ。そしてその少女の面影が目の前の射手アミータの姿に重なって見えた。
 シケイ……懐かしいその名を呟いた瞬間、矢は放たれて当然のように飛ぶ鳥を射ち落とした。
 それがどれほど難しいことか少女は理解していない。やったと無邪気に喜んで飛び跳ねただけ。
 瞬間、フリーダは熱望した。この才能が欲しいと。
 いつか必ず、助けられるはずだと。



 敵の飛行艇が機関砲を発射する。一発でも直撃したら自分など粉々に砕け散る威力で鉛玉が連射される。
 なのに弓を構えたアミータは身じろぎ一つしなかった。普段は臆病な方なのに、この瞬間だけは誰よりも冷静にまっすぐ標的を見据えて狙い定める。
 父の教え。そしてその父に技を仕込んだ祖父の教え。
 心を空にせよ。ひとたび矢を番えて弓を構えたならば狙い定めて矢を放つ以外に何事も考えるな。
 確信せよ。当てるために放つのではない。当たるのが当然と確信して指を離せ。さすれば矢は狙った場所に必ず当たる。当たるのが当たり前なのだから、それはそのように当たるのだ。
「相変わらずスゲエ集中力だ!」
「アミータ!」
 メインマストにしがみついたコマギレと対空砲を支えに身を起こしたヘビィ・スモーカー。対空砲は全て弾切れでもう反撃の手段は彼女の弓しかない。
 それでも彼らは信じた。彼らもまたあの日あの時の奇跡を見た目撃者だから。
 外すわけがない。あの少女は必ず当てる。
 彼女自身、そう確信して射る。
(アミータ!)
 邪魔にならないよう心の中で呼びかけるフリーダ。その瞬間、それに応えるようにアミータは矢を放った。
 弓の弦が震え、一撃は吸い込まれるように向かって左の機関砲の砲口に刺さる。
 なんの変哲も無い矢に見えたが実は鏃に薬を塗ってあった。アミータの矢の腕を活かすべくフリーダが調合した特殊な薬品。一定以上の熱を持つ物体に触れた瞬間即座に爆発する液体爆薬。
 連射によって熱を帯びていた砲身がその爆薬を炸裂させた。鏃に塗布した量では大きな爆発は起こせない。しかし発生した衝撃と炎は機体内の弾倉に装填されていた残弾全てを誘爆させた。
『!』
 何が起きたのかもわからぬまま、機体の左半分を吹き飛ばされた敵機は大きく傾いで軌道を変えながら墜落していく。驚愕する操縦士の顔が一瞬見えたけれど、アミータの表情はやはり変わらなかった。
 残心。当たるのが当然の一撃だから、その結果にもやはり感動は無い。弓を構えている間だけは。
 でも腕を下ろした途端様子が変わった。自分の成し遂げたことに驚き、船首の女神像や他の船員たちの顔を見回す。
 そしてまた、あの時のようにぴょんと両脚を曲げながら跳んだ。
「やったあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ……ぁぁぁああああああああああああああっ!?」
 目を真ん丸にして歓声を悲鳴に上げる彼女。体が浮かぶ。船の高度がどんどん下がっている。
「せせせ船長、落ちます!」
『わかってるよ! しっかりしがみついときな!』
 メインマストが死んだ以上、墜落はもう免れない。残りの帆だけでは落下速度を減衰させるのが精一杯。
 敵は倒せた。だが自分たちも落ちる。確信したフリーダたちは覚悟を固め、眼下の砂漠に落下して行った。
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