君の好きなもの

秋谷イル

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はじまり

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月見つきみさん、うちの子を弟子にしてもらえませんか?」
「は?」
 玄関のドアを開けた途端いきなり大家に言われたのは、四月中旬のことだった。外は小雨が降っており、まだひんやりとした空気が中へ流れ込んできたのを覚えている。

「息子の文一ぶんいちです。ほら、挨拶しなさい」

 三十代半ばの女性。つまり私と同世代の若い大家さん。その息子は中学生くらいの小柄で、けれども目付きの鋭い少年だった。髪は短く、服装と共にきっちり整えられてある。
 今になって思うと、おそらく大家さんがそうしてあげたのだろう。少しでも見栄えが良くなるようにと。だって後々馴染んでくるとボサボサ頭でやって来るようになったもの。

 さて、私に対する説得は小一時間にも及んだため、それを全部描写すると長編小説になってしまう。だから結論から言おう。私は文一くんを弟子にした。
 無論、最初は断ったのだ。たしかに年がら年中部屋に籠もっているが別に無職というわけではない。私はここで仕事をしている。生活もある。いくら大家さんの子といえど、それまで全く面識の無かった少年を預かって労働時間とプライベートを犠牲にするつもりは無い。
 ――と、言ってはみたものの内心期待もしていた。強く突っぱねれば何かしら旨い見返りを提示されるのではないかと。実際のところ子供一人預かるくらいはどうとも思っていない。実家にいた頃は、よく姉の子供たちの面倒を見ていたものだ。なので子守りには割と慣れている。
 でもって目論見通り、大家さんは家賃を割り引いてくれると言ってくれた。半額くらいになったら最高だと思っていたが、さすがにそこまで甘い話は無く、三割引き。まあ、それはそれで十分な報酬だと思ったので文一くんを預かることにした。

 ここでもう一つ、いや二つ、弟子入りを認めた大事な条件がある。時間は最大二時間で、文一くんの気が向いた時だけうちへ来るというもの。
 だってほら、嫌々来られても面倒だし。こちとら三十を過ぎて体力も徐々に落ちているわけだから不機嫌な十四歳の少年に本気で暴れられたりしても困る。それにやっぱり仕事を長々邪魔されたくない。だから本人の気が乗った時だけ二時間だけなら面倒見ますよ、ということにさせてもらった。

 そして現在、六月半ば――二ヶ月経った今も、彼は私の部屋に通って来ている。
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