君の好きなもの

秋谷イル

文字の大きさ
6 / 7

おしまい

しおりを挟む
 そして今度は一ヶ月が過ぎた。本当に申し訳ないので今月は一割引きでいいと申し出た翌日、ようやく文一くんが再訪した。
 彼は鼻息荒く、目も血走っていて、さらに目の下にクマ。興奮してもう一秒も待ってられないという雰囲気だったため、気圧されつつ中へ招き入れて座らせる。

「えっと、お茶とか……」
「いりません! 読んでください!」
「はい」

 言われるがままタブレットを受け取り、彼の作品に目を通す。
 やっぱり新作か。タイトルは……『小説家とぼく』?

「……」
 文一くんは緊張した眼差しでこちらをじっと見つめている。こっちはこっちでなんだか嫌な予感を覚えつつ読み進めていって、そしてすぐに理解した。
 これ、私たちの話じゃないか。実話ベースで書かれた物語。
 こう来たかあ……。

 いや、いいんだよ? ノンフィクション作家ってのもいるし。別に一から十まで創作にしなきゃならない決まりがあるわけじゃないしね。うん、こういうのが書きたいなら、それはそれで全然あり。かなり予想外の方向性だけど、今までの作品と違って熱意はしっかり伝わってくる。
 というより、伝わりすぎて、なんだか顔が熱くなってきた。

『僕はあの人に認めて欲しい。そのために書いているのに、どうしてもそれが伝わらない』

 ――って感じの文章がさあ、ずっと続いてるんだよ。話の流れから考えて、これどう見ても文一くん自身の内面の描写だよね?
 うわあ、そうか、そう思われてたのか。ていうか私、性別不詳なの? マジで? とっくに知ってるものとばかり……別に隠してないし。
 ていうか、これそういうこと? この子、私に恋してない?
 こ、困る。ものすごく困る。アラフォーと十四歳なんてありえないから。逮捕されちゃう。
 いやまあ、気持ちはわかるけどね。この年頃なんて身近な大人に恋しがちだって。私も例の特別支援学校の先生に片想いしてたし。
 あー、まいったなあ。こんな形で告白されるとは。これ無自覚? だとしたら末恐ろしいなこの子。自覚してたら、それはそれで勇者すぎるけど。なんだ、どっちみちすごいな。
 もちろん応えるわけにはいかない。それでも、師匠としての役割は果たそう。
 うん、そっちの私としては大満足だ。いつもより時間をかけて最後まで読み終わってから告げる。

「面白かった」
「え……?」

 そうだよね。ずっとこう言って欲しかったんだもんね。ごめんね、あっさり夢叶えちゃって。
 でも私は、創作に関して嘘をつけない。本当だよ、面白かった。

「面白かったよ。もちろん、まだまだ荒削りだけど、よく書けてる。今回はオリジナリティーもばっちり」
 実話ベースとはいえ、彼の体験を元にしたこの物語は彼にしか書けない。だから当然、オリジナリティーという面では満点だ。
 それに勇気も褒め称えたい。
「怖かったでしょ? 自分の作品を人に見せるのって。前の作品はさ、もうすでに世間に認められている作品の模倣だった。それが好きな人間は必ずいるってわかってるから、私に見せるのにあんまり躊躇いが無かったんじゃない? でも今回は、君の内面を形にした君だけの作品だ。自分の心を他人にさらけ出すみたいで勇気が必要だったでしょ」
 なのに彼は、またここに来て私に作品を見せてくれた。
 しかも、こんな告白まがいの作品を。
「その勇気は作家になる上で、とても大切なものだよ。たとえ作家以外の何かを目指すんだとしても絶対に必要になる大切な要素だ。無くさないでね」
「……はい」

 少し考え込んでから頷く文一くん。きっと理解してくれたものと思いつつ、確認のため問いかける。

「君はこれからどうしたい?」
「えっと……学校に、行ってみようと思います」
「えっ? ほんと?」
 予想外。てっきり、これからも書き続けますと言うだけかと。
 けれど文一くんの決意は固い。どうやら本気らしい。
「はい。今回、誰かの真似じゃなくて、自分の作品を書いてみて思いました。オレはまだ色んなことを知らなすぎるって。もちろんネットを使ってたくさん調べました。でも、それだけじゃ全然足りない」
 うん、そうだろうね。知識だけじゃどうしても描写しきれないところはある。創作には経験も必要だ。この作品は実体験だらけだから書けたんだろう。
 だからと、彼が続けた言葉の先は予想通り。
「学校に行って、ちゃんと勉強して卒業します。高校にも、できれば大学にも行きたいです。でも、小説は書き続けるので、よければこれからもずっと師匠でいてください!」
「わかった、引き受けよう」
 私はしめしめと心の中でほくそ笑む。彼のこのやる気がいつまで続くか知らないが、少なくともしばらくは割引家賃で住み続けられそうだ。彼の師匠になって以来、大家さんは他にもお菓子やら野菜やらを差し入れてくれるのでとても助かっている。
 打算的な大人でごめん。でも、その分ちゃんと師匠をやるからこれからも通ってきてね!
 今回のことで、意外と彼と私の感性は近いとわかったし、こちらとしても自信がついた。

「よし、目指せプロデビュー!」
「は、はいっ!」

 肩を組んで窓の向こうを指差したら、しっかり追従してくれた。うんうん、可愛い弟子よ。いつかプロになってヒット作を生み出しておくれ。
 でもって有名になれたら、ちょっとだけ私の作品も宣伝してほしいな。
 頼んだぜ、少年!



 ――と、嬉しさのあまりハイテンションになっていた私だったが、文一くんを帰した後にあの作品の結末を思い返して一人静かに黄昏れる。コーヒーでも飲まなきゃやってらんねえぜ。
 彼の好きを詰め込んだ結果、ラストはなんと私をモデルにした小説家と彼をモデルにした作家がめでたく結ばれるところで完結していたのだ。
 いや、あのね……無理だから。年齢以外にも色々問題があるし。
 その夢だけは叶えてやれそうにない。

「ふう……」

 コーヒーが苦いぜ。
 せめて、あと十年早ければなあ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

処理中です...