君の好きなもの

秋谷イル

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おしまい

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 そして今度は一ヶ月が過ぎた。本当に申し訳ないので今月は一割引きでいいと申し出た翌日、ようやく文一くんが再訪した。
 彼は鼻息荒く、目も血走っていて、さらに目の下にクマ。興奮してもう一秒も待ってられないという雰囲気だったため、気圧されつつ中へ招き入れて座らせる。

「えっと、お茶とか……」
「いりません! 読んでください!」
「はい」

 言われるがままタブレットを受け取り、彼の作品に目を通す。
 やっぱり新作か。タイトルは……『小説家とぼく』?

「……」
 文一くんは緊張した眼差しでこちらをじっと見つめている。こっちはこっちでなんだか嫌な予感を覚えつつ読み進めていって、そしてすぐに理解した。
 これ、私たちの話じゃないか。実話ベースで書かれた物語。
 こう来たかあ……。

 いや、いいんだよ? ノンフィクション作家ってのもいるし。別に一から十まで創作にしなきゃならない決まりがあるわけじゃないしね。うん、こういうのが書きたいなら、それはそれで全然あり。かなり予想外の方向性だけど、今までの作品と違って熱意はしっかり伝わってくる。
 というより、伝わりすぎて、なんだか顔が熱くなってきた。

『僕はあの人に認めて欲しい。そのために書いているのに、どうしてもそれが伝わらない』

 ――って感じの文章がさあ、ずっと続いてるんだよ。話の流れから考えて、これどう見ても文一くん自身の内面の描写だよね?
 うわあ、そうか、そう思われてたのか。ていうか私、性別不詳なの? マジで? とっくに知ってるものとばかり……別に隠してないし。
 ていうか、これそういうこと? この子、私に恋してない?
 こ、困る。ものすごく困る。アラフォーと十四歳なんてありえないから。逮捕されちゃう。
 いやまあ、気持ちはわかるけどね。この年頃なんて身近な大人に恋しがちだって。私も例の特別支援学校の先生に片想いしてたし。
 あー、まいったなあ。こんな形で告白されるとは。これ無自覚? だとしたら末恐ろしいなこの子。自覚してたら、それはそれで勇者すぎるけど。なんだ、どっちみちすごいな。
 もちろん応えるわけにはいかない。それでも、師匠としての役割は果たそう。
 うん、そっちの私としては大満足だ。いつもより時間をかけて最後まで読み終わってから告げる。

「面白かった」
「え……?」

 そうだよね。ずっとこう言って欲しかったんだもんね。ごめんね、あっさり夢叶えちゃって。
 でも私は、創作に関して嘘をつけない。本当だよ、面白かった。

「面白かったよ。もちろん、まだまだ荒削りだけど、よく書けてる。今回はオリジナリティーもばっちり」
 実話ベースとはいえ、彼の体験を元にしたこの物語は彼にしか書けない。だから当然、オリジナリティーという面では満点だ。
 それに勇気も褒め称えたい。
「怖かったでしょ? 自分の作品を人に見せるのって。前の作品はさ、もうすでに世間に認められている作品の模倣だった。それが好きな人間は必ずいるってわかってるから、私に見せるのにあんまり躊躇いが無かったんじゃない? でも今回は、君の内面を形にした君だけの作品だ。自分の心を他人にさらけ出すみたいで勇気が必要だったでしょ」
 なのに彼は、またここに来て私に作品を見せてくれた。
 しかも、こんな告白まがいの作品を。
「その勇気は作家になる上で、とても大切なものだよ。たとえ作家以外の何かを目指すんだとしても絶対に必要になる大切な要素だ。無くさないでね」
「……はい」

 少し考え込んでから頷く文一くん。きっと理解してくれたものと思いつつ、確認のため問いかける。

「君はこれからどうしたい?」
「えっと……学校に、行ってみようと思います」
「えっ? ほんと?」
 予想外。てっきり、これからも書き続けますと言うだけかと。
 けれど文一くんの決意は固い。どうやら本気らしい。
「はい。今回、誰かの真似じゃなくて、自分の作品を書いてみて思いました。オレはまだ色んなことを知らなすぎるって。もちろんネットを使ってたくさん調べました。でも、それだけじゃ全然足りない」
 うん、そうだろうね。知識だけじゃどうしても描写しきれないところはある。創作には経験も必要だ。この作品は実体験だらけだから書けたんだろう。
 だからと、彼が続けた言葉の先は予想通り。
「学校に行って、ちゃんと勉強して卒業します。高校にも、できれば大学にも行きたいです。でも、小説は書き続けるので、よければこれからもずっと師匠でいてください!」
「わかった、引き受けよう」
 私はしめしめと心の中でほくそ笑む。彼のこのやる気がいつまで続くか知らないが、少なくともしばらくは割引家賃で住み続けられそうだ。彼の師匠になって以来、大家さんは他にもお菓子やら野菜やらを差し入れてくれるのでとても助かっている。
 打算的な大人でごめん。でも、その分ちゃんと師匠をやるからこれからも通ってきてね!
 今回のことで、意外と彼と私の感性は近いとわかったし、こちらとしても自信がついた。

「よし、目指せプロデビュー!」
「は、はいっ!」

 肩を組んで窓の向こうを指差したら、しっかり追従してくれた。うんうん、可愛い弟子よ。いつかプロになってヒット作を生み出しておくれ。
 でもって有名になれたら、ちょっとだけ私の作品も宣伝してほしいな。
 頼んだぜ、少年!



 ――と、嬉しさのあまりハイテンションになっていた私だったが、文一くんを帰した後にあの作品の結末を思い返して一人静かに黄昏れる。コーヒーでも飲まなきゃやってらんねえぜ。
 彼の好きを詰め込んだ結果、ラストはなんと私をモデルにした小説家と彼をモデルにした作家がめでたく結ばれるところで完結していたのだ。
 いや、あのね……無理だから。年齢以外にも色々問題があるし。
 その夢だけは叶えてやれそうにない。

「ふう……」

 コーヒーが苦いぜ。
 せめて、あと十年早ければなあ。
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