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中学生編
大塚家vs夏休み(3)
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楽しいな。友美達がまたうちに来てくれて楽しいな。こんな日がずっと続いたらいいのに。
でも──
親友の様子がおかしい。
「あゆゆ?」
「え?」
部活の時間。いつも通り部員みんなが集まってだらだら活動しているだけ。うちの部はコンクールに出ようとかそういうことは全然考えてなくて、とにかく楽しく演奏をしたいだけの生徒の集まり。本格的に活動したい子は吹奏楽部へ行く。
当然学校側からの待遇も変わり、実績のある彼等と違ってこっちが音楽室を使えるのは週に二日だけ。まあ、すでに将来の目標を定めていて、ピアノは弾けるようにさえなればいいというあゆゆにはこっちの方が合ってた。だからあたしと一緒にこの部を選んだ。
経験者のあたしが指導役であゆゆは優秀な生徒。あいも変わらず飲み込みが早い。そろそろ教えることが無くなりそう。そしたら卒業まで気の向くままに好きな曲を弾いて過ごそう。部のお気楽な方針はあゆゆの性格とも合っていて、いつも楽しそう。
でも、近頃たまに心ここにあらずになる。今もそんな感じだった。
「どうしたの、ぼーっとして」
「あ、ごめん、ちょっとね」
「ふうん……」
なんだかなあ。あゆゆのことは大好きだけど、昔からこういうところがあって、それは嫌い。なまじ器用でなんでも出来ちゃう分、悩み事があると自分だけで解決しようとして抱え込んじゃう。
それでいて強情だから、無理に聞き出そうとするとかえって話をこじらせちゃうんだよなあ。う~ん……。
「あの馬鹿に、たまには役立ってもらうか」
「え?」
「なんでもない、こっちのこと。さ、もう一回弾いてみよっか。先輩達、この曲なら演れますよね? たまには合わせてみません?」
「ん? どれ?」
「あ、これか。恋愛映画のオープニングだっけ」
「私、この映画泣きました~」
めいめい好き勝手に練習していた先輩達と後輩が近づいて来て楽譜を覗く。
「そうそう、たまには部活らしい活動をしてね~」
湯飲み片手にのほほんと発言したのは、この部の顧問を務める神坂 しおり先生。丸いメガネをかけたゆるゆるふわふわな美人さん。うちの部が常にのんびりしてるのはこの人が顧問だからかもね。放任主義ってわけでもないんだけど、あんまり口出しして来ないし、当人も熱心に指導したりするわけではない。そもそも楽器はトライアングルとタンバリンしか使ったことが無いらしい。なんで音楽部の顧問なの?
「昔、こういうアニメあったなあ~」
部員五人が珍しくセッションを始めたのを見て、そんな感想を放つしおり先生。あたしとあゆゆがピアノの連弾。先輩達はエレキギターとカホン。後輩は縦笛。なんでもありも我が部の特徴。
「あはは、また変な組み合わせ」
あゆゆは楽しそうだ。先輩達やしおり先生にはきっと、心底楽しんでいるように見えるだろう。
でも、あたしは気付いてる。まだちょっとだけこことは違うどこかへ意識が引っ張られてると。
だからやっぱり、あの馬鹿を利用することにした。
「おーい、あゆゆ」
一旦家に戻り、お昼を食べ、着替えてからあゆゆの家までやって来た。いやあ、ほんと前より近くなって行き来が楽だわ。おじさんに感謝。
「いらっしゃーい、あがってよ──って」
「よ、よう、久しぶり」
「まだ終業式から六日でしょ」
あたしの隣には木村がいた。今日は例の道場に行く日だったらしいけど、あゆゆのためだからって行ったら休んでほいほいついて来たよ。
「なに? 珍しいね」
「ていうか、あゆゆが引っ越してから初だよ。いっぺん今の家を見てみたいって言うんで連れて来た」
「えっ!?」
驚いて振り返る木村。ま~、本当はあたしが呼んだんだもんね。でもここは合わせろよ馬鹿。あゆゆから見えないようにこっそり肘をつねる。
「ふぐっ!?」
「え? なに? どうした」
「緊張してんじゃない? こいつも上がっていいよね?」
「そりゃいいけど、うちの子達に変なことしないでよね」
「し、しねえよ!」
売り言葉には買い言葉を返す木村の習性。あたしの策略なんかあっさり忘れて上がっていった。よしよし、頷きつつ後へ続く。単純馬鹿はこういう時には便利。
「あら、沙織ちゃん、無限くん、いらっしゃい。無限くんは久しぶりね」
「お久しぶりです」
居間に入ると、あゆゆのママが正道くんと柔ちゃんに絵本を読み聞かせていた。二人はちっちゃいお布団に寝かされている。これからお昼寝みたい。
「ここだとうるさくしちゃうし、上に行こう」
「そうだね」
というわけで二階のあゆゆの部屋へ。
「前の家の時とあんまり変わんねえな」
「あんまりジロジロ見るなよ」
デリカシーの無い木村の感想に目尻を吊り上げるあゆゆ。よーしいいぞ木村、お前にはそういう役割を期待してるんだ。
「友美ちゃん達は?」
「美樹ねえと友にいが本屋へ連れてった」
「本好きだね、あの子」
「ねえ? あの歳でもう私よりたくさん読書してるよ。悪の魔女シリーズって絵本知ってる? 全部で百八巻もあるの」
「へえ、頭いいんだなあ」
感心する木村。別に読書量イコール頭の良さではないだろうけど、友美ちゃんは実際に賢い感じだからわからなくもない。三歳の頃から言動がしっかりしてたよ、あの子は。
「さて、何をしようか」
ちょっと困り顔のあゆゆ。あたしとはともかく木村と遊ぶのは久しぶりだもんね。木村も緊張しちゃってる。てめえ、今日は気絶したりすんなよな。
「ゲームとか?」
「ゲーム機、居間にある……」
「スマホの」
「三人で?」
「なんかつまんなくね?」
「じゃあ何がしたいのよ。出かける?」
「お前ら二人と俺一人は、ちょっと……」
なるほど、誰かに見られたらあらぬ誤解を生むか。あたしはともかくあゆゆにスキャンダルはまずい。それにあたしも、よりにもよって木村となんて噂が立ったら困る。
「UNOでもしようか」
「無難だな」
「だね」
というわけでUNOで遊び始めた。
「スキップ」
「また!?」
「リバース」
「スキップ」
「オレの順番が来ねえよ! 二人がかりはずりいぞ!」
「敵地に乗り込んできたのはお前だろ」
ヘヘッと笑うあゆゆ。最近すっかり女の子らしくなったけど、こういう勝負事してると昔あたし達が男の子だと勘違いしていた頃の表情に戻る。けっこう勝ち負けにこだわるんだよね、この子。
「くっそー! もう一回!」
「はん、何度でもかかってこいよ」
また最下位だった木村が熱くなって再戦を挑む。得意げな顔で迎え撃つあゆゆ。
さて、そろそろかな?
「ドローフォー!」
「こっちも~」
「また集中攻撃かよ!?」
「あはは、木村よわ~」
「くっそう……ん?」
楽しそうなあゆゆのその顔を見た木村が眉をひそめた。一瞬だったけど、そんなことが何回か続いて、やがて問いかける。
「歩美、お前なんかあったのか?」
「ん? なんかって?」
「知らねえけど、しばらく前から、たまに今みたいな顔するよな。楽しそうなのに本当はそうじゃないっつうか」
「……」
うん、よくやったぞ木村。これで今日のお前の役割は終わりだ。
この子は一人で背負っちゃう。あたしとあゆゆは親友だけど、だからこそ言えないってこともあるみたい。心配かけたくないとか、そういう風に気を回してさ。
でも木村はただの馬鹿。だから良くも悪くも気遣う必要が無いし、本人もそこまで頭が回らない。こいつは単純で単刀直入な単細胞なんだもの。
「……さおちゃん」
「なに?」
すっとぼけるあたしを睨むあゆゆ。どうやら木村を連れて来た意図を見抜かれたみたい。けどさ、それならあたしの言いたいこともわかるよね? 結局もう心配させちゃってるんだから打ち明けた方がお得じゃない?
せめて、あたしらにくらい言ってよ。
睨み返すと、しばらくして諦めたように語り出す。
「ちょっと前、伯母さんに会った」
「友美ちゃん達のママのこと?」
「ううん、死んだパパの双子のお姉さん」
「えっ」
驚くあたし達。そんな人いたの? 初めて聞いた。
「私も知らなかったんだけど、こないだ急にうちに来て、それでまあ色々と……」
あたし達二人は、かいつまんで夏休み前の出来事を聞いた。
「そっか、それで……」
「じゃあ、最近たまに暗い顔になってたのは、その人のことを考えてたのか」
「そんなに暗かった?」
「時々ね」
あたし達みたいな付き合いの長い人間にはわかる程度におかしかった。なるべくいつも通り振る舞おうとはしてたみたいだけど。
「ん~、別に大した悩みじゃないのにな。さっきも言ったけど、もう本音じゃ許せてるし、そもそも時雨さんのせいじゃないと思うから……」
「まあ、話を聞く限りそうだよね」
「ただ、次に会った時どういう風に接したらいいのかは考えちゃうよ。親戚って言っても、これまで全く会ったことが無かった上に出会いがああだったし、すぐに気を許したらパパに悪い気もするし、時雨さんにもかえって気を遣わせちゃいそうで」
「う~ん」
たしかに難しい。しかも、その時雨って人はパパさんそっくりらしい。あゆゆとしては余計に混乱しちゃうよね。私だったらまた年単位で距離を置いちゃいそうな気がする。
でも単純馬鹿は違った。
「普通でいいんじゃねえの? お前、その人のこと許してるんだろ? その人が悪いわけでもないって思ってんだろ? なら普通に親戚のおばちゃんと会う感じでいいじゃん?」
解決してるじゃないか、何を悩むことがあるんだと不思議そうな顔。馬鹿は本当に気楽だこと。
「あゆゆのママの気持ちとかあるしさ、そんな簡単な話じゃないって」
「いや、でもおばさんも許してるってさっき」
「だとしてもよ」
あたしと木村の会話を聞いていたあゆゆは次第に表情を変えていった。これは何か思いついた感じの顔。
「決めた」
「お?」
「ん?」
「来年のお正月に許す」
「お正月?」
「なんでそのタイミングで」
不思議がる私達に、あゆゆは彼女なりの理由を述べる。
「受験生になるから。こういう風に、いつまでもうじうじ悩んでて受験失敗なんてことになったら嫌でしょ」
意外と打算的だな。
「それに次に会ったら約束を取り付けるつもりなんだよ。一週間に一回は必ず会うことにしようって。そうでもしないとあの人、なかなか顔を出しそうにないし」
「なんか話を聞いてる感じ、気弱そうな人ね」
「歩美の伯母さんなのになあ」
「どういう意味だよ」
また眦を吊り上げるあゆゆ。木村はあさっての方を向いて口笛を吹く。ベタな誤魔化し方やめろ。
「ったく……えーと、それでさ、もし約束を取り付けられたら負担になるでしょ。社会人が週一で必ずここへ来るなんて大変だろうし、それでもあの人は迷惑だなんて思わなくて約束を守ると思うから」
「来年の正月まで、か。なるほど、それで期限付き」
あゆゆの場合、多分自分に発破をかける意味合いもあるんだろうな。
「そういうことならいいんじゃね? お前らしいよ」
「だね」
あたし達二人の同意を得て、あゆゆもようやく吹っ切れた顔。ただしスマホを取り出し苦笑い。
「ありがと。ママにも父さんにも相談しにくい話だったけどギリギリで方針を決められて良かったよ」
「え……」
「これって……」
画面にはZINEのトークルームが表示されている。話し相手は問題の時雨さん。これまでの会話の履歴は事務的な連絡が四行だけ。
時雨:都合がついたので八月一日、お邪魔いたします。この日でよろしければ、どの時間帯に伺えばいいかご連絡ください。
歩美:わかりました、何時でもいいですよ。
時雨:了解です。
歩美:待ってます。
「八月一日……って、明日じゃん!?」
「そう、だから今日は特に憂鬱でさ。おかげで気が楽になった。ほんとにありがと」
嬉しそうに笑う親友。あたしも心がほっこりした。
でも、直後にあゆゆの表情だけひきつる。
「木村……」
「色即是空、空即是色……」
「次は私達がこいつの相談に乗ろうか。やっぱりおかしいって」
単細胞 笑顔一つで 修行僧
「やっぱり、あんただけは無い。絶対に無い」
でも──
親友の様子がおかしい。
「あゆゆ?」
「え?」
部活の時間。いつも通り部員みんなが集まってだらだら活動しているだけ。うちの部はコンクールに出ようとかそういうことは全然考えてなくて、とにかく楽しく演奏をしたいだけの生徒の集まり。本格的に活動したい子は吹奏楽部へ行く。
当然学校側からの待遇も変わり、実績のある彼等と違ってこっちが音楽室を使えるのは週に二日だけ。まあ、すでに将来の目標を定めていて、ピアノは弾けるようにさえなればいいというあゆゆにはこっちの方が合ってた。だからあたしと一緒にこの部を選んだ。
経験者のあたしが指導役であゆゆは優秀な生徒。あいも変わらず飲み込みが早い。そろそろ教えることが無くなりそう。そしたら卒業まで気の向くままに好きな曲を弾いて過ごそう。部のお気楽な方針はあゆゆの性格とも合っていて、いつも楽しそう。
でも、近頃たまに心ここにあらずになる。今もそんな感じだった。
「どうしたの、ぼーっとして」
「あ、ごめん、ちょっとね」
「ふうん……」
なんだかなあ。あゆゆのことは大好きだけど、昔からこういうところがあって、それは嫌い。なまじ器用でなんでも出来ちゃう分、悩み事があると自分だけで解決しようとして抱え込んじゃう。
それでいて強情だから、無理に聞き出そうとするとかえって話をこじらせちゃうんだよなあ。う~ん……。
「あの馬鹿に、たまには役立ってもらうか」
「え?」
「なんでもない、こっちのこと。さ、もう一回弾いてみよっか。先輩達、この曲なら演れますよね? たまには合わせてみません?」
「ん? どれ?」
「あ、これか。恋愛映画のオープニングだっけ」
「私、この映画泣きました~」
めいめい好き勝手に練習していた先輩達と後輩が近づいて来て楽譜を覗く。
「そうそう、たまには部活らしい活動をしてね~」
湯飲み片手にのほほんと発言したのは、この部の顧問を務める神坂 しおり先生。丸いメガネをかけたゆるゆるふわふわな美人さん。うちの部が常にのんびりしてるのはこの人が顧問だからかもね。放任主義ってわけでもないんだけど、あんまり口出しして来ないし、当人も熱心に指導したりするわけではない。そもそも楽器はトライアングルとタンバリンしか使ったことが無いらしい。なんで音楽部の顧問なの?
「昔、こういうアニメあったなあ~」
部員五人が珍しくセッションを始めたのを見て、そんな感想を放つしおり先生。あたしとあゆゆがピアノの連弾。先輩達はエレキギターとカホン。後輩は縦笛。なんでもありも我が部の特徴。
「あはは、また変な組み合わせ」
あゆゆは楽しそうだ。先輩達やしおり先生にはきっと、心底楽しんでいるように見えるだろう。
でも、あたしは気付いてる。まだちょっとだけこことは違うどこかへ意識が引っ張られてると。
だからやっぱり、あの馬鹿を利用することにした。
「おーい、あゆゆ」
一旦家に戻り、お昼を食べ、着替えてからあゆゆの家までやって来た。いやあ、ほんと前より近くなって行き来が楽だわ。おじさんに感謝。
「いらっしゃーい、あがってよ──って」
「よ、よう、久しぶり」
「まだ終業式から六日でしょ」
あたしの隣には木村がいた。今日は例の道場に行く日だったらしいけど、あゆゆのためだからって行ったら休んでほいほいついて来たよ。
「なに? 珍しいね」
「ていうか、あゆゆが引っ越してから初だよ。いっぺん今の家を見てみたいって言うんで連れて来た」
「えっ!?」
驚いて振り返る木村。ま~、本当はあたしが呼んだんだもんね。でもここは合わせろよ馬鹿。あゆゆから見えないようにこっそり肘をつねる。
「ふぐっ!?」
「え? なに? どうした」
「緊張してんじゃない? こいつも上がっていいよね?」
「そりゃいいけど、うちの子達に変なことしないでよね」
「し、しねえよ!」
売り言葉には買い言葉を返す木村の習性。あたしの策略なんかあっさり忘れて上がっていった。よしよし、頷きつつ後へ続く。単純馬鹿はこういう時には便利。
「あら、沙織ちゃん、無限くん、いらっしゃい。無限くんは久しぶりね」
「お久しぶりです」
居間に入ると、あゆゆのママが正道くんと柔ちゃんに絵本を読み聞かせていた。二人はちっちゃいお布団に寝かされている。これからお昼寝みたい。
「ここだとうるさくしちゃうし、上に行こう」
「そうだね」
というわけで二階のあゆゆの部屋へ。
「前の家の時とあんまり変わんねえな」
「あんまりジロジロ見るなよ」
デリカシーの無い木村の感想に目尻を吊り上げるあゆゆ。よーしいいぞ木村、お前にはそういう役割を期待してるんだ。
「友美ちゃん達は?」
「美樹ねえと友にいが本屋へ連れてった」
「本好きだね、あの子」
「ねえ? あの歳でもう私よりたくさん読書してるよ。悪の魔女シリーズって絵本知ってる? 全部で百八巻もあるの」
「へえ、頭いいんだなあ」
感心する木村。別に読書量イコール頭の良さではないだろうけど、友美ちゃんは実際に賢い感じだからわからなくもない。三歳の頃から言動がしっかりしてたよ、あの子は。
「さて、何をしようか」
ちょっと困り顔のあゆゆ。あたしとはともかく木村と遊ぶのは久しぶりだもんね。木村も緊張しちゃってる。てめえ、今日は気絶したりすんなよな。
「ゲームとか?」
「ゲーム機、居間にある……」
「スマホの」
「三人で?」
「なんかつまんなくね?」
「じゃあ何がしたいのよ。出かける?」
「お前ら二人と俺一人は、ちょっと……」
なるほど、誰かに見られたらあらぬ誤解を生むか。あたしはともかくあゆゆにスキャンダルはまずい。それにあたしも、よりにもよって木村となんて噂が立ったら困る。
「UNOでもしようか」
「無難だな」
「だね」
というわけでUNOで遊び始めた。
「スキップ」
「また!?」
「リバース」
「スキップ」
「オレの順番が来ねえよ! 二人がかりはずりいぞ!」
「敵地に乗り込んできたのはお前だろ」
ヘヘッと笑うあゆゆ。最近すっかり女の子らしくなったけど、こういう勝負事してると昔あたし達が男の子だと勘違いしていた頃の表情に戻る。けっこう勝ち負けにこだわるんだよね、この子。
「くっそー! もう一回!」
「はん、何度でもかかってこいよ」
また最下位だった木村が熱くなって再戦を挑む。得意げな顔で迎え撃つあゆゆ。
さて、そろそろかな?
「ドローフォー!」
「こっちも~」
「また集中攻撃かよ!?」
「あはは、木村よわ~」
「くっそう……ん?」
楽しそうなあゆゆのその顔を見た木村が眉をひそめた。一瞬だったけど、そんなことが何回か続いて、やがて問いかける。
「歩美、お前なんかあったのか?」
「ん? なんかって?」
「知らねえけど、しばらく前から、たまに今みたいな顔するよな。楽しそうなのに本当はそうじゃないっつうか」
「……」
うん、よくやったぞ木村。これで今日のお前の役割は終わりだ。
この子は一人で背負っちゃう。あたしとあゆゆは親友だけど、だからこそ言えないってこともあるみたい。心配かけたくないとか、そういう風に気を回してさ。
でも木村はただの馬鹿。だから良くも悪くも気遣う必要が無いし、本人もそこまで頭が回らない。こいつは単純で単刀直入な単細胞なんだもの。
「……さおちゃん」
「なに?」
すっとぼけるあたしを睨むあゆゆ。どうやら木村を連れて来た意図を見抜かれたみたい。けどさ、それならあたしの言いたいこともわかるよね? 結局もう心配させちゃってるんだから打ち明けた方がお得じゃない?
せめて、あたしらにくらい言ってよ。
睨み返すと、しばらくして諦めたように語り出す。
「ちょっと前、伯母さんに会った」
「友美ちゃん達のママのこと?」
「ううん、死んだパパの双子のお姉さん」
「えっ」
驚くあたし達。そんな人いたの? 初めて聞いた。
「私も知らなかったんだけど、こないだ急にうちに来て、それでまあ色々と……」
あたし達二人は、かいつまんで夏休み前の出来事を聞いた。
「そっか、それで……」
「じゃあ、最近たまに暗い顔になってたのは、その人のことを考えてたのか」
「そんなに暗かった?」
「時々ね」
あたし達みたいな付き合いの長い人間にはわかる程度におかしかった。なるべくいつも通り振る舞おうとはしてたみたいだけど。
「ん~、別に大した悩みじゃないのにな。さっきも言ったけど、もう本音じゃ許せてるし、そもそも時雨さんのせいじゃないと思うから……」
「まあ、話を聞く限りそうだよね」
「ただ、次に会った時どういう風に接したらいいのかは考えちゃうよ。親戚って言っても、これまで全く会ったことが無かった上に出会いがああだったし、すぐに気を許したらパパに悪い気もするし、時雨さんにもかえって気を遣わせちゃいそうで」
「う~ん」
たしかに難しい。しかも、その時雨って人はパパさんそっくりらしい。あゆゆとしては余計に混乱しちゃうよね。私だったらまた年単位で距離を置いちゃいそうな気がする。
でも単純馬鹿は違った。
「普通でいいんじゃねえの? お前、その人のこと許してるんだろ? その人が悪いわけでもないって思ってんだろ? なら普通に親戚のおばちゃんと会う感じでいいじゃん?」
解決してるじゃないか、何を悩むことがあるんだと不思議そうな顔。馬鹿は本当に気楽だこと。
「あゆゆのママの気持ちとかあるしさ、そんな簡単な話じゃないって」
「いや、でもおばさんも許してるってさっき」
「だとしてもよ」
あたしと木村の会話を聞いていたあゆゆは次第に表情を変えていった。これは何か思いついた感じの顔。
「決めた」
「お?」
「ん?」
「来年のお正月に許す」
「お正月?」
「なんでそのタイミングで」
不思議がる私達に、あゆゆは彼女なりの理由を述べる。
「受験生になるから。こういう風に、いつまでもうじうじ悩んでて受験失敗なんてことになったら嫌でしょ」
意外と打算的だな。
「それに次に会ったら約束を取り付けるつもりなんだよ。一週間に一回は必ず会うことにしようって。そうでもしないとあの人、なかなか顔を出しそうにないし」
「なんか話を聞いてる感じ、気弱そうな人ね」
「歩美の伯母さんなのになあ」
「どういう意味だよ」
また眦を吊り上げるあゆゆ。木村はあさっての方を向いて口笛を吹く。ベタな誤魔化し方やめろ。
「ったく……えーと、それでさ、もし約束を取り付けられたら負担になるでしょ。社会人が週一で必ずここへ来るなんて大変だろうし、それでもあの人は迷惑だなんて思わなくて約束を守ると思うから」
「来年の正月まで、か。なるほど、それで期限付き」
あゆゆの場合、多分自分に発破をかける意味合いもあるんだろうな。
「そういうことならいいんじゃね? お前らしいよ」
「だね」
あたし達二人の同意を得て、あゆゆもようやく吹っ切れた顔。ただしスマホを取り出し苦笑い。
「ありがと。ママにも父さんにも相談しにくい話だったけどギリギリで方針を決められて良かったよ」
「え……」
「これって……」
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時雨:都合がついたので八月一日、お邪魔いたします。この日でよろしければ、どの時間帯に伺えばいいかご連絡ください。
歩美:わかりました、何時でもいいですよ。
時雨:了解です。
歩美:待ってます。
「八月一日……って、明日じゃん!?」
「そう、だから今日は特に憂鬱でさ。おかげで気が楽になった。ほんとにありがと」
嬉しそうに笑う親友。あたしも心がほっこりした。
でも、直後にあゆゆの表情だけひきつる。
「木村……」
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