歩美ちゃんは勝ちたい

秋谷イル

文字の大きさ
68 / 106
高校生編

親vs子離れ

しおりを挟む
 とあるアパートの玄関口──
「そ、それじゃあ父ちゃん達、行くからな」
「早く行けよ! もう入学式見ただろ!」
小梅こうめ! アンタ、親になんて口を利くんだい!」
「す、すいません。駄目だろ小梅。お父さんとお母さんに謝れ」
「うっ……ご、ごめんなさい」
「なんで彼氏の言うことなら素直に聞くんだ……」
「この子はまったく……」
 ハァとため息をつくママ。そして泣きべそかいてるダメダメ親父に通さんは何度も頭を下げた。別にそんなことしなくていいのに。
「俺が責任持って監督しますので、どうか、どうかご安心ください」
「こちらこそ、この子をよろしくお願いします。ご迷惑をおかけするでしょうが、どうか、本当にどうか……」
「小梅えぇぇぇええぇぇぇええ……」
 ああもう何がそんなに心配なんだ。こちとら大学生だぞ、成人してんだぞ! 男の人と同棲するくらい大人なんだぞ!
「いいから帰ってよ! とおるさんとらぶらぶできないだろ!」
「小梅ぇぇぇえええええぇぇええぇえぇえぇっ!?」
 父ちゃんはついにすがりついて来た。ああもう、うっとうしい! いいかげんに子離れしろ!!



 ──今、俺は居酒屋のカウンターで吉竹よしたけを挟み、当間とうまも交えた三人で酒を飲んでいる。
「チクショウッ、チクショウめえッ」
 今夜の吉竹は荒れていた。さもありなん。心中察した俺はさらに飲めと空いた盃に酒を注いでやる。無論、度数が高くないものを選んだ。ヤケ酒で健康を損なってはいかんしな。どのみち明日の内藤理髪店は臨時休業することになるだろうが。
「小梅、こうめぇぇええ」
 しきりに娘を呼ぶ吉竹。うむ、寂しかろう。わかるぞ。今度は当間と二人、左右から肩を叩く。
「嘆くな、褒めてやれ。見事一発で合格したのだ」
「あの勉強嫌いの小梅ちゃんがなあ。いやはや本当に素晴らしい」
 はっはっはと笑う当間。こやつも当然、小梅のことは赤子の時から知っておる。あやつが小さかった頃、たまにしかこっちに帰って来なかった俺より、もっと長い付き合いかもしれん。
 だから俺達二人も、吉竹ほどではないが寂しい。

 小梅は先日、旅立った。遠い他県の大学に入り、昨年より交際中の大学生・初柴はつしば 通と同棲を始めるために。

(恋心とは強いものだな)
 当間の言う通り小梅は勉学が苦手だった。だが恋をして以来、想い人のいる学校へ絶対に受かろうと必死に受験勉強を続け、その夢を叶えている。だからこそ本気の恋だと認め、学生の身分で同棲することを吉竹とこやつの女房・玲美れいみは認めてやった。
 まあ、小梅は小さいし、言動もいまだ幼い。あのようなしっかりした若者が一緒にいてくれないと心配だという打算もあるのだが。
「誇ってやれ。お前の娘は立派だ」
「うう、う……そりゃそうだ。合格がわかった時にゃ、そりゃもう褒めちぎった。もっともっと褒めてやりてえ。でも、こんなに早く親から離れるこたねえだろ……ううっ」
「早いことはないだろう。むしろ大学入学と同時に独り立ちというのは一般的じゃないか。小梅ちゃんの場合、そこからさらに一歩進んでいるが。はっはっはっ」
「嫁入り前の娘えええぇぇぇぇぇええぇぇ……」
「余計に沈ませてどうする」
「すまん」
 そういえば当間には息子がいる。そして、やはり一人暮らし中の大学生だ。こやつらの時はどうだったのだろう? 吉竹のように落ち込んでいた記憶は無いが。
「当間よ、十蔵じゅうぞうが家を出た時、お前はどうだった?」
「はっはっはっ、男同士だからな、湿っぽい別れではなかったぞ。いってこいと言ったら、いってくると答えて空港のゲートをくぐって行った。それだけだ」
「あっさりしてるな」
「男親と息子など、そんなものだろう」
 そうなのか……俺と親父は突然の別れだった。だから、そう言われてもいまいち確信を持てん。いつか正道まさみちの巣立つ時が来たら、そういうものだと実感できるだろうか? まあ、まだしばらく先のことだが。
 ともかく、今は吉竹を励ましてやらねば。たった一人の子、それも愛娘が親許を離れたのだ。しかもこれからは結婚を前提に交際中の彼氏と同居。これが歩美だったらと思うと、俺も他人事には思えん。相手の男を全力で投げ飛ばすかもしれん。
 いや、木村君相手では、こちらが投げ飛ばされるな。
 彼も立派に成長した。
「今夜は飲もう。なあ」
「ううう、すまねえな……今夜だけ、今夜だけ迷惑かけるぜ……」
「迷惑などと思うな。俺達は竹馬の友だろう。はっはっはっ」
「そうだ、遠慮するな。泣け、泣いただけ飲め」
「おう……小梅、小梅ぇ……」

 まあ、吉竹はそんなに強い方ではない。
 日付が変わる頃には酔い潰れた。
 俺と当間が交代で背負い、内藤家まで連れ帰る。
 呼び鈴を鳴らすと玲美が迎えに出てくれた。

「ありがとうね、豪鉄さん、当間さん」
「すまんな、いつもより飲ませてしまった」
「いいんだよ、潰れるまで飲みゃ逆に静かに寝るから。あとはアタシに任せとくれ」
「頼む」
「玲美くんは寂しくないか? 小梅ちゃんがいなくなって」
「まめに連絡するよう通くんの方に言ってある。あの子なら律儀だから定期的に報告してくれるだろ。寂しさよりむしろ、親の目が無いからって必要以上に羽目外さないかが心配だよ。通くんに迷惑かけなきゃいいんだけどね」
「はは、強いな」
「うちは亭主が見ての通り情けないもの。アタシが強くなくちゃ。だからこの宿六のこた心配いらない。こっからはアタシがたっぷり甘やかして立ち直らせる。何日も仕事休まれちゃ困るしね」
「うむ、では任せた」
「あいよ」
 俺達は吉竹を家の中まで運び、布団に寝かせてやった。
「小梅ぇ……」
「まだ呼んでるよ。未練がましい人だね、ほんとに」
「少し羨ましいがな」
「羨ましい?」
 眉をひそめる玲美。俺は歩美が家を出る時を先程から何度も想像している。
 だが、あやつの場合、どうにもこのような別れ方になる気がしない。
 むしろ当間と十蔵のそれに近い形になるのではないか?
「うちの娘は多分、寂しいとすら思わせてくれん」
「アハハ、たしかに歩美ちゃんならありそうだ」
「はっはっはっ、一年後だな。その時になったら答え合わせをしよう」
「うむ」
 頑張れ歩美。小梅のように夢を叶えてみせろ。
 高校生活最後の年も変わらずまっすぐ進んで行け。

 子の巣立ち 見送る我等 それぞれに

 俺は泣くことになるのか、それとも笑って見送るのか。実際その時になってみるまでは、やはりわからんな。
「玲美ぃ……もう一人、もう一人つくろう……」
「な、何言ってんだこのスケベ」
 破廉恥な寝言を言った吉竹は、玲美に頭を叩かれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...