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完結編
私と彼
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一方、日本では──
「あなた、この子たしかあなたの学校の」
「ぶっ!? ゴホッゲホッ!! な、何をしてるのかね教職にあるものがっ」
「教職関係ある? あら、へえ、木村選手の恋人なの」
「フン、さっさと結婚して辞めてしまえばいい。せいせいする」
「はあ……本当に嫌な人だこと。よくそれでクビにならないもんだわ。いい加減今の時代に合わせなさいよ」
「余計な世話だ!」
「えっ、なんで歩美がテレビに映ってんの? 兄貴知ってる?」
「木村君の応援だろ、みんなで行ってるってよ」
「どうしてアタシはここにいるわけ!?」
「お前、別に木村君と接点ねえだろ」
「でも鏡矢の連中には散々貸しを作ってんじゃん! 呼べよ! 遊びで行けるならアタシだって海外旅行してえわ!」
「自分で飛んできゃいいだろ……ん? 曾ばあ、どうかしたかい?」
「心配だねえ、歩美ちゃん、何か悩んでるみたいだ」
「そういや、ちょっと顔色悪く見えたかな?」
「元気になってくれるといいねえ」
「おっ、歩美だ!」
「おーおー、もしかしたらと思ったけど本当に映ったな」
「アタシらも応援に行きたかったね……」
「すいません」
「オメエのせいじゃねえよ、気にすんな。むしろ待望の初孫だぜ。もうすぐ生まれるんだ、楽しみでならねえ」
「お義父さん……」
「頑張れ木村! 歩美、アタシの分まで応援してやれ! こっちはこっちで大勝負だから行けなかったけど、ちゃんとここで見てるぞ!」
「こら大声出すな。病院なのよ。しかもあんた妊婦なんだから」
「どうせみんなオリンピック見てるって。なんせ、うちの街から金メダリストが生まれるかもしれない瞬間だかんな!」
「……歩美先生」
『宗近、さっきテレビに先生が映ったわよ。見てた?』
「見てた」
『そう。木村選手、勝ってくれるといいわね』
「……」
「不思議な感じ」
私のその感想は、勝手に口をついて出て来た言葉だった。
「何が?」
「世界中の人達がここを見てる。この場所に、あそこに立ってる選手一人一人に応援してくれている人がいて、そんな人達の想いが集まって来てるんだなって」
「なるほど、言われてみるとすごいわ」
そう言うさおちゃんの目にも映ってるのかな? 私の目にはうっすらだけど、いつもは見えないものが見えている。
光の糸のようなものだ。私達一人一人の体から伸びて、そして木村の周りで渦を巻いている。
相手の選手も同じ。彼を応援する人達から伸びてきた糸が彼を取り巻いている。
たくさんの糸が縦横複雑に絡み合いながら空間に幾何学模様を描く。
もしかして、これが時雨さんと鈴蘭さんの言っていた……。
「イッポン!」
「よっしゃあああああああああああああああっ!!」
歓声が沸き起こった。その声にかき消されそうな落胆の声も。
無限が一本勝ちで初戦を突破。さらに多くの糸があいつの周りに集まる。
けれど、負けた選手を取り巻く糸が消えてしまうわけじゃない。温かい光を放ちながら変わらず彼に寄り添っている。
「レインボウ・ネットワーク……」
「なにそれ?」
「ううん、なんでもない」
頭を振った次の瞬間には私にも見えなくなっていた。この奇跡に意味があるのかどうか何もわからない。
とにかく今は、私も無限を取り巻く糸の一つとして、あいつを祝福しよう。
「やったね!」
同時に閃く無数のフラッシュ。
いや、だからさ、私より選手を撮ってよ記者さん達。
その後も無限は順調に勝ち進んでいった。高校の時より階級が上の90kg級。並みいる強豪を次々打ち倒し、ついに準決勝を突破。ひときわ大きな歓声を上げる私達。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ! 歩美ちゃん! 歩美ちゃん歩美ちゃん!」
「か、勝ったねおばさん! メダル確定だよ!」
「見事! だが、まだだ、まだ油断してはならんぞ木村君! あと一勝!」
「そうだ、どうせなら金メダルとっちまえ木村!」
「木村ッ! 木村ッ! 木村ッ!」
ところが、続くもう一つの準決勝の勝者を見て私達は沈黙する。
「くっ!?」
「イッポン!」
「まじ……?」
「超越寺さんが負けた……」
敗退したのは高校時代からずっと無限と鎬を削り合ってきたライバルの超越寺選手。彼が勝ったら日本で金銀獲得だと期待していたところに私達日本の応援団は冷や水を浴びせられた形。
相手はカナダのノア・スコット選手。カナダの人にしては背が低く、むしろ無限の方が大柄。でもその分、筋骨隆々で見た目のボリュームでは上回っている。
「あの超越寺選手が完全に力負けしていた」
「ああ、そしてテクニックにも優れている。単なる力任せのファイターじゃないぞ」
冷静に分析する父さんと当間さん。たしかに素人目にも頭一つ分抜けた実力者だということはわかる。
「この人、これまでは国際試合の実績がほとんど無いね」
「ベテランだけど表舞台に立つのを嫌ってたってキキペディアに書いてます」
「知られざる強者というわけか」
戦々恐々としながら時を待つ私達。間に三位決定戦を挟み、無限とスコット選手が再び試合会場へ姿を現した。どちらも十分に休息をとって落ち着いた表情。
ちなみに三位は超越寺さん。敗戦のショックを引きずらず、すぐに立て直したんだからやっぱりあの人も強い。
ノア選手の実力はおそらく無限より上。なにせ超越寺選手との対戦成績だって四勝九敗なんだ。彼は、その超越寺さんが手も足も出なかった相手。
「くそっ、テレビの実況はノア有利一色だ」
「ネットの予想もですよ」
「気にするな、我々は全力で応援すればいい」
「そうよ、弱気が無限君に伝わらないようにしないと」
「ですね。流石は大塚君のお母さん」
「声を出しましょう! 頑張ってください木村さん!」
「そうだ、大塚が見てるぞ!」
「無限! がんばれ!」
「……」
私達の声援に再び振り返るあいつ。
ところが、何故かすぐには試合場へ上がらず、先にテレビカメラの前へ。どこかの国の人からマイクを受け取って喋り出す。何をする気だ?
『あー、あー、よし。すみません皆さん、決勝戦の前に少しだけお時間をください。五輪運営委員会やスコット選手の許可も得ています。すぐに済みます』
「い、いよいよね、あなた……」
「うん、うん……!」
「おばさん? おじさん?」
戸惑う私達。何かを知っているらしい無限のご両親。
会場の照明が突然落ちる。悲鳴が上がるより早くスポットライトが二ヵ所に点灯。
「えっ? えっ? ええっ!?」
光に照らされたのは私と無限だけ。待って、もしかしてこれって、嘘でしょ!?
戸惑う私に対しマイクを持った無限は予想通りの言葉を放つ。
『大塚 歩美さん! この試合に勝てたら、オレと結婚してください!』
「あなた、この子たしかあなたの学校の」
「ぶっ!? ゴホッゲホッ!! な、何をしてるのかね教職にあるものがっ」
「教職関係ある? あら、へえ、木村選手の恋人なの」
「フン、さっさと結婚して辞めてしまえばいい。せいせいする」
「はあ……本当に嫌な人だこと。よくそれでクビにならないもんだわ。いい加減今の時代に合わせなさいよ」
「余計な世話だ!」
「えっ、なんで歩美がテレビに映ってんの? 兄貴知ってる?」
「木村君の応援だろ、みんなで行ってるってよ」
「どうしてアタシはここにいるわけ!?」
「お前、別に木村君と接点ねえだろ」
「でも鏡矢の連中には散々貸しを作ってんじゃん! 呼べよ! 遊びで行けるならアタシだって海外旅行してえわ!」
「自分で飛んできゃいいだろ……ん? 曾ばあ、どうかしたかい?」
「心配だねえ、歩美ちゃん、何か悩んでるみたいだ」
「そういや、ちょっと顔色悪く見えたかな?」
「元気になってくれるといいねえ」
「おっ、歩美だ!」
「おーおー、もしかしたらと思ったけど本当に映ったな」
「アタシらも応援に行きたかったね……」
「すいません」
「オメエのせいじゃねえよ、気にすんな。むしろ待望の初孫だぜ。もうすぐ生まれるんだ、楽しみでならねえ」
「お義父さん……」
「頑張れ木村! 歩美、アタシの分まで応援してやれ! こっちはこっちで大勝負だから行けなかったけど、ちゃんとここで見てるぞ!」
「こら大声出すな。病院なのよ。しかもあんた妊婦なんだから」
「どうせみんなオリンピック見てるって。なんせ、うちの街から金メダリストが生まれるかもしれない瞬間だかんな!」
「……歩美先生」
『宗近、さっきテレビに先生が映ったわよ。見てた?』
「見てた」
『そう。木村選手、勝ってくれるといいわね』
「……」
「不思議な感じ」
私のその感想は、勝手に口をついて出て来た言葉だった。
「何が?」
「世界中の人達がここを見てる。この場所に、あそこに立ってる選手一人一人に応援してくれている人がいて、そんな人達の想いが集まって来てるんだなって」
「なるほど、言われてみるとすごいわ」
そう言うさおちゃんの目にも映ってるのかな? 私の目にはうっすらだけど、いつもは見えないものが見えている。
光の糸のようなものだ。私達一人一人の体から伸びて、そして木村の周りで渦を巻いている。
相手の選手も同じ。彼を応援する人達から伸びてきた糸が彼を取り巻いている。
たくさんの糸が縦横複雑に絡み合いながら空間に幾何学模様を描く。
もしかして、これが時雨さんと鈴蘭さんの言っていた……。
「イッポン!」
「よっしゃあああああああああああああああっ!!」
歓声が沸き起こった。その声にかき消されそうな落胆の声も。
無限が一本勝ちで初戦を突破。さらに多くの糸があいつの周りに集まる。
けれど、負けた選手を取り巻く糸が消えてしまうわけじゃない。温かい光を放ちながら変わらず彼に寄り添っている。
「レインボウ・ネットワーク……」
「なにそれ?」
「ううん、なんでもない」
頭を振った次の瞬間には私にも見えなくなっていた。この奇跡に意味があるのかどうか何もわからない。
とにかく今は、私も無限を取り巻く糸の一つとして、あいつを祝福しよう。
「やったね!」
同時に閃く無数のフラッシュ。
いや、だからさ、私より選手を撮ってよ記者さん達。
その後も無限は順調に勝ち進んでいった。高校の時より階級が上の90kg級。並みいる強豪を次々打ち倒し、ついに準決勝を突破。ひときわ大きな歓声を上げる私達。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ! 歩美ちゃん! 歩美ちゃん歩美ちゃん!」
「か、勝ったねおばさん! メダル確定だよ!」
「見事! だが、まだだ、まだ油断してはならんぞ木村君! あと一勝!」
「そうだ、どうせなら金メダルとっちまえ木村!」
「木村ッ! 木村ッ! 木村ッ!」
ところが、続くもう一つの準決勝の勝者を見て私達は沈黙する。
「くっ!?」
「イッポン!」
「まじ……?」
「超越寺さんが負けた……」
敗退したのは高校時代からずっと無限と鎬を削り合ってきたライバルの超越寺選手。彼が勝ったら日本で金銀獲得だと期待していたところに私達日本の応援団は冷や水を浴びせられた形。
相手はカナダのノア・スコット選手。カナダの人にしては背が低く、むしろ無限の方が大柄。でもその分、筋骨隆々で見た目のボリュームでは上回っている。
「あの超越寺選手が完全に力負けしていた」
「ああ、そしてテクニックにも優れている。単なる力任せのファイターじゃないぞ」
冷静に分析する父さんと当間さん。たしかに素人目にも頭一つ分抜けた実力者だということはわかる。
「この人、これまでは国際試合の実績がほとんど無いね」
「ベテランだけど表舞台に立つのを嫌ってたってキキペディアに書いてます」
「知られざる強者というわけか」
戦々恐々としながら時を待つ私達。間に三位決定戦を挟み、無限とスコット選手が再び試合会場へ姿を現した。どちらも十分に休息をとって落ち着いた表情。
ちなみに三位は超越寺さん。敗戦のショックを引きずらず、すぐに立て直したんだからやっぱりあの人も強い。
ノア選手の実力はおそらく無限より上。なにせ超越寺選手との対戦成績だって四勝九敗なんだ。彼は、その超越寺さんが手も足も出なかった相手。
「くそっ、テレビの実況はノア有利一色だ」
「ネットの予想もですよ」
「気にするな、我々は全力で応援すればいい」
「そうよ、弱気が無限君に伝わらないようにしないと」
「ですね。流石は大塚君のお母さん」
「声を出しましょう! 頑張ってください木村さん!」
「そうだ、大塚が見てるぞ!」
「無限! がんばれ!」
「……」
私達の声援に再び振り返るあいつ。
ところが、何故かすぐには試合場へ上がらず、先にテレビカメラの前へ。どこかの国の人からマイクを受け取って喋り出す。何をする気だ?
『あー、あー、よし。すみません皆さん、決勝戦の前に少しだけお時間をください。五輪運営委員会やスコット選手の許可も得ています。すぐに済みます』
「い、いよいよね、あなた……」
「うん、うん……!」
「おばさん? おじさん?」
戸惑う私達。何かを知っているらしい無限のご両親。
会場の照明が突然落ちる。悲鳴が上がるより早くスポットライトが二ヵ所に点灯。
「えっ? えっ? ええっ!?」
光に照らされたのは私と無限だけ。待って、もしかしてこれって、嘘でしょ!?
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