【完結】愛されチートの隣の子

マツヲ。

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Ep.15 思い出したくもない相手との再会

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 この橋の欄干の低さなら、きっと足の悪いボクでも乗り越えるのに苦労はしない。
 おそらくは少し身を乗り出すだけで、バランスをくずして下に落ちるだろう。
 そんな思いに支配され、そこに手をかけ身を乗り出そうとしたそのとき。

「そこ、落ちやすいから気をつけたほうがいいッスよー?」
「!?」
 背後から突然、声をかけられた。

 ……どうしよう、全然気がつかなかった。
 これでもボクは、人の気配には敏感なほうなのに。
 そんなに周囲に気を配れないほどに、ぼんやりしてしまっていたなんて……!

 ふりかえったところで、そこにいたのは茶色の髪の、一見すると人の良さそうな年上の青年だった。
 飽食気味なのか、多少お腹のあたりがゆるんでいるけれど、基本的には鍛えられているのかガタイがいい。

「……えぇ、お気づかいありがとうございます」
 お礼を言って、ふたたびひょこひょこと足を引きずりながら歩き出す。
 なんとも言えない不快感が、そこにあった。

 それは最初に男を目にしたときに感じた、わずかな違和感に基づく危機感のようなものだったのかもしれない。
 どこか冷静で、今の自分を俯瞰で見つめる意識がある。

 あぁそっか、橋の上にいたボクがあまりにも無防備だったから、いいカモだと思ったのかもしれないな。
 まぁ、残念ながらボクはお金もない『ハズレ』だけど。

 この外套にしても服にしても、なにひとつ高価なものはない。
 王宮で支給されていた着心地のいい服はすべて、あの部屋に置いてきている。
 今のボクは最初に王宮へ来たときに身につけていた服装で、身ぐるみをはいだところでたいしたお金にならないし、追いはぎ目的ならば残念だったね。

「いや、でもオレの勘が上玉だって告げてんだよなぁ……」
 いまだに背後の男は、ブツブツとなにかを言っているけれど、たぶん気にしたらダメだ。
 おそらくこの男にかかわると、ロクなことにならないとボクの勘が告げている。

 これでもスラム出身で、いつでも簡単に命を失う危険に囲まれたなかで暮らしてきたんだ。
 そういう環境でつちかわれた勘というのは、決してバカにしちゃいけないものだと思う。
 だから全力で回避しようと、不自由な足をおして必死に距離をかせぐ。

 たぶんあの男は、それなりに腕が立つ。
 本気で目をつけられたら、ボクでは敵わない相手だけに、めんどうなことにしかならないだろうって直感的に思っていた。

 とはいえ今のボクは、見た目はスラム育ちそのもので貧乏そうに見えただろうし、すぐに興味を失うと思っていたのに……。

「ちょっと待てよ!あんた足が悪いんだろ?ならどこに行きたいのか、場合によってはオレが連れて行ってやるよ!」
 まさか走ってまで、追いかけてくるとは思わなかった。

 肩をつかまれ、思わずビクリとからだがハネる。
 怯えなんて見せたら、相手が調子に乗るのは目に見えていたというのに。
 ただわからないけれど、この声にやたらと聞きおぼえがあって、そしてその声はわけもなくボクの恐怖の感情を逆なでてくる。

「いえ、結構です……」
 だからそうかえすのが、やっとだった。

「待てよ!」
「やだっ……離してっ!」
 でもとっさに肩をつかまれ、ふりはらおうとしたとき、そのいきおいのあまりに、かぶっていたフードが脱げた。

 パサリと首の後ろにたまるそれに、からだが強ばる。
 そのすきに、こちらに向かってのばされる相手の手は、遠慮なくボクの前髪をかき分けた。

「ハハッ、やっぱり上玉だ!オレの勘は正しかったってわけだ!」
 口笛を吹きながら、下品な笑いを浮かべる男からは、さっきまでの人の良さそうな青年という気配はなくなっていた。

「この肌ツヤのよさ、手入れの行き届いたきれいなプラチナブロンドの髪……やっぱりアンタ、どっかのいいとこのおぼっちゃまかなんかなんだろ?」
「ちがう!ボクは……っ!」
 否定しようとして、言葉につまる。

 ───いったいボクは、なんなんだろう?

 ロクに働けもしないのに王宮ではきちんと食事をとらせてもらえて、寝る場所もきちんとあたえられている。
 どうかんがえても恵まれすぎているのに、それなのに、だれからもそれをとがめられることもない。

 とはいえ、この状況はボク自身が『特別』あつかいされているとは言いがたいと思う。
 だって、あくまでもそれは、ハルトという特別な存在の威光にすがっているだけとおなじじゃないか!

 期待もできない程度の存在を、人は『価値がない』と判断するだろう。
 ならばボクは、『なんの価値もない人間』だ。
 そして黙り込んでしまったボクは、またしても隙だらけになっていたらしい。

「なぁ、おまえ泣いてたのか?目もとが真っ赤だ」
「え……?」
 気がつけばうつむき加減になっていた顔を、あごに手をかけられて無理やり上に向かされ、まじまじと見られた。

「つーかマジで好みの顔なんだよなぁ……って、この髪色……それにその右足……まさかお前っ、ロトか?!」
「っ!?」
 居心地の悪さに身じろぎをすれば、ブツブツとつぶやいていた男にいきなり名前を呼ばれ、わけのわからない恐怖にからだは凍りつく。

 ───なんで、どうして?!
 どうして見ず知らずの人が、ボクの名前を知ってるんだ!?

 だいたいボクは、ハルトといっしょに王宮に来てからというもの、ほとんど外に出たことはなかったんだ。
 だからこの王都に知り合いなんて、ひとりもいないはずなのに……!

「だ、だれ……っ?」
「なんだよ、おぼえてないのか?薄情なヤツだな!オレだよ、オレ、サイラス!西の森のバルガ近くのダンジョンで、よくおまえに道先案内人を頼んでただろ?」
 それはボクにとって、雷に撃たれるような衝撃だった。

 剣士サイラス。
 かつてボクがスラムにいたころ、道先案内人として遺跡迷宮のなかでガイドをしていたときの常連客のひとりだ。

 ボクにとってはもっとも忘れたいできごとである、グラシュティンに襲われたあのときの、唯一生き残ったであろうパーティーメンバーだった。
 本来モンスターがあらわれるはずもないセーフポイントにあらわれたフロアボスのグラシュティンに敵わないと知るや、自らが逃げる時間をかせぐためだけに、仲間だった魔法使いのジャーナムを切りつけて突き飛ばし、ボクの右足の腱を切り裂いて、生け贄のごとくダンジョン内に置いて逃げた張本人だ。

 そのせいで、ボクの目の前でかつての彼の仲間はグラシュティンに殺されて食われ、そしてボクは殺されることはなかった代わりに、何時間もそいつに犯されることになったわけで。
 その恐怖が、一気によみがえってくる。
 気がつけばカタカタと、勝手にからだはふるえていた。

 言われて相手の顔を見てみれば、ヒゲが生えていたりだとか、体型なんかもゆるんでいたけれど、たしかにあのサイラスの面影があった。
 でもあのころはきれいに澄んでいた瞳はにごり、下卑た笑みを口もとに張りつけ、あきらかに治安の悪い男になり果てている。

「いやぁ、それにしてもオレにも運が向いてきたぜ!まさかここで、ロトに会えたなんてな!」
「なに、を……」
 ボクと会えたから、なんだって言うの……??

「だってアレだろ、例の王宮にいる大事な大事な『神子』様ってさ、ウワサじゃ黒髪黒目の平凡な顔したヤツだっていうじゃん?それ、お前んところにいたあの小賢しいガキのことなんだろ?」
「……なんのこと?」
 不穏な笑みを口に浮かべたまま、サイラスは断定してくる。

「いいって、いいって、ごまかす必要はねーよ!名前はおぼえてねーけど、黒髪黒目なんつーめずらしい色のヤツ、そうそういるもんじゃねぇだろ!?」
 それは……たしかにそうだった。
 この世界では、サイラスのような茶色の髪や灰色がかったくすんだ色の髪が多くて、純粋な黒はとてもめずらしかった。

 それを言うなら、きれいな金や銀の髪もまた貴族の方々にしかいなくって、プラチナブロンドのボクの髪色も、平民以下の存在しかいないスラムでは、相当めずらしかったけど。

「オレとしてはそんな旧知の仲の『神子』様なら、せっかくだから稼げるお知恵をちょーっとばかり拝借したいわけよ。でもふだんの『神子』様は、王宮の奧深くに大事にしまい込まれてるんだろ?オレのようなヤツにゃあ、会えやしねぇ」
 と、そこでサイラスはいったん言葉を区切った。
 どうしよう、嫌な予感しかしない。

「でももし、アイツにとって大事なヤツが───こっちの手もとにあったらどうよ?」
「っ!」
 逃げ出そうとしたのに、余裕でつかまれた手首が痛い。

 とにかくよぎる予感は、全身でボクに危機感を伝えていた。
 バクバクと鼓動は早くなり、呼吸は浅くなっていく。
 なのに全身を支配する恐怖に、ボクは一歩も動けなくなっていた。
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