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82:攻略されているのは、俺のほう!?

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 まさか今日も腰が死んでるせいで、通学に支障が出るとは思わなかったというか、なんなら前回よりもヒドくなってたりしないだろうか……?

「うっ……!」
 とりあえず起きあがろうとしたところで、ピキッと腰から背中にかけての筋が痛む。
 思わずうめいてしまってから、あきらめてからだの力を抜く。

「おや、大丈夫かい?」
「だれのせいだと思ってるんですか!?」
「うんうん、私だね。だって昨夜のキミがあまりにもかわいかったものだから、うっかりがんばってしまってね」
「全然反省してる感じじゃないですよね!?」

 そんな俺に、心配そうに声をかけてくるのは、原因を作ったブレイン殿下その人だけど、どうかんがえても反省している感は見えなかった。
 ……なんなら、ちょっと楽しそうなままだ。

「だって、反省するべきことはないからね?キミは昨夜私に向かってなんて言ったかおぼえているだろう?『あなたになら、なにをされてもかまわない』って」
「うっ……たしかにそれは言いましたけど……」
 そこはたしかにそう思ったのも事実だし、それを今さら撤回するつもりもないけれど。

「いやぁ、すごい口説き文句だよねぇ。恋人冥利に尽きるというか、私はそんなに愛されてるのかと思ったら、キミのことがたまらなく愛おしくなって、思わず励んでしまったというわけだよ」
「……つまりは自業自得だって言いたいんですか?」
 自分は悪くないと言わんばかりの相手に、ムッとする。

 そりゃ相手はこの国の王子様で、実際になにをされても俺には文句を言う権利なんてないに等しいのは、わかっているけどさ。
 昨晩は『責任はあとでいくらでも取る』とか言っていたけれど、結論から言えばどうしようもないとは思う。

 この世界にも当然のように魔法はあるけれど、回復魔法の使い手はけっこうめずらしかったりするわけで。
 しかもケガはなおせても、病気はなおせないとか、色々と制約あるしなぁ……。

 それをこんなふうに抱きつぶされてからだ中が痛いからと言って、回復魔法の使い手を呼んでくれとお願いするのもなんだしな……。
 さすがに、そのくらいの分別はあるつもりだし。

 とはいえ、あまりにもよろしくない自分の体調に、げんなりとした。

「私はね、照れ屋さんな恋人が、必死に誘ってくれたその気持ちを最大限尊重したまでだよ?……まぁ、途中からキミを想う気持ちが暴走してしまったのは否めないけれど、昨夜のキミは別に『魅了香チャーム・パフューム』で前後不覚となっていたわけではないしね……」
「───つまり?」
 遠まわしな表現に首をかしげれば、ほほえみかけられた。

 うっ、まぶしい……!
 朝からブレイン殿下の笑みは、容赦なくかがやいていた。
 これ、俺がこの顔に弱いってこと、絶対にわかっててやってるだろ!?

「合意のうえでの行為だし、そもそも恋人同士なんだから、なにひとつ問題はないじゃないか!」
 そして、いっそ清々しいほどに開きなおられた。

 あー、うん、知ってた。
 この人が、ナチュラルに俺様なキャラだってこと。
 たぶん公式設定では腹黒だとか、そんな感じにしか書かれてなかったと思うけど、まちがいなく素の部分は『俺様』成分強めだよね。

 そういう意味では、弟のリオン殿下と仲があまりよろしくないのは、一種の『同族嫌悪』みたいなものでしかないんだろう。
 だって、どちらもおなじ『俺様』じゃん?

「わかりました、要は俺の自己責任ってことですよね?!」
「まぁそこは安心したまえ、責任はすべて取るから」
 なんだかんだ言いつつ、それって結局のところ、たんなるヤラれ損じゃないかと半泣きになった俺に、しかしブレイン殿下は笑みを深める。

「……責任って、具体的にはどうされるおつもりなんですか?」
 どうせまた冗談みたいに、学校まで担いでいくとか、そういうことでも言われるんだろう。
 そう思いながらもたずねれば、ブレイン殿下はにこやかな笑みを浮かべたままに口をひらく。

「そうだね、ひとまず学校には今日の遅参もしくは欠席届けの用意と代理提出をして、それからキミ自身へは回復するまでのからだのケアや食事、身じたくに関するあれこれの世話を保証しよう。もちろんキミの付き人への連絡や、部屋の改装をしてくれている職人への差し入れもすべてこちらで請け負おう」
 と、そこまでをひと息で言いきった。

「へっ……?」
 それは俺が思っていた以上に、ガチなほうの責任の取り方だった。
 いや、助かるのは助かるけど……。
 特に学校への届け出とか、職人さんたちへのケアとかさ。

「どうだい、キミのお眼鏡に敵う対応だったかな?」
「いや……あの……正直、思った以上に、きめこまやかなケアでおどろいてます……」
 笑顔のままに問いかけられ、すなおに思ったことを伝えれば、してやったりと言わんばかりの顔をされる。

「キミの場合、どれだけ甘い言葉をささやいても、それだけではよろこばないと思ってね。あえて現実的な対処を選んだのだけど、どうやらまちがえてはいなかったようだね」
 ブレイン殿下は、ほんのりと目もとをゆるめて、うれしそうに顔をほころばせる。

「えぇ……たしかに、そうかもしれないですね」
 そうこたえながらも俺は、なんだか落ちつかない気持ちになっていく。
 だってさ、そんなのまるで俺が攻略される側になってるみたいじゃん。

 だとしたら俺なんて、めちゃくちゃチョロいヤツだよ、きっと!
 こんなふうにブレイン殿下にうれしそうにほほえまれるだけで『よかった』とホッとしてしまうし、その顔にときめいているから、ほっぺたは早くも熱くなっていた。

「うぅん、こんなふうに本気で照れているようにしか見えないのに、なぜキミは私の寵愛を受け入れてはくれないんだろうね?我ながら、キミからの気持ちも、ちゃんと私に向いているという実感はあるのにねぇ……」
 そう問いかけてくるブレイン殿下の顔は、一転して寂しそうに見えた。

「それは、その……っ!」
 どうこたえていいか、とっさに言葉が浮かんでこなくて、くちびるがふるえる。
 本当の理由なんて、言えるわけがないだろ!

 ───でも、この人にこんな顔をさせたかったわけじゃない。
 本当は、その頼り甲斐のある胸にからだをあずけ、この想いを口にしてしまいたい。
 あなたのことが好き、なんだって。

 でもやっぱりそのひとことは、今の俺にはまだ、絶対に口にすることはできないセリフでしかなかったのだった。
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