ヒロイン王子は負けたくない!

マツヲ。

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Ep.11 これじゃまるでヒロイン属性の呪いだ

「っかぁ~、こりゃたまんねぇわ!想像以上に色っぺぇや」
 舌なめずりをして目をギラつかせるシトラスは、どう考えても理性なんて失っていて。
 ただこちらをむさぼり尽くそうと、息を荒くしている。

 シトラスの言うことが本当ならば、今ごろジェイクは深い眠りに落ちているころだし、そもそもこの部屋はシトラスが侵入してきたあとに施錠し直されているから、だれかが入ってくることもできない。
 両手は拘束され、ロクな抵抗もできないところで、さらには違法な薬物まで盛られているとか。
 どうやさしく見積もっても、詰んでいた。

 このギルドの宿屋では、つい先日もオレは傭兵のゴドウィンたちに襲われたばかりだった。
 だから室内に入るときにも警戒して、しっかりと施錠していたっていうのに。
 それすら今度は盗賊のスキルで突破されて、こうして襲われているなんて。

 よくわからない、謎の『ヒロイン属性の呪い』が発動したとしか思えなくて、オレはこんなところでまた男に襲われるっていうのか?
 冗談じゃない、こんなことってあるか!?

「やだ……っ、なんで……」
 必死に身をよじって逃れようとしても、ジャラジャラという鎖の音が響くばかりで、どうしようもなくて。
 それどころか、そのたびに己のシャツが肌をこする感覚に、ビクビクと反応をしてしまう。

「はぁ~、泣き顔もそそるじゃねぇか!」
 必死に顔をそむけた結果、音を立ててほっぺたにキスをされ、さらには目もとにうかぶ涙を舐めとられる。

「や…だぁっ!」
 なまあたたかくて、やわらかいくちびるの感触も、ぬらぬらとした舌の感触も、なにもかもが気持ち悪かった。
 なのにどうしてオレは、ロクな抵抗さえできないんだろうか?!

 どうして、どうしてオレばっかりがこんな目に遭わなきゃなんないんだよ───!?
 くやしさは涙となって、あとからどんどんあふれてくる。

 バキーンッ!!
 と、その瞬間、爆音とともに木の扉が蝶つがいごと問答無用で吹き飛んだ。
 それどころか、文字どおり飛んできた扉は、オレの上にのしかかるシトラスの背中とあたまを直撃する。

「ふげっ!」
 そして白目をむいたシトラスがオレの上に倒れかかってくるのに、とっさに身をぎゅっと縮こませるしかできなくて。
 けれど覚悟した衝撃は、いつまでたってもやってこなかった。

「なにしてんですか、あなたは!?」
「え……?どう、して……」
 こちらに倒れかかるシトラスの首根っこを捕まえて怖い顔をしているのは、シトラスいわく『となりの部屋で睡眠薬によってぐっすりと眠っている』はずのジェイクだった。

「またあなたは、僕に薬を盛ってまで、どうしてそう変な男を連れ込もうとするんですか!」
「……うるさい、それはただの誤解だから……」
 めちゃくちゃ誤解をしたままにオレに説教をかましてくるジェイクに、どういうことか安堵が広がっていく。

 ウソだろ、なんてタイミングで来てくれたんだよ?
 今度こそもうダメだって、覚悟を決めようとしていたっていうのに。
 だけどそんな思考は、とにかくジェイクの顔を見たときの安心感によって、あたまの外まで押し流されていく。

「夜寝る前にすごい眠気に襲われて、こんな感覚これまでなかったから、なにかがおかしいって思って……だから急に夜中に目が覚めたとき、なんだか隣の部屋からエッチな声とか聞こえてくるし、あなたが僕を出し抜いて男漁りでもしてるのかと思って、声が筒抜けだからやめてくれって文句を言いに来たつもりだったんです。でも、その……」
 手枷で拘束され、涙を流すオレの姿を見てあわてたのか、やたらと早口でジェイクがしゃべる。

「───いったいなにがあったんですか?どう見ても手錠とか、激しいプレイをご希望のようにしか見えないんですけど、でもあなたは嫌がっているようにしか見えないし……」
 困惑しているからだろうか、こちらをのぞき込むジェイクの顔が、わかりやすくくもっていく。

「オレだって意味がわかんねぇよ!夜中に目が覚めたら、こんなふうに拘束されていて……昼間に洞窟で出会った盗賊が、オレの上にまたがってるし!オレがひとり部屋だって知って来たって言ってたんだ……それにジェイクには睡眠薬を盛ったから来られないだろうって」
 できるだけ冷静に話そうとしているのに、今さらながらに怖くなってきて、どうしたって声はふるえてしまう。

「あのっ、無理に話そうとしなくていいです!とりあえずコイツが侵入者で、あなたを同意なく襲ったというのなら、このままギルドの窓口に犯罪者として突き出すだけですから!」
「待ってジェイク、その前にこの手枷、はずしたい」
 今だって両手が不自由で、大きくはだけたシャツをもどすことさえできないでいる。

「えっと、ちょっと待ってくださいねっ!」
 あわててジェイクがシトラスの服のポケットをあさって見つけた鍵で手枷をはずしてもらい、ようやく人心地つく。
 そのころには、先ほどジェイクが扉を吹き飛ばした音で目を覚ましたらしい宿泊者たちが、部屋の入口へと次々と集まってきていた。

 ここのギルド内の宿屋では、冒険者同士のケンカやいざこざは日常茶飯事だからこそ、本来なら多少の物音には動じないはずなのに。
 さすがにドアが吹き飛ぶような物音には目が覚めたのだろう、こちらに突き刺さる『なにがあったのか』という好奇のまなざし。

 別にオレ自体は被害者なわけだし、そしてジェイクのおかげで未遂で済んだのだから、堂々としていればいいのだけど、その目が今は怖かった。
 それに気づいたのか、毛布をオレの肩からかけると、ジェイクはさりげなく立つ位置をずらして、彼らの視線からさえぎってくれる。

 ~~あぁもう、だからそういうところ!!
 基本が紳士すぎるんだよ!
 こんなことされたら、オレのなかでのジェイクの株があがる一方だろ!!

 特にこう、オレをヒロインに仕立てあげようとする謎の強制力のようなものが発動していたせいか、こちらをのぞき込んでくる野次馬からの視線も、ただ好奇心からというよりも、シトラスやゴドウィンみたいにねっとりと欲をはらんだ目線で見てきているような気がして、それも気持ち悪かったんだ。
 でもジェイクの視線には、オレをいたわる気持ちこそあれど、そういう欲は一切感じられなかったから───だから、そこでようやく息をつくことができたんだ。

「ありがとうジェイク、おまえがいてくれてよかった……」
「え、あぁ……」
 オレの声は小さくて、よく聞き取れなかったのかもしれない。
 ジェイクからは、とまどいを存分にまとった声が返される。

 きっかけこそ、そのお人好しゆえのお節介だったのかもしれないけれど、それにジェイクからは苦手意識を持たれていることもわかっていたけれど。
 それでも今の自分にとっては恩人でしかなくて、気がついたら思った以上にジェイクはオレのなかで大きな存在になっていた。

 でもオレはヒロインの姫じゃなくてただの王子で、ジェイクとおなじ男でしかないから。
 ここにあるのは、けっして恋愛感情なんかじゃないはず。
 そう自分に言い聞かせないと、勘ちがいしてしまいそうだった。

 そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけた冒険者ギルドの職員が駆けつけ、床に転がるシトラスと、そしていまだに毛布をかぶり、ふるえているだけのオレの姿を見て事情を察したのだろうか、すぐに野次馬が追い払われた。
 といっても、ドアはジェイクが吹き飛ばしてしまったから、どこまで意味があるのかはわからないけれど。

 ただ、これから冒険者ギルドによる事情聴取がはじまるのかと思ったら、どうにも気が重くて仕方なかった。
 だって、男が男に襲われたとか、どうやって説明すればいいんだよ!?
 少なくともここは『基本はすべて自己責任』の世界なのに。

 だけどそんなオレの思いをよそに、事態は想定外の方向へと転がっていくのだった。
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