当て馬系ヤンデレキャラから脱却を図ろうとしたら、スピンオフに突入していた件。

マツヲ。

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45.どうやら風向きが完全に変わった件。

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「完ぺきなキミの、いったいどこがダメだと言うんだ?これまでもトーヤは鷹矢凪たかやなぎグループの総帥として、きちんと仕事をしてきたはずだ。ダメな人間なんかじゃないだろう?」
 そう問いかけてくるアレクの声色は、どちらかといえば怒りよりも困惑の色が強くなってきていた。

「そりゃ我が家ハワードの名とくらべたら鷹矢凪の名は、世界では知られていないかもしれないが、それだっていいビジネスパートナーさえ見つかれば、もっとトーヤは飛躍できるはずだ。なにしろこのワタシが唯一、手もとに置きたいと願う人間なのだから」
 あいかわらず押し倒されたままではあるけれど、こちらをまさぐっていたはずの手はいつの間にか止まっていた。

 ビジネスの場において厳しいアレクからの評価を受けられるのは、単純にうれしいことだ。
 というよりハワード家の立ち位置を考えれば、ほぼ世界的な評価とイコールであることはまちがいなかった。

 ───でもその評価が、なんだっていうんだ!
 そんなもの、俺個人の評価と見せかけてその実、本音と建前の使いわけをするような、ビジネス上での評価でしかない。

「いや、ダメなんだ。ただでさえ俺は誤解を受けやすい言動をしてしまうというのに、油断をするとつい周囲に甘えてしまって、自分の気持ちや考えを言葉にするのを忘れてしまう……いくらわかってもらえるのだとしても、大事な言葉を省略してはいけない。伝えたいことならば、何度でも声に出して伝えないといけないんだ……!」
 これこそがこの世界で、ようやくたどり着けた結論だった。

 ここに至るまで俺は冬也とうやとして生き、さまざまな相手と接してきた。
 たぶんそれらは、このスピンオフのシナリオ上での『イベント』とよばれるものだったのだろう。
 そのどれもが少し───いや、かなり心を傷つけえぐるものばかりであったのだけど。

 最初は、無意識なままに相手のプライドを傷つけてきてしまっていた鷲見わしみ社長。

 大学時代のことは正直、本当におぼえていないどころか、おなじ大学にいたことすら知らなかった。
 なんならビジネスパートナーとして知り合ってから、はじめて知ったくらいの気持ちでいたけれど、そこはたしかに俺にも非はあるのだと思う。

 だけど、少なくとも社会人となってからは大事なビジネスパートナーであるからこそ、いくら世間で対立をあおられたところで、あえてライバル視などしていなかった。
 しかしそれが、相手を歯牙にもかけていないのだと誤解され、そのせいでちょっとしたことで相手の地雷を踏み抜いてしまい、見事に逆上されて襲われた。

 次は、言葉足らずなあまりにビジネス上の付き合いでしかない間柄だと、だから多少犠牲にしても問題ない相手だと誤解をされてしまった酒匂さかわ先生。

 夕食をともにしようと呼び出された料亭へと出向き、そこで怪しい薬を盛られて、ロクでもない二世議員たちに襲われかけた。
 それ自体は、彼らの粛清のために仕組まれた罠のようではあったけれど、当然ながら酒匂先生側からの事前相談はなかった。

 よくよく考えてみれば、うたがいもせずに料亭にひとりで出向いたのは、俺が酒匂先生のことを身内として認識していたからで、なのにそれをこれまで相手に伝えたことはなかった。
 それに、人並みに弱くて脆い心でしかないのに、それを顔に出さずにいたせいで、こんなことくらいでは傷つかない人間だと誤解を受けてしまっていたのだろう。

 最後は、己の言葉が足りないばかりに、その思いやりを無にしてしまった白幡しらはた夏希なつきのふたりだ。

 白幡は幼いころからずっと俺に寄りそい、まるで家族のように深い愛情を注いでくれていた。
 なのに俺は、己の父親から受けた帝王学とも言うべき教えに盲目的にしたがったがゆえに、その労をねぎらうこともせず、ついには愛想を尽かされてしまった。

 夏希にしたって同じだ。
 せっかくその存在を知って、あわてて保護をしたというのに、どう接していいのかわからなかったのをいいことに、すべてを白幡に丸投げして、そしてロクに会話もしなかったせいで、俺から嫌われているのだと誤解をさせてしまった。

 ふたりから受けていた愛情は、ちゃんとこちらの心にも届いていたし、それをうれしいとも感じていたんだ。
 なのにそれを、わざわざ口に出して告げるまでもないと放置し、その結果、誤解を受けた
 だからそれらはすべて、因果応報というものでしかない。

 もちろん俺だって、相手を傷つけたくてわざとそんな言動をしているわけじゃない。
 ただ、そうは言っても自分の発する言葉が足らないばかりに相手に誤解をあたえてしまっていたのだとしたら、原因は自分にあるのだと、己の言動にたいして責任を取るべきだと言えるのかもしれなかった。

 でもそんな紆余曲折を経て、これらのツラい記憶と折り合いをつけ、どうにかして前に踏み出すことができたのは、ひとえに山下のおかげだった。

「そうだな……でも山下そいつのおかげで、ようやく気づくことができたんだ……言葉にするのでも、そして態度に出すことでも、人は救われることがあるんだってことに」
「………………」
 言葉にしてみれば、それだけで重く苦しい鎖から解き放たれていくようで、まるで魔法のようだった。

 自分よりも立派な体格で、いかにも体育会系で繊細さなんて縁遠そうな見た目をしているくせに、妙に涙もろくてお人よしな秘書の山下。
 彼の姿を思い浮かべるだけで、軽さを取りもどした心は、さらに血が通っていくみたいにあたたかくなる。

 仕事でも何でも、いつでも一生懸命に取り組んでいる山下の姿は、すなおに好感が持てる。
 その一方で、前任の白幡とくらべてしまったら、秘書室長とするには、まだ頼りないところのほうが多いかもしれない。
 それに自分を守るボディーガードとしての役割も、いまだ満足に果たせていないと言ってしまえば、そのとおりだった。

 だけど、いちばんひとりでいたくないときにそばにいて、支えてくれたのは彼だけだったから。
 あたたかい言葉をかけ、そっと寄りそってくれた。
 あの日、涙を流す己に差し出されたハンカチが、ハーブティーが、どれほどあたたかく心に沁みたことか……!

 もしかしたら、これまでの白幡だっておなじように冬也の体調を気づかい、細やかなケアをしてくれていたのかもしれないけれど、白幡もまたそれを言葉にすることはなかった。
 しかし山下は冬也への好意を全身で示し、それに加えて、飾らない自分自身の言葉を乗せてこちらを気づかってくれて。
 そのおかげで、自分の気持ちをすなおに態度であらわし言葉にすれば、きちんと相手に伝えることができるんだって、あらためて知ることができたんだ。

 それだけでなく、こちらからかけられる言葉にも、山下はまるで子どものように一喜一憂してみせた。
 ほかにも、たとえどれほど苦しかろうと、必死に耐えるしかできない俺の代わりに、俺を思って泣いてくれたこともあったっけ……。
 だから俺は、自分から発するどんなささいな言葉にも、ちゃんと意味があるのだと思うことができたんだ。

 それまでは効率主義で、とりたてて意味のない会話なんてしようとも思っていなかった冬也にとって、これがいかに衝撃的なできごとだったか想像できるだろうか?
 それこそ、世界がひっくりかえるような変化をもたらしてくれたと言っても、過言ではないとさえ思う。

 ───あぁもう、なんて世話が焼ける。
 こんなに立派な大人だというのに、ようやく気がついたのか……と、このシナリオを書いたであろう先輩の、ぼやく声が聞こえてくるような気がする。

 実はそうなんだ。
 前世の俺は、いっそ盛りすぎ設定の冬也のことをいけ好かないヤツだと誤解していたけれど、いかに見た目や権力、財力が飛びぬけてすぐれていようとも、冬也は完ぺきな人間なんかじゃない。
 まるで手のかかる、ダメな人間なんだ。

 それを知っているからこそ、俺は変わる。
 これからは絶対に。
 その気持ちが俺をはげまし、負けたくないと思う心を後押ししてくれる。

「トーヤにそんな顔をさせるなんて……やはりそいつは、よほどいい男らしいな」
 あきらめたような深いため息とともに、アレクがつぶやく。
 その口もとに浮かぶのは、少しシニカルな笑みだ。

「さて、どうかな?いい男と呼ぶには、まだまだ磨き足りない点はいくらでもあるからな。だからこそ、これからもずっとそばにいて、俺のためにがんばってくれる姿を見守りたいと思うわけなんだが……」
 そうこたえつつも、アレクの指摘のとおり、頬がゆるむのを自覚せざるを得ない。

「ガッデム!!とんだノロケ話じゃないか!」
 そうさけんだアレクは、顔に手を当てて天をあおぐ。
「でも……本当に変わったんだな、トーヤ……」
 その直後、まぶしそうに目を細めるその顔には、先ほどまでとは打って変わって敗色が濃くただよっていた。

「あぁ、遅すぎるくらいだけどな」
 かえす俺の声も、己のしてきたこれまでの失敗の数々を思い、なんとも苦々しいものとなっていた。
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