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岳鶯ルート 金軍撃退戦
開戦前夜
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「フッ」
短く息を吐き、最速の突きを放つ。幾度となく北方の異民族を屠って来た突き。ただの模擬戦用の槍と言えど、当たれば相当痛いだろう。
「ムンッ!」
が、そんな心配の必要はなく、楊再雲はそれを模擬戦用の矛で打ち払う。
「ハァッ!」
俺もその単発では終わらせずに、二度三度と突きを放つ。正直に言えば、俺の方が明らかに勝っているのは速さだけ。もしも楊再雲が攻勢に出れば勝てない。それはこの二週間の七度の負けで嫌というほど学習した。勝つためには攻めあるのみ。もともと俺の軍略には他国に侵略を許す守りはない。
三段突きを全て払われる。だが、その隙に十分に接近出来た。此処からなら体術も交えての攻撃に――
「ッハァァッ!」
間合いの中だというのに、楊再雲は力尽くで矛を横薙ぎにする。慌てて槍で防ぐが――
「ッ!?」
その瞬間、体が真横に吹っ飛ばされてしまう。
そして、
「喰らえ!」
義兄に対し、一切手加減をしない楊再雲の、模擬戦用とは言え確実に殺りに来る一撃が頭上に振り落とされる。
「ここ!」
それを半身になりギリギリで躱し、槍を楊再雲の喉元ギリギリに突き付ける。
「・・・・・・勝負あり、だな?」
「ああ、流石は兄者だ」
楊再雲はニヤリと嬉しそうに笑う。その表情を見るにこの手合わせの意味など忘れ、存分に楽しんでいたのだろう。
「最後の一撃、死ぬかと思ったぞ?」
「ガハハ、兄者なら大丈夫だ」
大丈夫なわけがない。先程まで俺のいた場所を見れば、模擬戦用であるはずの矛が見事に地面に半ばまで刺さっている。
「まったく、だが、これで勝率は並んだな?」
「明日は俺が勝つ」
「いいや、明日は俺達全員が勝者だ」
そう、金軍との戦はもう明日には行われようとしているのだ。俺は試合後の礼を終え、天幕に戻り軍議を始める。
・・・・・・だが、未だに金軍を叩くあと一押しが思いつかない。
張憲は木製の駒を使い、敵の予想配置とこちらの諸将の位置を地形図に乗せていく。模擬戦の結果は百戦中五勝。まったくもって話にならない。
「・・・・・・ですので、このヌルハチという敵総大将を高布殿が討つか、撤退させられれば我らの勝ちとなります」
至極当たり前のことを張憲が言う。わざわざ言うのはどれだけそれが難しいのかを理解しているからだ。だが、そこで少し気にかかることがあった。
「孫承宗(実在の明末の将軍)殿、もしもヌルハチを討てたとして、敵は退くのか?」
遼東より軍使として同行している孫承宗に疑問をそのままぶつける。軍議に参加している誰もが俺の疑問に驚いたような顔をしている。
「そ、それは勿論です。総大将ですし、金の総帥でもあるのですから」
「そうじゃない。ヌルハチが倒れたら次の者が出て来るのではないのか? 後継は一体何という者だ?」
「そ、それは、ヌルハチはそれをはっきりと示していません」
その答えに、慌ててヌルハチの情報を書き記した書簡を見る。
「・・・・・・息子で有力なのは長男チュイェンと次男のダイシャン、それに最近台頭してきた八男のホンタイジ、か。後継争いの渦中であるということか? しかし、長男や次男は分かるが、八男とは随分と離れているな」
「はい。しかし、ヌルハチは堅物の武人です。武を非常に重視するようで、この八男のホンタイジの武はそれだけ兄達より優れていると言う事です」
「フ、良いことを聞いた。皆良く聞け、最後の策。我らが金軍を倒すための一手を伝える」
それは、言ってしまえば前時代的な策と言えるだろう。だが、成功すれば、一気に勝率を半々までもって行ける。そこまで来れば後は運を天に任せるのみだ。
短く息を吐き、最速の突きを放つ。幾度となく北方の異民族を屠って来た突き。ただの模擬戦用の槍と言えど、当たれば相当痛いだろう。
「ムンッ!」
が、そんな心配の必要はなく、楊再雲はそれを模擬戦用の矛で打ち払う。
「ハァッ!」
俺もその単発では終わらせずに、二度三度と突きを放つ。正直に言えば、俺の方が明らかに勝っているのは速さだけ。もしも楊再雲が攻勢に出れば勝てない。それはこの二週間の七度の負けで嫌というほど学習した。勝つためには攻めあるのみ。もともと俺の軍略には他国に侵略を許す守りはない。
三段突きを全て払われる。だが、その隙に十分に接近出来た。此処からなら体術も交えての攻撃に――
「ッハァァッ!」
間合いの中だというのに、楊再雲は力尽くで矛を横薙ぎにする。慌てて槍で防ぐが――
「ッ!?」
その瞬間、体が真横に吹っ飛ばされてしまう。
そして、
「喰らえ!」
義兄に対し、一切手加減をしない楊再雲の、模擬戦用とは言え確実に殺りに来る一撃が頭上に振り落とされる。
「ここ!」
それを半身になりギリギリで躱し、槍を楊再雲の喉元ギリギリに突き付ける。
「・・・・・・勝負あり、だな?」
「ああ、流石は兄者だ」
楊再雲はニヤリと嬉しそうに笑う。その表情を見るにこの手合わせの意味など忘れ、存分に楽しんでいたのだろう。
「最後の一撃、死ぬかと思ったぞ?」
「ガハハ、兄者なら大丈夫だ」
大丈夫なわけがない。先程まで俺のいた場所を見れば、模擬戦用であるはずの矛が見事に地面に半ばまで刺さっている。
「まったく、だが、これで勝率は並んだな?」
「明日は俺が勝つ」
「いいや、明日は俺達全員が勝者だ」
そう、金軍との戦はもう明日には行われようとしているのだ。俺は試合後の礼を終え、天幕に戻り軍議を始める。
・・・・・・だが、未だに金軍を叩くあと一押しが思いつかない。
張憲は木製の駒を使い、敵の予想配置とこちらの諸将の位置を地形図に乗せていく。模擬戦の結果は百戦中五勝。まったくもって話にならない。
「・・・・・・ですので、このヌルハチという敵総大将を高布殿が討つか、撤退させられれば我らの勝ちとなります」
至極当たり前のことを張憲が言う。わざわざ言うのはどれだけそれが難しいのかを理解しているからだ。だが、そこで少し気にかかることがあった。
「孫承宗(実在の明末の将軍)殿、もしもヌルハチを討てたとして、敵は退くのか?」
遼東より軍使として同行している孫承宗に疑問をそのままぶつける。軍議に参加している誰もが俺の疑問に驚いたような顔をしている。
「そ、それは勿論です。総大将ですし、金の総帥でもあるのですから」
「そうじゃない。ヌルハチが倒れたら次の者が出て来るのではないのか? 後継は一体何という者だ?」
「そ、それは、ヌルハチはそれをはっきりと示していません」
その答えに、慌ててヌルハチの情報を書き記した書簡を見る。
「・・・・・・息子で有力なのは長男チュイェンと次男のダイシャン、それに最近台頭してきた八男のホンタイジ、か。後継争いの渦中であるということか? しかし、長男や次男は分かるが、八男とは随分と離れているな」
「はい。しかし、ヌルハチは堅物の武人です。武を非常に重視するようで、この八男のホンタイジの武はそれだけ兄達より優れていると言う事です」
「フ、良いことを聞いた。皆良く聞け、最後の策。我らが金軍を倒すための一手を伝える」
それは、言ってしまえば前時代的な策と言えるだろう。だが、成功すれば、一気に勝率を半々までもって行ける。そこまで来れば後は運を天に任せるのみだ。
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