古からの侵略者

久保 倫

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降臨

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 秋夢は、心に深いダメージを受けて境内に逃げ込んでいた。

 悪夢がよみがえる。

 儀式を施された武器で次々と殺される里の者達と、伊西たちが重なる。

「いや、まだあれ達は死んでいない。」

 気絶しているだけだ。あの”だいじん”は、どうもこちらを殺すつもりはないようだ。
 今は、委ねておいて後日に救出する算段を講じよう。

 屈辱ではあるが。

「アキム、逃げるな!」
「仲間を置いていく気なの!?」

 壬生達が追いかけて来たか。壬生だけなら厄介だが、あの娘が一緒なら振り切れよう。あの娘は、壬生ほど身体能力が高くない。

 一応、念のため、「透過の術」を使うとしよう。

 秋夢の体は、人の目に見えなくなった。

「いないよ、壬生さん。」
「気配らしきものはするのですが。」

 こちらの方を壬生は、見ているようだが、完全に見えているわけでもないようだ。

 これなら、逃げられる。
 そう思いながら、隣接する弁財天を祀る宗栄寺へ抜ける道へ足を進める。


「待てや、わらわの神域を騒がしておいて逃げるつもりか、鬼よ。」
「まさか……。」

 そこにいたのは、一人の美女だった。

「女神か……。」
市杵島姫命イチキシマヒメじゃ。ここは、わらわを祀る社でも少々気に入っておるでな。荒らしておいて、逃げるなど許さぬぞえ。」
「ふん、我が一人になれば出おったか。」

 所詮、女神。鬼の剛力を恐れて逃げていただけではないか。

「で、我を捕縛するか?」
「いや、消えてもらう。既に狛魚は呼んである。」
「何?」

 それはまずい。気絶している皆が。

「それはやめよ。ただでは置かぬぞ!」

 仲間を見捨てるわけにはいかない。

「ふん、女神が一人で来ると思うたか?」
「姉たちも来ているのか?」

 市杵島姫命は、田心姫命、湍津姫命と共に生まれたことを秋夢は、知っている。
 神功皇后の三韓征伐のおり、その海上機動を加護したことも。

 だが、所詮は女神。鬼の我の力に勝てるはずもない。

「誰?あの美人?」

 しまった、壬生達に気が付かれた。

 つい仲間のことを思い、叫んでしまった。
 透過の術は、身を消すが、音を消せるわけではない。大声を出しては意味が無い。


 永倉達も、秋夢を追って境内に入ったが、見失っていた。

 気配は感じていたが、当てにしていいのかわからぬまま、ちょっと周囲を見回していたら、アキムの叫びが聞こえたので、足を向けたのだ。

 美女が一人こちらを向いて立っている。

「危ないです、逃げて下さい。」
「危ないから、美人さん、逃げて!」
「ほう、わらわを美人と呼ぶか。善きかな善きかな。」

 市杵島姫命は、嫣然と微笑んだ。

 秋夢は、そんな市杵島姫命に襲い掛かるべく、透過の術を解いた。

「アキム、その人に手を出すな。」
「早く、逃げて下さい、美人さん!」

「いや感心感心。」
「逃げぬのか?殺すぞ。」
「何を申すか、殺されるのはお主じゃ。神域を荒らした罰は受けてもらう。」
「姉の力でも借りるか。」 
「いや、姉達はここをさほど好いておらぬ。代わりに、最近神になった小僧を連れて来た。」

 そう言うと一人の青年が現れた。

「何、あのイケメン。」

 美青年が秋夢と市杵島姫命の間に立ちはだかる。
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