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「アズナール、話って5年前のこと?」
「はい、そこからお話します。」
「おい、アズナール、いいのか?」
「オラシオ、話をしてその上でロザリンドさんに、ぼくが仕えていいか判断してもらおうと思う。」
「おい、オレのオヤジがお前に声かけてんだぜ。問題ないって。犯罪犯したわけじゃねえんだから。」
「そうだけど、やはり話はしておこう。」
オラシオは、口をつぐみました。
「お嬢様、今日自己紹介した時、『不肖の次男坊』と言いました。これは二つの意味があります。」
アズナールは、口を開きました。
「一つは魔術師の家に生まれながら魔術師の素質に恵まれなかったこと。」
「魔術師の素質に恵まれるかは、完全に運じゃ。気に病むことではあるまい。」
イシドラの言う通り、魔術師の素質に恵まれるか否かは、完全に運だそうです。
恵まれる者は、親が魔術師の素質がなくとも恵まれます。
イシドラの両親は魔術を使えませんが、イシドラ本人は素質あり、と産まれた村にいた治癒術師に判定され、以後、その才能を知ったお父様の援助を受け、イシドラは医学と治癒魔術を学び、メイア商会で働くようになりました。
ちなみに素質の有無は15歳で確定し、15歳以降素質が現れることはないのだそうです。
「そうですが、カミロ家は代々宮廷魔術師の家系です。子供に魔術師の素質が無いと知った母は、ぼくを出来損ないと判断し、以後ぼくに魔術の勉強をせず他の道を探すよう言って、無視するようになりました。」
「出来損ないって。」
そんなひどいことを言う人なの、アズナールのお母さんって。
「あの、アズナールくん、そんなひどいこと貴方のお母様はおっしゃったの?」
「えぇ、母は魔術を至上のものと考える人ですから。」
「お父様は?アズナールくんをやはり出来損ないと」
「父は、そんなことは言いません。ただ、父は入り婿でして、家での立場は強くないのです。」
「そんな、私とクルス王子との婚約披露の場に来たりしてるじゃない。」
「母は、そういうことを下らない雑事と考えており、入り婿の父に押し付けて、自身は魔術の研究にふけっています。」
なるほど。
「ただ、父もぼくに魔術師以外の道を探すようには言いました。『残念だが、魔術師だけが職業ではない。社会の役に立つ職業はいくらでもある。』と。」
「いいこと言うお父様じゃないの。」
お母様の言う通り。カミロ導師、いいことおっしゃる。
「はい、ただ、魔術を至上とする母に育てられた当時のぼくは、やはり魔術を至上と考えていました。当時のぼくにとって、魔術の素質が無いと断定されることは、人生の終了を告げられたのと同じだったんです。」
「人生の終了って。」
そこまで思いつめなくても。
「笑ってもらって構いません。当時のぼくは、本気でそう思って、グレてしまい、挙句の果てに家を飛び出したんです。これがもう一つの『不肖の次男坊』です。」
「荒れてというと、やっぱり暴力を?」
「えぇ、正論を説いてぼくを諭す父を殴り倒し、家を荒らして飛び出して。気がついたら貧民街の一角に転がり込んでいました。」
結構ハードな過去があったんだ、アズナール。
「そこは、死を間際に迎えた老いた男性が住む家でした。彼を世話していたのがカリストとバジリオだったんです。」
「あ、バジリオの……いやカリスト君のお爺様だったんだ。」
バジリオの祖父母は、父方母方とも同居してるらしいから。
「どちらの祖父でもありません。でも彼らはその老人に食事を運ぶなどしていました。」
「二人とも優しいね。」
カリスト君は、私や王妃様を助けてくれたし、バジリオは幼い妹の世話をしている。
「えぇ、優しい子達です。彼らは転がり込んだぼくの世話もしてくれた。」
「世話をしてくれたって、そんな5年前なら7、8歳でしょ。」
「ジャネス親分の店を教えてくれたんです。食事はここで買えばいいって。」
あぁ、あのお店を教えてくれたんだ。
「ぼくが転がり込んで2日後に、老人は亡くなりました。寝て起きたら死んでいました。」
「急性の心臓停止じゃな。弱った老人によくあること。」
イシドラが解説してくれます。
「ぼくは、そのまま老人の家に住んでいました。バジリオやカリストが来るので、暇つぶしに読み書きや計算を教えたりして。」
「そんなことしてたの?」
「魔術師に必要なことだからと、叩き込まれていましたので。」
「よく二人とも勉強したね。」
「結構呑み込みの早い子でしたね。特にカリストは、すぐに掛け算をマスターしました。」
「すごい、あの子頭いいじゃない。」
同じ年の頃の私はどうだったろう。計算は商売で必要だから、と一生懸命勉強してた。
でも話を聞く限りじゃ、カリスト君は、かなり簡単にできるようになったみたいだけど。
「本当は、追い払うためだったんです。こんなこと学ぼうなんて気なんてないだろうから、うっとおしがって来なくなるだろうと。でもあの二人は『すげえすげえ』って面白がってぼくから学びました。」
「それは伸びたでしょうね。二人とも。」
「えぇ、ナタリー夫人、ぼくが教えたのはわずかな時間でしたが、二人とも急速に読み書きと計算を習得しました。」
「わずかな時間?」
どのくらいの期間の話なんだろう。
「えぇ、ぼくが転がり込んで出ていくまでの一月あまりの間です。」
そんな短期間で?
私も優秀な教師をつけてもらったけど、1年くらいかかったよ。
「どうして、貧民街から出たの?」
「オレが、引きずり出したっす、お嬢様。」
そういや、アズナール、5年前大男とやりあって死んだとも思われてたんだっけ。
その大男が、オラシオなわけで。
「はい、そこからお話します。」
「おい、アズナール、いいのか?」
「オラシオ、話をしてその上でロザリンドさんに、ぼくが仕えていいか判断してもらおうと思う。」
「おい、オレのオヤジがお前に声かけてんだぜ。問題ないって。犯罪犯したわけじゃねえんだから。」
「そうだけど、やはり話はしておこう。」
オラシオは、口をつぐみました。
「お嬢様、今日自己紹介した時、『不肖の次男坊』と言いました。これは二つの意味があります。」
アズナールは、口を開きました。
「一つは魔術師の家に生まれながら魔術師の素質に恵まれなかったこと。」
「魔術師の素質に恵まれるかは、完全に運じゃ。気に病むことではあるまい。」
イシドラの言う通り、魔術師の素質に恵まれるか否かは、完全に運だそうです。
恵まれる者は、親が魔術師の素質がなくとも恵まれます。
イシドラの両親は魔術を使えませんが、イシドラ本人は素質あり、と産まれた村にいた治癒術師に判定され、以後、その才能を知ったお父様の援助を受け、イシドラは医学と治癒魔術を学び、メイア商会で働くようになりました。
ちなみに素質の有無は15歳で確定し、15歳以降素質が現れることはないのだそうです。
「そうですが、カミロ家は代々宮廷魔術師の家系です。子供に魔術師の素質が無いと知った母は、ぼくを出来損ないと判断し、以後ぼくに魔術の勉強をせず他の道を探すよう言って、無視するようになりました。」
「出来損ないって。」
そんなひどいことを言う人なの、アズナールのお母さんって。
「あの、アズナールくん、そんなひどいこと貴方のお母様はおっしゃったの?」
「えぇ、母は魔術を至上のものと考える人ですから。」
「お父様は?アズナールくんをやはり出来損ないと」
「父は、そんなことは言いません。ただ、父は入り婿でして、家での立場は強くないのです。」
「そんな、私とクルス王子との婚約披露の場に来たりしてるじゃない。」
「母は、そういうことを下らない雑事と考えており、入り婿の父に押し付けて、自身は魔術の研究にふけっています。」
なるほど。
「ただ、父もぼくに魔術師以外の道を探すようには言いました。『残念だが、魔術師だけが職業ではない。社会の役に立つ職業はいくらでもある。』と。」
「いいこと言うお父様じゃないの。」
お母様の言う通り。カミロ導師、いいことおっしゃる。
「はい、ただ、魔術を至上とする母に育てられた当時のぼくは、やはり魔術を至上と考えていました。当時のぼくにとって、魔術の素質が無いと断定されることは、人生の終了を告げられたのと同じだったんです。」
「人生の終了って。」
そこまで思いつめなくても。
「笑ってもらって構いません。当時のぼくは、本気でそう思って、グレてしまい、挙句の果てに家を飛び出したんです。これがもう一つの『不肖の次男坊』です。」
「荒れてというと、やっぱり暴力を?」
「えぇ、正論を説いてぼくを諭す父を殴り倒し、家を荒らして飛び出して。気がついたら貧民街の一角に転がり込んでいました。」
結構ハードな過去があったんだ、アズナール。
「そこは、死を間際に迎えた老いた男性が住む家でした。彼を世話していたのがカリストとバジリオだったんです。」
「あ、バジリオの……いやカリスト君のお爺様だったんだ。」
バジリオの祖父母は、父方母方とも同居してるらしいから。
「どちらの祖父でもありません。でも彼らはその老人に食事を運ぶなどしていました。」
「二人とも優しいね。」
カリスト君は、私や王妃様を助けてくれたし、バジリオは幼い妹の世話をしている。
「えぇ、優しい子達です。彼らは転がり込んだぼくの世話もしてくれた。」
「世話をしてくれたって、そんな5年前なら7、8歳でしょ。」
「ジャネス親分の店を教えてくれたんです。食事はここで買えばいいって。」
あぁ、あのお店を教えてくれたんだ。
「ぼくが転がり込んで2日後に、老人は亡くなりました。寝て起きたら死んでいました。」
「急性の心臓停止じゃな。弱った老人によくあること。」
イシドラが解説してくれます。
「ぼくは、そのまま老人の家に住んでいました。バジリオやカリストが来るので、暇つぶしに読み書きや計算を教えたりして。」
「そんなことしてたの?」
「魔術師に必要なことだからと、叩き込まれていましたので。」
「よく二人とも勉強したね。」
「結構呑み込みの早い子でしたね。特にカリストは、すぐに掛け算をマスターしました。」
「すごい、あの子頭いいじゃない。」
同じ年の頃の私はどうだったろう。計算は商売で必要だから、と一生懸命勉強してた。
でも話を聞く限りじゃ、カリスト君は、かなり簡単にできるようになったみたいだけど。
「本当は、追い払うためだったんです。こんなこと学ぼうなんて気なんてないだろうから、うっとおしがって来なくなるだろうと。でもあの二人は『すげえすげえ』って面白がってぼくから学びました。」
「それは伸びたでしょうね。二人とも。」
「えぇ、ナタリー夫人、ぼくが教えたのはわずかな時間でしたが、二人とも急速に読み書きと計算を習得しました。」
「わずかな時間?」
どのくらいの期間の話なんだろう。
「えぇ、ぼくが転がり込んで出ていくまでの一月あまりの間です。」
そんな短期間で?
私も優秀な教師をつけてもらったけど、1年くらいかかったよ。
「どうして、貧民街から出たの?」
「オレが、引きずり出したっす、お嬢様。」
そういや、アズナール、5年前大男とやりあって死んだとも思われてたんだっけ。
その大男が、オラシオなわけで。
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