か弱い力を集めて

久保 倫

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「うまい……ですか。」

 アズナールの表情は、完全に想定外のことを言われたそれでした。
 
 そんなにおかしなことを言ったでしょうか?

「なんじゃ、お嬢様は、そんなに変なこといったか?」
「肉の取り合いするくらいだからぁ、美味しいと思ってたんだけどぉ。」
「料理するから興味ある。知りたい。」

 イシドラやウルファ、エルゼが口々にアズナールに質問する中、アズナールの表情は、なんと言ったものかという表情に変わりました。

「いや、なんか聞いたらまずいんだったら答えなくていいけど。」
「いや、まずいというか……。」
「あのジャネス親分ってヤクザだよね。ひょっとして犯罪とか絡んでるの?」

 それで口ごもるのでしょうか?

「いや、あの店自体は、合法です。扱っている食材は、盗んだり横流しなどの犯罪に関わりありません。」
「なんでえ、横流しって。軍じゃあるまいし。」
「いや、軍と関係がある。」
「なんだ、さっきから。別に犯罪に関係ないとか。お嬢様は、あの店がうまいかどうか聞いてるだけじゃねえか。美味けりゃ美味い、まずけりゃまずいって言えばいい。」
「……そういう以前の代物なんだ。」

 そう言ってアズナールは、考え込む顔になりました。
 これを私に言ったものか。
 そう考えているみたいだけど。

「アズナール君、今日貧民街で娘が見たこと、私や娘が想像できないようなことなのかもしれないわね。教えてくれないかしら。」
「ナタリー夫人。」
「この子はね、一応将来の王妃なの。その娘が国民のこと知らないの、どうかと思うわ。だから、お願い。」

 そうですね。

 私も、一応将来の王妃。

 クルス王子が、そのバカさ加減ゆえに廃立の可能性極めて大。
 よってなれない可能性極めて大、ではありますが、それでも現時点では将来の王妃なのです。


 アズナールは、深呼吸しました。
 そして口を開きます。

「オラシオ、昨日の晩飯覚えているか?」
「なんだ、昨日の晩飯?急に話が変わるな。」
「いいから答えてくれ。」
「昨日は、クルス王子の婚約祝いのお流れで、珍しく肉がたっぷり出たな。手羽元やら手羽先やら骨のついた部位ばっかだったが。」
「それが今日取り合いやってた肉さ。」
「ってこたぁ、横流しじゃねえか!」

 オラシオが立ち上がります。

 体が大きいだけに、怒るとやっぱ迫力があります。
 普段、気のいい兄ちゃんだけに、怒らせると結構怖いです。

「落ち着け。」
「落ち着いてられっか!人の食う分を減らすようなマネしやがって。食いもんの恨みの怖さ、横流しした野郎に叩き込んでやる!」
「いや横流しじゃない。ジャネス親分は、堂々軍営から持ち出している。」
「どうやって?」
「食い残しはゴミとして業者に引き取らせてる。この業者がジャネス親分なんだ。」
「話が見えねえ!」
 オラシオが、頭を抱えました。
 正直、私もです。
「アズナール、ごめん、私も話が見えない。もっと簡潔に事実を教えてもらえる?」

 バカじゃないつもりだけど、アズナールの説明は回りくどい。
 何か言い難いことみたいだけど。

「わかりました。」

 ため息一つ、アズナールはつきました。


「ジャネス親分の店で売ってるものは、軍営で出た残飯です。」


 はっ!?

 アズナールの言葉に絶句してしまいました。
 見れば、お母様も、皆も絶句しています。

「あの時、男たちが争っていた肉ってのは、手羽元の骨に残っていた肉なんだ。ぼく達から見れば食い残しだが、彼らから見れば、肉がまだ残っている骨付き肉なんだ。」

 つまり、あの時蹴り飛ばした人にとって、握っていたのは、食べ終わった骨じゃなくて、これから食べる骨付き肉だったってこと?

 そんな、誰が口にしたかわからない代物でしょう。
 しかも他の残飯にまみれたものじゃないの?

「あの店先で煮ていた粥にしても、入れてる具は残飯さ。市場で買った安い雑穀に、ぼく達が残した芋やニンジンなんかをぶち込んで作るんだ。」

 うげげぇ。

「一応ぶち込む前に水で洗っているそうだけどね。」

 それでも、ねえ。

「お前、オレが探し出すまで、んなもん食ってたのか。」
「まあね。あそこ以外、ぼくが持ち出したお金で食いつなげる店はなかった。料理はできないし、加えて道具も設備も無かった。」
「どんな味?」

 エルゼの質問、答えを聞きたいような聞きたくないような。

「……そうだね、最高の調味料で味付けされていた。」
「何、それ?」
「空腹は最高の調味料、って言うじゃないか。」

 つまるところ、追いつめられないと食べられる代物ではないと。

「ひどいもの売ってるのね。」
「ジャネス親分は、もちろん食べませんよ。あの店の他に、口入れ屋や賭場を開いて稼いでます。」
「身なり悪くなかったもんね。」

 アズナールの言葉は納得できます。

「あの貧民街に住む男は、ジャネス親分の店の飯を食い、ジャネス親分の賭場で散財して日々暮らしています。」
「それって、あの貧民街のお金をジャネス親分が吸い上げているってことじゃない?」
「そう言っても過言ではありません。ただ、吸い上げるばかり、という訳にもいかないので、土木工事などで働かせもします。」
 口入れ屋としての仕事をしてるってことだ。
「そのお金は、お店と賭場で吸い上げられちゃうんでしょ。」
「はい。」
「話を聞いて思ったんだけど、結婚して子供がいる人もいるのよね。子供をどう育てているのかしら?」
 話にお母様も入って来ました。
「カリストやバジリオしか知らないのですが、母親が細々と稼いだ金で育てているようです。」
「お父さんの稼いだお金は?」

 まったく家庭に回らないものでしょうか。

「どうでしょう。ぼくも転がり込んだ家の老人に聞いた話をしているだけで、家庭環境までは詳しく知らないのです。ただ、あまり父親が金を家庭に入れてないようだ、と推測はできます。そうでなければ、賭場で使う金額が説明できない。」
「結構なお金を使うの?」
「賭場に行き来する人の会話を耳にした程度ですが、銅貨を百枚単位で使うには、日雇いで稼いだ金をそのまま賭場に持ち込むしかないでしょう。」
「そうね、商会でも荷物の積み下ろしで日雇いを雇うことはあるけど、一日銅貨二、三百枚くらいだもの。百枚単位で博打をするには、給料をそのまま懐に入れるしかないわね。」
「博打をやって勝てばいいですが、大抵は負けます。オケラになったとよく聞きましたので、間違いはないと思います。」

 こりゃ、ジャネス親分って相当、貧民街の人を食い物にしているわね。

 賭場を無償で開くわけはない以上、絶対客が負ける仕組みができているはず。
 そうでなければ儲からないもの。
 それがどんなものかは、博打をやらなかったであろうアズナールに聞いても、わからないでしょうね。

「ロザリンド、聞いたわね。」
「はい、お母様。」
「貴女が王妃になれるかは、不明だけど、覚えてはおきなさい。それをどうにかするのが、政治だとお母さんは思うの。」

 そうですね、心にとめておきましょう。
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