か弱い力を集めて

久保 倫

文字の大きさ
上 下
25 / 52

24

しおりを挟む
 父親の帰宅翌日に、私が依頼した金紅石ルチルの採取に出発したバジリオ君が戻ってきました。

「お姉ちゃん、ただいま。」

 王都に帰ってきて、私の所にも挨拶に来てくれました。

「お帰りなさい。ケガしてるんじゃない?」

 頬の所にあざがあります。
 服にもあちこちに破れなどがありますし、ひょっとして、あちこちケガしてるんじゃないでしょうか。

「大丈夫。オイラ、前の師匠にも隠れるのは上手いってほめられてたんだぜ。」

 そうかもしれませんが、ケガしてるのは間違いない事実です。

「ケガの治療は?」
「大丈夫だって。ツバぬっとけば治る程度だよ。」
「頬にあざ作って何言ってるの。」
「あぁ、これ。金紅石の採れるセルバ山に行く途中の森でゴブリンに出くわしちゃって。」
「殴られたの?」
「かわし切れなくてさ、頬に一発貰っちゃった。」
「もらったって……。」

 ゴブリンってこん棒なんかで武装してるんじゃなかったっけ。
 頬の骨砕けてない?

「あ、心配しないで。こん棒かわして脇から逃げようとしたら、ひじでどつかれただけだからさ。」

 鈍器で殴られたわけじゃないんですね。それなら一安心。

「でも途中でよかったよ。もっと奥深くに行けば、ドラゴンじゃなくても、グリフォンやマンティコア、ヘルハウンドのような強力な魔獣が出没する。その前に痛い目にあって、気を引き締められてよかった。」
「バジリオ君、本当に前向きね。」

 負傷してもへこたれない、その性格は褒めるべきでしょう。
 だからこそ、危険な魔獣からは、無事に逃げきれたのかもしれません。
 
「ただ、あんまり採取できなかった。それだけはゴメン。」
 確かに、冒険者ギルドから納品されたのは、握り拳大の金紅石2個。
「いいのよ、私もさ、冒険者のことちょっと勉強したんだ。」

 バジリオ君への依頼は、直接ではなく冒険者ギルドに依頼する形になっています。

 依頼する時担当の人が教えてくれたのですが、冒険者が成長するには、やはり危険な修羅場を潜り抜けることなのだそうです。
 無論、潜り抜ける以上生きて帰ることが何より優先されます。
 そのために、獲得したお宝や素材などを必要に応じて、放棄する決断力が求められるのだそうです。

 せっかく獲得したのだからと、無理に持ち帰ろうとして、増加した荷物の重さのせいで、とっさの対応が遅れ死亡する例も多いのだとか。

「いいの、バジリオ君、今回初めてソロで行って依頼された鉱石を持って帰ってきてくれたんだから。それだけで十分だよ。化粧品には、そんなにいらないし。」

 そう、化粧品の生産には、それほど多量の金紅石が必要なわけではありません。
 今回、バジリオ君が持って帰ってきてくれた分で、増産ができます。
 受注量を増やせると、貴族の方々にも触れ回れます。
 
 王妃様からも、もう一組都合できぬか、と会うたびに言われ、閉口しているので助かります。

「これから、何度も行ってもらうけどさ、経験を積んでバジリオ君が成長してくれればいいの。そうすれば、一回の冒険でもっと採取できるようになるんだから。本当は、ドラード公が所持する魔法道具マジックアイテムをバジリオ君に使わせられればいいのでしょうけど。」
「そんなの無理だよ。魔法道具ってムチャクチャ高いんだろ。」
「そうだけど、買えないことはないんだよ。もし平凡な石ハジャラ・アーディーっていうアイテムが手に入れば、バジリオ君に渡すね。」
「いや、それは欲しくない。」
「えっ?どうして?」

 意外な返事です。
 冒険者の多くが、求めるアイテムの一つなのに。

「そのアイテムのことは知ってるけどさ、それを使ってもオイラの実力にはならない。オイラ自身の能力で、ドラゴンなんかを出し抜いて、鉱石なんかを採取できなきゃ意味がないんだ。」
「そうだけど、お母さんも心配しているんだよ。持っておけばいざという時に役立つよ。」
「母ちゃんが……。」
「いよいよの時だけ使えばいいんだよ。普段は持っておくだけ。お守りと思って。」
「わかった。」

 そうは言ってるけど、内心は違うな。
 表情に馬鹿にした雰囲気がある。

「どうせ、オイラの手に入るわけなんかないさ。」

 う、それは……。

 現実には、今平凡な石ハジャラ・アーディーを持っているのは、ドラード公です。
 バジリオ君でも私でもない。
 
 高額な品として取引されるのだから、自分に縁が無いと思うのは仕方ないね。

 なかなか、ドラード公と接点を持つ機会も無い。
 機会が得られたら、絶対にお願いしよう。
 
 ドラード公は、愛人も多い方。
 その愛人達のために化粧品を注文してくれていますので、その辺で交渉できれば、とは思ってます。
 
「ま、手に入れるのは、お姉ちゃんに任せて。バジリオ君、また金紅石の採取に行ってくれる?」
「うん、もちろん、これからも採取に行く。で、さ……。」

 なんか言いにくそうにしています。
 快活なバジリオ君にしては珍しい。

「もうちょっと高く買ってくんないかな。」

 それか。

 買ってあげたいんだけど、こっちも利益というものが。
 将来的には、値を下げて購買層を拡大したり、他国への輸出もしたいから、あんまり、ね。

 それでも、今回はバジリオ君に報酬として金貨5枚支払ってます。
 冒険者ギルドが手数料として一割取るにしても、経費は別に支払ってますから、家族4人分の生活費としては十分なはずです。
 
「いや、父ちゃんに金握らせてきたんだけど、『これだけか』なんて言われちゃってさ。全部渡したわけじゃなくて、大半は母ちゃんに預けてる。」

 そう言えば、前に食事した時、お父さん金さえあれば暴れないって言ってたっけ。

「オイラが今後も冒険に行っている間に、母ちゃんやアリアンナが困らないよう、小出しに金を父ちゃんに渡すって母ちゃんも言ってるけどさ。」
「何か不安そうだね。どうしたの?」
「母ちゃん、グチってたけど、最近、父ちゃん派手に博打やってるんだ。それも借金で。」
「まだ、借りてるの!?」

 先日、私に預けていたお金で返済してもらって、また借金しているのでしょうか。
 信じがたい話です。

「うん、今度はジャネス親分が貸してるみたい。オイラ賭場に出入りしないからわかんないけど。」

 何を考えているのでしょう。

 今まで貸してこなかったというのに。

「お金のことは考えておくけど……。」

 色々な考えが頭の中に渦巻いてます。


 どうしてジャネス親分は金を貸し始めたのか。

 無論、利息はとるでしょうが、利息による収入以前に、貸した相手が金を返さねば貸しただけ損になります。
 返す意志は、まぁ暴力で強制できるにしても、相手が金を持っていなければ、暴力をふるうだけくたびれて損するだけです。
 返済を受ける当てがあるとみて金を貸しているのでしょう。
 今は返済を求められていないようですが、翌月になれば返済を求めるでしょう。無論、利息が上乗せされた額で。

 拒めばどうなるかはわかっているので、皆、金策を始めるでしょう。

 つまるところ、奥さんや子供という弱い存在を締め上げる。

 今までは、男だけを絞っていたけど、今後はその後ろの家族も絞るつもりか。
 
 ジャネス親分、どうにかしないといけないのかな。

 ウーゴさんに相談してみましょうか。
しおりを挟む

処理中です...