か弱い力を集めて

久保 倫

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 数日後、私はウーゴさんと一緒に貧民街の一角にいました。

「ここなんですか?ジャネスの賭場は?」
「そうだ。」

 どう見ても廃屋なんですけど。
 屋根も腐ってて穴が開いてますし。

「ここの地下が賭場だ。昔からな。」

 そう言ってウーゴさんは、廃屋の前に立っている若い男性に声をかけました。
 若い男性は、背筋を伸ばして、そっとドアを開けます。

 そっと扱わないと崩れそうなドアなんですよね。

 廃屋の中に入ると、中はしっかりした造りになっています。

「こちらです、お嬢さん。」

 中にいた男性が床板を持ち上げました。
 持ち上げた床板の下には階段があります。

「つっかえねえかな。」

 背の高いオラシオがちょっと不安げ。

「気を付ければ大丈夫よ。」
「いや、頭打つとかはいいんですけど、とっさの時に動けるか不安なんすよ。」

 私を守るのに支障がないか気にしてるんだ。

「ワシの子分もおる。お前さん一人だけに負担をかけさせん。」

 そう、ウーゴさんの子分も数人います。
 廃屋の外にも二人ほど待機しています。

 それは、ともかく。

「あのねぇ、今日の私は、お忍びで賭場に来た令嬢リンダ・メイなんだよ。暴れるはずもないじゃない。」

 そう。

 一応、これでも王太子の婚約者。
 非合法な賭場に出入りなんてしたことがバレたら、婚約破棄間違いなし。
 銀貨3万枚も踏み倒されるのは、火を見るより明らかです。

 だから、普段しない仮面なんかして、偽名も念のため用意しています。
 こんなんで顔を隠せるとは思えませんが、仮面をした客の素性を探らない、しゃべらないのは、ヤクザの客に対するルールなんだそうです。

「あいつもヤクザである以上、このルールは守る。仮面をしている以上あいつも口外はせん。」

 とウーゴさんは、保証してくれました。
 だから、王宮に密告されることはありません。

「だから、ジャネスの賭場を見ただけで、帰るんこと、いいですね。」
「えぇ、客らしくお金をかけて、ちょっと遊んだら門限と言って帰ります。」

 出産を控えたイルダ様の相手もしなければならないし、化粧品の量産のことだってあるんですから。

 ちなみに、アズナールとエルゼは、ジャネスに顔が知られているので来てません。
 オラシオも微妙なところだけど、誰も行かない、という訳にもいかず、付いてくることに。
 一応、オラシオとウーゴさんも、仮面してます。

「そうは言っても、アズナールも心配してんすよ。バジリオが虐待されての見て、暴れだすんじゃないかって。」

 うっ……。

 大人しくするつもりだけど、そんなの見てじっとしていられるか……。

「お嬢ちゃん、大人しくするというから、案内しておるの忘れんでくれ。」
 小声でウーゴさんがささやいてきます。
「大丈夫ですって。」
「大丈夫っすかねえ、カリスト見ても冷静でいて下さいよ、ホント、みんな心配してんすから。」
「わかってるってば。」

 まぁ、カリスト君も客を「ブス」呼ばわりするような子じゃないし。
 そう言われなければ大丈夫。

「今日は、負けるつもりでおってくれ。」
「はい。」

 ルールを覚え始めたばかりなのに、百戦錬磨のジャネスに勝てるとは思ってません。
 それに勝つための手段が、まだ手元に無いですから。

 負けた分だけ、ジャネスの懐に入るかと思うと、気分が悪いですが。

「さぁ、張った張った。」

 ディーラーが、声を張り上げているのが聞こえてきます。

「シックボーじゃな。」
 ウーゴさんが、ジャネスの賭場で行われているギャンブルを教えてくれました。
「サイコロを3つ振って、その出目を当てるギャンブルじゃ。」

 行われている場所に近寄ります。

 白い布……というには、ちょっとくすみがヒドイ布をかぶせられた卓。
 その卓でサイコロは振られるようです。
 ディーラーの手前だけ、明るくなっているのは、地下でもサイコロの出目がよくわかるように、という配慮でしょう。
 それ以外の箇所は、ちょっと暗い。

 それでも卓の布に書かれた文字は、読めます。

 出目が偶数…2倍
 出目が奇数…2倍
 出目が10以下…2倍
 出目が11以上…2倍
 サイコロの合計値的中…6倍
 サイコロの出目一つ的中…2倍
 サイコロの出目2つ的中…5倍
 サイコロの出目3つ的中…60倍
 サイコロの出目2つゾロ目…10倍
 サイコロの出目3つゾロ目…30倍
 サイコロの出目3つゾロ目かつ数字的中…180倍

 最後が大きい。
 見れば、何人かそこに賭けている人がいます。
 一発逆転を狙ってるんでしょうね。

「今日の所は、大人しく2倍くらいの賭けにして。」
「はい。」

 私は、「奇数」とかかれた箇所に銅貨を一枚乗せました。
 ここは、チップを買うようなシステムではありません。全て現金でやり取りです。

「さぁ、皆さま張り終わったようで、サイコロ振らせて頂きます。」

 ディーラーがカップにサイコロを入れて振り、卓に伏せます。

「オープン!」

 ディーラーが、カップを焦らすようにゆっくりと上げます。

「2!3!6!11の奇数でございます!」

 あぁ~、とか、やった!!、という声があちこちからします。

「そこのご令嬢、奇数ですので、銅貨2枚になります。」
 そう言ってディーラーは、私に銅貨2枚を滑らせてきました。
 さっと押さえて握ります。
 落とすなんて、お金をそんな扱いできる訳がありません。

 私の他にも当てた人がいるようで、それぞれにディーラーは配当を滑らせてます。

「ふん、さすがにディーラーは、腕があるようだ。」
 ディーラーは、客の賭けた目や額を瞬時に把握し、出目がわかり次第、速やかに配当を配ってます。
 ここでぐずぐずすると客が冷めて、次の勝負をやめるそうです。

「さぁ次の勝負、次の勝負。賭けねば勝利はあり得ない。張った張った!」
 ディーラーが煽ります。
「次は偶数だ!」
「出目の合計12!」
「出目、3と4!」
「ゾロ目が出る!」

 次々と客が賭けていきます。

「出目の合計10以下。」
 私は、再度銅貨一枚を指定のマスにのせました。

 サイコロが振られました。

 ディーラーがカップを上げると……。

「2!4!5!9の奇数でございます。」

 再度、ディーラーが銅貨2枚を滑らせてきました。

「そこのお嬢さん、なかなかついていらっしゃる。いかがです?少し賭け金を増やしては?」
「あはは、不慣れなので、慣れるまではチマチマ行きます。」
「どうですかね、流れはお嬢さんにあるようですが。」
「そうかしら。」
「えぇ、ゾロ目が出ることに賭けてみては?」
「やめておきます。」

 そう言って銅貨を偶数のマスにのせます。

「サイコロ振って下さい。」
「おやおや。」

 ディーラーは、サイコロを振ります。

 出目は……。

「1!3!6!10の偶数です。」
「ゾロ目は出なかったわね。」
「いやぁ、流れとしてそろそろ出ると思ったのですが、ははは。」
「今度は、2が出ることに賭けるわ。」
「おやおや、慎重でいらっしゃる。」

 2倍の役にしか賭けないんだもん、そう言われてもしょうがない。

「おい、あの嬢ちゃんに乗るか?」
「あんな小娘に乗れるかぁ?上にだってやだぜ、真っ平だし。」
「オレは乗ってみる。2・4・5に賭けるわ。」

 あら、ちょっと注目されてる?
 下品なのもいるけど。

「皆さん、張り終わったようですので。」

 サイコロが振られます。
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