か弱い力を集めて

久保 倫

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 勝負、というかジャネスの財産削りは続きます。

「3、3、4、10の偶数。」

 ディーラーも元気無い。
 これ、出目3(金貨400枚×2=800枚)+出目4(金貨100枚×2=200枚)+ゾロ目(金貨300枚×10=3000枚)+偶数(金貨1000枚×2=2000枚)だから、私とウルファへの配当総額金貨6000枚だもんね。

 カリスト君が、どさっと私の前に債権の証文を積み上げます。

 思った通りカリスト君、ジャネスの資産を運用してたんだな。
 中身は精査せねばなりませんが、ほぼ全財産と見ていいんだろうな。
 その上に、小さな袋が置かれます。
 多分、宝石でしょう。
 資産運用の一環として宝石を持つことは普通ですから。

 それらは、金貨の箱の上に仮置きします。

「1、4、6、11の奇数。」
 出目1(金貨400枚×2=800枚)に出目4(金貨100枚×2=200枚)出目6(金貨100枚×2=200枚)+1・4・6(金貨50枚×60=3000枚)で、配当総額金貨4200枚。

「嬢ちゃん、金貨1枚単位で証文書こうか?」

 ジャネスの言葉に違和感を覚えます。

 そんな手間のかかることを言いだすなんて。

「5枚単位でお願いします。」

 とは言え、書いてくれれば出している金貨を全て箱に戻せます。
 そうして回収して、ジャネスを借金漬けにできれば、全ては終わりなんですけど。

 でも、ジャネスは何か目論んでいる。

 暗い自暴自棄な目。

 何か魔術的な手段で、この賭場もろとも私を抹殺しようとしているのでしょうか。
 周囲を見回しますが、それらしいものは見えません。
 もっとも、魔術に素人な私が一目見ただけで、わかるはずもありませんが。

 ただ、カリスト君達子分に動揺は見られません。
 死ぬ可能性があるのに、平然としていられる人間なんてそうはいません。

 多分、大丈夫、命の危険は無い、と私は判断しました。

 ただ、子分達に知らせていない可能性もあります。
 私は、ジャネスから目を離せなくなりました。

 ジャネスは大人しく証文を書いて渡してきます。
 書かれた証文を卓上の金貨と入れ換えて、金貨を箱にしまう時もジャネスから目を離せませんでした。

 ウルファの賭け分も、金貨53枚に換えて別の袋に入れます。

 そのせいで、貧民街の男達への配当が、銀貨銅貨となり、男達は私みたいに配分して勝ちを狙おうとします。
 ここにきて盛り上がり、男達は帰る気配すら見せません。

「おい、俺にちょっと融通しろよ。」
 そんなささやきがあちこちから聞こえます。
 男達が勝負に熱くなっているのは、結構なことです。

「ジャネス、おめえ、もう金がねえだろ。」
「うるせえ……。」
 ウーゴさんへの反論にも力がありません。
「空証文でごまかせると思うな。」
「へっ。」

 そうしている間も勝負は続きます。

「6、6、6、18の偶数。」
「おぉっ。」
 さすがに3つゾロ目で場は盛り上がります。

 配当総額は、出目6(金貨100枚×2=200枚)に3つゾロ目(金貨6枚×180=1080枚)+偶数(金貨1000枚×2=2000枚)で、配当は金貨3280枚。

「証文書くからちょいと待ってな。」
「もう証文はいいわ。」

 私の言葉にジャネスの手が止まります。

「証文の代わりにこの卓もらうわね。」
「なっ……そ、そんなことされたら、勝負が……まだやるんだろう?」
「やるけど、それとこれと話は別。もうとっくに証文の総額、あなたの財産を越えているわよね。」

 金貨4000枚相当だから、とっくにオーバーキル。

「だからこの卓もらうわ。」
 そう言いながらウルファに手を差し出します。
「待て、賭場でナイフの類を出すのは禁止だ。なぁウーゴさん。」
 私を止めさせたいのでしょう。
「武器の使用は禁止。その通りだが、な。」
 こういった非合法の賭場で強盗やっても当局に通報できません。
 それを防止するために、運営者以外、武器を出すことは禁止、というのがヤクザ間のみならず客にも課せられるルール。

 ですが。

 ウルファが私の手に乗せたのは、ただの糸切ハサミ。

「ただの裁縫道具に怯えるのか、ジャネス。」
「……チッ。」

 ジャネスの舌打ちを無視して語りかけます。

「バジリオ君、ちょっとハサミ使う。注意するけど、ケガしないようできるだけ小さくなって。」

 自分でも無茶言ってるとは承知してます。
 でも、バジリオ君にケガさせたくない。

「バジリオ?どこにもいねえが。」

 お父さん、ホント自分の息子をどう扱ってるんです?
 息子さんは、貴方が遊びに来ていた賭場に四六時中いたんですよ。
    
 私は、ディーラーの前のサイコロを払いのけ、糸切ハサミをクロスに突き立てました。
 糸切ハサミの刃は、深々と刺さります。
 クロスの下は、木の板で糸切ハサミごときが突き刺さるはずありません。
 驚きの視線が集中するのを感じながら、糸切ハサミでクロスを切り裂きます。

 切り裂いたクロスの下に見えるのは。

「バジリオ君久しぶりね。」
「ね、姉ちゃん……。」

 疲れ切ったバジリオ君でした。

「バジリオ、おめえ、なんでそんな所に……。」
「お父さん、バジリオ君はあなたに売られてから、この机に隠れてサイコロの出目を操作するイカサマの手伝いをしてたのよ。」

 そう、切り裂いたクロスの間からわずかに見える太い針。
 その針でサイコロが転がって止まった瞬間にクロス越しにサイコロをチェックし、ディーラーが指示した出目になるよう針でつついて動かしていたのでしょう。

「で、でもよ、バジリオは身長1mに満たないようなチビじゃねえぞ。小柄だったがそこまでちっこくはねえ。」

 そう、バジリオ君の顔の見える位置から卓の端までは、1mくらい。
 卓は6本の脚がついていますが、バジリオ君の足を収めるような位置にありません。
 卓の板は、人間が収まる程度の厚みはありますが、足を折りたたんだ状態で収まる程の厚みではありません。

「バジリオ君、そこから出れる?」
「……で、出れないことは……無いけど。」
「じゃ、出よ。」
「で、でも……。」
「出よ、バジリオ君。バジリオ君が潜るのは、こんな賭場の卓なんかじゃないでしょ。魔獣のいる洞窟やダンジョンでしょ。」
「む、無理なんだよぉ。オイラ、もう……。」

 その言葉に、自分の中に激情が沸騰するのがわかりました。
 ジャネスの外道がぁ。

 怒りでジャネスをぶん殴ってやりたい気持ちですが、抑えます。
 バジリオ君を怖がらせるわけにはいきません。

「いいから出ておいで。あなたをダンジョンや洞窟に送り込む手筈は整えているから。」
「そ、そんなこと……。」
「できるって、私を信じて。」
「うん。」

 バジリオ君の顔がクロスの裂け目から消え、私から見て右側のクロスがうごめきます。

 そしてバジリオ君が、床を這いながらクロスの下から出てきます。

「なんじゃあ、バジリオ、おめえ……。」

 クロスの下から出てきたバジリオ君には、両足がありませんでした。
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