ずぼらなエルフは、森でのんびり暮らしたい

久保 倫

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14.リク、ダイヤモンドより硬い決意

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「コンラート様のコレクションですか?」
「父さんが、生前この世界各地の植物をコレクションしていたのは知っているだろう。」
「はい。リノ杉もコレクション収集の一環で入手し、植林し始めたのが、ガリア王国におけるリノ杉使用の始まりでしたね。」
「そう、リノ杉はローレンツ家の富の源泉の一つ。まぁ、マウノは、それに頼りすぎだけど。」

 リクは部屋の中心に立った。

「父さんは、コレクションのうち、特に種子をここに集めたんだ。世界でもここほど植物の種子が集まったところはないって自慢してた。自慢のコレクションを保管するために、こうも入念なことをして仕上げに『物質保存』魔法をを使ったのさ。」

 「物質保存」魔法は、普通箱などにかけ、内部の物質を箱に入れた状態で保存するという使い方をする。

 コンラートは、それを小屋一棟にかけたのだ。
 その上で小屋の周囲を建屋で囲う念の入りようである。

「それで……あれ?」

 ソフィーは、気が付いた。

「リク様、『物質保存』魔法は、保存し続ける限り術者の魔力を消費し続けるはずですが。」
「もちろんそうさ、この部屋だって例外じゃない。」
「コンラート様が亡くなった後、どなたが魔力を供給し続けたのですか?」
「僕だよ。僕が父さんから魔法を受け継ぎ、魔力を供給し続けた。」
「それで、マウノが候爵位を継いでから魔力が下がった、と言ったのですね。」
「うん、めんどくさかったから言ってなかった。特に言う必要もないと思っていたし。」

 シルヴィオ辺境伯の爵位を引き継ぐ以上、その財産である別荘も引き継ぐ。
 だから、この部屋の種子も全て受け継いでいる。

「かなりきつかったのではありませんか?」
「まあね。でも父さんが大事にしたコレクションだからダメにすることは避けたかったから、頑張った。」

 魔法を遠方の地で維持させようとすれば、そのための魔力を送らねばならない。
 だが、送る途中で魔力は、徐々に減衰することは避けられない。
 そのため、遠方で魔法を発動、維持するためには、減衰分を上乗せして送らねばならない。
 無論、その分消耗するのは、言うまでもない。
 ここから、ラニオンや王都までの距離を考えただけでも、リクが今までいかに無理をしていたかわかる。

 さらに他人が発動させた魔法を維持するには、余計に魔力を消耗する。

 リクの負荷はいかほどのものだったのだろうか。
 ソフィーは、あらためてリクの強さを思い知らされた。 

「さて、今から魔法陣を書き換える。これでこの部屋の『物質保存』魔法の主は僕になる。」
 リクが呪文を唱えると、足元から床に魔法陣が展開する。
 光り輝く文様と文字が、目まぐるしく動いて、やがて止まった。

「これで、これからは僕が正式にこの部屋の主だ。これで、かなり楽ができる。」
「リク様、よかったですわ。」
「あぁ、今まで無理していたからな。」
「だから、仕事をサボって森の中のツリーハウスで隠れて休まれていたんですね。」
「うん、まぁ。」

 実際は、きつかったが、リクにとって我慢できない程ではなかった。
 ツリーハウスでサボっていたのは、純粋にサボるためで、休息のためではない。
 だが、それを言ったら、ソフィーに何と思われるか。

 ソフィーに嫌われるのは避けたい、リクの偽らざる本音だった。

「リク様、そういうことをマウノに言っておけば、侯爵位を狙うことは諦めたかもしれませんね。」
「どうかな。魔力が下がった云々はきっかけだよ。」
 リクは、ソフィーの推測を否定した。
「あいつ、いつかは侯爵位を奪おうと策動したと思うよ。アルバン三世のように扇動する人間もいるし。むしろ、これで僕個人としてはよかったと思う。」
「よかった?候爵位や財産を奪われてですか?」
「うん、僕は、ほら、ズボラななまけ者だから、侯爵の仕事が嫌いでさ。」
「自分で言いますか。」
「事実だろ。」

 ソフィーは、否定できなかった。
 情けないとは思ったが。

「だから、マウノが面倒な貴族の仕事もやるというなら、それはそれでよかった。僕が言い出したなら、あいつにばかり負荷をかけてすまないとか思うけど、今の事態はあいつが望んだことなんだから。」

 良心の呵責など生じようがない。

「何しろこっちは被害者だ。損害賠償を請求したいくらいだよ。」
「それ言っちゃいますか。」
「うん。いやダメダメなこと言ってるけどさ。ここなら一生、生きるのに困らない。狩りをして森の恵みをおすそ分けしてもらう限りはね。やっぱり僕はエルフなんだよ、森の中にいる方が楽しいんだ。」

 そう、窮屈な礼服を着て参内し、退屈な礼儀作法を守って式典に参加し、理屈でガチガチな宮中で仕事するくらいなら、ここでのんびり生きている方がいい。
 好きな狩りをして、獲物を捌いて、食料とする。
 ここの別荘の地下室に塩をかなりの量残しておいたから、保存食を作るのだって当面は困らない。
 今後、塩は、手間はかかるが砂浜で製塩すればいい。夏場しかできないだろうが、冬は狩猟、春は野草、夏は製塩、秋は木の実などの採取、をやるようにすればいい。

 そう楽し気に語るリクにソフィーは、深刻な問題を提起した。

「お酒はいかがされるおつもりですか?」
「最大の問題だね。」

 リクは真剣に悩む顔になった。

「クロード船長に分けてもらう手もあるけど、対価を払えない以上無理は言えない。加えてクロード船長が沖合を航行する時、確実にここに来れるかどうか。」

 航海は水物、何が起こるかわからない。
 一応、リクなりに対策は考えてはいるが。

「この機会に断酒しましょう。それがいいですよ、余計なことに悩まなくて済みます。面倒がありません。」



「いやだ!」



 リクは真剣な口調で言い切った。
 ソフィーもリクに仕えるようになって長いが、一番真剣だったかもしれない、と言うくらい真剣だった。

「リク様、体が健康でないと森の生活が楽しめないと思います。」
「心が不健康になっちゃうよ。」

 リクの酒への想いは固い。
 ダイヤモンドを素手で叩き割ることの方が簡単に思えるほどに。

 それでもソフィーは、指摘する。

「ですが、お酒を入手できないのは事実です。いかがお考えですか?」
「……節約してチビチビ飲んでいくとしよう。つまんないけど。」

 リクは、とりあえず無難な結論を出しておくことにした。
 ソフィーにしても、酒量を減らすことに異存はないだろう、と踏んでのことだ。

「節約されるなら、休肝日を設定することをお勧めします。最低週二日。」
「……前向きに善処する。」
「七日でもよろしいのですよ。」
「断酒じゃないか、それは。」

 会話は、休肝日のことも含め概ね、リクの予想通りに展開した。

「さぁ、とりあえず井戸を整備しよう。お風呂入りたいんだろ。」 
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