ずぼらなエルフは、森でのんびり暮らしたい

久保 倫

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21.マウノ、仕事量が増加する

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 マウノは、着いた翌日にリクの死を発表し、故人の意思として簡素な葬儀を行った。
 父、コンラートの墓の隣に空の柩を埋葬してその死を取り繕った後、自身の領主就任を宣言している。

 本来なら、リクは死んでいないのだから、盛大に行いたかったのだが、死亡と発表した以上やむを得ない。

 着用する服も仕立てていたのだが、喪服を着用するしかなかった。
 マウノにしてみれば、リクのせいで思い通りにできず、いまいましいことこの上ない。。
 
 就任宣言の後、マウノは、ダミアンとともに執務室に籠った。

「兄貴め、余計なことばかりしやがって。この家で日がな酒を飲んでいればいいものを。」
「馬鹿野郎、あれだけ言われて、まだ生かすつもりか!」

 ダミアンが一喝する。

「いや、俺が戻るまでの話だ。」

 さすがにジェロームに殺人は命じられない。そんなことを言えば裏切ってリクを逃がすだろう。
 ジェロームは、有能な家令でしかないのだ。殺人のような荒事ができる人間ではない。

「お前が部下を貸してくれればよかったんだ。」
「しょうがない。たまたま忙しかったんだ。お前の要請に応じられる部下はいなかった。」
「口の固い殺し屋とか紹介してくれてもいいだろう。」
「そんな都合のいい奴はとっくにスカウト済みだ。」
「スカウトに応じない奴はいないのか?」
「幸か不幸か、皆スカウトに応じてくれた。」

 本当だろうか?
 マウノは思った。
 応じない奴は、殺した可能性は否定できない。いつ、そういう手合いが自分達に敵対しないとも限らないのだから。

「今更、陛下に叱責された後、速やかに殺し屋を派遣しておけば、などと嘆くな。それより、あいつの行先の手掛かりになりそうな手紙は無いのか?」
「この家に残っている手紙は全て渡した。」
「これだけか?」

 ダミアンの前の机に紙が積み上げられている。
 高さにすれば10㎝とそれなりのものだが、侯爵の受け取る書簡の量はこの程度なのだろうか。

「兄貴は、そんなに筆まめじゃなかったし、そもそも交際がさほどない。森に引きこもりたがるタイプだったからな。」
「まさか、森に潜んでいるんじゃあるまいな。」
「それは無い。ローレンツ家の森の守護者は俺だ。その魔石も取り上げてある。」
「結界で囲んでも、その前に入れば意味がないのではないか?」
「入ったところで、痕跡は消せん。守護者がその気になって意識を集中すれば、守護する森の中をここにいても探索できる。痕跡なりなんなり見つけることは簡単だ。」
「大丈夫なのか?痕跡を消すくらい部下にもできる奴はいる。」
「それは訓練しているからだろう。兄貴は訓練なんかしていないし、ましてやあのズボラな兄貴に丁寧に痕跡を消すとかできるはずがない。」
「この国の森全てがローレンツ家の領域ではあるまい。」
「そうだが、そこまで俺に捜せと言うのか?冗談ではない、俺には商会もあれば、侯爵としても仕事、領主としての仕事、これらが山積みだ。そこまでは手が出ない。」
「チッ。」

 マウノに金を稼がせるのもダミアンの仕事である。
 稼がねば取り上げるものがないのだから当然だが。

「失礼いたします。お茶をお持ちしました。」
 ジェロームが紅茶の入ったポットを持って入室してきた。
「適当に置いておいてくれ。」
「かしこまりました。」

 ジェロームがポットからカップに紅茶を注ぐ。
 香気が広がる中、マウノは紙を広げ、思案顔になる。

「こちらに置いておきます。」
 マウノの机の上にカップを置き、ダミアンの机の上にも紅茶のカップを置く。
「すまんが、左の方に置いてくれ。そこには仕分けた手紙を置きたいんでな。」
「失礼しました。」
 ジェロームは、カップを置き直した。
 
「しかし、兄貴め、どうやって仕事していたんだ?」

 マウノは、自身の仕事量の予想以上の増加に戸惑っていた。
 
「そう言えば、最近結構遅くまで仕事しているな。」

 ダミアンも、一応側近扱いだからマウノの仕事を見ている。
 侯爵になってから明らかに仕事が増えている。

「仕事が増えるのはわかり切っていた。今まで二人でやっていた仕事を一人でやるんだからな。ただ予想以上に執務時間が増えた。」

 林業に関し、速やかなブナやナラの伐採と切り株の除去、リノ杉の植林区域の拡大を指示する書類を作成する。
 林業に関しては、リクと違うやり方をする以上、従来の林業の責任者を飛び越える形で、現場に細かく指示を出さねばならないことも増えた。
 これは覚悟の上だから問題はない。むしろ、望むところだった。
 
 従来の林業の担当者は、リクと違うやり方に難色を示したが、クビをほのめかして従わせている。

「兄貴と俺とでは事業のやり方が違う。兄貴のようにのんびりしてたら負けちまうんだ。」

 大変と言えば大変だが、今まで思い通りにならず、ストレスを貯めていたことを思えばなんでもない。
 今後、マウノのやり方を理解する人材を育成すれば、その人に権限をある程度委譲して楽できるようになる。それまでの辛抱である。
 
 問題は、侯爵や領主としての仕事だ。
 マウノは、リクが侯爵としての仕事を嫌って、可能な限りサボっていたことを知っている。
 それでも問題なかったのだから、侯爵や領主の仕事など大したことあるまい、と高をくくっていた。
 それがどうして、かなりの仕事量だった。

「南西のイスファハーン帝国との外交に関して……。」

 外交に関して意見書を作成しなければならない。文章は、リクに仕えていた秘書のフィリップが、マウノの意見を聞いたうえで作成してくれたが、念のために目を通し、必要に応じて修正せねばならない。

「その辺は陛下のご意向に従います、で済ませればよかろう。」
「しかしだな、軍備を増強することで帝国を圧迫するって、コストが悪そう……がぁあぁぁっ!」
「お前は黙って、陛下にハイハイ言えばいいんだ!忘れたのか!」
「……しかしだな……軍拡に軍拡で応じられる可能性が。」
「陛下の政策には、ハイだ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」

 あまりの苦痛にマウノは、椅子から転げ落ちる。

「仕事量が増えているんだろう。余計な手間を増やさない方がいい。そんなこともわからんのか!」
「……わ、わかった。わかったから止めてくれ。」

 椅子から転げ落ちたマウノは、頭を抱えながら立ち上がろうとする。

 そんなマウノに手を貸すこともなく、ジェロームは昏い視線を向けるだけだった。
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