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24.リク、今後のことを考える

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 修繕の終わった日の夜、リクは酒を飲もうとしなかった。
「リク様、よろしいのですか?」
「今日は休肝日にするよ。色々考え事をしたいし。」

 さすがに4本もブランディーが減ったのが応えたみたいね。

 ソフィーは、そう思ったが口にはしなかった。
 やっぱり飲む、などと言い出されるのは嫌だ。

「考え事と言いますと?」
「もうじき雪が降りだすだろう。その前にまず色々やりたいことがある。」

 リクは用意した紙にやるべきことを思いつくままに列挙し始めた。

 ベッドなど家具の手入れ
 クルミなどの木の実の採取
 コケモモなどの果実の採取
 キノコ類の採取
 百合などの球根の採取
 ハーブなどの薬草類の採取
 狩猟
 薫製小屋の再建
 蒸留小屋の新設

「リク様、この最後の蒸留小屋、というのは?」
「ほら、あの日君に取りに行って貰ってた蒸留釜持ってきているだろ。あれを活かさない手は無いと思うんだ。」
「お酒を隠し持ってくる手段ではなかったのですね。」
「……僕をなんだと思っているんだい。」

 酒好き、と一言で回答すべきかしら。
 ソフィーは迷ったが、笑ってごまかすことにした。

「ここでもハーブは採取できる。それを使って各種の精油やローズウォーターを作ろうと思ってね、せっかく持ってきたんだから。」
「女性が喜びそうですね。」
「それだ。ライエン王国にも女性がいる。彼女たちへの手土産になるだろう。」
「え……。」
「今日、君はブランディーを渡した。無論、あれも手土産として極めて有効だろう。だが、喜ぶのは男性に偏りがちになると思う。僕は、女性が喜ぶものも持って行こうと考えている。」

 ソフィーも、割譲された土地へ行くことを考えていないわけではない。
 無論、手土産として何かを持って行こうとは思っていたが、女性が喜ぶ、という視点を欠いていた。
 会ったのがランベルトやマルコといった男性しか顔を見ていないのもあるが、手元にあるものでつい考えてしまった。

 リクに酒を控えさせる、というのもある。

「でも女性が喜んでも。ライエン王国の方は、水軍の生き残りでしょう。ならば軍隊であり、お酒は歓心を得るアイテムだと思います。」
「そうだね。でもこのままでは酒もいつしか尽きる。その時どうする?今後も彼らと付き合いは続くよ。」
「うっ……。」

 確かにリクの言う通りである。

「それに精油は、物にもよるが、肌や呼吸器系の病気などに有効だ。彼らが困っているかどうかはわからないが、あって困ることは無いと思う。」
「……そうですね。ですが……。」
「ですが?」
「いえ、優先度はあまり高くないのでは、と思いまして。」

 まさか、気を引きたい女性がいたと言うことは無いでしょうね。

 ソフィーは、気になってしまったが、上手く切り出せない。

「うん、君の言う通りだ。だから一番最後に書いた。ただ、せっかく持ってきたのだから、蒸留を行えるようにしておきたい。何かの役に立つだろう。」

 気を引きたい女性がいるわけではないのかしら。

「あ、あのリク様はライエン王国の方と今後も付き合うのですか?」
「うん、付き合わざるを得ないだろう。森を解放したけど、荒らされても困る。この森は、僕らだけじゃなく彼らを養う力があると思うけど、何があるかわからないからね。」
「結界に閉じこもると言うのは?」
「今更できない。正直彼らが今日まで生きてこれたこと自体がすごい。でも今後、外部から物資などが来なければ、いつか彼らは死に絶えるだろう。そう考えると森を閉ざすことはできない。彼らを殺すようなものだ。」
「リク様は、森に引きこもっていたいのだと思っておりました。」
「引きこもりたいし、引きこもっているつもりだよ。ただ、目の前に困っている人がいるのに見捨てることはできない。」

 その優しさを独占したい、と思うのはわがままだろうか?

 ソフィーがそんなことを考えていると知らぬリクは、話を切り替える。

「君は、今後何をやるべきと思う?」
「今後ですか、う~~ん。」
 ソフィーは食料以外で考えてみた。
「蚕などこの森には、いないのでしょうか?」
「蚕かぁ、天然の原種になるね。いないことはないけど、布を織れるほど集められるかわからないね。」
「布は無理でも糸だけでも作れればいいのです。布は端切れでもなんとかなるでしょうし。」
 糸も買い込んで来ているが、それも在庫を使い切れば終わりだ。
「わかった。でもそれは春になってからだね。ただ、裁縫と言うか布に関してならカジノキを加工するというのを思い出した。土地によっては神殿で使われているものだから、それなりに役に立つと思う。」

 そう言ってリクは「カジノキ伐採加工」と書き足した。

「これならカーペットやベッドの敷き布にも使えるだろう。追加しておこう。」
「ですが、木なのでしょう?雪が降っても伐採は可能なのでは?」
「寒くなる前に寝具は準備しておこう。念のためだ。」
「食料よりは優先順位を下げていいのでは?」
「そうかな。」
「食は生きる上での基本です。キノコや後書いてないですけど芋類があるようなことおっしゃってませんでしたか?」
「それなら、つるが庭、というかまぁ、この近くに以前植えていたジャガイモが生き残ってた。」

 かつて庭と呼んでいた土地は、木が生えて最早庭の痕跡をわずかに残すだけだ。それを庭とリクは呼べなかった。

「後は野生のタロイモや百合だな。」
「そちらを優先しましょう。ベリーも悪くありませんが、食事という点では芋の方を優先しましょう。」
「うん、そうしようか。」
「こんな順序になりましょうか。」

 1.芋、キノコ、木の実、球根などの採取
 2.果実や野草、ハーブなどの採取
 3.ベッドなど家具の修繕
 4.カジノキの伐採、加工
 5.狩猟
 6.薫製小屋の再建
 7。蒸留小屋の新設

「ベッドや家具の修繕は、夜や天候が悪くて家に籠らざるを得ない時にやることにしよう。」
「それでいいかもしれません。」
「それと狩猟だけど、もう少し優先順位を上げたい。」
「急がずともいいのでは?肉は欲しいですけど、飢えをしのぐと言う意味では、芋などの方が重要です。」
「雁を狩れるのは時期が限られる。この辺りで雁が狩れるのは、越冬のために南に向かう今の時期だけだ。」
「リク様、雁がお好きでしたか?」

 ソフィーは、リクの食の好みを把握している。そんな傾向は無かったはずだ。

「いや、羽毛布団を作りたいんだ。できれば掛布団だけでなく敷布団も作りたい。これから寒くなるからね。」
「羽毛ですか。」
「もちろん肉もとるよ。ただ、メインは羽毛だ。」
「それは無理せずともよろしいのでは?それに必要な雁を狩っても保存して食べなければならないのですよ。」
「ライエン王国の方に分けてもいいさ。」
「向こうも狩りをするでしょう。」
「う~ん。」

 確かにライエン王国の男性陣は兵士でもある。弓などの訓練の一環として狩りをするだろう。
 獲物は、向こうは鹿や猪中心だろうが、山鳥などを狙わないとも限らない。
 
「わかった。朝だけだ。僕はこの森の中に雁が夜を過ごす池がある場所を知っている。そこで夜明けに狩りをする。残りの時間は、採取に充てる。」

 リクには、魔法の弓「星天弓シエル・エトワール」がある。
 魔力を矢に変えて放つ弓で、一度に複数の矢を放つことができる。
 群れを狙えば、短時間で成果を上げられるはずだ。

「それでよろしいでしょう。採取は私もやりますので、場所を教えて下さい。」
「なら、明日朝食後に一緒に行こう。案内するよ。」
「はい♪」

 これもデートと言えばデートよね。

 内心喜ぶソフィーだった。
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