ずぼらなエルフは、森でのんびり暮らしたい

久保 倫

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26 マウノ、逃亡したくなる

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 マウノは、憂鬱な気持ちで王宮に参内した。
 国王直接の呼出しとあれば、栄誉のはずだが、力関係を考えるとそうも言っていられない。

 ましてや、案内された部屋が「鳥の巣」が仕掛けられている部屋とあっては、なおさらである。

 入りたくは無いが、入らぬ訳にもいかない。
 マウノは、憂鬱な気持ちでダミアンを伴い入室した。

「ローレンツ侯、そなた造船所も持っておったな。」
「はい。」

 入室したマウノにさっそくアルバン三世が問い掛けてきた。
 隠しようの無いことなので正直に答えた。コンラートが造船業を創業し、それをマウノが引き継いでいるのは誰もが知ることである。

「船の建造や修繕、一度に何隻行える?」
「一度にですか?作業内容にもよりましょうが。」
 マウノは、アルバン三世の真っ当な諮問に考え込んだ。
「建造であれば一度に6隻行えます。」
「一度に6隻か。数を増やせんか?」
「増やせぬことはありませぬが。」
 
 マウノ自身、東方大陸との交易量の増加に伴い船を増やそうと考えている。
 そのために造船所の拡大は、検討していた。
 船は建造しておしまいではなく、建造後も必要に応じた整備が必要で、船を増やす以上造船所の拡大は避けられなかった。
 ただ、どれくらい拡張するか。それは、検討中であった。

「陛下、何かお考えでございますか?」
「うむ、イスファハーン帝国とのことだ。国境線の策定に関し圧力を強めておるが、なかなか屈しようとはせん。なれば実力行使も視野に入れねばならん。」
「はあ、臣は軍事に詳しくはありませぬが、それと船の何の関係がございましょうか。不明な臣にご教授賜りたく。」

 マウノは下手に出た。
 こうしておけば、「鳥の巣」を発動するようなことはするまい、という計算である。

「イスファハーン帝国との戦争は、陸軍が中心となる。だが、その陸軍への補給は船を用いようと思う。船ならば一度に大量の物資を運べるからな。」
「戦争を行うのでございますか?」

 戦争となれば、膨大な物資の需要が発生する。
 武器に防具、食料に衣服。
 だが、船の建造となればそれらと比べものにならぬ程、巨額の商売となるであろう。

 マウノは頭の中で素早く計算を始めていた。

 造船所の拡張は、最大で船の建造を一度に8隻建造できる規模にしようか、と考えていたが10隻にまで増やしてもいいかもしれぬ。

「イスファハーン帝国内に侵攻し、どこぞの都市、まぁ沿岸部になろうが、占拠して国境線をイスファハーン側に引き直させる。さすれば、イスファハーンと我が国に挟まれたイズミル公国も我が国の勢威を思い知り、我が国に服しようよ。」
 アルバン三世の考えが妥当か否かは、マウノにはわからなかった。
 ただ、国境に大軍を無為に貼付けておくより、一度費用をかけてでも国境線を確定させ、その後は規模を縮小した守備隊を配備するだけにした方が長い目で見れば財政の負担を下げられる。

「陛下の考えは理解いたしました。」
「わかってくれたか。なればローレンツ商会の造船所の規模を倍にせよ。」
「倍でございますか?」
「できんか?」
「時間と費用がかかります。造船所を拡張するとなれば、相応の土地を必要とします。10隻くらいまでなら土地は空いておりますが、それ以上となるとラニオンに隣接する漁村に立ち退いてもらう必要が生じます。」
「立ち退かせればよかろう。その辺はそなたの所領ではなかったか?」
「確かにローレンツ家の所領の一部ではございます。」

 アルバン三世は、無言で立ち上がり、窓の外、中庭の方を向いた。

 まさか…。

「ぎゃぁぁぁぁっ!!」

 「鳥の巣」が発動した。
 さすがに堪えかね、絶叫してしまう。


「庭師たる者、必要に応じ、庭園の草を動かすは職責である。そのための鉄製の道具もあるのだからな。」

「だ、そうだ。」
 つまり武器で脅して立ち退かせろ、と言っているのだ。
 それを理解して、マウノは戦慄した。

 武器を手に脅すのはマウノがやらねばならない。

「しかしだ、怨みをかうことになるし、立ち退かせた後の生活も。。。ぎゃぁああああっ!!」


「民のことを民草とも言う。草であれば移しても、移された地に根付き生きる。その強さこそ民が民草と呼ばれる由縁。」


 恐ろしいことをアルバン三世は、顔の筋一つ動かすことなく言いきった。
 庶民を草同然と思っているのである。
 マウノも庶民を見下していない訳でもないが、そこまでは思えない。

「余計なことを考えるな。どう生きるかは、その人間の責任。お前が責任を負うのは、陛下の意向にいかに添うかだ。」
「無茶を言うな。領民が減れば税収も減る。。。ぎゃぁぁぁっ!!」


「草木が減ろうとも、一つ一つの草木から多く収穫を得ればよいだけのこと。さすれば全体の収穫量に影響は無い。」


「わかったな。お前が考えること。造船所を倍の規模にする。税収は維持する。以上だ。」
「か、簡単に言ってくれるな。」
「何、税収でなくともよい。商会の収益があればよかろう。トータルでローレンツ侯爵家として、相応しい武力を備えればいいのだから。」
「武力?」
「お前、時々思うが、商人としての考え方にはまりすぎているぞ。侯爵でもあるんだから、相応の兵を揃え、必要に応じて軍役を負担することも考えろ。税を取るのはそのためでもあるんだ。」
「ダミアンよ、そなた、常に正論を語る。まこと、爵位を持つ貴族たる者、国家のために応分の負担をせねばならん。そなたはローレンツ。金だけでなく兵も出すことを考えよ。」
「しかし、すぐには兵は揃えられませぬぅぅぅぅっ!!」

 「鳥の巣」の強烈な頭痛でのたうちまわる。

「なんとでもせよ。国内外から傭兵を雇うなど、いくらでもやりようはある。なにゆえ、王たる余が一々教えねばならぬのか。」
「いい加減に貴族になれよ。これはお前が悪いぞ。若い陛下に説教されて恥ずかしいと思え。」

 荒い息をつきながら、マウノは、自分が兄を蹴落として得たものの重さを実感した。

 兄を追放して以降、初めて思った。

 逃げたい、と。

 事業拡大のために所領の森を欲した。
 そのために侯爵となったが、それに付随する責務に目を向けていなかった。
 兵を出す、ということは、自身も兵と共に出陣せねばならない、ということなのはわかるが、今言われるまで一度も考えたこともなかった。
 その甘さを思いっきりアルバン三世とダミアンに責め立てられているのだ。

 公爵たる者、様々な責務があることは理解していた。
 していたつもりだった。

 だが、軍事とか戦争とかを、どこか他人事としてとらえていた。
 戦争?あぁ、金儲けの機会だな、ではなく己が命をかける場になっているのだ。

 自身の魔力にも身体能力にも自身の無いマウノである。

 今まで戦闘などに関することは父や兄がやってくれていた。
 百年前、リクがドラゴンと戦った時も、マウノは戦闘の可能性のある冒険など嫌だと言って行かなかった。

 だが、父も死に、兄を追放した以上、誰も変わる人はいない。

 戦場と言う修羅場に赴く未来に、全てをなげうって逃亡したいマウノだった。
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