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外伝~0キル

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 宇野 鋭治うの えいじは、柔道の練習試合で勝った興奮そのままに学校を出た。

「鋭治、今日は頑張ったね。」

 聞きなれた声。

「あ、姉ちゃん……。」

 声の方を見て、絶句する。

 姉の宇野 澪がいるのはいい。練習試合を見に来ていたから。
 問題は姉が背中から抱き着いている女の子。
 
 同じクラスの加藤 綾かとう あや。今自分にとって一番気になる美少女が何故一緒にいる?

「鋭治君、柔道の試合勝ったんだってね。」
「うん……。」

 まさか姉ちゃん、あのこと話してないよな。
 返事しながら、先月のことを考えてしまう。

「あの、加藤さん、どうして、俺の姉ちゃんと。」
「うん、お姉さん。裁縫上手なんだね。色々教えてもらったんだ。」
「手芸部って部室、漫研の隣でさ。偶然会って、話しているうちに仲良くなっちゃったんだ。LINEのIDも交換しちゃった。」
「……そうなの?」

 嫌な予感がする。

「うん、お姉さん、色々わからないことあったら聞いてきていいよって言ってくれて。」
「いいんだよ。アタシさ、こんなゴツイ弟じゃなくて加藤ちゃんみたいなかわいい妹が欲しかったからさ。」
「私も一人っ子だから、お姉ちゃんが欲しかったんです。」

 加藤に抱き着きながら見せる姉の笑顔。

 姉の悪魔めいた笑顔に、鋭治は悟った。

 姉に反抗したら全てを即座にばらされることを。



 それは、そろそろ寒くなる10月末のことだった。

 宇野 澪は部屋干ししている洗濯物をチラ見した時、違和感を感じた。

 ブラが一つ無いような……。
 
 その時は、別に用事があったので確認することはしなかった。
 後で取り込んだ時には、無論あったこともあり、澪はすぐにそのことを忘れた。


 そして11月に入ったある日。
 父が地方に出張、母が実家に用事で帰省した日。

 口うるさい両親のいない時こそマンガ三昧よと、澪は自室に入った。
「あれ、無い。」
 澪が本棚を見た時、読もうとしたマンガが無いことに気が付いた。
「鋭治だな、全く。」

 勝手に部屋に入って持っていくなって言ってるのに。

 マンガも鋭治に持ち出されたのは少年マンガだが、BLなんかもあるのだ。それも年齢……ゲフンゲフンなのが。

 マンガを取り返すべく、鋭治の部屋に向かう。

 勝手に入っちゃ示しがつかないか。
 そう思い、ノックをしようとした時部屋から、荒い息遣いが聞こえてきた。

 まさか。

 ドアに耳を押し当てる。

「……うちゃ…。」

 荒い息遣いの中になにやら言葉も聞こえる。

 ひょっとして、賢者の時間なのか、愚弟よ。

 すまぬが、姉の資料になってもらおう。薄い本を出すのはやめたが、友人のアシとして役に立ちたいのだ。
 尊い犠牲だが、姉として一生感謝してやる。

 感謝だけはしてやるから。

 実利を何も与えるつもりのない澪は、携帯を握りしめ突入のタイミングを計る。

「うっ。」

 まだだ、確か、処理をする時間がある。

 ゴソゴソする音が終わった瞬間、澪はドアを開けた。
 無論、入った瞬間、スマホのカメラ機能は連写モードでフルに活動させている。
「コラッ、鋭治!姉ちゃんのマンガ勝手に持って行ったでしょ!持って行くなって……。」

 ベッドの上で下半身剥き出しのまま、驚きの表情を浮かべる鋭治。

 ベッドの枕の辺りにあるスマホに映る女の子がネタなのだろうが、スマホと鋭治の間にあるものは……。

「なんで、アタシのブラがここにあるのよ。」 

 白地に大きめのピンクのリボンがあしらわれたブラ。
 そういや先日、物干し場から消えていたと思ったやつ、これじゃなかったか。

「ね、姉ちゃん、こ、これには深い事情が……。」

 中一としては、縦も横も厚みも平均以上の体を縮こまらせながら、鋭治は弁解しているが、澪は聞いていない。

 とにもかくにも取り返す!
 それだけで、部屋に踏み込んで、意味もなく両手を突き出しベッドのブラに向かう。

「うぐっ!」

 澪が右手でブラを掴むと同時に、鋭治がうめき声をあげ、体を丸めるが、気にもせず澪は、ブラを背中に隠し鋭治を詰問する。

「あんた、何やってんのよ!」

 返事はない。鋭治は体を丸めてうめいているばかりだ。
「鋭治、お腹がいたいとか言っても誤魔化されないからね。」
「……いや、あの。」
「うるさい!」

 澪は怒鳴るが、鋭治は肩で息するばかりだ。
 何か苦痛に耐えているような。

「何か言ったら。」
「姉ちゃん、気を付けて。バチっときたよ。」
 ようやく口を聞いたらなにがいいたいんだが、この愚弟は。
「何が。」
「いや、ほら静電気。そういうシーズンじゃん。」

 まぁ、確かに最近乾いているから……。
 おやつの時もポテチ取り合って、指先が触れてビリっとしたな。

「って、まさか……あんたのアレに。」
「うん、姉ちゃんの左の小指だと思う。」
「うげえぇぇぇぇ。」

 それって、アレが触れたってことじゃん。

「汚物は消毒だぁぁぁぁ!」

 父親のコレクションの台詞を叫びながら澪は、部屋を飛び出した。
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