四境戦争~島村志津摩の逆襲

久保 倫

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前編

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「ゴホッゴホッ。」

 高杉晋作は、せき込んだ。

「高杉さん。」
「心配すんな、山県。ちっとせき込んだくれえで。」
「そうですが。」
「血を吐いたわけじゃねえ。まだ死にはしねえ。小倉藩との交渉を終えるまで、俺は死なん。」

 死ねねえ、とは言わない。

「そろそろ小倉藩の家老さんが来る。返答いかんじゃ戦闘継続だ。わかってんだろ、山県。」
「はい。」


 時は、慶応3年1月。
 四境戦争とも称される第二次長州征討。

 世の人々は、幕府の総力を挙げた袋叩きと長州藩に同情を寄せる声が上げた。
 何しろ、幕府の直轄軍のみならず、諸藩にも出兵を命じ、いくつかの藩はそれに応じたのだ。
 日ノ本全てが長州藩に敵対したわけではないが、そう思われてもやむを得ない状況であった。


 だが、長州藩は、意外な健闘を見せる。
 
 芸州口では、彦根藩と高田藩の軍勢を撃破し、幕府歩兵隊と紀州藩と押され気味ながらも膠着状態を作り上げる。

 石州口では、中立の津和野藩をスルーして浜田藩に侵攻し、浜田城を落として石見銀山を制圧している。

 大島口においても、一度は大島より撤退したが、逆襲し大島より伊予松山藩の軍勢を撤退させている。

 この三か所の戦は、家茂急死後、将軍家を継いだ徳川慶喜の朝廷工作により、休戦の勅令が出され、戦闘は停止している。

 残る小倉口であるが、戦闘は未だ継続していた。
 休戦の勅令が出されたにも関わらず。

 だが、それも小倉藩の敗北で決着するはずであった。

 小倉口総督小笠原長行の逃走により、孤立した小倉藩は小倉城を焼いて、田川郡香春に撤退。
 本陣を金辺峠において抗戦していたが、近代兵器とそれを生かす戦術を知る奇兵隊に消耗している。

 もはや、抗戦の術は、無い。


「小倉藩家老、島村志津摩殿が参られました。」
「伊藤、案内しな。」

 伊藤俊輔は、一礼して部屋を退出した。

 ほどなくして、部屋の襖が開かれる。

「手前、小倉藩家老、島村志津摩にござる。」
 島村志津摩は名乗りを上げ平伏する。
「長州藩水軍総督、高杉晋作だ。島村さん、面を上げてくれ。」

 高杉の言葉で島村は、顔を上げた。


 歳は30代半ばか、若いな。


 自分のことを棚に上げ、高杉は島村をそう評価した。
 ただ、若くとも家老を務めているだけの人物ではあるはず。
 関門海峡を挟んで隣り合う小倉藩のこと、高杉もうわさだけは聞いている。

 豪胆にして同輩を圧する実力のある男だ、と。
 年齢など関係ない。

 ふんどしをしめてかかんねえとな。

 そう思いながら口を開く。

「さて、先日こちらより申し入れた和議の条件でござるが、小倉藩のご回答、本日お聞かせいただけるか。」

 昨年、慶応2年10月より始まった停戦交渉。
 停戦の条件として長州藩がつきつけたのが、小笠原家の嫡男豊千代丸が人質となることであった。
 無論、小倉藩は反発し、交渉と戦闘は並行して行われることとなった。

 そんな中、抗戦派の一人、島村が使者として来た。

 こいつは決裂かもしれん。
 
 高杉は、そう思いながら、対面に臨んでいる。

「ご回答いたし申す。先日の和議の条件、嫡男豊千代丸様の人質の件、お断りいたし申す。」

 決裂かよ。

 高杉は、怒鳴りつけたいのを押さえた。
 そんなことをしては、血を吐くかもしれん。
 
 胸が苦しい。

 せき込みたいのをこらえ、言葉をつむぐ。

「では、島村殿、交渉は決裂でござるな。戦場にてお会いいたそう。」

 チッ、はええとこケリつけてえのによ。
 俺の命、この戦が終わるまでもつか……。

 悲壮な覚悟を決める高杉だったが。

「お待ち下され。嫡男豊千代丸様人質の件、お断りいたし申したが、代わりに差し出すものがござる。」
「ほう、代わりかい。なんだ?」

 なんだ、人質の代わりに何を出す?



「小倉藩の藩領、全てを長州藩に差し出し申す。」



「何?」
 さすがに高杉も言葉を失う。
「小倉藩の藩領全てを長州藩に差し出し申す。」
 島村は、繰り返し条件を述べた。
「それでいいのかい?反対する者はいねえのか?」
「我が小倉藩藩士一同、様々な考えは有り申すが、此度の敗北を恥じる気持ちは同じ。何の面目有りて小倉藩藩領で武士として歩けようか。それくらいならば、いっそ藩領全てを長州藩に献じ、民百姓を委ねようと決まり申した。」
「ほほう。」

 高杉の明晰な頭脳がフル回転を始めていた。

「いかがでござろうか?」
「悪い話ではないな。小倉藩切り取り放題ということか。」
 傍らに控える山県が、喜色を浮かべる。
「悪いどころではない。小倉藩全領土を獲得できるなら我らの勝利だ。」
 伊藤も、喜んでいる。
 それだけ小倉藩全土、その全てが藩士に分けられるわけでないが、それなりの加増は期待できる。
 出世の大チャンスと言える条件に、踊りださんばかりだ。

「で、藩領全てを差し出して、藩主は、藩士はどうするつもりか?」
 表情を殺して高杉は、問うた。
「藩主一家は、ご避難されている肥後細川家のお預かり、ということになりましょう。藩士一同は、浪人としていずこかへ流れまする。」
「ふうん、本気であんたら、全領土差し出すって言ってんのかい。」

 山県と伊藤は、高杉の言葉に込められた冷気に震えあがった。
 踊りだしたい歓喜など、瞬時に消え失せている。

「左様。武士に二言はござらぬ。全領土、間違いなく長州藩に献じ申す。」

 高杉の冷たい言葉に、眉一つ動かさず、島村は回答する。

「そうかいそうかい、そう来るか。一つ聞きてえんだが、この和議の条件、誰が考え出した?」
 懐に手をやりながら高杉が問う。

「手前でござる。」
「間違いねえのかい。」
「武士に二言はござらぬ。間違いなく、手前が考え出した条件でござる。」
「そうかいそうかい、あんたがこの条件を考えたんだ。」


 あぁ、この野郎。
 島村とか言いやがったか。

 結構な一撃、この場でかますじゃねえか。

 面白くはあるがよ。



 この俺をしくじらせたこと、気に食わねえ。
 


「あーははははははははっ!!!!」

 狂ったように、しかし楽し気に高杉は、笑いだした。

 山県も伊藤も、突然の哄笑に訳が分からず、何も反応できない。

「あーはははははははっ!!!!!!」

 ひとしきり、高杉は笑い続けた。
 笑い続けながらも、懐に入れた手は、そのままだ。

 笑い続け、さすがに疲れたのか、一度息を調える。

 そのタイミングで島村は語りかけた。

「高杉殿、我が小倉藩は、嫡男豊千代丸様を人質にしない代わりの条件を出し申した。ご回答を。」
「回答かい。」

 高杉は、懐から手を出した。

 その手には、スミス&ウェッソンの22口径が握られている。
 
 高杉はためらうことなく、島村に銃口を向けた。



「ふざけたことぬかしやがってっ!!ぶっ殺してやるっ!!」
 
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