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第7章 躍進 -乙女豹アルテミス編-
第249歩目 りゅっころ団の余波!③
しおりを挟む前回までのあらすじ
ねー。信仰されるべきは私なんじゃないのー?r(・ω・`;)
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久しぶりに少し長めとなっています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ふぅ..................」
私は───いいえ、私達は今日も転送陣の前で静かに待つ。
この世で唯一の家族にして、愛しきご主人様でもある旦那様が帰ってくるのを。
私が今居る場所は旦那様の家でもあります。
ですので、待っていれば必ず旦那様が帰ってくることだけは間違いありません。
ですが......。
いくらここが旦那様の家だとはいえ、やはり待つだけなのは寂しいのです。
例え、そうせざるを得ない仕方がない理由があったとしても。
「ふぅ..................」
再び、私は心配と疲労の色が混じった大きい溜め息を一つ。
以前はどこに行くのも常に一緒でした。
旦那様の側には私が居て、私の側には旦那様が居る。
それが当たり前のことであり、「二人で一人」だと私と旦那様自身がそう思うだけではなく、周囲からもそう思われるほどでした。
ですが、今は全く状況が異なります
旦那様が出掛ける際、私は決まって留守番となりました。
そして、「とにかく安静第一。何かあったら居候にすぐ言うように」と強く言い渡されているのです。
「ふぅ..................。旦那様はまだかしら? ね?」
「......」
共に待つ者からの返事はありません。
ですが、それでもいいのです。
私はその者を愛おしく撫でながら、旦那様の帰りをただひたすら待ち続けました。
と、その時───。
トンッ。
「あ..................」
どうやら機嫌が悪い訳ではなかったようです。
不器用ながらも『蹴る』という形で、その者は私に応えてくれました。
「ふふ。あなたも早く帰ってきて欲しいと思っているの?」
「......」
「もうすぐでしょうから一緒に待ちましょう。ね?」
「......」
返事はありません。反応もありません。
ですが、私と同じ気持ちだというのはハッキリと伝わってきます。
・・・。
再び訪れる静寂な時間。
私と共に待つ者だけの心の鼓動だけが静かに息づいています。
そして、この時間が永遠に続くのではないかと思われたその時、遂に───。
「あれ? また出迎えてくれたのかい?」
「お帰りなさいませ、旦那様!」
旦那様の姿が見えるなり、私はまるで犬のように飛びつきました。
私同様、嬉しさを表している共に待つ者と一緒に豪快に。
そして───。
くんくん。
(......今日も他の雌の匂いはなし!)
欠かすことのできない匂いチェックを済ませて、ホッと一安心です。
別に旦那様の浮気を疑っていた訳ではないのですが、それでも心配はありました。
今までは常に一緒でしたので、そんな心配などする必要が一切ありませんでしたから。
ですが、別々に行動するようになってからは、どうしてもそのことが頭から離れず不安で不安で......。
旦那様は高名な勇者様です。
そして、私の心を捉えて離さない、とても魅力的なお方でもあります。
となると、他の雌どもが放っておくはずなどありません。
それに、もう一つ心配の種を抱えていまして、それは───。
「うわっと!?......ダ、ダメじゃないか、気を付けないと」
「も、申し訳ありません。嬉しくて、つい......」
「その気持ちは嬉しいけれど、君の体はもう君だけのものじゃないんだからさ」
そう言うと、旦那様は私の大きくなったお腹を優しく撫でてくれました。
その眼差しはとても温かく、我が子ながらも嫉妬を覚えるほどです。
「気分が悪くなったりとかはしていないかい?」
「えぇ、大丈夫です。私もこの子も共に健康です」
現在、私は妊娠八ヶ月目。
獣人の妊娠期間は人間同様十月十日です。
ですので、既に安定期に入っているとも言えます。
ですが、やはり体には負担がかかるもの。
慣れないせいか、少し動くだけでも疲労感と倦怠感を覚えるようになりました。
そんな様子の私を、旦那様はとても心配してくれている訳なのですが───。
「とりあえず、体に無理があってはいけないよ。早く横になるといい」
「いえいえ。私は病気ではありませんので、そこまでせずとも大丈夫です」
「言っただろう? 君の体はもう君だけのものではないと。少しは子供のことも考えるといい」
「過剰に心配し過ぎです、旦那様。それと───」
「い、いててててて!?」
突如、苦悶の表情を浮かべる旦那様。
それもそのはずです。
旦那様の腕には私の爪が深く突き立っているのですから。
「......子供のことも良いですが、それ以上にもっと私を見て頂きたいです」
「あ、あぁ......そ、そうだね。ごめんよ、ゼオラ」
私は狼人。そして、白狼族唯一の生き残りです。
例え我が子であろうと、旦那様の一番は常に私でなければなりません。
それは絶対の絶対です。
「いえ、私のほうこそ失礼しました。お許しください」
「いや、これは僕が全面的に悪いよ。どうか許してほしい」
「許すも許さぬもありません。私は旦那様の妻である前に奴隷です。どうかお気になさらず」
例え夫婦であろうと、主人が奴隷に謝ることなどあってはなりません。
私は態度にこそ出しはしませんでしたが、語気を強めることで、その意を旦那様に伝えました。
聡明な旦那様です。
これで私の気持ちを汲み取ってくれることでしょう。
「ゼオラ......」
「旦那様......」
愛し合う夫婦に余計な言葉は不粋となります。
ただ見つめ合うだけで、お互いの気持ちを分かり合うことができるのです。
「愛しているよ、ゼオラ」
「私も愛しています、旦那様」
そして、重なる唇と唇。
この瞬間が、とても幸せなのです。
だから、多少体が辛くとも出迎えを止める訳にはいきません。
旦那様からの愛を一刻でも早く頂く為には───。
「さてと、大事な話があるんだ。部屋にでも行こうか」
「もしかして、本日のご用事はそれで?」
「そうだね。......あぁ、歩くのも辛いだろう? 僕の肩に捕まってくれ」
「ですから! 過剰に心配し過ぎなんです!」
「うッ......」
困惑する旦那様と膨れる私。
本当に優しい旦那様。
そんな旦那様を、私は心の底から愛しています!
※※※※※
「それで、王からの話とはどのようなものでしたか?」
旦那様の好きな紅茶を淹れながら、本日の用事でもある一件を伺いました。
そうそう、こんな給仕がやるようなことすらも、「僕がやるから」と申し出てきた旦那様をキッと睨み付けたのは言うまでもありません。
「なんでも、舞日君が騎士団を立ち上げたらしい」
「......は?」
思わず、紅茶を淹れる手が止まってしまいました。
「それは......建国した、もしくはどこかの国の王位を継いだ、ということでしょうか?」
「そう考えるのが普通だろうね。でも、違う。個人の騎士団らしい」
「個人の騎士団......?」
旦那様のお話がイマイチよく分かりません。
いえ、仰っていることは理解しているのですが、その内容がどうにも......。
「えっと......それは誤情報なのではないですか? さすがに、個人の騎士団など認められようはずがありません」
「いや、どうやら正式なものらしい。後ろ楯はカルディア王国で、承認はあの鳳凰寺君だからさ」
「勇者姫様が!?」
「ははははは。さすがのゼオラも驚いたようだね。僕も驚いた」
驚いたどころではありません。
あまりのことに、病気が原因で閉じてしまった目が開きかけたほどです。
鳳凰寺姫華様。
通称『勇者姫様』は、旦那様が正統勇者だった頃に大変お世話になったお方です。
私も何度かお声掛け頂いたり、稽古を付けて頂いたこともあるぐらいです。
とても聡明なお方で誇り高く、正義感の強い凛々しい女性。
そういう印象を強く持っていただけに、どうしても信じ難いのです。
そんな勇者姫様が『舞日』とかいう、あんな男を認めることそのものが......。
「ゼオラは相変わらずだね。舞日君には厳しい」
「旦那様が唯一敵わない憎っくき敵ですから」
「でも、僕の友人でもある」
「......」
そう......なんですよね。
それを言われてしまうと言葉が出ません。
ですが、それはそれで腹が立ちます。
「ゼオラの気持ちは嬉しいが、舞日君ともできるだけ仲良くして欲しい」
「それは無理です」
「て、徹底しているなぁ......」
「私は狼人ですから」
私は毅然とした態度でピシャリと言い放ちました。
敵とは殺すもの。じゃれ合うものではありません。
そんなことをするぐらいなら、私は狼人として死を選びます。
「と、とりあえず、舞日君が騎士団を立ち上げた、これは本当のようだ」
「しかし、なんでまたそんなことを? あの者はそういうのを嫌う傾向にあったかと」
「僕もそう思う。彼は目立つのを避けていたからね」
「それがどうして......とうとう気でも触れましたか?」
「本当に厳しいな、ゼオラは。僕はね、ヘリオドール君が一枚噛んでいるじゃないかと思っているんだ」
「あの小娘が、ですか?」
確か、あの者と一緒に居た狐の獣人だったはず?
非力で小賢しい。
そういう印象だっただけに、どうにも記憶が乏しいです。
ですが、旦那様は妙に高い評価を付けておられるんですよね......腹立たしい!
「騎士団の構成を聞くに、実質のリーダーは舞日君じゃないみたいだ」
「となると、あの小娘が仕切っているのですか?」
「それも違う。リーダーは元山賊さ」
「元山賊がリーダー? いえ、元山賊?」
話を聞けば聞くほどに、頭の上には「?」が浮かんできます。
そもそも、個人の騎士団自体が前代未聞なことなのです。
その上、元山賊がリーダーで、元山賊という謎の言葉が出てきている始末。
「旦那様。お話の途中で申し訳ありませんが、元山賊というのはどういう意味でしょうか?」
「そのままの意味さ。元々は山賊だったってことだね」
「は、はぁ......。それは分かっているのですが」
「分からないかい? 要は『山賊を捕まえて許した』、そういうことだね」
「山賊を許した!?」
再び、驚愕の事実。
あの者は元々不気味な存在でしたが、より一層不気味さが際立った気がします。
それぐらいこの世界にとっては、私の常識においては有り得ないことだったのです。
「舞日君らしいと言えば舞日君らしいのかもね。彼はそういう一面が確かにある」
「......私には全く理解できません」
「ゼオラは敵に容赦がないからね。だが、リーダーは元山賊。これもまた事実のようだ」
「しかし、元山賊などをリーダーにしても良いのでしょうか?」
「そこがヘリオドール君の策略なんだろうね」
「と言いますと?」
旦那様曰く。
集団というものは得てして必ず問題が起こるものらしいです。
それは、旦那様のずっと側にあった私でも十分に理解しています。
とても素晴らしい旦那様であっても、正統勇者時代には色々ありました。
そして、同じく素晴らしい勇者である勇者姫様でさえも、過去には内紛が......。
つまり、どんなに素晴らしい者がトップに立とうと、集団という特性上、大なり小なり問題は必ず出てくるということなのです。
「でしたら、リーダーが元山賊などでは余計マズいのではないですか?」
「お? 心配しているのかい?」
「旦那様ッ!!」
「ごめん、ごめん。冗談だよ」
「そういう冗談は本当に止めてください」
正直、あの者や小娘がどうなろうと知ったことではありません。
私が心配するのは、私に母性を与えてくれたアテナさん、ただ一人です。
彼女が困る事態になる。
それだけは絶対にあってはなりません。
「実際問題、そこは大丈夫じゃないかな?」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
「舞日君が───いや、この場合はヘリオドール君だろうね。彼女が認めた人だからさ。その元山賊は人柄と能力、ともに素質があると見た」
「......」
「い、いててててて!? ゼ、ゼオラ!?」
再び、旦那様の腕に突き立つ私の爪。
こればかりは仕方がありません。
私の前で他の雌を誉めることなどあっていいはずがないのですから。
旦那様にとって私が一番であり、私が最高の女。
それは絶対の絶対です。
「......そ、そうだったね。ごめんよ」
「くぅん♡」
謝罪の意として、顎の下をさすられてしまいました。
旦那様にとってはいい迷惑でしょうが、嫉妬をしてみるものですね。
「話を続けよう。リーダーを元山賊にすることのメリットは分かるかい?」
「メリット、ですか? 私にはデメリットしかないように思えますが......」
「どうしてそう思うんだい?」
「どうしても何も、何かあったら大変ではないですか」
旦那様が何やらニヤニヤしているのが気になります。
まるで私がどう答えるのかを楽しんでいるようかのような......。
「では、聞こう。ゼオラの言う、その何かあった時に困ったり、批判されたりするのは誰だい?」
「......? あの者ではないのですか?」
「確かに多少のことはあるだろう。だが、舞日君は全くと言っていいほど関わっていないんだよ? だとしたら、世間の人々はどう見ると思う?」
「旦那様は「その元山賊が」と、そう言いたい訳ですか?......え? まさか!?」
「分かってきたかい? リーダーなんてものは耳障りの良い言葉に過ぎない。実質は失敗時における批判の矛先の身代わりみたいなものだろうね」
更に、旦那様は「僕が元居た世界とは違って、この世界には任命責任などないからね」と付け加えました。
その任命責任というやつがなんなのかは分かりません。
ですが、批判の矛先があの者ではなく元山賊に向くのだけは容易に想像できます。
やっぱり元山賊じゃあ仕方がないよね、と......。
「それが理解できた上で改めて聞こう。仮に騎士団の運営が成功した場合はどうなると思う?」
「そうなった場合は、その元山賊が賞賛される......いえ、あの者が賞賛されるでしょうね」
「その通り。人々というものはそういうものなんだ。人々の醜い部分、都合の良い部分をよく知っている証拠さ」
「な、なんという小賢しいことを......」
妙に納得できました。
あの小娘が一枚噛んでいるかもしれない、ということを。
ともに生活している時ですら何かと小賢しいことをしていたのを知っているだけに、余計......。
「それが、ヘリオドール君流の尽くし方なんだろうね」
「私は好きではありません」
「ははははは。分からないかい? 形は全く違うが、ゼオラと同じ『想い』を僕は感じるよ」
「一緒にされては困りますッ!」
「まあまあ。そんなに怒ったら体に悪いから」
私の猛抗議を、そよ風を受け流すように軽やかに受け止める旦那様。
狐の小娘が、あの者によく尽くしているのは理解できました。
ですが、それと私の想いを一緒くたにされては納得がいきません。
私は忠義の上に『愛』も乗せて、旦那様にお仕えしているのですから。
「更にね、メリットは他にもある」
「まだ何かあるのですか?」
旦那様が人差し指をピンと立てて持論を仰られました。
「リーダーが元山賊だということで、他の騎士団のように堅苦しさを感じない」
「それは規律などのことを仰られているのですか?」
「その通り。とは言え、実際は他の騎士団よりも厳しい可能性は大いにある。あのヘリオドール君が後ろに控えている訳だしね」
「ですが、世間の人々の目にはそうは映らない、そういうことですよね?」
「分かってきたじゃないか、ゼオラ。では、そうなると、どういうメリットが生まれるだろう?」
「そうですね......」
私は大きくなったお腹を時折さすりながら考えます。
それを見て、旦那様も愛おしそうにさすって頂けるのがとても幸せです。
「規律の厳しくない(と見える)騎士団に、リーダーが元山賊......興味を持つものが増える、ということでしょうか?」
「そうだね。話題にはなるだろう。特に冒険者ギルドという強力な後ろ楯を持つ冒険者とは異なり、何の後ろ楯も持たない傭兵集団にとってはね」
「なるほど。傭兵集団、そうきますか」
「ゼオラも知っているだろうが、『紅蓮の蒼き戦斧』がいち早く傘下に収まったらしい」
「あの集団が、ですか?」
知っていると言っても、昔何度かともに戦ったことがある、程度のことですが。
ただ、世界的には名を馳せた傭兵集団であることに変わりはありません。
「それだけじゃない。『白蓮の燃ゆる桃蕾』も傘下に加わりたいと、そう打診しているらしい」
「!?」
「あぁ、あとは『漆黒の疾き金鎌』もだったかな? 他にも続々と打診がきているみたいだよ」
「えぇ!?」
どれもこれもが世界的には高名な傭兵集団の名ばかりでした。
そんな傭兵集団が続々とあの者の騎士団に加わりたいと......。
「舞日君の名声は、世界各地で彼の与り知らない内に勝手に高まっていくことだろう」
「そして、仮に何かあった時の批判は全て元山賊に押し付ける......」
「恐らく、舞日君はそこまで考えが及んではいないと思う」
「つまり、あの小娘は奴隷という身分でありながら独断専行をしている、と?」
「多分ね。舞日君はヘリオドール君を信頼していたから。まぁ、そこが彼の長所でもあり、甘さでもあるんだろうが」
「......」
恐ろしい。
主人に尽くしたいという、その気持ちは大いに理解できますが......。
それでも、主人の意向を無視して───いえ、この場合は相談すらもしていないのでしょう。
そのような状況で、己の価値観だけで物事を勝手に進めていくあの小娘に薄ら寒さを感じます。
むしろ、不気味な主人に不気味な奴隷、お似合いなのかもしれません。
「そして、傭兵集団の長に収まることで新たなメリットも生まれる」
「あ、頭が痛くなってきました......」
「だ、大丈夫かい!? やはり横になっていたほうが───」
「ご心配には及びません。妊娠によるものではありませんので」
ガバッと立ち上がった旦那様に待ったをかけました。
ここまで全てが、あの小娘の想定内なのでしょう。
そう考えるだけでも頭が痛くなる思いです。
「そ、そうかい? なら、話を続けるよ」
「お願いします」
「傭兵集団の長に収まることで、各国の王は慌てふためいたことだろう」
「それは......そうでしょうね。傭兵全てをそういう目で見てしまいますし」
「だからと言って、傭兵全ての入国を拒むことは実際に不可能でもある」
「あぁ......相当ヤバいことですよね?」
「かなりヤバいことだろうね。世界各地に舞日君の私兵が居ることになるだろうし」
国こそ持ってはいないですが、その国すらをも上回る大兵力。
個人の騎士団を立ち上げる。
前代未聞なことですが、それをどこまで利用しようというのでしょうか?
「そうなると、各国の王が取るべき道は限られてくる」
「と言いますと?」
「自国を守ろうと懸命になることだろう。まずは舞日君の騎士団の後ろ楯となっているカルディア王国との和平を結ぶこと」
「なるほど。味方であると思わせて傭兵の暴走を抑えるためですね」
「そして、和平を結んでいる間に自国の富強に励むこと。誰しも、和平そのものを安全なものだと思ってはいないだろうしね」
「当然ですね。同盟、通商、条約など、双方の信頼の上で成り立っている方便に過ぎませんから」
「さて、そうなった結果、どういう影響が出ると思う?」
「影響、ですか?」
これだけでも十分な成果と言えるのではないでしょうか。
正直、あの小娘の小賢しさには舌を巻いていたほどです。
ですが、旦那様はそれだけではないと仰られます。
「自国の富強は、それだけでも魔物への十分な対策に繋がる」
「!!」
「ゼオラも知っている通り、現在世界各地は魔物の大氾濫でかなり動揺している」
「つ、つまり、あの者が騎士団を立ち上げることが世界を救うことにも繋がる......そういうことですか?」
「まぁ、ヘリオドール君ならばそこまで考えている可能性は非常に高いだろうね」
「......」
開いた口が塞がりません。
そして、旦那様があの小娘を高く評価していた理由をようやく理解できました。
これは想像以上の忠誠心と見て良いでしょう。
私と同等と見られるのは釈然としませんが、それでも安易に下に置けるようなものではありません。
「そんな訳で、王からの呼び出しは愚痴を聞かされるだけだったよ」
「愚痴を......」
「あぁ、カルディア王国に出し抜かれた、とね。そして、何か妙案はないか、とも」
「......殺しましょう。無茶振りし過ぎです」
「うん。気持ちだけありがたく受け取っておくよ」
私の返事に、苦笑いでそう答える旦那様。
「とりあえず、近々カルディア王国に使節団が送られることになるらしい」
「それは、改めて友好を、ということでしょうか?」
「それもある。ただ、本当のところは釘を刺す為だろうね」
「釘を刺す、ですか?」
「これ以上余計なことはしてくれるなよ、とね。フランジュ王国こそ竜殺し生誕の地だ。これ以上何かするなら一言相談しろ、という意味も含まれているかも?」
「なんと浅ましい」
「権力者とはそういうものだから」
旦那様は興味なさげにポツリ。
正直、私も全く興味はありません。
浅ましい者同士、好きにしたらいいです。
ただ、仮にその手が旦那様に及ぶようなら......。
「ただね、全く妙案がない訳でもないんだ。そこでゼオラ、君にも相談したい」
「......なんでしょうか?」
いつになく真剣な表情を見せる旦那様。
本来なら、私の答えは既に決まっているのです。
旦那様の決定に従います、と。
しかし、その言葉を辛うじて押し止めることに成功しました。
「僕は舞日君の騎士団である『りゅっころ団』の傘下に加わろうと───」
「それはいけません!!」
「やはりか。そう言うと思ったよ」
「旦那様が、あの者の下に付くなど言語道断です!!」
「ゼオラ、聞いて欲しい」
「友人という立場ですら図々しいにもほどがあるのです!! それを───」
「ゼオラ!!」
「!?」
体に感じる妙な違和感。
無理矢理黙らされたような、そんな不思議な感覚です。
いえ、この感覚は一度だけ経験したことがあるような......?
「ゼオラ。あまり僕を困らせないで欲しい。こんなことで君の体にもしもがあったら大変だからね」
「......旦那様?」
「あぁ、分からないのも無理はない。ゼオラに『時間停止』の加護を使ったのは、これで二度目だしね」
「旦那様の加護......」
思い出しました。
決して私に向けられることのない旦那様の加護『時間停止』の効果だということを。
そう、経験するのは私の一族である白狼族根絶やしの時以来でした。
一族を根絶やしにするという異常な状況で暴走しかけた私を止める為に。
「あの時とは状況が全く違う。今のゼオラの体には僕と君の子供が居るんだ」
「......」
「感情を昂らせるようなことは控えて欲しい。いいね?」
「......申し訳ありません、旦那様」
「いやいや。ゼオラが僕のことを想った上での気持ちは素直に嬉しいよ。おいで」
旦那様の手招きにより、私は旦那様の膝の上に移動しました。
前はよくされていたことなのですが、妊娠後は初めてかもしれません。
「あ、あの......重くはありませんか?」
「とんでもない。羽のように軽いよ」
「そ、それはさすがに......お腹には子供もいますし」
「幸せな重さは重さに含まれないものなんだよ。だから、今のゼオラは羽のように軽い」
「旦那様......」
「ゼオラ......」
見つめ合う二人。
再び、重なり合う唇。
私の感情の昂りはとうになくなっていました。
「落ち着いたようだね。話を続けるよ?」
「はい。失礼しました」
「僕は『りゅっころ団』の傘下に加わろうと思う」
「......」
「良し。いい子だ」
「くぅん♡」
キスだけではなく、顎の下をもさすってもらえるとはッ!
怒り狂うのも悪くは───いえ、旦那様に失望されるのは怖いので控えましょう。
「傘下には加わる。だけど、安心して欲しい。舞日君の下に付く訳ではないよ」
「対外的にそう見えるようにするだけ、ということですか?」
「その通り。僕と舞日君は友人だ。上も下もない。彼もそう思っているだろう」
「畏まりました。では、傘下に加わろうと思った理由を伺ってもよろしいですか?」
「簡単なことさ。その知名度を大いに利用したい。かつて舞日君が僕の力を利用したように、僕も彼の力をね」
旦那様の仰られる「かつて」というのは、神の試練とかいうもののことでしょう。
あの時、あの者は「人脈は力」と臆面もなくいけしゃあしゃあと宣っていました。
その逆バージョンを、旦那様は今されようとしている訳です。
「舞日君と出会って、僕も大いに得るものがあった。利用できるものは利用すべきとね」
「......」
「気軽に利用し合える関係こそが、本当の良き友人関係なんだともね」
「......あの者に毒されてはいませんか?」
「そうかな? でも、良い意味で毒されているのなら、それはそれで良いと思う。こんな僕は嫌いかい?」
「お戯れを。私が旦那様を嫌うことなど、例え天地が引っくり返ろうと決して有り得ません」
ただ、あの者に影響を受けたというのが、どうにも気に食わないです。
やはり、あの者は私にとって憎っくき敵であることは間違いないでしょう。
「それに何よりも───」
「なんでしょうか?」
旦那様の、私を見つめる眼差しがとても温かいです。
いつも温かいものですが、今はより一層そう感じるほどに。
「舞日君の騎士団に加わることはゼオラの為でもある」
「私の、ですか?」
「あぁ、僕が元居た世界では『育休』という制度があるんだ」
「いくきゅう?」
旦那様曰く。
育休とは『子育てを頑張る奥さんの為に、旦那様が一時的に仕事を休み育児の手伝いをすること』らしいのです。
その気持ちは大変嬉しいのですが......。
旦那様はダンジョンマスター。
こう言ってはなんですが、ほぼその育休状態なのではないかと思うのです。
「手厳しいなぁ、ゼオラは。そういうことを言うものじゃないよ」
「し、失礼しました」
「例えそうであっても、細かい仕事は諸々あるからね。そういうのも含めて一切合切休業するつもりだ」
「ダンジョンマスターを止められるのですか?」
「違う。ダンジョンのランクアップを果たそうと思う。その為の騎士団加入さ」
「!?」
そう言い放つ旦那様の表情はどこか自信に溢れていました。
この計画そのものが成功する他はないといった感じで。
「ランクアップを果たせば半年間の準備期間が与えられるからね。それを育休にあてたい」
「そう簡単にいくものでしょうか?」
「だから、騎士団への加入なのさ。僕が騎士団に加入することで、ここが『りゅっころ団』が認めた正式なダンジョンだと認識されることだろう」
「......なるほど。その効果は計り知れないでしょうね」
「だろ? 『今をときめく竜殺しが認めた、ただ一つのダンジョン』という大層な箔がつくからね。この提案をした時の王は、それはもう泣いて喜んでいたよ」
その姿が目に浮かぶようです。
そして同時に、王への借りを作っている辺り、さすがは旦那様と言えるでしょう。
「以上、これだけのメリットがあるのだが......ゼオラ、どうだろう?」
「私の心は旦那様とともにあります。反対などございません」
「そうか。なら、早速『りゅっころ団』に加入しようと思う」
そう言うや否や、私を優しく膝上から下ろす旦那様。
恐らくは、あの者へ騎士団加入の手紙を出されるおつもりなのでしょう。
それは十分に理解しているのですが......。
「......またお出掛けになられるのですか?」
「善は急げとも言うからね。大丈夫、直ぐ帰るよ。ゼオラが心配だからさ」
「心配などではなく、愛が故に急ぎ帰宅して欲しいものです」
「ははははは。これは一本取られた。そうだね、ゼオラへの愛の為に急いで帰ってくるよ」
そう言い残して、急ぎ出掛けた旦那様。
私はその後ろ姿を、大きくなったお腹をさすりながら名残惜しそうに見つめるのみ。
「あなたのお父様は本当にお忙しい方ですね」
「......」
───トンッ。
「あ..................」
お腹の中から私に応えるかのように反応する我が子。
元より反応されることなど期待してはいませんでしたが、まさかのことに嬉しくなりました。
「ふふ。あなたもそう思うの?」
「......」
「ふぅ..................。旦那様はまだかしら?」
「......」
旦那様は先程出掛けたばかり。
ですが、私の心配と疲労の色が混じった溜め息は尽きることがありません。
こうして、私と旦那様は『りゅっころ団』に加入することが決まりました。
そして、数ヵ月後───。
赤ちゃんの元気な泣き声とともに、ダンジョンもまたランクアップを果たしたのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後書き
今日のひとこま
~もう一つの心配の種~
「そう言えば......ゼオラは僕が外から帰ってくる度に、僕の匂いを嗅いでいるよね」
「お、お気付きになられていたのですか!?」
「当然さ。ゼオラが僕を見てくれているように、僕もまた君を見ているのだから」
「旦那様......嬉しいです」
「それで、どうしてなんだい? まさか......結構臭っていたりするのかな?」
「そんなことはありません。ただ、えっと......お怒りになられませんか?」
「何を怒るものがあると言うんだい? 遠慮せず言ってくれよ」
「でしたら......。そ、その、娼館などで遊ばれてきていないかを......」
「娼館? 僕の浮気を疑っていたのかい?」
「う、浮気などは決して疑っていません! それは絶対の絶対です!」
「じゃあ、どういうことだい?」
「......この体になって以降、夜のご奉仕で旦那様を満足させてあげられていないものですから」
「あぁ、なるほど。だからか」
「......申し訳ありません」
「いやいや。ゼオラが謝ることじゃないよ。むしろ、僕の配慮が足りなかった。ごめん」
「旦那様?」
「一つ言っておこう。僕はゼオラ以外の女性をそういう対象で......いや、もっと言うのなら、異性だとすら思ったことはないよ」
「!?」
「あのお美しいアテナ様ですらそうだったのだから、どうか安心して欲しい」
「旦那様......」
「ゼオラも知っている通り、僕は僕の全てを懸けて君を手に入れた。だから、今後何があろうと君以外の女性が僕の目に映ることは決してないと誓えるよ」
「そのお言葉が聞けて、私はとても幸せ者です」
「あッ! だけど、産まれてきた子供が女の子だったら多少は勘弁して欲しい」
「それは......お約束出来かねます」
「て、徹底しているなぁ、ゼオラは」
「ふふ。男の子だったら構いませんよ?」
「それはそうなんだろうけど......。だけど、僕は男の子と女の子、一人ずつ欲しいからなぁ」
「そうなのですか?」
「まあね。いや、ゼオラさえ良ければの話なんだけど」
「私の心は旦那様とともにあります。ですので、旦那様がそう望まれるのであれば、私は何人でも産む覚悟」
「さすがに何人もとなると大変かな? でも、ありがとう。その時はよろしく頼むよ」
「お任せください、旦那様」
そして、再びお互いの愛を確かめ合う様に唇を重ねる二人。
二人目の子供が出来るのも、そう遠い話ではないのかもしれない。
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