妹のままでいさせて

深宙 啓 kei Misora

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第二章 【破】愛の真実

第34話 この世に神も仏もいる

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「そう思ってくれてたならもう我慢ばかりの人生を終わりにしましょう。僕と一緒になって下さい。共に幸せになりましょう。そして折角授かったこの宝物を大事に育てて行きましょう」

「ありがとう……ありがとう……ありがとう……ございます……」


  : + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜ 


 テーブルを叩いたまま載せられていた澄美怜の手の甲には幾つもの雫が落ち、それらはテーブルにも流れ落ちて行った。

「お父さん、お母さん……ありがとう。それとあんな言い方、ごめんなさい」

「澄美怜たちに黙っていた事は悪かった。お母さんとも話しあって、いずれ若い男女が一緒に暮らすことになる訳だから、やっぱりそのまま血縁の兄妹として育てる方が年頃になっても気まずくないだろう……って、そう考えてね。そして何より本当に仲良く助け合う家族、兄妹になって欲しかったし……それで今まで伏せてたんだよ」

「うん」 と涙を指で拭いながら頷く。―――そこへ母・ゆかりが急に身を乗り出して切り出す。

「この際だからその事であと少し、話しておきたい事があるの」

 不思議そうに首を傾げた澄美怜すみれ


――――これだけの事があって更にまだ何か……?


「あなたが生まれる少し前からあの人は病気が悪化して自暴自棄になって。そのせいでもの凄く暴れる様になった。こと有る毎に当たり散らし、仕舞いには私への殴る蹴るの暴力までどんどんエスカレートして激しく繰り返された……」

「産まれる前……殴る蹴る……?!」

 思わず絶句して身を固くする澄美怜《すみれ》。


「お腹に大事な命があると言うのに! ……
 有り得ないと思った。極貧の中、頼れる身内もなく、何度も一家心中を考えた」

 ゆかりの瞳には涙が溜まっていたが、決して溢さなかった。

「悩み抜いた末、私は決意した。―――それでもこの子だけは守ると。
 でも続く暴力に何度も挫けそうになった。それでも心が折れない為にどんな手を使ってでも抗ってやると―――」

 ゆかりにとってその時は果てしない怒り、『恨みの感情』でしか抵抗出来なかった。体教上それが本当に最悪なものとなると知らず。ひたすら全てを恨み、呪った……

『バシッ、バキッ、ドカッ、ドカッ、ボコッ、ドゴォ……ドカッ……』

 ……呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、……こんな世を作った神も! 仏も! 何もかも! 救いなんて無い……、こんな世の中、全て壊れてしまえばいい……私の心ごと壊れてしまえば……そしたらこの子と無理心中せずにこの子を守れる……

「あんな鬼畜がいた事を呪った。この鬼を殺して私も死ぬと。……でも私は誓ったことを思い出した。私は無理心中しない為に、そして娘の将来を考え、私が犯罪者に成らない為に出来たこと、―――それこそが頭の中で全てを殺すこと。私をこんな目に合わせた全ての者を……」

 殺してやる、この男も、神も、仏も!自分の心も!……何もかも……!


「そう、あなたが小6で大暴れした原因……あれはきっと私のせい……」

「……お母さん」


「ただ、そんな生き地獄の中のせめてもの救い、澄美怜すみれが生まれた時に、何故かあの人がとても喜んでくれてた事」

 その後に医者がガンの転移を脳内に見つけた時、そうした事で判断力や性格……思考そのものまで壊れてしまう場合も有る、と言ってくれたのだった。

「……そしてそれは本当だったの。亡くなる間際、健康だった頃の優しい顔に戻って、『今まで……ごめん、おかしくなってて……でも、ありがとう』 そう言って旅立って行った……。
―――本当は悪気なんて無くて全部病気のせいだった、って分かった……」
 
 ゆかりはそこで初めて涙を落とした。だが気を緩めずに厳しい顔で続けた。

「入院直前、そんな頭の中が犯された状況で余命宣告を受けたあの人は破れかぶれになってね、暴れて大変な事に……そのせいで様々なトラウマをあなたに植え付けてしまった事に気づいたの」


  : + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜


 余命宣告を受けた日―――――

「もうだめだ―っ、どーすんだ、お前もこの子も、誰も助けてくれないじゃないかーっ!」

 ガシャーン、と部屋の飾り物をなぎ倒し投げつけた。すると、騒音に恐怖を感じたのか、赤子が激しく泣き喚き出す。

「あなたっ、止めてっ!」

「うるさい! 俺はもうだめだ、お前ももう生きれない。神も仏もいないじゃないか!」

  ドカドカッ、壁を叩きイスを持ち上げ振り回し、食器棚までなぎ倒す。ドガッシャ――ン

「キャーァァァッッ」

 激しく中身が散乱して床はもう滅茶苦茶に。

「ど―せ苦しんで死ぬならその子だって生まれない方が良かったんだあ―――っ!」

 テーブルを勢いよくひっくり返した時、載せられていた熱い湯飲みが宙を舞い、アパートのせまいダイニングに置かれたベビーベッドヘ飛んだ。

 身を呈した母の飛び込みは間に合わず、赤子の腹にまともにかかってしまう。 

『ギャァァァ――――ッ』 

 一層泣き喚く赤子。

「イヤ――――――ッ!」

 急いで氷嚢を作るゆかりの姿を呆然と見つめ、膝から折れる父親。

 必死に氷嚢を当てがうゆかり。泣き叫び続ける赤子……


  : + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜ +:



 ゆかりにとって思い出したくもない地獄の沙汰――――


 程無く体が衰弱して入院となった夫。暴力から解放されてからは新たな悩みが。その経緯のせいか赤子の夜泣きが尋常ではなく、いかにあやそうが狂った様に泣き喚き続ける赤子。完全にお手上げ状態のゆかり。

 やがて夫は他界。夫の真意が知れた分だけ辛さも心身に響く。

 そうした中、生活苦に加え頻繁に熱を出す赤子に振り回される。抜け出せぬ苦境。泣き止まぬ夜泣き。蓄積して来たダメージとストレスでゆかりはみるみる憔悴しノイローゼ状態になる。

 体調も最悪となり、何度も倒れた。完全に限界だと思った。

―――しかし救いの手が。それが墓地での克己かつみとの再会だった。

 そうして克己の提言で一緒に暮らす様になり、どうにか最悪の事態を免れた。気が利く克己の要所での補助、そして心救われた事で心身の回復を得て持ち直したゆかり。
 澄美怜すみれの不具合だけが懸念され続けた。


 そんな中、普段は会社で忙しい克己へのせめてもの恩返しとして深優人《みゆと》の面倒も『ついでだから』と申し出た事により二人を隣合わせで寝かす機会が度々生じた。

 だがそうすると何故か澄美怜《すみれ》は不思議に落ち着いて泣き止んだのだ。

『……こんな事って……』

 最初はただの偶然かと思っていたものの、母のあやしではどうにもならない時でも深優人《みゆと》を隣にすると自然と止むのを何度も確かめ、そして確信をした。

 理由は未だに分からないが確かに有効であり、不思議な何かでつながっているのかも知れないと思わされた。

――――この世に神も仏もいる、そう思えた。

 澄美怜すみれは幼稚園、小学生、と度々何か氷の様な冷たい物に体の自由を奪われる夢に襲われる、と主張し、パニックを起こした。

 そんな時、とにかく兄を直ぐに連れて来て隣に居させると比較的速やかに落ち着きを取り戻した。
 それこそ引き付けを起こして呼吸困難になる程の時でさえ、どうにか落ち着いてくれた。

「だからあなたはもの凄くお兄ちゃんに助けられてるのよ」

―――根っ子の所では誰も悪くないのにこんなにも悲しくて苦しい事を乗り越えて来なければいけなかったなんて…… 
 それでもこうして守り抜いてくれて、私は今ここに居る。

 お父さん、お母さん……

 そんな事もあり、父は深優人みゆとがまだ小さな頃から『君はその名の通り深く優しい人になりなさい。特に兄は妹のために出来ることは力の限りしてあげるんだよ』と度々言い聞かせた。

 その後、小学生になると兄はいつも妹を見守り続けた。そう、澄美怜すみれに異変を感じて現れていたのではなく、常に見守っていたからこそイザと言う時に寄り添えたのだ。
 でもそれは不思議な子、深優人みゆとにとってあたかも当たり前であるかの様に自分の役目として既に自覚していた。

 ……私が恋愛感情以前にお兄ちゃんを激しく求める理由はやっぱりそこにあったんだ!


 そして次の母の一言には本当に心臓が止まりそうになった。


 「―――あなたは今でも調子が悪いと兄さんの部屋で一緒に寝てるでしょ」

 !!……っっっ!    うそっ?! ……バレてたっ!! 

 目を白黒させて言葉に詰まる澄美怜すみれ

「でもそれはまだ不安定なあなたには必要と思うから何も言わず見守ってきた。普通だったら年頃の女の子にそんな事を親が許す訳ないでしょ。でも深優人みゆとくんの事は母さんも信じてるの」

 幼少期から子供らしくなく虚ろな目をしていた澄美怜すみれ。不安症やパニック、激しい引き付けになっては深優人《みゆと》の力でどうにか保っていた。
 そもそもまだ分別もつかぬ内から自傷気味な行動、道路への飛び出し。湯船に潜り息を止め続けたり、バースデーケーキの火を体に付けようともした。幸い寸前で気付いて阻止した。

 あまりに心配になって娘を散々連れ回し脳神経外科や診療内科などで診てもらった。しかし病院ではどこに相談すれども原因は不明、明確な対処法は無いと言われ、取りあえず出された薬漬けで体調も著しく崩した。


 そして3年生であの身投げを実行。それは遂にハッキリ見せた自覚的・確信的な自殺行動。


 その事を深優人みゆとから聞かされ、自分が見守るから薬を止めて、と談判された。様子を窺いながらもそうしてみると安定し出した澄美怜すみれ

 そしてその辺りから兄の事だけを見て生きるようになっていた。するとあの死んだような目は無くなっていた。


 だからいつか自然に良くなるまでは薬は減らしていき、少くとも悪化しないよう、お兄ちゃんの癒やしパワーを借りるしかないと思った、と言う。

「ただ……あの子みゆとくんには申しわけないと思ってる。まだ小さい頃、あなたを介抱した後で部屋でグッタリしてるところをお父さんが見付けて……聞き出すと、どうやらあなたを癒す度に物凄く消耗が激しくて……でも絶対にそれを見せたくなくて親にまでずっと隠してたの……きっとそれは今でも……」


―――― !!


「だって、その所為で学校で倒れた時も入院させようとしたら、あなたを見守れなくなるって言って狂ったように激しく拒絶されて……まるで命を削ってでも……ってくらいの余りの覚悟に圧倒されて……引かざるを得なかった……」

 ……お……お兄……ちゃん……

 もう勝手に涙がポロポロ溢れて来ていた。



 そうして娘が引き付けを起こす様な事は減り、いずれ全快を期待出来るまでに―――父も母もそう思っていたらしい。

 最近起こしたヤツは澄美怜すみれの単なる恋愛暴走自爆みたいなものだ。

 澄美怜すみれは自分の病的な不安や悪夢、そしてパニック障害や発作の根元が分かった気がした。


「お父さん、お母さん、話してくれて有り難う……」

 一通り話を聞き終え、親への感謝を伝え、逆に励まされ、自分は大きな愛に包まれていると実感した。あまりに胸が熱くてたまらなかった。


『ともかく今日はすごい1日だった。色んな謎が解けた……』

 氷の悪夢……そして黒い怨念の感情……

 それらは消えた訳ではないにしても、何かに取り憑かれたとか、元々の狂人だったという事じゃなかった事が分かっただけでも澄美怜すみれには喜ばしいことだった。

『それにしても……こんなに愛されてたんだ……』

 澄美怜すみれはとても嬉しかった。興奮が治まらず挙動がどうにも覚束ない。ただ、非常に衝撃的だったがそのショックは何時もとは違う。
 自分の未来はきっと良い方へ向かっている、そう思えたから。

『きっとあの告白で自爆してなければ体調も大きく崩れなかっただろうし。それよりも……』


 兄との関係だ、と我にかえる。


 深優人みゆとは完全に血の繋がりの無い遺伝的に他人だと判ってしまった。因みに親の話では、この事は兄も未だ知らず、成人するまで伏せておこうか迷っていたらしい。

 ……ああ! じゃあそれ迄は妹のフリをしてないといけないの?  それとも口止めされなかった事を考えると私から伝えても……いや、むしろ伝えた方が良いのでは? それに……。

『―――堂々と恋人に再チャレンジ』
 只それはいずれの時に考える事にした。


 ……あれ、そう言えば遺伝的に近くないならお兄ちゃんの匂い好きは別に変態でも何でも無かったんだ、納得! ……

 ん?……てコトは血の繋がりがある蘭ちゃんは?……ヘ……ン……タ……

 ってまあ、そそのかしたのは私なんだけど……


 ……ゴメン!  蘭ちゃん!!









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