妹のままでいさせて

深宙 啓 kei Misora

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第三章 【急】全てを懸けて

第40話 もう一度ここへ来て全てを捧げて祈りなさい

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「フーッ……、まだ訓練通りにはいかないなぁ……」










 病院で教わり訓練された日常生活の実践。車イス生活は当然段差に弱い。僅かな段差についても急遽スロープを設置して対応。

 階段などもっての外のため、一階の使われなくなった祖母部屋にベッドを設置して対応。新しい澄美怜すみれの部屋となる。


 あ―っ、にしても大変なのはトイレとオフロ! これは1000%乙女を失望させるもので、まだお母さんの助けが絶対に必要……。
 お母さんも大変そう。とは言え、さすがに世話焼きのお兄ちゃんにそれをしてもらうのはこっちがNGなので、自分とお母さんで何とかするしかない……。

 だがそんな澄美怜すみれでもさして落ち込んだ様子は見せて居なかった。
 その理由、それは―――恋人からは関係保留、記憶は欠落、その上、体も動かず、と、今更感でもうなる様にしかならない……と開き直らざるを得ない状況がそうさせているのかも知れない。

 そうした出来る事の少ない中で、好きで得意なWEB世界に浸れる事は澄美怜すみれにとって幸いだった。

 早速今の自分に関連する動画を漁っていた。

「オオ~、これだ! 『出来ない事よりも出来る事を数えよう』かぁ……良い言葉だな」

 障害者のアップしてる動画のこのフレーズと出会った事は大きかった。

 ……出来る事か……今の自分ならネットもアニメもやり放題。案外悪くない。それにこれは人生全てにも言えるよね。
 
 そしてもう一つ、前向きになる為の澄美怜すみれなりの呪文も出来た。それは。

『今、彼は健やかに生きている』

 私がそれを守ったんだってお兄ちゃんから聞いた。『出来ることを』よりも先ず『出来たこと』を先に数えられる。それは断然前向きになれる事だったと思う。
 だって私はあの人のヒーローなんだから。あ、ヒロインかな……?


  **


 新生活は皆が献身的に手伝う事で不便な中にも喜びもあった。特に家族の団欒があって寂しさを感じさせない。 
 勉強や読書(殆どマンガだが)や好きなアニメ視聴にもガマンする様な事は何も無く、むしろ落ち着いて出来た。
 休日には兄がより献身的に公園や海などに連れ出し、外の空気に触れさせていた。


 ……好きだ。この人が……その感情だけが強く残ってる……


 そう思える人をこんなにも独占して時間を共有出来る贅沢。 不自由と引き換えの幸せに少し他人事のように思う。

 ……今でさえこんなに嬉しいのだから記憶を失くす前の自分だったらどうなっていたのだろう……


 こうした日々の中で日記を何度も読み返して殆どを頭に入れ、心に留めた澄美怜《すみれ》。そこでは実に多くの満たされない想いが綴られていた。

 ……そんな私の事だから、この贅沢にきっと舞い上がってまた訳の分からない事になってそうだな。フフフ……


 その後、二人の関係、恋人としての提案についての返答は末だ貰っていない澄美怜すみれ。それ故に呼び方についても継続したままで、今はまだ『お兄ちゃん』と呼んでいる。

「あのね、お兄ちゃん、その内に神社に行きたい。願掛けに。この症状が治るようにって」

「モチロン! 俺も澄美怜すみれが良くなる様に祈りたいから、次の休みの日に行こう」

 こうした事には全部こたえてくれるから嬉しい反面、少し気が引ける。

「ごめんなさい、いつも注文バッカリで。こっちから何もしてあげられないのに」

 しかしこの所の深優人みゆとからは一時の重苦しい表情が消え、少し嬉しそうに応える。

『してあげられる事なんて何も無い、とキミは言うけどそんなの問題ない。だって一生分もらったんだ』

 お兄ちゃんはそう言って今まで以上に世話してくれて、そのお陰でいつも一緒。日記の中の妹はきっと本望なんだろうな。
 その残留した感情の宿る私は少し他人事みたいに考えてるけど、でも満たされている事に違いはない……。


  **


 ある穏やかに晴れた日。例の願掛けのために二人は約束通り神社を訪れた。

 静謐とした境内を深優人みゆとに車椅子を押されてゆっくりと散策してから参拝した。











 だが直後から妙に無言で焦点の合わぬ目をした澄美怜。心配になった深優人みゆとは覗き込んで、「願掛けちゃんと出来た?」 と声をかけると、


『―――今、神様が言った気がしたんです……』


 と、まだ目を見開いて慄然としたままの澄美怜すみれ。異様な雰囲気に耳をら欹《そばだ》てる深優人。
 そのまま澄美怜すみれは語り出した。

「お前が真の願いに目覚め、それを本当に叶えたいと思ったならば、もう一度ここへ来て全てを捧げて祈りなさい――と。さすればそれを叶えよう……と……」

 ……それを神様が?   と半信半疑の深優人みゆと

「スピリチュアルだね。でも澄美怜の真の願いって一体何だったんだろう……」

「それなら私、本当の願ってた事、知ってますよ。日記に書いてあったから……」

 日記の内容。

―――激しく抑圧されてた澄美怜すみれの事だ。きっと本音を沢山綴ってあったに違いない。思わず、

『それは?』 

 と追求する深優人。

「勿論の事だと思う。―――小学3年の出来事をそれこそ度々書いてあったの。自害を止めてくれたお兄ちゃんが『生きててくれなきゃやだ、だから絶対に守り続ける』って言ってくれたのを死ぬ程喜んでた。
 だから何があってもこの人が望んでくれる限り、この人のために生きてそれを叶え続ける事が自分の全てだと……。それが真の願いのはず」

「……俺は今でもその気持ち、変わってない。俺もずっとそのつもりだよ」

「……じゃあ、どうして百合愛ゆりあさんて人と親交を深めたの? その事に悩みまくってた……。もう望まれてないんだって……日記には涙の跡まで……」

 深優人みゆとは少しうつむき、躊躇ためらいながらも、

「それは……言いにくい事で……百合愛ゆりあちゃんの許可なく言っていいか……プライバシーに関わる事だから少し曖昧な言い方になるけど、その親交が俺と澄美怜すみれとの約束の妨げにならないと、いや、むしろその方が……って互いに認識していて……」

 澄美怜すみれ深優人みゆとの実妹と信じていた百合愛ゆりあは生涯をかけて深優人みゆとと共に澄美怜すみれを守って行こうと決心していた事を、口で語られずとも心の伝達で分かっていた。
 しかし口頭で確認出来るような年頃の話ではないが故に他言出来る話でもない。それがこの曖昧な言い方の理由。

「?……良くわからない。それに約束の妨げにならない理由があったとしても日記での私は到底そんな風に思えてなかった。……ま、でもいいの。今はその望みも変わっちゃったかも……って考えてるから」

「俺が信じれないから? ……でも信じて欲しい。約束を破るなんてこれっぽっちも……」

「違うの。むしろ逆。もしこの体がこんなままならお兄ちゃんにずっと迷惑が掛かる。その約束を果たすという事が何を意味するか……。
 それはあなたの自由を奪ってでも自分の物にしたい、心の底からそう割りきらなきゃならないの。あなたに守られ続ける事 = だから生きてく……って約束、今はそれがあなたの人生の束縛になっちゃうの……それもこんな体で。
 この世であなたの幸せを一番望む人・スミレがそんな決断出来るとは思えない。それは今の私も日記の中の私も同じ。だから」

「俺は少しも束縛なんて思わない。むしろそうされたい。今だって澄美怜の世話が出来て嬉しいんだ」

「フフ……本当に日記の通りの深優人みゆとさんなんですね。でもあなたなら選べますか? 誰より大切な相手の人生をいびつな形で束縛してしまう道を。『こう言う体を一生世話して下さい』 なんて……そんなのを言葉に出して望めますか?」

「それは……」

「難しい事言ってごめんなさい。今、ためらったその気持ち、それが今の私そのものなんです。どうしたらいいか分からない……」

「そうして迷う余地があるならチャンスが欲しい……」

「……。でもね、日記ではこうも言っていた。闇に取りつかれてヒキツケを起こして病院送りになった事、覚えてる?」

「え、ああ、大変だった……」

「その後、真実に目が覚めて兄を疑った事を激しく後悔して書かれたもの。
 最も大切にしてたものを捨ててまで私の願いを叶えようとした兄に救われたって」

「最も大切にしてたもの……」
「約束を守る為に、妹として守り続ける誓い」
「……うん……確かに……」

 ……あの時、澄美怜すみれのためにそれを捨ててまで『恋人になる』って言ったら正気に戻ってくれた……

「その時、私は妹のままでいる事を志願したと」
「そう。……その後……どっちの愛が大きいか澄美怜すみれと比べ合った」

「だからその時の日記にはね、この兄にもしもの事があったらこの人の為に死ねたらそっちの方が本望だ……って。元々死に場所を求めていた人生なんだしって。
 そしたらどんなラノべ・アニメ妹でさえもいまだ成し得ない偉業、『真の妹伝説』に成れるのに、なんて書かれてた」

「死に場合なんて……あの子は生きるって約束してくれた……」

「そう。でもどちらも本当の澄美怜の思い」
「そんな風に思ってたなんて……」
「それ程……いや、死ぬほど……好きで、愛して、感謝してた。そして―――それでも消えたがってた……」

「そんな……。でもそんな中でも俺を支えようとしてくれてたなんて……」
「あなたに全て捧げたいと書いて有った」

 今にも泣きそうになる深優人みゆと

「……確かに俺にこだわってくれてた……。そう! なら、必ずしも死にたがってただけじゃない!だって実妹じゃないと分かったあとも、再び告白しに来てくれた……」

「いえ、それも消えて行くためにそうしたと」

「違う! それは想いが成就しなければ、だった筈。だって俺が『あの一言』を言いかけたら、全て分かってくれて……生きてく事を再び約束してくれたんだ!」

「そうですね……。どちらもが本当の気持ちなんでしょうね」

 その一瞬、意味深な笑顔を見せた澄美怜すみれ

「だからその答えが出た時、様な事があれば、その時こそここに来ないと、ですね」

 それは本人が見せた事のない―――強いて言えば別の何かが憑いて言わせているようにさえ見えた。

 少し間をおいて憑き物の目から戻った澄美怜すみれは、笑みながら普段の口調でこう言った。

「なにせ、真の願いを叶えてくれるって神様が言ったんですから。フフフ……」

「俺はそうなって欲しい」

「どちらが私の……あの日の澄美怜すみれの本心なんでしょうね。……もっとも、さっきの願掛けで体が治っちゃえばそんなの関係無いですね。だって記憶喪失のお陰で今の私は不安症も悪夢も忘れちゃって……もう守られる必要も無いみたいだし」

「激突して頭を強く打ったショックで消えてしまったのかな……」

「そうかも……。だからきっと悪い事ばかりじゃないですよ」






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