妹のままでいさせて

深宙 啓 kei Misora

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第三章 【急】全てを懸けて

第41話 今後も頼ってしまうことが

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 不随については相変わらず回復する兆しは見られなかったが、車椅子には次第に慣れて不便と感じる事も減ってきた。

 このまま半身不随ならどう生きていくか。それには現状を前提とした生き方や生き甲斐を探る必要がある。

 そこで先ず経験を活かせる事からそれを探そう、と言う事で馴染みのテニスを試す事に。テニスなら車椅子競技もある。今回は本格的に取り組む前にまずは遊び感覚で体験を、とコートをとった。

 恐る恐るやって見ると―――

澄美怜すみれ、結構うまいな。最初からそんなに返せるなんて」

 ……私の事を考えてお兄ちゃんは圧倒的ハンデをくれた。滅入らぬ様に。遊びなので兄一人にダブルスコートを、こちらは蘭ちゃんと2人でシングルスコ―トを守る。

「自分でもビックリ!  結構イケるかも。 よし、蘭ちゃん、お兄ちゃんを走らせるよ!」

 了解しました、と敬礼ポーズの蘭は、アニメ『V.E.G』に最近ハマッている。

 守備範囲が狭いから結構応戦出来る。私だけ車イスなので2バウンドまで許される。お兄ちゃんは優しいから私に打ち返し易い様に返球してくれるけど、こちらは容赦なく右左へそして前後へとコースを散らす。

「鬼コーチかよ! でも負けないよ」
「お兄ちゃん、ミスした方がバツゲームだよ!」
「マジ~? 聞いてないよ! フフ……」

 急にお互い真剣になる。妙にラリーが続きミスへのプレッシャーが増大してゆく。負けたら何のバツ? と、やたらと丁寧に打ち返す深優人みゆと。結構マジになっている。

「それは内緒。私の喜ぶコトー!」

  と、力強く打ち抜く澄美怜。

「そんなバツゲームあり?  それが一番怖いんだけど。あっヤバ」

 ボールをネットにかけた。あああ、と天を仰ぐ深優人。

「やったよ蘭ちゃん!」 

「勝った~! お姉ちゃんバツゲーム何にする~?」

「うん、蘭ちゃんに考えてもらう!」

「じゃお姉ちゃんがガチ喜んじゃうことにしてあげるー!」
「おねがいだから、それだけは勘弁して!………」

「ハハハ」 『フフフフ』 「アハハハ」 


 それは全員にとって大きなリフレッシュになった。実際、それぞれ幸せな気分も得られていた。

  にも関わらず澄美怜すみれは日中の充実に反して何故かその夜、例の黒い夢を見てしまった。


―――氷の悪夢ナイトメアを。


 記憶喪失ですっかりその存在を忘れていた澄美怜。だがその夢は日記に記された通りで心の底まで凍てつかせるものだった。

 まるで魂を吸い取られるかの様な感覚と共に《何で自分がこんな境遇に?! 》 と黒い感情が湧き起こり、何もかもが恨めしく感じ、関わるものを破滅させたくなる。


 こんな汚れたものをなぜ自分が、と恐ろしくなる。いや、理由なら日記から分かっているはず。だがそうした理解などお構い無しに青黒い氷粒がみるみる全身に纏わりつき、やがて動けなくなる。










 夢から戻れなくなる恐怖に絶叫に次ぐ絶叫―――。

 どうにか拘束を解き、気がつけば大号泣していた。そのダメ―ジは甚だしく、


『何でもいいから今すぐ来て――っ、兄さ―んっっっっ!!』


 夜中に大声で深優人を呼び出して頼ってしまう澄美怜。すぐに駆けつけ、とりなす兄。すると直ぐに何かが流れ込んでくる。
 そして日記に書いてある通り、その癒しの力は確かなものだった……  

 ……ありがとう……ごめんなさい、兄さん。
 けど日記に書いてある通り……いや、それ以上に恐ろしい、こんなのを頻繁に堪えてたなんて……。

 でも分からない。私は死を求めてたはず。なのに何故こんなにもこの夢を恐れ、死から逃れようとしてるの?……
 ああ、その二つの矛盾に引き裂かれそう……これは言葉に表せない、なった者にしか分からない地獄……

 苦痛に顔を歪め涙を溢す澄美怜《すみれ》。だがそこへ暖かな手が頭に乗せられた。すると熱を帯びた何かが先程の数倍の勢いで流れこんで来て、

 はぁぁ……っくっっ!! 

 こ……これが本当の癒やしの力……こんなの……こんなのって……

 大きなため息と共に強張った無駄な力みと悪感情がみるみる霧散して行くのを感じた澄美怜すみれ

 余りの安堵感に別の意味の涙が噴き出した。嬉しさ混じりの軽い嗚咽と共に兄を抱きしめるその手には愛おしさに溢れた力が漲っていた。

 想像を越えていた恐怖に圧倒された澄美怜すみれ。そしてそれを陵駕する癒やしの力に感動すら覚えた。

 だが逆を言えばそれらによって今後も頼ってしまうことがハッキリと分かってしまった―――。


 

◆◇◆
 状況が見えて来た所で、深優人みゆとは棚上げにしていた事についに触れた。

「例の……俺達の関係について、自分なりに結論を出したから……今日、それに応えたい。―――俺は君と付き合って行きたい」

 それを耳にして浮かない表情の澄美怜すみれ。何故か溜め息をついた。

「……あの……ありがとう……でも日記で色々読んだの。付き合った順序は大事と。あなたには百合愛ゆりあさんという運命の人がいる」

「もちろんそれを考える為に時間を貰ってたんだ。考え尽くした上で、全てを捧げてくれた人こそ優先すべき、と決断したんだ。きっと逆の立場なら君もそうすると思う」

「でも関係を断たれる人がいるのは心苦しい。もし逆の立場なら辛すぎる」

「俺もずっとそれを考えていた。つらいのは自分もだ。でもこの前、君はあの夢でまた苦しんだし俺が必要となった今、君を優先すべき時だと思った。
 それにあの人なら大丈夫だ。誰よりも恵まれた物を沢山持っている。そしていざという時は凄く芯の強い人なんだ」

「日記では……恋愛として付き合ったらその関係が壊れたとき私を救える存在ではなくなる、だからそうしない、って書いてあった。って事はこの申し出は恋人としてではなく別の付き合い?」

「恋愛だけがずっと付き合ってくための要素じゃない」

「……だめ。つまりこれは同情よ。日記の私も今の私も多分それを求めてはいない」

「じゃあ俺に命をくれた君に何も返してはいけないの?」

「……出来る時だけ見守ってくれれば十分よ」

「これは同情じゃない。生きてく上で大事なものを掴みとる人生の選択なんだ」

 澄美怜すみれは『このままでスンナリ話が通る人じゃない』とばかり少し呼吸のリズムを変えた。

「………なら……ちょっと上手く説明できるか分からないけど……聞いて。
  ……日記の中の私が恋人である事を望んだのは積み重ねがあっての事だと思うの。誰かを見て愛しい想いが湧くのは愛しい思い出があるから。
 その瞬間にいちいち思い出していなくてもその気持ちの継続がそうさせるから」

「……そうだね」

「でもそういう記憶の積み重ねの多くを失くした今の状態では正直……実感がわかない所もあるの。いきなり白馬の王子様が現れて告白されても……なんとなく好き、だけで本当にこれでいいのか分からなくなってしまう、そんな感じなの」

「そう……なんだ……」

「もう百合愛さんには話したの?」

「入院した時以来、まだ会っていない。色々大変ってことに気を遣ってくれてると思う」

「だったらまだ勝手に結論を出さないで欲しい。術後の私は相当混乱してたから付き合って欲しがってたかも知れないけど、今の変わり果てた状況で何が幸せか考え直す必要を感じているの……だから………」

「……確かに重い判断だから返事は今すぐとは言わないよ。ゆっくりでもいいから」

「それならもうひとつ、……もしできればそのシャツ……もらえますか?  日記の中で匂いは大事と書いてあった。
 何やら以前の私は嗅覚重視タイプの人だったみたいで、多分そういう所は続いてるかなって。でもその好みも変わっているかも知れないし、本能的な相性みたいなものとか色々考えたくて……自分を知りたいし、他にも出来れば思い出したいから……そのためにも……」

「……構わないよ」

「ごめんなさい色々。 折角こちらからの要望に応えてくれたのに」

「……君のその状況は成った人でないと分からない。君は悪くない。だから、待ってる」

「うん……ありがとう」

  *

 その日以降、澄美怜すみれの新しい部屋の壁にはまるで装飾品であるかの様にハンガーにかけられたそのシャツが飾られた。

 それはベッドの傍らで彼女を見守る象徴となった。

 澄美怜は日記に書いてある通りに顔を近づけ、彼の存在を嗅ぎとって見た。何とも表現出来ない感情が湧き起こる。少なくとも澄美怜にとって良い匂いに感じる。

 これは、懐かしさ?……そして安心感……あと、何かの渇望?……


 抜け落ちたパズルのピースは多過ぎて、元の画が何であるかが判かる迄にどのくらいかかるのか、少し途方に暮れた。






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