妹のままでいさせて

深宙 啓 kei Misora

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第三章 【急】全てを懸けて

第49話 結局この夢で終わるのか

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『―――今神様が言った気がしたんです。―――お前が真の願いに目覚め、それを本当に叶えたいと思ったならば、もう一度ここへ来て全てを捧げて祈りなさい――と。さすればそれを叶えよう……と……』

『―――私、ほんとの望みは分かってるんです。日記に書いてあったから……』

 神社での会話を思い出す深優人みゆと



  +: 。 .。: + ゜ ゜゜ +:。. 。


―――― 自害を止めてくれたお兄ちゃんが『生きててくれなきゃやだ、だから絶対に守り続ける』って言ってくれたのを死ぬ程喜んでた。
 だから何があってもこの人が望んでくれる限り、この人のために生きてそれを叶え続ける事が自分の全てだと……。それが真の願いのはず―――― 


  : + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ 


   澄美怜すみれは今、泣いてた……俺を遠ざけたのが本心ならそんな事ないハズ! それもYシャツを抱いたままで……
 そう、真意が有るはず! だったら澄美怜すみれの代わりに俺があの神社へ!! ――――


 気がつけばもう矢も盾もたまらず走り出していた。


 道すがら降り出した雨。暴風雨の予報が出ていたが今の深優人みゆとには何の障壁にもならない。

 到着するや、仁王立ちで意を決する。

 ―――お百度参りで神を叩き起こす!!

 直ぐさま周り始めると、まるで彼を試すかのように大雨となり、見る見るうちに激しく打ち付けてくる。
 たった3m先でさえ見えない程に荒れ狂う嵐。

 やがて強い向い風になると目も開けられない程に。体も前に進めない。極度に前方へと体を傾けて全力で歩を進める。

 ……こんなの、澄美怜すみれの辿った苦しみに比べたらなんて事ない! 

 と速歩で回り続ける。むしろ速度を強め、あらん限り急いだ。先ほど澄美怜すみれの手を取った時に予想以上に冷たくなっていたからだ。もっと急がねば、と限界を越えて力を振り絞る。

 やがて猛烈な雷雨となって空気を切り裂く轟音と明滅する閃光。そこかしこ、間近に轟く雷鳴の轟音。

 それでも『負けるもんか』と踏ん張り続ける深優人。 遂にその往来は90回を越えていた。

 3時間以上もずぶ濡れで、それも冷気と強風に曝され続けたせいで体温を極度に奪われ、冷たくなった体はまるで今の澄美怜すみれの様だ。

 だが、『澄美怜はこの冷たさにだってずっと耐えて来たんだ!』と挫けるどころか逆に燃えている。とうに体は限界を越していると言うのに。

 あと10回 !!―――いや、神様が願いを聞いてくれる迄は何度だろうと祈り続ける!! と鬼気迫る。


 ビシャァァァァァ―――― ン


 だがその時、すぐ側の巨木に落雷し、深優人の体程もある枝が落下、頭部を強烈に打撲し、その下敷きとなって突っ伏して意識を失ってしまう。

――――真っ白な世界。

 上も下も分からない。ただ何かの意志がこう投げかけている。

『それを本当に叶えたいと思ったならば、もう一度ここへ来て全てを捧げて祈りなさい――さすればそれを叶えよう…』


 しかし倒れ込んだまま、体はもう動かなかった。


  *


 最後の夢―――

 その頃、澄美怜すみれの最後の夢は夢幻の霧と青黒いスターダストを降らせながら始まった。

 結局この夢で終わるのか……

 と諦めの気持に覆われる。黒い世界がやって来る。空気さえ凍らせながら。やがて残されていた顔までも全て覆われてしまった。

 氷の大地に人型に横たわるそれは、やがてさらに厚い氷で覆われて、もはや大地の一部となって見分ける事も難しい程に幾重にも包まれてしまった。

 周囲はどこまであるのか闇に紛れて解らない。天には星々のように妖しくかがやく青黒い氷たち。

――――ついに氷の世界が完成された。だがまだそれを認識する事だけは出来た。




 サヨナラ……みんな……





 そう言えばお兄ちゃんにサヨナラも言ってなかった……まあ言えないよね、あの状況じゃ……

 ああ、一瞬だけでいいから……意識が完全に消えるまでに百合愛《ゆりあ》さんみたいに心が通じて『サヨナラ』って伝えられたらいいのにな……

 それを受け止めたなら兄さんは、私を目の前に横たわるむくろのような人形でなく、ちゃんと別れを告げた過去の人として……
 きっと受け入れてくれる。

 そしたら私のこの人生は美しく完成する。
 だからせめて今はそれを願って逝こう……


 澄美怜すみれなりの悔いのない終幕へ向けて念じ続け、そのまま思考は沈潜して行った。


   : + ゜゜  + ゜ +:。. 。


 現実の世界、そして夢の中でも完全に動けなくなってしまった澄美怜すみれ

 ベッドの上で呼吸だけは本人の意志ではなく自律神経によって保たれている。

 ただ、そのには置き直して貰った大好きなYシャツが。

 しかしこのまま植物状態が続けば意思も無くなるという。あるいは呼吸さえ止まるのか誰にもわからない。

 いずれかの運命に行き着いてしまうであろう残り僅かなひと時。

――――その中で澄美怜はこの最後の夢の中に深く入り込んで行く。



◆◇◆
  荒涼とした氷世界に閉ざされた人形。

 その妖しく青黒く輝く塊は、傍目はために目立たぬ氷岩の一塊に過ぎない。身動き一つ出来ない最後の夢の中で、思わぬ『幻』を見始めた。

 ……今、僅かな思考と呼吸だけが自分に出来る事。なのに何かを感じる……?

 あれ?――――これは……

 懐かしい匂いがしてくる。記憶にあるものだ。荒涼とした闇の世界に光の雪のように天から顔に降ってくる香気。

 それは真っ青に美しく光る花びらの様な細かな粒たち。

 この匂い――――お兄ちゃん……

 やがて光の粒の降る範囲が狭くなり、顔だけに降りてくる。その照らされたサーチライト状の光の束の中を天から手まりほどの光球がゆっくり降りてきて顔前で留まった。







 そしてその光球はまるで水晶玉の様に何かの幻影を映し出し始めた。

 それは子供の頃のある夏の日の思い出だった。広い公園で兄と百合愛ゆりあ澄美怜すみれの三人で虫取りをしていた。


 あ! これは私が幼稚園の年長さんの頃だ――――


 三人が各々のお目当てのものを探していた時、|澄美怜の前に突如現れたハクビシン。
 近寄って来て立ち止まり目が合った。

 お互い警戒し合って見動きがとれない。今まで実際に見た生き物や、絵本で見た犬やタヌキとも違う未知の生き物に突如 『噛み付かれる!』と恐怖心に取りつかれた澄美怜すみれ

 慌てて後ずさりしたため、側溝へ足を落とし背中から転倒、もう逃げられないとパニックとなって思わず「お兄ちゃぁんっっっ!」と絶叫。

 この頃すでに妹のパニック障害の大変さを肌で分かっていた深優人みゆとはすっ飛んで来てハクビシンを石投げで追っ払い、怯えきった妹を抱き起こし、優しくハグしてなだめた。

 少しだけギャン泣きした。この声に百合愛ゆりあも気付き、遠くから駆けつけてくる。

 兄のハグで捉えた襟足あたりの何とも言えない落ち着く香り。初めてそれを意識し、この世で一番安心出来るものを手に入れたと思った瞬間だった。
 それにより澄美怜すみれはすぐに自分を取り戻した。

 そしてその愛しさゆえ、本能的に食べてしまいたいと思ったのか、無意識で首すじに『ハムッ』っと甘がみした。兄は、

「ひゃっ」

 と変な声を出して大きくビクッとした。

「おもしろ―い」 

 そう言って再び

『ハムッ』 「ひっ」

 ふふふっ、と、さっきまで大泣きしてた子はどこへやら、丁度そこへ百合愛も到着し、

「ど―したの?  大丈夫?」

 と声をかける。

「お姉ちゃん、おもしろいんだよー」 
『ハムッ』 ビクッ

「本当だ―、私も―」

 ハグしてる二人ごと抱き抱える百合愛。澄美怜の反対側から

『ハムッ!』 ビクビクッ

  二人の女の子はケタケタ笑ってすっかり和やかに。このとき深優人みゆとは妹の機嫌が良くなるならと、この甘がゆい仕打ちに必死にガマンしていた。

『そっか、あの時の匂い……お兄ちゃんの好きなブルーエ入りフレーバーティーの様なあれだ……。え? 私、昔のこと思い出せてる。
 そう、いつもお兄ちゃんが恐怖から救ってくれた……あの時も、あの時も。あの時も。他にもいっぱい……そしてそこにはいつも、大好きなお姉ちゃんとお兄ちゃんが。
 ああ、あの世界へ戻りたい。大好きな妹も、お父さん、お母さん、そしてみんながそこにいる。
 今までの全てが………ど、どうして?!……たどれる!……思い出せる。  ……凄い……全部、全部思い出せる!……』

 でも身動き一つ取れない。

 うう……最後の最後で記憶が戻ったというのにこのまま消えてゆくなんて……むご過ぎる……そんな事なら思い出せない方がまだましだった……


―――自分を閉じ込めているこの青黒い氷に、初めて『悔しい』という気持ちが湧いた。


 そもそもこの世界は私にとって何?  これさえ無ければ私はもっと自由だったのに……この世界から解放されたい。

 私……記憶が戻ってしまった……記憶の欠けた闇落ちのままならまだしもこんなに幸せな時の本当の私がこの思い出の中で諦めるの?……

 こんなの悲しすぎるよ……神様……もう今さら助けてなんて言っちゃ駄目?……

 ねえ……




『だから何があっても負けちゃダメだよ。応援してるんだから。深優人《みゆと》の事、任せたよ』



 薊さん!!



 ……私、兄さんを任されたのに約束守れないよ……ねえ! ポジティブなあなたならこんな時どうする?……

 ねえっ!  薊さんっっ!!




――――闇あるところ、光ありだなぁ




  っっっ !!



 ……もしまだ兄さんが私の光で太陽なら、キッカケだけでもいい……今出来るのはこれだけだ !!


―――澄美怜は力の限り念じた。




      『――――助けて兄さんっっっ!―――』




 その頃。
 参道で横たわる深優人みゆと
 落下した枝に頭と体を強烈に撃たれ微動だに出来ない。しかし心は諦めて居なかった。

 その時、微かに残る意識の中に澄美怜すみれの声の様なものが。

 それはまるで百合愛ゆりあからの以心伝心と同じ感覚で強烈に響いた。



      『――――助けて兄さんっっっ!―――』






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