48 / 54
第三章 【急】全てを懸けて
第48話 最期に何を考えよう。幸せな事がいいな
しおりを挟むああ、今朝は遂に指先も動かない。
あと残ってるのは目の動きと瞬き位だ。それも時間の問題かな……
そしてもし完全な植物状態になるのなら、MRIの反応からすると思考も出来ない状態だろうってネットに書いてあった。
何かを思う事さえ出来なくなる……つまりそれは自分が消えるって事だ。ある意味望んでた事。
ああ、実際思考も段々鈍ってきた。
あと少し、もう少しこの苦しみに堪えたらもう何も考えなくていいんだね。
―――最期に何を考えよう。幸せな事がいいな。
そう、1つだけ……感情以外も思い出せたあれがいい。『死ぬ程好きだ』と思った瞬間の抱擁と幸福感。
日記では最初の告白をする少し前に、抑えきれなくなった不安を鎮めて貰いに行って、強く抱き締められた時の……そう、あれは……
: + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜ +:。. 。
『私はこの人をずっと慕って来て……失ったら消えたくなる程に……好きだったんだ……』
そう思えた刹那、この抱擁した感触を絶対に忘れたくない、と全神経を集中してその感覚を体に刻みつけた。
―――生涯の記憶に、そして生きた証とする為に
「澄美怜……ちょっと……長くない?」
「もう少し。―――1回は1回」
: + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜ +:。. 。
あれは本当に暖かくて最高の思い出だ。あ―、超幸せだったなぁー。
ホッコリ、と心の中だけ微笑んでいた。それを何度も噛み締める澄美怜。
もう一度出来たらな……未練がましいよね。本来ならあの人を助けて死ねる事はきっと本望な筈……。 これだけは思い出せたのもきっとご褒美なんだ。
ああ、ご褒美と言うならいっそ呼吸まで止まってしまえば、もうお兄ちゃんを苦しめる可能性が完全に無くなるのにな。今は自害すら出来ない……。
『スミレ……』
母の声がしたような。
―――澄美怜。
澄んだ美しい心で祈りを棒ぐ
……お母さんが地獄の中で必死な想いでつけてくれた名前。
例え私の消えない憎悪の念がお母さん由来だったとしても……そして消えたい衝動や悪い夢が死んだお父さんが原因だったとしても……
恨んでない。
だって皆、大切な何かを守りたくて必死だっただけ。そしてそのお陰で普通では絶対に手に入らないほどの愛や思い遣りを捧げて貰えたのだから。
お兄さん……
お姉さん……
親友も出来た。
そして……最高の妹。
それだけは感謝しないと……。
そうだ、最期はこの幸福感と共に祈ろう。
『どうか皆さん、悲しまずに、健やかに過ごして下さい。特にお兄ちゃん 。
どうか、私の分も幸せになって下さい。私が消えてもいつ迄も塞がないで下さい。日記の中にある、つきまとってばかりの励ましカマッテちゃんはもういないから、ちょっと心配です。
だからどうか1秒でも悲しみが短くなります様に……。
まあそれもいつか百合愛さんが救ってくれるでしょう。百合愛さん、あなたなら安心です。どうかお願いします。そして幸せに……』
その祈りは澄美怜らしい実にささやかで健気なものだった。
感極まったその想いは形となって、何か現実の自分が涙を流せた様な気がした。
実際、最後に動けたのは涙腺だった。
『ああ、何かとても眠い。眠りと共に私は消えるのかな。最後があの夢だけは絶対やだな。夢は自由に選べないけど……見るなら最期は素敵な夢が……いい……な……』
―――― そして眠りについた。
**
澄美怜の予告通り、殆ど動かなくなってしまった体。友達に格下げされてからは約1ヶ月近くが経った今も深優人は傍らで看病していた。
「他人になって下さい」
「最後まで苦しませないで」
「いままで……ありがとう」
あの言葉が脳裡に繰り返される。受け止めきれず、思わず首を振って天を仰ぐ。
深い溜め息と同時に壁の異変に気付く。
人生のパートナーを申し込んで以来、壁からこの子を見守って来たYシャツ。
今はハンガーだけがこれ見よがしに掛かっている。
「……」
それを見て、かつての後ろから肩に手をかけスンスンしてる妹の姿を思い出す。その妹も今はもう。
……本当に過去と決別したんだな…… と寂しげに肩を落とす。人形の様な寝顔を見つめて改めて思う。なんてキレイな顔なんだろうと。
―――刹那、その寝顔に一筋の涙がスッと落ちたのを見た。
ハッと気付き人差し指の背で涙を掬う。つらいのか? ……と声を掛けるも、もちろん反応など無い。
もう1日以上目覚めていない。もうこのままずっと? そんな不安が募る。少しでも何かしてあげたいのに何も出来ない。毛布から少しだけ肩が出ている。
「かぜひいちゃうよ」
声をかけながら毛布をかけ直そうと少し持ち上げた瞬間、
「!!! ――――」
愕然と目を見開いた。深優人の眉は大きく歪み、肩を大きく震わせてボロボロ泣き始めた。
澄美怜の胸元であのYシャツが握りしめられていたのだ。
そう、それは兄への『他人宣言』の後の事。看病に来た蘭に頼んでそうしたもの。最期はそれに抱かれて永遠に眠りたかったが故に。
「やっぱり本当はそういう事なんじゃないか! 他人で居ようとか、ふざけんな! クソッ、……こんな……こんな事あっていい訳ないだろっ!……」
為す術もなくむせび泣く。
『嫌だ! だめだ! こんなの絶対に……』
『お兄ちゃんスマホ見過ぎ! ホラ、こんなに肩凝ってる。ちょっとほぐしてあげる』
そんな風にしていつも肩に手をおいて、さりげなくスンスン……
一気に思い出されるあの頃。
―――お兄ちゃんっ 朝食のスンデレ
―――お兄さん フロ場で背中を流してもらった
―――お兄ちゃん 筋トレの時も……話しするのが好きで
―――兄さん 苦しくてすがって来て熱く抱擁した時も
―――お兄ちゃん ひとり塞いでいる時も声掛け続けてくれた
―――お兄 拗ねてる時も愛らしく
―――兄さん 遠ざけ合って、抱き合って謝り合った時も。
ライバルに取られまいと邪魔する時も
車イスになろうが
記憶を失ってさえも…… それでも……
いつも俺だけを見ていてくれた。命までも賭けて。それなのにこの子の存在を大切に思うあまり、追い求めて焦がれていた一言を遂に一度もまともに伝えてあげられなかった……気持ちを……大事にしてあげられなかった。
: + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜
『でも、それを口にする覚悟までは無かった。確かに好き、嫌いという紙一重の感情とか、一時的な想いより深い愛の方が相手を思いやる気持ちとしては上回ることも多いかも知れない。
でも、その時々で本当に必要なものを与えるのが真の愛なら、澄美怜《すみれ》のように好きだと伝える努力こそが愛になる事だって有るんです!』
: + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜
……ああ、こんな事に成るんだったら、自分のこだわりなんか全部捨ててでも言ってやるべきだった!
「……好きだ……大好きだ……澄美怜《すみれ》が大好きだ―――っ!」
しかしもう動かない。届く筈もない
「今さらだよな、俺はなんて大バカだっ、頼む! 動いてくれ! 俺の大事な人なんだ」
……なんでお前の方が苦しまなきゃならないんだ! あの時俺がしっかりしてれば……
そんな想いが深優人の後悔を増幅させる。
: + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜
『俺がその一言を言えなかったばっかりに……』
『……でもそれは無理強いして得るものじゃないから……だからもういいです……それが出来なかったあなたには……澄美怜の心までは……守れなかったんです』
: + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜
……体以上に……心を守ってやらなきゃいけなかったのに……ううっ……
「 ……澄美怜 ――――っ!!!」
呼びかけも空しく湿った声だけが部屋に響く。
暫く悲嘆に暮れてただその髪をなで続けた。
ようやく気を取り直し、毛布をかけ直す。
そして深優人は少しでも自分を感じて欲しくてYシャツを顔の近くに来るようセットしてあげて、
『こういうのがいいんだよな』
とささやきながら、優しく頬に指を添わす。
……こんなに冷たくなって……このままじゃこの先は……
でも今は祈る事しか出来ない。だから心細くならない様に祈るよ、どうか夢の中でも俺やみんなを感じれます様に―――
澄美怜……澄美怜が遠ざけようとしないかぎり、いや遠ざけても、それが本心じゃないなら……俺は傍にいるよ。
「また来るよ」 と言って部屋を出た。
自室へ戻り、立ったまま声を殺して涙を落とし始めた深優人。
……神様、この子は優しくて本当にいい子なんです。どうか何とか元に戻す方法はないんですか。だって生まれてすぐに……いや、それ以前から心に深手を負って……
かわいそ過ぎじゃないですか?……この子には何の罪もない筈……」
恨めしそうに天へと刮目して訴える。
「俺なんか死んだっていい、どうか、どうか神様っ!」
その瞬間、雷に打たれたような衝撃が貫いた。
≪≪ お前に死の覚悟があるというのか。……分かった。それと引き換えでも良いと言うのだな。
良かろう……ならば見せてみよ、その覚悟とやらを! ≫≫
「神……様……?」
深優人にはそんな声が聞こえた気がした。 そのせいか、ふと神社へ行った時の会話が浮かんだ。
『―――今神様が言った気がしたんです。……お前が真の願いに目覚め、それを本当に叶えたいと思ったならば、もう一度ここへ来て全てを捧げて祈りなさい――と。さすればそれを叶えよう……と……』
『―――私、ほんとの望みは分かってるんです。日記に書いてあったから……』
: + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜
『だから何があってもこの人が望んでくれる限り、この人のために生きてそれを叶え続ける事が自分の全てだと……。それが真の願いのはず』
『だからその時の日記にはね、この兄にもしもの事があったらこの人の為に死ねたらそっちの方が本望だ……って。元々死に場所を求めていた人生なんだしって』
: + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜
……本当の望みはどっちだ……?
そう、澄美怜は今、泣いてた……俺を遠ざけたのが本心ならそんな事ないハズ! それもYシャツを抱いたままで……
そう、そこに真意が有るはず! だったら澄美怜の代わりにあの神社へ!! ―――――
気がつけばもう矢も盾もたまらず走り出していた。
< continue to next time >
1
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
私が素直になったとき……君の甘過ぎる溺愛が止まらない
朝陽七彩
恋愛
十五年ぶりに君に再開して。
止まっていた時が。
再び、動き出す―――。
*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*
衣川遥稀(いがわ はるき)
好きな人に素直になることができない
松尾聖志(まつお さとし)
イケメンで人気者
*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています
木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。
少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが……
陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。
どちらからお読み頂いても話は通じます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
