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第三章 【急】全てを懸けて
第47話 ᕷ˖ 愛の死 「愛してたこと……後悔してないから」
しおりを挟むこれは約半月ほど前―――
澄美怜と百合愛が二人だけで話し合った日の翌日。
一人の美しい少女が永遠園家に姿を現した。
深優人はその少女に目配せすると、少し強ばった面持ちで玄関内へと迎え入れた。
昨晩までに決心を済ませた百合愛。
その潰えぬ想いに決別する為に。
自ら手にかけるべく立ち上がる。
……トリスタンとイゾルデ。私を死の淵から救ってくれたこの曲……
あの狂気を代弁してくれたこの調べを、再び私の中で奏でるから……
今一度、力を与えて下さい―――
今度こそ、「愛の死」を果たすために……
▼Youtube トリスタンとイゾルデ 『愛の死』
https://youtu.be/BCYaIKI4J4Q?si=4KZx0bxpkRQY5ozM
(7分21秒)
……そう、これは幼き頃からのあの日々ヘのケジメをつけるための儀式。昨日のうちに涙を絞れるだけ絞ったよ。
だからお互いのためにあの人の背中をしっかり押すだけ。
仮にまだ涙が残っていようと、絶対に声に出して泣いたりしない……
―――今、 『愛の死』を受け入れに、心にこの曲を灯し、彼の部屋へ向かう。
話しがある、と互いに作った時間。深優人は落ち着いて話せる様に自分の部屋へと通した。
「色々考えて君にはちゃんと話さないといけないって思ってた。澄美怜との事」
「うん。覚悟は……出来てる。病院で聞いた時からあなたが彼女のために人生を捧げること、分かってた」
「すまない……」
と言う声は力なく、伏し目なままの深優人。
だが次の言葉で直ぐに見開く事になった。
「……あのね、実は……もっと前から……帰国前から分かってたの……」
「帰国前!?……から……?」
「私の持つ不思議な疎通と勘……分かってると思うけど……急に帰国が決まった時、また会えるからと心が踊って。でも私の直感は『あの日の恋のけじめ』、それも、どちらかと言えば悲しいインスピレーションだったの。
でも信じたくなかった……『私だって神様では無いから勘が外れる事だってあるはずだ』って……一縷の望みを持ちたくなって……会いに行って……もしあなたの心が変わっていたら諦めようと。
いや、むしろ諦める為に会いに行くように機会が与えられた、そんな自覚を持っていたの」
「……諦めるために……」
「でも優しく迎えられて……甘えてしまった……。予感は外れたと無理にいいきかせて。それでも最初のインスピレーションは消えなかった。
弱い私はあなたが切り出してくれるまで甘える選択をしてしまった……だからこれは全部私のワガママなの」
「じゃあやっぱりコンサートの日のあの顔は……」
「そう、本当は大体分かってたからいつも……あの時も結末に怯えていたの……ごまかしてしまって……ごめんなさい」
「……君は悪くない」
「私ね、深優人くんが運命の人と思いながらも実はそれを半分否定もしていた。小さい頃からずっとあなた達2人を見てきて私以上に絆が強い事、分かってた。
あなたは澄美怜ちゃんにとって特別な力をもった唯一無二の人。そっちこそ運命の人同士だって思った。
それでも貴方の事がどうしようもなく好きで理想だったから……その仲の良さに加わりたかった。二人の絆に入り込む隙などないって分かってたから……そう、加わってた。
それに二人は兄と妹。私にもあなたを好きになる権利とチャンスが残されてると思った。だからあなたとの将来を夢見ながら、ずっと一緒に澄美怜ちゃんを愛して行こうと思ってた」
「俺だって……」
「でも、だからこそ二人の本当の関係を知った時、完全に覚悟した」
「……俺も君が運命の人だと思って来た。それは今でも間違っていないと思う」
「うん。そう言ってくれて、ありがとう……フ……私、またしばらく『トリスタン』とお友達かな」
寂しげにおどけて笑う。そのままうつ向いたその頬に涙が流れた。
「百合愛ちゃん……ごめん」
「ううん、こっちこそ……最初から分かってて苦めたのは私。ごめんなさい……。こうならないように、昨日のうちに枯れ果てるまでしぼり出しといたのに……どうして……この水、際限無いんだろうね……」
声を全力で押し殺している分だけ鼻奥を通って喉へと流れる涙。それを飲み込む音が余りにも痛々しい。やがてそれでも堰き止められずに決壊し、声もなく滝の様に瞳から溢れてくる。
「ホントに、ホントに深優人くん……のこと……好きだった……んだよ」
「ご……」
唇を人差し指で止めて、首を横に振る百合愛。謝って欲しかった訳じゃない。
俯いた顔から光る水滴が幾つも落ちる。絶対に声にしない、そんな努力が喉を押し殺す。子犬が悲し気に息を鳴らす時の様な、擦れた空気音が喉から聴こえる。
「 っ……っ…………かはっ……っ…………」
細い肩を震わせ、目を真赤にして声を殺し、息を吸う時だけ掠れた音が繰り返される。
「っ…… ……… ………ぐっ…………っ」
止まる様子などまるで無い程に流れ落ちてゆく涙。それを見て眉根を寄せる深優人。
……どうして声に出して泣いてくれないのか。抱き寄せて慰めることも許されない、ただただ見守る事しか出来ないよ……
それでも百合愛の指は強く握られていた。
―――私は誓ったんだ。彼の背中をちゃんと押すんだって。だからどんなに息が乱れても、涙が落ちても、絶対声に出して泣かないと……
唇を噛みしめ、呼吸音さえ抑えつけながら必死に震える声で伝える。
「ホントに……こんな大変な時……だからこそ …っ…その人の為に尽くす、それで…っ…こそ私の深優人…くん……
そんな人…っ…愛したこと……誇りに……んっ …思ってるから…っ…謝らないで… そして……私の……人生に……希望……くれた事……あり……がと……う……う……」
―――それでも!
心の中でだけなら、
最後に思い切り叫んでいいよね……
少しでも爪痕を残すワガママを……
本当は……
ずっと、
ずっと、
ずっと、
一緒に……
歩みたかった――っ!! ……
うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――――――――――っっっっっっっ
その内なる絶叫は百合愛の中に鳴り響く彼の曲。 正にイゾルデの放つ歓喜と嘆きの怒涛の総奏。
魂に共鳴する叫喚の念声は金切るような激しい弦の音と美しく無念に舞い散るハ一プの花吹雪そのもの。
刹那、深優人は突然自分の胸を鷲掴みして俯き、涙だけボタボタと床へ落とした。
そう、強い想いは伝わってしまうこの二人。
脳内に直接響くその断末魔によって決心の引導を渡されて……
そして少女の干からびて行く諦念は別離の言葉に代えて虚空へと放たれた。
―――幼い頃から、暖め続けた想い……
今日で、さようなら……
全力でぶつけられた百合愛の別離の決心は、美しい大輪の花を爆ぜ散らすかのように無数の破片となって深優人の心に突き立って行く。
魂の血飛沫を見届けた花びらたちは想いを遂げると次第に光の粒子となって潰えた夢と共に虚空へと昇華されゆく。
伝わるその絶望と叫喚に心引き裂かれた深優人は只々ズタズタに。
その痛みに二人して耐え続けるしかなく―――。
伝わり切った思念、震え続ける呼吸、引き攣る細い肩。たまに出るむせびが更に痛々しく聞こえてしまう。
「っ……ン……かはっ……っ……っ……はぐっ………………」
背中に手をあて、抱き寄せるようにしてその額に頬を寄せる深優人。その胸に手を置く百合愛。
互いに服を掴んだ手が引き裂かれる痛みに耐えて震え続ける。
もう、それしかできなかった―――
どれだけ時間を要したか、ようやく少し話せる様になった。目は赤く、ひどく鼻声になっている。そして弱々しくも健気に囁いた。
「お願い…… 私が声……掛けられる様になったら……避けないでね……。気まず過ぎて……友達にもなれないとか……悲し過ぎるから……」
「……うん、きっと」
「……愛してたこと……後悔してないから……」
そう囁いて最後に一言添えた。
「……今まで……ありがとう……」
遂に涙を枯らせた百合愛。
その心の中では “トリスタンとイゾルデ・愛の死“ の最後の和音が鳴り響いていた。
感謝の言葉に無言で頷いた深優人。
あまりにいじらし過ぎて、何も言ってあげられず、ただ優しく抱きしめた。
愛の死を見届けながら ――――
< continue to next time >
――――――――――――
もし百合愛の誠意と決意を弔って貰えるなら……今一度。 この時の百合愛の胸の中で奏でられていたこの曲と共にその想いを共有して頂けたら幸いです。
シンクロBGMとして。
▼Youtube トリスタンとイゾルデ 『愛の死』
https://youtu.be/BCYaIKI4J4Q?si=4KZx0bxpkRQY5ozM
(7分21秒)
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