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第三章 【急】全てを懸けて
第46話* 単なる普通の妹でいいから、『妹のままでいさせて』④
しおりを挟む遺書を作り上げ、安堵の表情を浮かべる澄美怜
これで良し。さあ、ここからが正念場……。
諦めないあの人に引導を渡すべき時がきっと来る。
―――だからそのためにも泣かずに演じきるんだ……
「蘭ちゃん、私が確実に動かなくなったらこれを開封してほしい。そしてその内容を絶対に尊重して欲しいと私が言ってた……って、皆に伝えてね」
**
……遺書はしたためた。でも万一蘭ちゃんがあれを渡し逃すとも限らない。
入念に事を運ぶ澄美怜。
だから今は必ずあの人に引導を渡さないと……
今日こそ言うんだ……
今夜こそ……完全な決別を!
*
部屋での看病。
あの決心から何度も言おうとしたものの、二人きりのチャンスが訪れず、また、体調を崩したり複数で世話されたりで機会を逸してきた。
**
そうして半月程も経ってしまった。その焦りから来るストレスもあってか、症状の進行が想像以上に早く、不随範囲がどんどん拡がっていた。
今はかなり話し辛くなる所まで来てしまい、焦っていた。
だがこの日の夕方、父はまだ仕事、蘭が熱を出して母と病院へ。遂に二人きりになれた。
最後の引導を渡す覚悟の澄美怜。
しかし先に切り出したのは深優人だった。
「つらければ話さなくて良いから聞いてて欲しい」
深優人も焦っていた。その進行の早さにどうしたら良いか戸惑っていた。
せめて離されてしまった心の距離を取り戻したくて苦し紛れにこう言った。
「疲れて苦しいところすまない……けど、どうして友達じゃないといけないのか、どうも分からなくて……俺、スミレの傍に居たいんだ……」
澄美怜は途切れ途切れでしか喋れない今の自分が遺書の内容で説得するのは当然無理だと思っていた。
故にこの状況で深優人《みゆと》に看病を手短かに断念させるにはもっと直接的な拒絶が必要だと。
――もう今しかない! 《ズキッ》
「やっぱりそれも……だめ…… 友達にも……なれない……」
「何でそんな!!……もう二度と遠ざけないって約束したのに……」
……確かに。……今なら分かる。蘇ってしまった記憶の……そう、気持ちの大きさ比べした日に誓った……でも、ゴメンね。 《ズキッ》
「それは……今の私は……知らない……」…… 《ズキッ》
「どうして? そこまでする理由は何?」
「苦しいの……居て欲しくないの……本当はこんな姿……見せたくなかった……私だって……こんなだけど……女の子……なんだよ」 《ズキッ》
……ゴメンね、今はお兄ちゃんの優しさにつけ込んで踏み込めないようにするしかないの。
でもこの苦しみもお互いあと少し辛抱すれば……楽になれるはず。あとちょっとだから、一緒にがんばろ。 《ズキッ》
「でも……たのむ……」
―――痛いよ、お兄ちゃん……言うこときかない体よりも、ずっと胸が痛いよ……
ずっと消えたがってた私が今こんなにも胸が痛むのは……きっと大罪を犯すから。そう、
私を守るって言ってくれた約束を破らせてしまうのがつらい……
ちゃんと生きてて欲しいと言われたのを叶えられないのがつらい……
ちゃんと生きることを誓ったのに守らないのがつらい……
これは全て約束の話。
約束を誰よりも守って欲しがってた私が破る罪。それを許してもらおうなんて……これはその罰を受ける痛みなんだ。それでもやめる訳には……
「あの……私の最後の……お願いを聴いて……もらえますか……」
「……最後って」
「―――完全に……他人に……なって下さい」
深優人はもう何が何だか分からなくなった。思い切り首を横に振った。
「俺は嫌だ! どんな姿だろうと君は最高に可愛い澄美怜だ! 恥じる事なんて無い!」
深優人は何かの瀬戸際を感じて、今までに無い決意の表情となった。
―――何で! 何で分かってくれないの! ならもう本当の事を言う!
澄美怜は遂に隠し通そうとしていた自身の真実の姿を暴露する決断に踏み切った。
「私ね……実は……事件前の……あなたへの本当の……気持ちを……幾つか思い出した……の。そして、一つだけ……言わなかった事も。……それを初めて……言うね……」
……これは、日記にも書いてあった私の最大の隠し事。あなたの、そして家族皆の気が重くならない様に一度も言わなかった真実の話……
「長年、自棄の念……と闘ってた。……それは……知ってるはず……だけど……本当は……普段もずっと……そうだった……フザケて笑ってた時で……さえ……治まってる……フリしてた……苦しかった……んだよ」
―――案の定、深優人は激しくショックを受け眉をひそめた。
……あの明るく振る舞ってた日々でさえ、全て偽りだったと……?!
「でもそれを超……える愛を貰ったから……あなたの為に闘……い続けてた。どうにもならない……時だけ、力を貰ってた……でもこの体じゃ……キツすぎる。それ……でもそうやって……生きろと……?」
「そんな……俺は結局キミを苦しめただけだったの?……」
……そんな筈ない。それでもあなたのお陰で最高に幸せだったんだよ。それだけは嘘じゃない。
……でもここからは嘘。あなたの幸せの為に。
「もう人形……に……なる私……に……最……期の瞬……間……まで苦し……ませな……いで下……さ……い」
―――百合愛さんは、ああ言ってくれたけど、やはりこの人を解放する事だけが今の私に出来る精一杯の恩返し。
そして私も解放されるの。偉業を成した死ならきっと無念より、それは解放に近いものなはず……
さようなら。楽しい思い出をありがとう。私はそれを抱えて心だけ自由になります……
「次に……会う……と……き……たぶ……喋れ……な……と思……だ……から……最後の……お願い……百合愛《ゆりあ》……さんを……大切に……してあげて……」
「……」
「コレで……他人……だ……ょ……もうあなた……の為……に戦う事……もない分……マシ……な人形……でも……いまま……ぁりが……と……ぅ。
はぁ……はぁ……
つか……れたか……もう……寝るね……」
「そんな……」
家族もいないこんな場面が最後だなんてあり得る筈がない、と暫く放心状態になった深優人。
虚ろに響く時計の針音。
深優人は肌寒さに気付き漸く動き出す。その薄暗くなった部屋の中、雨戸を閉めてから、「また来るよ」と言って部屋を後にした。
心なしか安堵の表情の澄美怜。滑り込みで伝え切れた、と微かに嘆息しながら心の中でつぶやいた。
……もし人生をやり直せるならこんな人形じゃなくて、ただ普通に生きたかったな。勝手な事ばかり言って来たけど……
今となっては恋人になれなくても良いから、神様にでもこう言いたい。単なる普通の妹でいいから……
“ 妹のままでいさせて ” ――――と。
せめて兄の横でいつもただ微笑んでいる、そんなありふれたものでいい。妹なら死が分かつまでその関係は続けられるのだから。
けど今は話しは別。人形になっても離れてくれないなら辛いけどこうするしかないんだよ。許してね、お兄ちゃん。
そしていつか来世でまた会いたいです。どうか神様、その時はまた誰よりも優しかったこの人の元に、そして病もなく健やかなただの普通の妹にしてもらえますか―――
……でももし生まれ変わりが無かったら……うん、その方がいいな。そしたら星にでもなって見守ろうか。いや、見守るならお兄ちゃんの守護霊がいいな。それならずっと憑依していられるしね。
そして百合愛お姉ちゃんとの仲が全て上手くいく様にいざなってあげるよ。それでお兄ちゃんの最期までを幸せになるよう導いて添い遂げたら、そのご褒美に天国で “恋人にもなれる妹" っていう最高のポジションを神様に与えてもらうんだ……。
天国なら永遠だよね。フフフ。そう思ったら少し気が晴れてきた。悲しくなんてない。
だってあのとき覚悟したはず。さよならを言う時間を与えてもらっただけ。だから……みんな、本当に今までありがとう……。
そんな事を考えていたら、事件後の第2の澄美怜の短くも熱い日々が走馬灯の様に、次々と浮かび上がってきた。
―――入院先、記憶が欠けていて驚いたこと。半身動かずショックだった。そして車イス体験。
むしろ団欒が増えて家族の伴が深まったこと。テニスが出来て喜んだこと。
兄にあちこち連れて行ってもらい、たくさん二人きりデート出来たこと。最大のパートナーとして交際を申し込まれたこと。
でも不随の拡大に気付き、敢えて妹になったり、友達になってもらったこと。
……壊れた私の人生はこの1年程度だったけど……一日一日がいつもギリギリ精一杯の燃える日々だったな。
混濁していく意識の中、澄美怜は軽く夢を見た。青黒き氷の拡大してゆく夢を。いつもの連続夢だ。少しずつ体を蝕む範囲が拡大し、今や顔以外は完全に覆われている。
この所は身じろいで抵抗する事も無くなって来た。赤子の頃、親のトラブルから火傷を負い、氷漬けになった原体験がこうさせているのは日記から分かっていた。
でも自分の体がいずれ動かなくなる事への暗示だとは思っても見なかった。結局これは本当に予知夢だったのだろうか。
そしてこの悪夢は今や唯一残された顔へと、いよいよ拡大を進めてきた。
さぁ、お別れだよ。
……でもこれで遂に出来たんだ……だってあの優しいお兄ちゃんが私を貶めてまで看病など出来ない筈。
それか、あの遺書がちゃんと渡ったら、義理堅いあの人は誰より大切にしてた妹の最後のお願いを無視する事も出来ない筈。だからもう大丈夫。
……誇っていいんだ。
そう、ここまで兄の幸せを優先して戦った妹なんか居ない。どんなラノべ・アニメ妹でさえも成し得なかった偉業を本当に私は叶えたんだから。
きっと勝ったんだ。これは人生の勝利なんだよ……。
誰より愛してくれたあの人にこの命を捧げて。しかもその無事を見届けさせて貰えて……
誰にも知られる事のない真の妹伝説の成就と共に。
あとはあの遺言の様に、どうか、声に出す程に泣いて下さい。
それで全てが叶うのです。
これまで本当にありがとう……
お兄ちゃん……
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