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第三章 【急】全てを懸けて
第45話 どんなラノベ妹も到達出来なかった偉業
しおりを挟む「ならせめてあなたを捨てない煉獄にしてあげて欲しい! そこには僅かでも光がある。温かい思い出だってある。それを糧にして生きて行ける。
だからせめてこれ以上遠ざけようとしないで。そんな事をしたら彼は自分を責めて……責め抜いて……きっと死んでしまう……
だってあの人は言わないけど私には分かるの……彼にも生来の闇があるって事……その為にどれだけ私達を大切にしてきたか……」
……あの人にも……闇がある……?
そんな風に考えた事も無かった澄美怜。否、一度だけある。あの約束の日に、自害を試みる澄美怜をたじろがせ、阻止したあの瞬間だ。
そして今、何故かその瞬間だけは思い出せた。
寸時固まり息が止まる澄美怜。だが直ぐにその眼に力が入る。決して怯まなかった。
「百合愛さんはっ!……あなたこそ兄さんと幸せになってくれたら私は安心して人形にだってなれるのに! 私の事さえみんな忘れてくれたら…」
「そんな事、私達が出来ると思うのっ?! もしそうしたら……深優人くんと私は、きっと死ぬほど悔やみ続ける事になるっ!」
瞳に涙を溜めながら声を張り上げた百合愛。
その圧に圧倒された澄美怜。
―――沈黙が続く。
だが百合愛は少し遠い目をしてから慈愛に満ちた表情で再び語り出した。その言葉に度肝を抜かれる。
「私もね、深優人君と一緒にあなたを愛してた。幼い頃からあなたを見て感じてたの。この子はただ不安がってるんじゃないって事。
その最中、あなたの中の『激しい何か』が周囲の全てを破壊する事から必死に私達を守ろうとしてくれてたって……私だけがこの『勘と疎通』で分かってた」
!!!……どうしてそれを?!
日記には誰にも話した事が無いって……
「そこまでしてくれてたあなたが愛おしかったし、私からもあなたを守りたかった。心が通じる深優人君以外に唯一心を許せたの。
だからこそ、その背負った悲しみの何かを一緒に支えてあげたかった……。
―――だから私はあなたの話を半分信じない。
この不思議な力で、少しでも真に成すべきことに目を向けられるように……
……あなたの未来に……祈り続ける」
澄美怜はもう何も言い返せなかった。
……私をそこまで分かってたなんて……日記に書いてあった尋常でないくらい優しい私への接し方……そう言う事だったの……やっぱりすごい人……
「長くなってゴメンね。でも私の中の特殊な力が感じた事、どうしても伝えたくて……だからそれを最後にもう一度。いい? これだけは忘れないで」
百合愛は限りなく優しげな声音で、
「皆を守るために独り苦しんできた……あなたこそ報れるべき存在なのよ」
再び聖母のような眼差しに戻っていた。
「行くわね。ゆっくり休んでね」
そう言って静かに永遠園家を後にした。
***
脱け殻の様に固まっていた澄美怜。
私が……報われる?…… これから人と言えるかさえ分からなくなるというのに?
……なら……寧ろどの道を選ぶことがあの人が最も報われることになるんだろう……
しばらく考え込む澄美怜。だが程なくして一つ閃いた。ずっと植物状態で世話をさせるぐらいなら自分がこの世から消えてしまえばいいと。
思い詰めた澄美怜は車椅子で書棚に近付くと、ペン立てからカッターナイフを取り出しその刃を手首に当てた。
これで全てを終わらせられる……
と一瞬幸福感に包まれる。一時的に悲しまれたとしても、その後忘れられて皆幸せに暮らすところを想像する――――
だがその逆しか見えてこなかった。
守ってやれなかった、と贖罪の念にかられ、心に十字架を背負い続けて生きて行く兄、そして家族、百合愛……その姿がありありと想像出来てしまう。
その反対に、何十年たっても甲斐甲斐しく、慈愛の表情で動かなくなった自分に語りかける姿も。
澄美怜は力無くその刃を引っ込めて項垂れた。
生きる希望も、死ぬ希望すらも失くして―――
◆◇◆
更に不自由になってくる体。兄と同じくらい甲斐甲斐しく世話をしてくれる蘭がこの日、何か言いたげに着替えを手伝い終わると遂に口火を切った。
「ねえ、お姉ちゃんが妹を辞めるって聞いた。……お兄ちゃん、すごく悩んじゃって……私には何がどうなっているのかさっぱり分からなくて、お姉ちゃん、一体どうしてなの?」
心配そうにベッドの傍らから覗き込んでくる蘭。
「うん、それをちょうど話しておきたいって思ってたの。 私も日記を読んで知ったんだ。ちょっとショックかも知れないけど……ちゃんと話すから落ち着いて聞いてね」
そう言うと不安げに黙り込んだ妹に慈愛の目を向けおもむろに語り出す澄美怜《すみれ》。
「全ては日記に書かれてた。―――兄さんは父の子、そして私は母の子。最初のそれぞれのパートナーは病気で亡くなって、互いに残された者同士支え合って生きてきた。だから蘭ちゃんだけが2人の子。
先に知った私は兄さんにも義兄妹の真実を知ってもらって恋人としてパートナーになろうとした。でも兄さんは私の心の病を見守る方を優先して……
色々有ったみたいだけど、破局する事の無い兄妹でいる事を選んだみたいなの。
でも事件後の私はそれを知らず恋人である事を望んだり、辞退して妹である事を望んだり……
ただ、それさえも辞めたのは……そのうち私から皆に話すからまだ誰にも言わないで欲しいんだけど」
思わずゴクリ、と生唾を飲み込む音を立てた蘭。
「私、不随の範囲ががどんどん広がって来てるの。それも全身に。私の感覚では多分持ってあとひと月あるかどうか、そんな感じなの」
「……え?……うそ、嘘だよね……やだ、やだよそんなの……信じない……だって……今、こんなに元気に……うっ……」
ぶわっと噴き出した蘭の涙が止まらない。
「ありがとう。そんなに悲しんでくれて。ねえ、私っていい姉だったのかな? 百合愛さんは私を実の妹以上に愛してくれて面倒見てくれた本当のお姉ちゃん、て日記に書いてあって……でも日記で読んだ限り、私はあなたに何も出来てない……」
「そんな事ないよぉ……うう……ふあぁぁぁ」
「だからね、このままもし植物状態にでもなれば、最悪誰も幸せになれなくなる。どうにか私を忘れてもらって…… 私はあの2人にこそ幸せになって欲しいと思ったの」
「そんなの悲し過ぎる。やだっ、絶対にやだよ!! 私にとってお姉ちゃんはただ一人の本当の姉妹なんでしょ。だったら私はお姉ちゃんの力になりたい。ねえ、少しでも調子が良くなりそうに感じた事とかなかった?」
「んー ……余り思い浮かばないかな。そうだ、氷の夢の影響か知らないけど私は冷えに弱いらしくて……
でもね、蘭ちゃんが小さい頃、見かねて湯タンポ作ってくれて、それで凄く助かって、それ以来調子悪そうな時には必ず作ってくれた、って日記に書いてあるの」
「うん。最近まで時々そうしてた。調子良くなるって喜んでくれたけど……あまりお腹で温度を感じられなくなって来たって聞いたときから……持って来るのが……」
「じゃあ、今度そんなだったら気にせずヨロシクね。それで直っちゃったりして。フフ。まだお腹の感覚は残ってる時も有るから、温かさを感じれるうちに」
じゃあいっぱい作るっ!! と悲壮な顔で力強く応える。
「ありがとう。さすが日記で褒めちぎってるだけの事ある良い妹だね。もっと思い出せたらいいのにな。でも今とても実感出来たよ」
その瞬間、思わず姉の胸に飛び込み大泣きに泣いた。ただただ繰り返しながら。
絶対イヤだ、 ―――と
絶対ウソだ、 ―――と。
だが思い出の実感の少ない今の澄美怜《すみれ》からは涙が出なかった。自分はそんなに好かれていたんだ、と愛しさで胸が詰まった。胸に抱いた小さな頭を泣き止むまで撫で続けた。
……ゴメンね、一緒に泣いてあげられなくて。ホントに良い妹だね。それに比べて私みたいなダメ妹じゃ絵にもならない。
そもそも私こそ『伝説の妹になってみせる』なんて日記に書いてあったのにね……
***
翌日、澄美怜は吹っ切れた面持ちになっていた。
壁に掛けた深優人のシャツを見上げ、決意を固める。
……私にとってはこれからが勝負。伝説とか言ってても最期くらいキメないと妹アニメの実在モデルにもしてもらえないよね。
だからこうするしかない……
あのヒロインのオマ―ジュ……記憶の中で生きる為の……爪痕の遺書を……
澄美怜は愛用のノートPCを開き、辛うじて動く右手で一気に想いを打ち込んでいった。
: + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜ +:。. 。
お人形からのお願い
深優人さん、私が動かなくなった後、もし復活を期待して見守ろうと思ってるなら、この話を聞いて下さい。
私を苦しめて来た氷の連続夢、これを書いている今、その拡大の度合いと体の不自由さは完全に一致しながら拡がっています。
そしてずっと昔からその氷に閉ざされる事だけは理屈抜きに分かっていました。
これは運命だったのです。
そうして動かなくなった後の私は植物状態……。調べてみたら、その状態では意識すら無いのだと知りました。
だから何も考えることも出来なくなってしまったそれは澄美怜ではなく単なる抜け殻なのです。
生きている様でいて生きてはいないのです。
一人の乙女としての願い。そんな体だけを残して欲しくない。だからこれだけは絶対に希望します。延命措置は一切とらないで。
そして最後に深優人さんにもう一つお願いがあります。こんな私のために一度だけお別れに大泣きして貰えますか?
夢の中で氷づけになった自分に残せる最後の幸せな思い出として、そして最高の妹として、旅立つ前に愛された実感を持って人生の幕を閉じたいのです。
その後は百合愛さんとどうか幸せに。それだけが私の願い。その為に今私が出来ることがあります。
覚えていますか? 『私達の大切な思い出』 と言って記憶のリハビリの時に見せてくれたあのアニメ。
その一つ、あの最高に感動したバイオリニストの『かをちゃん』の物語を。
不治の病の果てに残した……あの思いのたけ全てを詰め込んだ告白の遺書を。一緒に泣いて観ましたね。
私はあんな風に愛する人を想って、最高に想われて、全力で向き合って、全力で爪痕を残して……
兄の命を救った健気な妹として、魂の糧となって、風のように去っていきたい。そしてこんな体ではなく、あなたの記憶の中でだけ、キレイなままで生き続けたいのです。
そうすればきっと日記の中の私にも悔いを残させずに去っていける。
そう、日記に記されてた『どんなラノベ妹も到達出来なかった偉業を成し遂げて真の妹伝説を作ってみせる』ってご愛嬌で言ってた事は、きっとその頃の私の本心だから。
だからせめて私を思うなら望み通りにお願いします。今の私も過去の私も、それが一番の幸せなのです。
あなたは百合愛さんをアメリカへと手放した時も、私が愛されるのを拒んだ時も、立ち直れなくなりましたね。でも、もっと強くなって下さい。
私や百合愛さんのようなややこしい人はその位でないと守る事なんて出来ません。
だから私があなたの糧になる。この状況を乗り越えて強くなって百合愛さんを守れる人にしてあげます。
あのアニメの男の子の様に、これを読んで大泣きして、そしてひと皮向けて強くなって下さい。
そうしてこそ私は望み続けていた伝説の妹になれるのです。
そしたら思い残す事などありません。
どうか、声に出す程に泣いて下さい。
そのあと私はあなたの記憶の中で生きていきます。
一つ、その前にお礼を言わせてね。
実は私、幾つか思い出せてた事があります。
来たるべき恋の結末への不安でどうにもならなくなって頼ってしまったとき、強く抱きしめ合った事。
それから、闇落ちから我を取り戻してくれて、自ら恋人を辞退したとき、気持ちの大きさ比べをした事。
それと、この世から去る決意をして告白へのリベンジをした日、本当の気持ちを教えてくれて泣きながらキスした事。
日記の中の澄美怜が死ぬ程大切にしてたそれらは本当でした。どれもが最高の幸せな瞬間だった……
だからあの子に代わって言います。
「こんなにも大切な思い出をくれてありがとう」
そして今の私から。
お腹を壊したり、色んな酷い事を言ったり……醜い面も沢山見せてきたこんな私を最後まで失望させなかったこと。
希望通りに遊園地へ連れていってくれて、楽しませてくれて……。最高に幸せでした。だから、
「世界一幸せな妹にしてくれてありがとう」
最後に。
深優人さん、いままで本当にありがとう。
記憶喪失になってさえ忘れなかったほど好きでした。
心の底から好きでした。
そしてあなたに貰った愛は天国に行っても永遠に忘れません。
それではお別れです。
先に天国に行ってます。
さようなら。
澄美怜
: + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜ +:。. 。
これで良し。さあ、ここからが正念場……。
諦めないあの人に引導を渡すべき時がきっと来る。
―――だからそのためにも泣かずに演じきるんだ……
プリンターから吐き出されたその紙切れ。見ないで封詰めするように蘭に頼む澄美怜。
「蘭ちゃん、私が確実に動かなくなったあと……それを開封してほしい。そしてその内容を絶対に尊重して欲しいと私が言ってた……って、皆に伝えてね」
俯いたまま受け取り、深いため息と共に背を向けて机へと運ぶ蘭。
その手紙が何を意味するか勘付いている。それを涙で濡らさぬよう、立ったまま背を正して腕先を伸ばし祈るように折り畳む。
止め処なく床へと滴る雫の音を咳払いで誤魔化すと、姉の想いを抱きしめるように静かに封へと滑り込ませた。
< continue to next time >
第45話 推奨BGM
冒頭~百合愛との会話に。
▼神の鳥
https://youtu.be/YxVSHNHB6sY?si=hSPyaNnJPrFXOLXX
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