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第三章 【急】全てを懸けて
第44話 この絆は遠く離れる事になっても
しおりを挟む「だから、『友達』でならいいよ……会う頻度も減らしてもらって」
「もしっ!……もし拒むなら―――……友達にもならないからっ!」
深優人は悩んだ挙げ句、条件を受け入れ、今は首の皮一枚で友人として関係を繋いだ。
澄美怜が負担として感じぬように、さりげなく、粘り強く。
そこで以前澄美怜が好きだったアニメ鑑賞を持ち掛けてみる事にした。
案の定それは奏功した。記憶が欠落しても澄美怜のアニメ好きは変わっていなかった。
共に見るアニメは澄美怜の荒んだ心を再び和ませた。そう、生粋のアニメ好きが澄美怜の心を少し開かせた。
そこで深優人はある不純な動機を思い付く。あの作品を見せようと。
その作品は『S月は君の嘘』。感動泣きアニメランキングで常に上位を争う傑作の一つ。二人で涙を拭い合った思い出の作品。
不遇のヒロインがどんなに厳しい状況に陥っても、最期の最期まで主人公にこだわり、関わり続けたその物語を再び観る事で、澄美怜も兄を遠ざけること無く関わり続けて欲しい、そんな動機が隠されていた。
記憶を飛ばした澄美怜にとっては初視聴も同然。深優人から傑作と聞いてワクワクしながらオンデマンド再生を開始。
『ひぁ~、かをちゃん可愛いね~! それにヴァイオリンの演奏姿がメッチャ格好いい!』
『それに応えられるコーセー君のピアノも凄いよ』
深優人はジン……と胸を熱くした。何時も澄美怜から一緒に見ようと持ちかけられ、無理矢理見させられてたあの頃を思い出して。
『それにこの演奏の描写、ハンパない!』
『この頃のこの製作会社から過労死が発生したほど、皆頑張ってたらしいよ』
『コーセー君、トラウマに潰されそう……』
『それでもかをちゃんが居るから続いてる』
夢中に画面に釘付けになる澄美怜を横から慈愛の眼差しを向ける深優人。
あの頃、こんな風に語らいながら楽しく歓談しつつ見終わった頃には互いに作品のファンに。そして傷心の自分を救ってくれてた姿も脳裏に去来する。
『でも……かをちゃん、何か、病気で可哀そう』
『うん。でもちゃんと一所懸命生きようとしてる』
『えっ、えっ、……まさか、コーセー君、かをちゃんの期待に応えなきゃ!』
『ここはホントに乗り越えて欲しいね』
あの頃のように時間を忘れてイッキ見でクライマックスに突入。
『こんな……美しいラストシーンなんて見たことない……でもそんな! そんな最期なんて……』
『でもね、俺はこの後のシーンが……本当に……もう……』
ラストシーンにぐじゃぐじゃになりながら画面に食い入る二人―――ボリュームを上げる深優人《みゆと》。 ヒロインが声高らかに全視聴者の心を奪った、あのアニメ至上最高のカミングアウト。
<<―――後悔を天国に持ち込まないため、好き勝手やりました……好きです!……好きですっ! 好きですっっ! >>
『うくっ……で……でも……こんなの……』
うあぁぁ―――― ……
二人して泣いた。
思いきり泣いた。
そして澄美怜は泣きながら思った。
―――この子は想いを伝えきった……全力で生きて、爪痕残して……あの人の糧となって……成長して貰えて……それが出来て
これはきっと不幸だったんじゃない……
**
―――悪戯に過ぎて行く日々。
何かと部屋に寄っては友人として接する深優人。それも拒絶されない絶妙な距離感で。
これなら……と心地よく会話する澄美怜。去った後、兄のシャツをぼぉっと見つめる。
……私はあの人の友達だ。それは肉親ではない事を意味する。だから一生の付き合いでなくとも良い、そう、これは縁故との決別宣言のつもりだった……はずなのに……
友としても続く深優人の献身と優しさ……話しをすれば楽しくなってしまい、そして本能が嗅ぎ取る匂いは愛しさしか感じず……結局好きという感情が戻ってきてしまう。
昨日も見た氷の悪夢。その氷結範囲は下半身からやがて全身に及んで行く。疑い様のない暗示を感じる澄美怜。
日記にもあった『いずれこの夢は正夢になる』という嘗て綴られた思い。その記憶が今の澄美怜《すみれ》に完全に思い出されてしまった。
……これから遠ざけて行きたい時の『好き』という感情は、切なさ以外何の生産性もないじゃない!
一人、部屋の中。ベッドの上でどんどん息苦しくなってくる。
今日は左腕がもう殆んど動かなくなっていた。
……悲しいよ……泣きたいよ……助けてよ、兄さん、好きだよ……大好きなんだよ、その気持ちだけが消えてくれない……ずっとずっと一緒にいたいのに……
どうして……どうして私ばっかりこんな目に合うの………?
どうして……
……
……
『 ……どうしてなのよ――――っっ!! 』
バシャアッ……
投げつけたプラコップから壁床にバラ撒かれるお茶。嘲笑うかのような軽い音を立ててカラコロ転がっるプラコップ。
う……うぅ……
心では泣いたものの、涙はこぼさなかった。それ以上何も考えられず、瞬きもせず10分以上微動だにしなかった。そして深く、どこまでも深く考えた。
廊下では看病に立ち寄る蘭の姿。
……お姉ちゃん……
ドアレバーに手をかけようとした間際、叫び声を耳にして固まっていた。
気丈に振る舞う姉の本心を知り、余りの遣る瀬無さに声を殺して泣きながら引き返した。
漸く一つの結論に達した澄美怜。
―――分かった。何もかも。あの人がひたすら陰からくれてた無償の愛で私が生きる事が出来た。だからこの人の為に命を捧げられたんだ。
日記は本当だった。その感情は確かに私に蘇った。だったら私が今出来る事、やはりそれは……
彼を自由にさせてあげたい。
泣くなんて許されない。そんな場合じゃない。兄さんが私の世話だけに人生を投げるのを見たくない。もうウンザリだ。そんなの絶対にイヤなんだよ、兄さん!……
澄美怜は更に心を閉ざした。
そう、これでも無理だった。やっぱり友達にさえさせない。次に話せる時が残り少ないチャンス。早く切らないとこの人を犠牲にしてしまう……
―――もう完全に縁を切るしかないんだ!
いつしか吹っ切れた顔になっていた。
兄さん、別れはいつでも辛いけど、精一杯相手の為に尽くした事、必ず届いてるはず。
そうだよ、私の記憶が飛んだのに感情だけが残って繋がりが消えなかった様に……
この絆は遠く離れる事になってもきっとどこかで繋がっていて、それは寂しくても悲しいものではないんだよ。
―――私きっと、いつまでも感謝しているよ。だから今は……ホントゴメンね……
遂に覚悟を決めた澄美怜。もう悲しんで等いられない。
兄の為なら今は幾らでも自分を欺けた。
◆◇◆
落ち込む深優人から事情を聞き出した百合愛は、その日、たっての願いで澄美怜との対話の機会を設けてもらっていた。
永遠園家のリビングに二人、記憶喪失後、初の対面となった。
「澄美怜ちゃん、機会をくれてありがとう。会ってくれないのではと思ってたから……今更のタイミングでごめんなさい。
でもあなたがとても考えこんでしまっていると聞いて、そして深優人《みゆと》君も本当に困ってて、それで私からも少しだけ伝えたい事があったから……」
その透き通る様な麗しさ―――少し溜め息をついた澄美怜。
「本当に美しい方なんですね。日記では度々出て来ました。私もちょっとお逢いしてみたかったです」
「……澄美怜ちゃん。今日は本音を伝えに来たの」
「本音……」
「そう。だから単刀直入に言うわ……私達は幼い頃から同じ大切なものを求める者同士。
でもあなたにとって彼は今、私より遥かに必要なものな筈。なのに距離を置いて……心に嘘をついている。彼の献身を素直な形で受け止めるべきだと思う」
「……幼い頃の記憶は今はありません。でも確かに今の私にとって彼は諦めかけた私に新しい命を吹き込んでくれた人。こんな体と記憶の私にもの好きにも献身的になってくれる人は今後きっと現れることはないでしょう。
でも日記であなたの事、よく知ってます。だから心に嘘をついているのはあなたも同じなのでは? 兄とあなたは運命の人、そう位置付け合っている」
「確かに今回の決断は私には生半可なものではなかった。彼には本当にたくさんのものをもらった。でもあなたという大切なものがある以上、これ以上求めるのは誰の為にもならない。
それに…… あなたはひとつの命を救った。大袈裟に聴こえるかも知れないけど、彼の存在は私の生存理由。遠くからだって想うことは出来る。でもこの世から消えでもしたらそんな事すら出来なかった。だからあなたは私にとっても恩人なの。
そんなあなたを守り、共に生きて行こうとする彼の決断を、どうか信じて受け入れて欲しい。
そして彼を守ったあなたに彼の人生を任せたいと思う私の願いも」
「ありがとう。私も一度はそんな風に思ったんです。ただ……まだあまり人には話してないんですが……」
僅かに躊躇いながらも溜め息混じりに息を整え、
「……私は人形になる身なんです」
「え……人形?」
「実はこの不随の範囲が拡大していて……近い内に私はきっと植物状態になる。これからは私の在存こそが彼に最悪な呪縛をしてしまう在存なんです」
硬直と共に眉を顰め言葉を失う百合愛。
―――しかし直後、強い眼差しを向ける。
「……だとしたらあなたが人形の様になった後、彼は自分だけノウノウと幸せになれる人じゃない。あなたがどんなに突き放しても見捨てられない人だって分かるでしょ? どうなってもあなたに寄り添い続けるはず。どちらを選んでも逃げられないのよ」
「じゃあ、どうすればいいんですか?! 私はあの人を不幸にしたくありません! ……それが唯一の願いなんです。だからどうか、どうか見捨てて下さい」
首を横に振る百合愛。
「百合愛さん、兄さんも……どうか……どうかお願いします」
「……あなたの煉獄を分かったなんて言えない。きっと死よりも温《ぬる》くない状況だから……
でも、あなたを捨てなきゃならない彼の煉獄は、きっとあなたと同等以上なはず。あなた以上に苦しみ、自分を呪う事になると思う」
―――多分そうだ……かつてちょっと遠ざけただけでどれほど落ち込んだか、日記に有った……やはり誰より兄を知ってる人だ……
「でも…」
「だから澄美怜ちゃん、せめてあなたを捨てない煉獄にしてあげて欲しい! そこには僅かでも光がある。温かい思い出だってある。それを糧にして生きて行ける。
お願いだからこれ以上遠ざけようとしないで。そんな事をしたら彼は自分を責めて……責め抜いて……きっと死んでしまう……
だってあの人は言わないけど私には分かるの……彼にも生来の闇があるって事……その為にどれだけ私達を大切にしてきたか……」
……あの人にも……闇がある……?
そんな風に考えた事も無かった澄美怜《すみれ》は寸時固まり、息が止まった。
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