妹のままでいさせて

深宙 啓 kei Misora

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第三章 【急】全てを懸けて

第54話* そのいつか、待ってるね ~妹のままでいさせて⑤

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―――その場三人の嗚咽が止むまでかなりの時間を要した。


 やがて落ち着きを取り戻して行くと、深優人みゆと澄美怜すみれの背を壁にもたれかかるようにしてゆっくり座らせて、その横に寄り添った。

 深い安堵の溜め息と共に天を仰ぎながら、あの時の神の声―――死の覚悟と引き換え――――の事を思い返し感謝の祈りを捧げた。


 ……神様……ありがとうございます。本当に、本当に、ありがとうございました。俺はもう……思い残すことは……有りません……


<< 願いは叶えた。約束は守って貰う >>


 頭中にそのように感じる何かが響いた。


 ……はい。ただ、せめて妹が悲しまないようにお願いします……


<< 良かろう。覚悟するが良い >>


 深い安堵の嘆息と共に横に眼を移す。

 隣に座る澄美怜すみれの瞳には光が宿り、それを見るにつけ、ただただ感謝の想いが滲み出てくる深優人みゆと

 彼の混じり気のない慈愛の眼差しは極自然に辞世の観念へと移ろい行く。
 そしてその端整な顔に静かな笑みを湛えさせた。

 そんな深優人みゆとの憂いなど知る由もない澄美怜すみれ

 記憶も戻った事でどうして歩ける様になったか、自分なりの説明をし始めた。


――――生まれ出る前の父親から繰り返された怒号、そして母への暴力。
 激しい恐怖と苦痛に屈せぬよう怒りと怨恨で心ならず抵抗し続けた母の激情。

 更に出生間もない中、異常な罵声と共に浴びた熱いお茶と氷嚢による火傷の処置。それに拠る生死をさ迷うほどの凍てつき。

 この世に生を受ける前後のそうした出来事に『自分は生まれて来てはいけない在存・恨み続けねばならない存在』として擦り込まれてしまった、と。

 そしてあの連続夢はそのトラウマが潜在意識に与えたイメージの権化であり、恐怖の正体。

「最後に見た不思議な夢でハッキリしたの」

「不思議な夢?……」

「うん。……赤ちゃんの私が感じてしまった『生まれて来てごめんなさい』 ……そして図らずも植え付けられたこの世全てへの殺意を誰にも向けたくなくて、幼い頃から無意識に『恨みたくないから消えたい』 と。……きっとそれが私を悩ませ続けた正体だったの……」

 その自分の根っ子にある業が、あのコンビニ暴力事件の恐怖とショックにより表面化、あらゆる自己否定の反応が表に出たのだろうと。

「入院中に主治医の先生に言われてたの。私には解離性障害と、僅かに統合失調症らしきものも見られたって」

 それが例の暴行事件での心身へのショックにより、更なる心理的ダメージから逃れるための分離症の様な状態やら記憶障害やらを助長させ、延いては脳機能や体機能までこじらせて動けなくなってしまったのだろうと語った。


 「なんかね、もう駄目だと思ったとき、急にお兄ちゃんの匂いを感じたの……そしたら色々思い出し始めて……」

「あ、そっか、これか……、そのシャツ、大事に握りしめてたから、顔の近くに置いたんだ。澄美怜すみれ、その匂い好きだったみたいだから」

  澄美怜すみれはまだあのシャツを握っていた。それを手にして思う。


 ……嗅ぎ癖が最後の命綱になったなんて……。クス。何が幸いするか分からないな……。


「でね、そこから記憶をたどって……大切な人達から与えてもらった事とかを思い出して……恐怖を打ち消せた……不思議な夢の中で、最後に自分も赦せた……
 きっともう、私は――――解放された……」

「本当によかった……俺は戻って来てくれただけでも嬉しいのに……」

「ありがとう……もうこれからは大丈夫。けど、こんなに嬉し泣きしたの……初めて……」

 まだ目は真っ赤になっている。そして鼻声のままだ。

「無理せず、休んで……」

「うん。 ……私ね、記憶、全部思い出したの。それに事件の後の事も全部覚えてる。……だから謝りたいの……」

「ん?……何を?」

「もう二度と遠ざけないって誓ったのに……」

「ああ、うん。本当に辛かったけど、澄美怜すみれはそれ以上に辛かったはず。仕方なかったんだよ」

「それでも本当に、ごめんなさい……」

 そして少しうつむき加減でためらいながら勇気を振り絞って切り出した。

「……だからあの時、偽ってしまった事、やり直したい……その……えっと……」

「ん?……」

「ま、また付き合って、いや、今度こそ恋人に……してもらえますかっ?」

 一瞬で晴れやかな顔になった深優人みゆと。そう、彼にはまだ遣り残した事が有ったからだ。

「! ――ああ俺も……やっと言える。あのままかと死ぬほど後悔したんだ。でも今なら言える」

 もう二度と躊躇ためらわないその言葉。



「―――好きだよ……本当に、世界一大好きだよ!   澄美怜!! 」



 あぁ!!
 ……その一言を、ただひたすら貰いたくて……どれだけ今まで足掻いて来たんだろう……


  その一瞬で、あれほど泣いたのに再び瞳が満水状態だ。頭の中は真っ白で痺れるほど上気し、全身震えが止まらない。また引きった泣き声で言う。


「う、嬉しい……嬉し過ぎて死んじゃいそう……んくっ、私も大好きです……心から……愛してます」


 止まらぬ涙のまま再び抱擁し、口づけした。ようやくこれで本当に結ばれたんだと思った。 

 その抱擁も口づけも、それまでのものと比較にならない幸福感をもたらした。

 そしてそれ迄ずっと握りしめていたあのシャツは今、ようやくその役目を終えて床へと解放された。



  **



「……そう、あの時って私、そんな感じだったんだ……」

 暫くして、寝たきり状態でいた時の事などを一通り聞いた澄美怜すみれはもう一つ、どうしても気になって仕方がない『あの事』を聞かずにいられなくなった。 おずおずと少し声をくぐもらせながら、

「あの……百合愛ゆりあお姉ちゃん……は?……」

「……うん……ちゃんと話し合って……別れた」

「そう……なんだ――― もう……なんか、申しわけなくて……」

「でも、それは……完全に互いの意見が……一致してそう決めたんだ」

 遠い目となった深優人みゆとの目頭が熱くなるのが分かった。

「……私だったら出来たのかな」

 深優人みゆとは口に出せなかった。……凄く……泣かせてしまった、とは。そう、あれはそれこそまるで子を失くした親かと思う位だったから。

 敏感にそれを察知した澄美怜すみれ。やるせなさに大きくため息を吐きだし、

「あんなに好きで……決断……考えるだけでも辛すぎる……」

 と膝を抱え、また泣き出しそうだ。

「澄美怜のせいじゃない」

「でも……でももう……会えなくなっちゃうのかな……」

「今はそっと。でもいつかまた、あの頃のように話せるようになれたら……ね」

「……ん。……そうなれたら……」 

―――ありがとう……本当にありがとう。私の最大の理解者、百合愛ゆりあお姉さん。

 暫くの間、感謝の気持ちで一杯となり、祈るような沈黙が長く……それは長く続いた 。




◆◇◆
 二人、気が付くと無心になって脱力し、壁にもたれて肩と頭を寄せ合って座っていた。

「落ち着いて来た?  疲れたろ。体に響くから今日はもう、ゆっくりしとこう」

「大丈夫。私、ずっと寝てたから。でも泣きすぎでちょっと頭痛いけど。フフフ」

「体、つらくないか?」

「下半身、動かして無かったから動き辛いけど、でも大丈夫。これからリハビリも頑張る」

「ああ、一緒に頑張ろうな」

 うん!  ―――と力強く頷いた。そしてくりっとした瞳で深優人《みゆと》を覗き込むと、

「………ねえ」
「ん?」

「これからの私たちの事もちゃんと考えないとね。……深優人みゆとさん!」

「みっ、って何、いきなり!」

「だって兄妹じゃなくて、恋人同士が一つ屋根の下で暮らすんだよ。……だから呼び方だってちゃんとしなきゃだし」

「でもその……名前でってのは……その、なんというか、まだ違和感があるっていうか……」

「んー、なら、……あなた、は? 」

 !!……

「そ、そ、そっちの方が、ヤバイって!(危うくキュン死するところだった!)」

「でも記憶喪失のあと、そう呼んだりもしてたけど」

「それは俺が誰かよく分からない時だろ、意味が違うし!」 

 目をそらし萌え狼狽うろたえている深優人みゆとの様子を見て、かつてのイタズラ心がムクムクと顔を出す。

―――クス、可愛い……

「あ・な・た」

「止めなさい!  それは結婚とかしてからだろっ(はうっ!)」

 急に頬を染め、うつ向いた澄美怜すみれ

「……して、くれるんですか……?」

「そ、それは……いつかその時、澄美怜すみれが望むなら……」

 思わず兄の手に自分の手をそっとのせて、

「ありがと。そのいつか、待ってるね」

 載せてきた細い指を手の平で受け直す。無言のまま親指でその細い指を優しく愛撫する深優人みゆと

「じゃあ、しばらくは何て呼んだらいいの?」

 とアザとく愛くるしい瞳で覗き込んで来る。

 ……そんなの決まってんのに……ワザと?

「それは…やっぱり……」 
「やっぱり?」

「お……」  
―――「お?」

「に……」 
―――「に?」

 ……あ、これはまた兄を辱しめてスンデレを楽しんでるな。……フッ。でもさせないよ。

「コホン、だから、今まで通りで……ってのはどうかな」

 等とすまし顔で切り抜ける。
 
 クス、お兄ちゃんたら。 ……それなら!  
  


    ―――― いつかきっと…… 
  「じゃ-あ-、しばらく私の方がぁー」
 


    ―――― 愛しいその名で呼んでも…… 
  「そうしたい、って事にしといてあげる」
 


    ―――― 照れずにいられるその日まで…… 

  『呼び方だけは、ね!』
 



  ~今までの最っ高の笑顔で~   




  「 お兄~~~~~ちゃんっっっ!!」
   


!!  Σ>ズキュ――― (〃°⌓°〃)―ン――― ➸ !!






    〈 ついにキュン死のため――― 完 〉




※ 神が代償として与えた死はコレだったようです。






完読ありがとうございました。

―――――――――――――――― 

口絵▼ (ややチビキャラ風イラストに初トライです)






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感想 1

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みんなの感想(1件)

ふくろう
2025.02.23 ふくろう

投票しました!

とにかく、イラストのセンスが最高で、読み始めてます。

エッチな描写が苦手なんですけど、こちらは挿し絵同様、ホンワカした作風で、抵抗を感じません。

恋愛物だと、男女の欲望めいた話もあって、気分が悪くなることもありますが、こちらは確かに、溜め息をつく様な暖かさがありますね。(*^。^*)

2025.02.24 深宙 啓 kei Misora

ふくろう様! コメント、そして投票まで、ありがとうございました!
そしてイラストへの励まし、本当にモチベに繋がります (^-^;
感謝感謝です!

更に、何よりコンテンツへのお言葉は真に嬉しく思います。
自分もラノベにおけるエッチ表現はとても違和感を感じ、ある意味でそうしたものへのアンチテーゼとして当作を作りました。
途中、アンチとしてそうしたエッチ物を彷彿させつつ肩透かししたりもあるので、一瞬あれっ?!ってなる所もあるかも知れませんが、決して安易にそっちへは流れませんので安心して頂ければと思います。

そして最後には皆さんに感動して頂けるよう、真心を込めて書いた思い入れのある作品です。
なので、映画の様に起承転結を確り意識して人間ドラマとして成り立つように百周以上推敲して練り上げた物語です。

もしお時間許せば、澄美怜や深優人が心底相手のためを思って捧げ合った先に行き着くカタルシスに熱く浸って頂けたら……尚のこと幸甚です。

ともあれ温かい声援、本当にありがとうございました!!

解除

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