54 / 54
第三章 【急】全てを懸けて
第54話* そのいつか、待ってるね ~妹のままでいさせて⑤
しおりを挟む―――その場三人の嗚咽が止むまでかなりの時間を要した。
やがて落ち着きを取り戻して行くと、深優人は澄美怜の背を壁にもたれかかるようにしてゆっくり座らせて、その横に寄り添った。
深い安堵の溜め息と共に天を仰ぎながら、あの時の神の声―――死の覚悟と引き換え――――の事を思い返し感謝の祈りを捧げた。
……神様……ありがとうございます。本当に、本当に、ありがとうございました。俺はもう……思い残すことは……有りません……
<< 願いは叶えた。約束は守って貰う >>
頭中にそのように感じる何かが響いた。
……はい。ただ、せめて妹が悲しまないようにお願いします……
<< 良かろう。覚悟するが良い >>
深い安堵の嘆息と共に横に眼を移す。
隣に座る澄美怜の瞳には光が宿り、それを見るにつけ、ただただ感謝の想いが滲み出てくる深優人。
彼の混じり気のない慈愛の眼差しは極自然に辞世の観念へと移ろい行く。
そしてその端整な顔に静かな笑みを湛えさせた。
そんな深優人の憂いなど知る由もない澄美怜。
記憶も戻った事でどうして歩ける様になったか、自分なりの説明をし始めた。
――――生まれ出る前の父親から繰り返された怒号、そして母への暴力。
激しい恐怖と苦痛に屈せぬよう怒りと怨恨で心ならず抵抗し続けた母の激情。
更に出生間もない中、異常な罵声と共に浴びた熱いお茶と氷嚢による火傷の処置。それに拠る生死をさ迷うほどの凍てつき。
この世に生を受ける前後のそうした出来事に『自分は生まれて来てはいけない在存・恨み続けねばならない存在』として擦り込まれてしまった、と。
そしてあの連続夢はそのトラウマが潜在意識に与えたイメージの権化であり、恐怖の正体。
「最後に見た不思議な夢でハッキリしたの」
「不思議な夢?……」
「うん。……赤ちゃんの私が感じてしまった『生まれて来てごめんなさい』 ……そして図らずも植え付けられたこの世全てへの殺意を誰にも向けたくなくて、幼い頃から無意識に『恨みたくないから消えたい』 と。……きっとそれが私を悩ませ続けた正体だったの……」
その自分の根っ子にある業が、あのコンビニ暴力事件の恐怖とショックにより表面化、あらゆる自己否定の反応が表に出たのだろうと。
「入院中に主治医の先生に言われてたの。私には解離性障害と、僅かに統合失調症らしきものも見られたって」
それが例の暴行事件での心身へのショックにより、更なる心理的ダメージから逃れるための分離症の様な状態やら記憶障害やらを助長させ、延いては脳機能や体機能までこじらせて動けなくなってしまったのだろうと語った。
「なんかね、もう駄目だと思ったとき、急にお兄ちゃんの匂いを感じたの……そしたら色々思い出し始めて……」
「あ、そっか、これか……、そのシャツ、大事に握りしめてたから、顔の近くに置いたんだ。澄美怜、その匂い好きだったみたいだから」
澄美怜はまだあのシャツを握っていた。それを手にして思う。
……嗅ぎ癖が最後の命綱になったなんて……。クス。何が幸いするか分からないな……。
「でね、そこから記憶をたどって……大切な人達から与えてもらった事とかを思い出して……恐怖を打ち消せた……不思議な夢の中で、最後に自分も赦せた……
きっともう、私は――――解放された……」
「本当によかった……俺は戻って来てくれただけでも嬉しいのに……」
「ありがとう……もうこれからは大丈夫。けど、こんなに嬉し泣きしたの……初めて……」
まだ目は真っ赤になっている。そして鼻声のままだ。
「無理せず、休んで……」
「うん。 ……私ね、記憶、全部思い出したの。それに事件の後の事も全部覚えてる。……だから謝りたいの……」
「ん?……何を?」
「もう二度と遠ざけないって誓ったのに……」
「ああ、うん。本当に辛かったけど、澄美怜はそれ以上に辛かったはず。仕方なかったんだよ」
「それでも本当に、ごめんなさい……」
そして少しうつむき加減でためらいながら勇気を振り絞って切り出した。
「……だからあの時、偽ってしまった事、やり直したい……その……えっと……」
「ん?……」
「ま、また付き合って、いや、今度こそ恋人に……してもらえますかっ?」
一瞬で晴れやかな顔になった深優人。そう、彼にはまだ遣り残した事が有ったからだ。
「! ――ああ俺も……やっと言える。あのままかと死ぬほど後悔したんだ。でも今なら言える」
もう二度と躊躇わないその言葉。
「―――好きだよ……本当に、世界一大好きだよ! 澄美怜!! 」
あぁ!!
……その一言を、ただひたすら貰いたくて……どれだけ今まで足掻いて来たんだろう……
その一瞬で、あれほど泣いたのに再び瞳が満水状態だ。頭の中は真っ白で痺れるほど上気し、全身震えが止まらない。また引き攣った泣き声で言う。
「う、嬉しい……嬉し過ぎて死んじゃいそう……んくっ、私も大好きです……心から……愛してます」
止まらぬ涙のまま再び抱擁し、口づけした。ようやくこれで本当に結ばれたんだと思った。
その抱擁も口づけも、それまでのものと比較にならない幸福感をもたらした。
そしてそれ迄ずっと握りしめていたあのシャツは今、漸くその役目を終えて床へと解放された。
**
「……そう、あの時って私、そんな感じだったんだ……」
暫くして、寝たきり状態でいた時の事などを一通り聞いた澄美怜はもう一つ、どうしても気になって仕方がない『あの事』を聞かずにいられなくなった。 おずおずと少し声をくぐもらせながら、
「あの……百合愛お姉ちゃん……は?……」
「……うん……ちゃんと話し合って……別れた」
「そう……なんだ――― もう……なんか、申しわけなくて……」
「でも、それは……完全に互いの意見が……一致してそう決めたんだ」
遠い目となった深優人の目頭が熱くなるのが分かった。
「……私だったら出来たのかな」
深優人は口に出せなかった。……凄く……泣かせてしまった、とは。そう、あれはそれこそまるで子を失くした親かと思う位だったから。
敏感にそれを察知した澄美怜。やるせなさに大きくため息を吐きだし、
「あんなに好きで……決断……考えるだけでも辛すぎる……」
と膝を抱え、また泣き出しそうだ。
「澄美怜のせいじゃない」
「でも……でももう……会えなくなっちゃうのかな……」
「今はそっと。でもいつかまた、あの頃のように話せるようになれたら……ね」
「……ん。……そうなれたら……」
―――ありがとう……本当にありがとう。私の最大の理解者、百合愛お姉さん。
暫くの間、感謝の気持ちで一杯となり、祈るような沈黙が長く……それは長く続いた 。
◆◇◆
二人、気が付くと無心になって脱力し、壁にもたれて肩と頭を寄せ合って座っていた。
「落ち着いて来た? 疲れたろ。体に響くから今日はもう、ゆっくりしとこう」
「大丈夫。私、ずっと寝てたから。でも泣きすぎでちょっと頭痛いけど。フフフ」
「体、つらくないか?」
「下半身、動かして無かったから動き辛いけど、でも大丈夫。これからリハビリも頑張る」
「ああ、一緒に頑張ろうな」
うん! ―――と力強く頷いた。そしてくりっとした瞳で深優人《みゆと》を覗き込むと、
「………ねえ」
「ん?」
「これからの私たちの事もちゃんと考えないとね。……深優人さん!」
「みっ、って何、いきなり!」
「だって兄妹じゃなくて、恋人同士が一つ屋根の下で暮らすんだよ。……だから呼び方だってちゃんとしなきゃだし」
「でもその……名前でってのは……その、なんというか、まだ違和感があるっていうか……」
「んー、なら、……あなた、は? 」
!!……
「そ、そ、そっちの方が、ヤバイって!(危うくキュン死するところだった!)」
「でも記憶喪失のあと、そう呼んだりもしてたけど」
「それは俺が誰かよく分からない時だろ、意味が違うし!」
目をそらし萌え狼狽えている深優人の様子を見て、かつてのイタズラ心がムクムクと顔を出す。
―――クス、可愛い……
「あ・な・た」
「止めなさい! それは結婚とかしてからだろっ(はうっ!)」
急に頬を染め、うつ向いた澄美怜。
「……して、くれるんですか……?」
「そ、それは……いつかその時、澄美怜が望むなら……」
思わず兄の手に自分の手をそっとのせて、
「ありがと。そのいつか、待ってるね」
載せてきた細い指を手の平で受け直す。無言のまま親指でその細い指を優しく愛撫する深優人。
「じゃあ、しばらくは何て呼んだらいいの?」
とアザとく愛くるしい瞳で覗き込んで来る。
……そんなの決まってんのに……ワザと?
「それは…やっぱり……」
「やっぱり?」
「お……」
―――「お?」
「に……」
―――「に?」
……あ、これはまた兄を辱しめてスンデレを楽しんでるな。……フッ。でもさせないよ。
「コホン、だから、今まで通りで……ってのはどうかな」
等とすまし顔で切り抜ける。
クス、お兄ちゃんたら。 ……それなら!
―――― いつかきっと……
「じゃ-あ-、しばらく私の方がぁー」
―――― 愛しいその名で呼んでも……
「そうしたい、って事にしといてあげる」
―――― 照れずにいられるその日まで……
『呼び方だけは、妹のままでいさせてね!』
~今までの最っ高の笑顔で~
「 お兄~~~~~ちゃんっっっ!!」
!! Σ>ズキュ――― (〃°⌓°〃)―ン――― ➸ !!
〈 ついにキュン死のため――― 完 〉
※ 神が代償として与えた死はコレだったようです。
完読ありがとうございました。
――――――――――――――――
口絵▼ (ややチビキャラ風イラストに初トライです)
1
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
私が素直になったとき……君の甘過ぎる溺愛が止まらない
朝陽七彩
恋愛
十五年ぶりに君に再開して。
止まっていた時が。
再び、動き出す―――。
*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*
衣川遥稀(いがわ はるき)
好きな人に素直になることができない
松尾聖志(まつお さとし)
イケメンで人気者
*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています
木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。
少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが……
陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。
どちらからお読み頂いても話は通じます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。

投票しました!
とにかく、イラストのセンスが最高で、読み始めてます。
エッチな描写が苦手なんですけど、こちらは挿し絵同様、ホンワカした作風で、抵抗を感じません。
恋愛物だと、男女の欲望めいた話もあって、気分が悪くなることもありますが、こちらは確かに、溜め息をつく様な暖かさがありますね。(*^。^*)
ふくろう様! コメント、そして投票まで、ありがとうございました!
そしてイラストへの励まし、本当にモチベに繋がります (^-^;
感謝感謝です!
更に、何よりコンテンツへのお言葉は真に嬉しく思います。
自分もラノベにおけるエッチ表現はとても違和感を感じ、ある意味でそうしたものへのアンチテーゼとして当作を作りました。
途中、アンチとしてそうしたエッチ物を彷彿させつつ肩透かししたりもあるので、一瞬あれっ?!ってなる所もあるかも知れませんが、決して安易にそっちへは流れませんので安心して頂ければと思います。
そして最後には皆さんに感動して頂けるよう、真心を込めて書いた思い入れのある作品です。
なので、映画の様に起承転結を確り意識して人間ドラマとして成り立つように百周以上推敲して練り上げた物語です。
もしお時間許せば、澄美怜や深優人が心底相手のためを思って捧げ合った先に行き着くカタルシスに熱く浸って頂けたら……尚のこと幸甚です。
ともあれ温かい声援、本当にありがとうございました!!