21グラムの悲しみ

Melissa

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自分探し

定めなのか?神などいないだろう。

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 扉を開けると日差しが差し込んできた、階段に足をかけ降りていく、階段が一段一段苦しそうに音を鳴らす。
 
 階段を降りると和葉の言葉が蘇る。

「俺はこの後、人を殺しに行こうと思う」

感情が無くなった私にこの言葉が問いかけてくる、私が無くしたものを和葉が教えてくれているのか、和葉のせいなのに、でも和葉の気持ちが分かるのか、とも思った、
自分を確かなものにする為に幸せなお前らを殺しにいく、持っていないものは欲しくなるものだろう、悲しくなりたいから悲しみを見て気づきたい。
 
 風が背中を押す、やはりこれが
正解なのか、街の方に足を向けた。

 何もない殺風景な道に足をすらしながら、
何も考えずに進んでいくと、見慣れないアパートが見えてきた、ここにしようと思った、なぜここにしようとしたのだろうか、見慣れないから、私の記憶に強く残る気がした、
そんな事はないはずなのに。
 このアパートはオートロックがついていて、入るのに鍵か部屋番号を押し、部屋主の許可がいるみたいだ。
 扉を開け、オートロックの前にたつ、101から試していく。
「すいません、あけてもらっていいですか?」

素直に聞いてみる。

「はい?なにか用ですか?」

40代ぐらいの女性がスカスカの声で聞いてくる、この部屋はダメか……すぐに次の部屋にかける次は102である、ピンポン音が鳴り響く応答がない、もういい隣にかけてみる、103……104……201……誰も入れてくれない、やり方が悪いのか、今思えば知らない他人に開けて欲しいと言われて、入れる人はいるのだろうか、やり方を変えてみようか。

 202号室の番号を押し、呼び出しボタンを押す。

「はい?誰ですか?」

男の声だ、やけに若い20代いや、10代か、
ここのオートロックは声だけで顔が見えない事が幸いであった。

「さしぶりだね、お母さんの友達なんだけどお母さんいるかな?」

声を優しく優しく絞り出す、息を吐くように問いかける。

「今はいないけど、どちら様ですか?」

いないのか、これはやりやすい。

「お母さんにプレゼントがあってサプライズで渡しておいてほしいんだよ」

こんな話し方はした事がない、不自然ではないか?

「あー、わかりました、あけますね、上で   またインターホン押してください」

返事はしない、自動で開く扉の中に入っていった。
 地面は大理石でできており、裸足で歩くと軽い音がなり、冷たい。

 どこの部屋に入ろうか、開けてくれた次の部屋に行こうか、203号室にしようと           思った。
 何故、202号室に行かないのかは簡単である、202号室の人には声を聞かせてしまった、新鮮な気持ちで私に接して欲しい。

エレベーターを使わず階段で上がる。

 1つ恐れていた事がある、鍵が掛かっていたらどうしようか、いやオートロックのアパートは鍵が開いてる時が多い、日本はそこまで安全なのだろうか。
 
 部屋の扉の前に立ち、ドアノブを下げてみる、乾いた音が響き、下まで降りた、やはり不用心な家である。

 この音以外は鳴らさずに
堂々と部屋に入る、線香の匂いが鼻につく。

 リビングまで足を進め、扉を開けると、
1人の女性がソファに座り、テレビを見ていた、目が合う、この女性の顔がじわじわと恐怖に変わっていく、素早く近づいていく、女性は動けていない。

目の前まで行き、ゆっくりと髪を触り整えてあげる、震えているでも、動けていない、声も出ないみたいだ、髪を触りながら首筋まで手を伸ばす。

 あぁ……やっと……やっとやれる。

 首に手を巻く、片手で締めれそうだ。

 暖かい、まだ生きているのがわかる。

 女性を殺した事はない、和葉だけ殺した事があるのは。

 「これは、定めなのですか?」

掠れながら、微かに呟いた、吐息のように吐き出した、この女は神でも信じているのか、神などいない、だからお前を殺すのだ。

「定めで死にたいのか?定めのためなら死ねるのか?」

こいつの心が知りたい、貪り食う、お前の心を食べてみたい。

「人は決められているのです、生まれた時、そして死ぬ時、あなたは動かされている、私の存在した事は貴方の中で生き続ける、そして私は怖くない、神に動かされているあなたに消されてもいい、目を閉じても誰も浮かばない、独り身、誰にも迷惑はかけない」

徐々に声が強張りがなくなり、
力強く話す。

 女の声がもっと聴きたい、邪魔な音を消したい、女の首から手を離し、テレビの主電源を消しに行く、指紋が残らないように袖をかませながら。

「私は神を信じていない、だからお前を殺す、何のためだと思う?ただ私の為に殺すのだ」
冷静にこの女に苛立ちを隠せない、何故、
苛立っているのか、この女悲しみを見せない、早く見せてくれ。

「それでさえ神の考えなのかもしれない、あなたの為に死ぬ事が神の考えだと信じます」

また目を閉じ出した、この女本気なのか、    額から汗が垂れてきた、ゆっくりとゆっくりと……

 今度は両手で首に手を回す、
指先が重なる。

 「最後に聞いてもいいですか?」
この声は恐れてはいない、この女、和葉と同じ目をしている。

「言ってみろ、手短にゆっくりと最後の言葉になるだろう」

私は恐れていた、死への恐怖が無いのだろうか、この女を殺して感情が戻るのだろうか。

「私の命はあなたの為になり得ますか?」

まだ目を閉じている、ずっと覚悟しているようだ。

「わからない、でも始まりにはなった」

この女は私の心を読めるのだろうか、
怖い、怖いでも、もうさよなら。

 力を徐々に込めていく、声が漏れる、この顔が見たいから力を弱める、声が聞こえる多分この女だろう、もう私には聞こえない、
力を限界まで入れてみる、顔が赤くなり、
さっきまで話していた口から
唾液が溢れている。
 もう、もう我慢できない、身体が快楽に    包まれる、この女を終わらせる、また声が   聞こえた、聴いて無いふりをして、
手に力を込める、この女のこの顔を目に焼き付ける、頭が下を向いた、でもこれで死んでいるとわからず、もっと力を込める締め直した。

 抵抗しない女がもう顔が動かなくなった。
 この女は脱げ柄だけになってしまった、
魂を殺したのだ。

この女の口から垂れる唾液を舐める、全身が痺れるような感覚が体に流れだす、生きていたら抵抗されただろうか?でももう抵抗されない。
 
 この女の首から手を離し、床に倒れさす、力が入っていないから物凄い勢いで地面に吸い込まれていった、上から眺めてみると首が紫色に輝いていた。

 生きている、生きているから、この手で命を奪える、何と美しい、まだ暖かい、この女は髪が綺麗だな、輪郭もくっきりしている目は多分2重だったと思う、この世から消えた方が美しくなっているように思えてきた、そう思えてくると、生きている感触がなくなってくる、この女性の髪を多めに持ち、キッチンからナイフを取り出し髪の根元から切る、忘れない為に持っていると生きている気が少しでもすると思った、
でももうあの女の顔を忘れていた。

 今思うとあの女の最後に振り絞った声が     脳から離れない、優しいね……たしかにそう    言っていた。

 この部屋の中を探し、紙ととペンを探し女の横に寝転び手紙を書いた。
 紙にメッセージを書き終え、この女性の頬を触るともう冷たかった。

「つまらないな」

この女性は始まりになっただけで私の中で生き続けるだろう、だが私の糧にはならなかった。

 立ち上がりこの家を出た、この家に来た時のように鍵は開いたままにし、そしてこのアパートに入れてくれた202号室の前に立つ、インターホンの上に苗字が書いてあった、それを見て驚愕した、まさか、いやそんな事はないか、部屋の扉の前で手紙を書きなおす、そしてからインターホンを押した。
 鍵の開く音がした、20代にならないぐらいの青年が出てきた、


「あ、遅かったですね、母に渡しとく物は何ですか?」
 
そんなに時間がたっていたのだろうか。

「あー、ごめんね、これを渡しといてくれる?」
声と手が震えている、まだ興奮していたのだろうか。

「わかりました、もう大丈夫ですか?」

この青年は私の事を恐れているようだ、もう話さなくていい、返事をせずにこのフロアから立ち去った。





 ガチャ……いつも聴いている音が聞こえた。

「ただいま~」

あ!母さんだ!
急に安心した、あんな怖い男が母さんの友達なのだろうか、疑問に思った。

「お帰り、さっき母さんの友達が手紙持ってきたよ」

母さんは手に持った荷物を冷蔵庫の横に
置く。

「え?誰?」

「怖い男の人、顔はかっこよかったよ」

「鈴谷?私と同じ苗字ね、親戚かしら?」

親戚にあんな怖い人は居ない、居て欲しくない。

 母さんは手紙を読むと不思議そうな顔をしていた。

「母さん?どうしたの?」

母さんは動かない。
 母さんの手から手紙を取って読んでみた。

鈴谷より

苗字が一緒なので手紙を書こうと
思いました、いやそれはちがう、さっきプレゼントがあると言ったので書きました、もっと良いものだと思いましたか?手紙がプレゼントでも悲しまないで下さい、あと苗字が一緒なのは今さっき分かった事です、多分偶然です、あまりにもありふれた苗字ですから。

あなたがアパートに入れてくれたからあなたは殺さなかった、名前が同じだから殺してみても面白いと今、思いましたが、貴方は私の声を聞いているから新鮮味がないでしょう?
助かりましたね、いや助けましたよ、鈴谷さん。

あの男は人殺しだったのか、ここに書いてある事が信じられない。

母の顔は青ざめていた、固定電話のある所まで急いで行き、警察に電話をした。

 でももう、手遅れであったこの家の母が帰ってくるまでに8階までの部屋に入り込み     殺し回っていたのだった。





 同じ距離を歩いて家に着いた。
錆びついた階段を上がり、扉の前に立ち、    部屋に入った、今日は鍵は閉めない、            もしかしたら誰かが殺しに来てくれるかもしれない、それはそれで楽しみだと思った。

 あの時髪を切ったナイフとあの女の髪を家の水の張った洗面台にしずめる。

8組の家族を殺した、今頃あの青年の母が手紙を読んでいるだろう、そして警察に通報をしているだろう、家に警察が来なければ証拠がなかった事になる、ここは賭けだ、これからも同じ手口で行けるかどうかこれでわかる、家に入る時は指紋が付かないようにした、徹底したはずなのだから、今夜はシャワーは浴びたくない、みんなを洗い流すような気がしたから。

 あんなに殺しても今はもう生きた心地がしない、殺した瞬間だけである、なにも私の糧にはならなかった。

ベットに横になる、やはり忘れられない、最初に殺した女性のあの声が……
意識が遠のいていく……
また夢に落ちていく……



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