『沈黙するグラス』 ～5つの視点が交錯する伏線回収型ミステリー～

時計仕掛けの密室

『時計仕掛けの密室』 第一章：被害者視点

　私の鼓動が部屋の静寂に響いている。

　ホテルの一室。分厚いカーテンが夜景を遮り、壁に掛けられた時計は22時45分を指していた。

　——なぜ、私はここにいるのか？

　記憶を辿る。確かに、今夜は大事な取引があった。相手は旧知の田村、そしてもう一人、あの男……。

　背筋に寒気が走る。妙な違和感があるのだ。テーブルには飲みかけのワイン、しかし私は口をつけた記憶がない。それなのに、喉の奥が苦い。

　立ち上がろうとするが、足がもつれる。頭がぼんやりして、視界が揺れる。

　——これは……何か盛られた？

　慌ててテーブルに手を伸ばす。何かメモを残さねば——だが、指先が冷たくなり、力が入らない。

　次の瞬間、部屋の扉が音を立てて開いた。

　私は最後の力を振り絞り、振り向く——

　そこに立っていたのは、私が一番疑っていなかった人物だった。

　視界が暗転し、全てが消えていった——。