花時の約束

花時の約束

一、桜の木の下で

山間の小さな村。毎年春になると、村の中心にそびえる一本の大桜が見事な花を咲かせる。その桜の下で遊ぶのが好きな少年、悠真（ゆうま）は、今年も満開の桜を見上げていた。

春風に乗って花びらが舞う。その中に、ふと、微かな囁きが混じった。

「……待っていたの」

驚いて振り返ると、桜の木の影から一人の少女が現れた。

白い着物に長い黒髪、どこか寂しげな瞳を持つ少女。

「君、誰？」悠真が尋ねると、少女は微笑んだ。

「私は、この桜の守り人。そして、君を待っていたの。」

不思議と恐怖はなかった。彼女の瞳には、どこか懐かしい温かさがあった。


二、短い春の出会い

桜と名乗る少女は、悠真に不思議な話をたくさん聞かせてくれた。

「私は、この花時（はなどき）にしか現れられないの。だから……」

桜は寂しそうに呟くと、はにかむように微笑んだ。

「……たくさん君とおしゃべりしたい。」

悠真は、胸がきゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。

それから毎日、放課後になると悠真は桜の木の下へ通った。

二人で花びらを追いかけ、風に吹かれて笑い合う。桜の無邪気な笑顔を見るたび、悠真の心は温かくなった。

しかし、日に日に桜の表情が寂しげになっていくのを、悠真は感じていた。


三、散りゆく花びら

ある日、桜は呟いた。

「……桜が散ったら、私はいなくなる。」

悠真の胸がぎゅっと痛んだ。

「そんなの、嫌だ。ずっと一緒にいようよ。」

桜は微笑み、彼の頬にそっと触れた。その手は、少し冷たかった。

「ありがとう。でも、私はこの桜に縛られた存在なの。」

「どうして？」

桜は答えず、ただ優しく微笑むだけだった。

悠真は彼女の手を強く握りしめた。

「……絶対に忘れないから。」

桜は微笑み、花びらのように軽やかに、彼の手をすり抜けた。


四、花時の約束

翌日、桜の木の下には、誰もいなかった。

悠真は泣きながら、その場に立ち尽くした。

「……また、会いたい。」

その時、風が吹き、舞い散る花びらが彼の頬に触れた。

まるで、桜が「約束だよ」と囁いているかのようだった。

悠真は涙を拭い、そっと微笑んだ。

「約束、守るから。また、花時に。」

それ以来、悠真は毎年桜の季節になると、あの桜の木の下へ行った。

そして、桜が満開になるたびに、微かに囁く声を聞くのだった。

「……また、会えたね。」