赤い狂犬と墓標

黒月禊

文字の大きさ
上 下
3 / 6
月に牙を剥く

【2】

しおりを挟む





「………」

「…あっ、ちょっと、優しくしてくださいよ…」

「うっせぇ……やってんだろ」

「だからっ!…雑なんですってば!ぐちゃぐちゃじゃないですか…」

「別にいいだろこんぐらい…どうせ濡らすんだからな」

「もぅ……どうなっても知りませんからね」

「……おぅ」




「お前たちは何の会話をしているんです」

「はぁ?餃子に決まってんだろーが」
「です。仁が皮に水をこぼしたんですよ!半分くらい濡れちゃいました」
「まだ沢山予備はありますので、ご心配なく」

「………あっそうですか」




今俺たちは蓮の家で
なぜか餃子を包んで作っている
カシャンと音を立ててテーブルに餃子のタネが入ったボウルが置かれる



俺の横に蓮
正面に龍司と雫
このメンツでなぜか餃子パーティーとやらが開催されるらしい

「あっ!またはみ出てます!こっちはそこが破けてる!」

「うるせぇ!焼いて食っちまえば一緒だろうが」

「はは野蛮だなぁ。うちの龍司を見習って……それなに?」

「はい?これはチョコです」

「ロシアンルーレット餃子とかありなの龍ちゃん…」

「いけませんでしたか?」

「まぁ、別にいいけど」

「龍司は甘党だからね」

「お前は何なんだよ!なんてもんぶち込んでんだ!」

「?…ハバネロだけど何か?」

「罰ゲームじゃねーか!!」

いつのまにか危険度が増した餃子が錬成されていった


「さて、残りのスープとお湯を沸かそうかな。蓮手伝ってくれるかい?」

「はい!」
二人は台所に消えた
……
無言でデカめの餃子を慣れた手つきで次々と作っている龍司と二人きりだった
なんとなく気まずい
こいつも俺も自分から喋るたちじゃねーからな
チラッと窺うとスプーンいっぱいに餃子のタネをとり
それを丸い皮に乗せ器用に包む
ちゃんと入るんだなあの量で…

自分の手元を見て少なめにしたタネを入れて縁を水で濡らし
包む
………少しはみ出た

俺はちまちまと作業を続ける
静寂な空間ができている
離れた台所からかすかに話し声が聞こえる
俺もあっちがよかったかもしんねぇ
まぁ雫と二人っきりの方がめんどくせぇことになりそうだけどよ


テレビでもつけたいが手に粉がついていてリモコンに触れることができなかった

「……こちらには、慣れましたか」

静寂の中に放たれた言葉が俺の耳に届く

「……まぁな」

「そうですか」

………

そしてまた無言
蓮と雫の兄弟はペラペラと喋るから余計際立つこの空間
俺は集中して餃子を包む
あ、破れちまった
誤魔化す様に破けた面をラップの敷いてある皿の底に向けて置く


「あんたは、…どうなんだよ」

「どう、とは?」

マシュマロが入った餃子を綺麗に並べて龍司は聞き返した
作ったやつお前が食えよこのやろう

「あー…….」
話しかけはしたが内容は全く決まっていなかった
どうすっかな

「あんたは雫のやつとは長いのか?」
言い終えてからこれは藪蛇だったかと思った
裏の世界の人間だ
聞かれても答えたくない話かもしれねぇしな…

「…長いといえば、長いですね」
重なった餃子の皮を手に取り掌に乗せ
真ん中にタネを乗せる
そして水を塗って包む
ちゃんとこいつが作ったやつには折り目があった
俺は黙って真似するが
やはりどこか歪だ

「もう十年…もたったのか」

その一言は小さく漏れた独り言だと俺には感じられ
何も言わなかった

「最初出会った頃の雫様は、今の蓮坊ちゃんにとても似ています」
「マジかよ」
ってことは将来あんな腹黒チビになる可能性もあんのか
今から何とか出来ねぇかな…
将来を憂う

「達観していて人より秀でているのに、どこか不安定なところとか特に、ですね」
僅かに微笑んだ気がして見つめるが
真顔で餃子の中にキャラメルを詰めていたので視線を下げる
何も見なかったことにした

「こんな家に生まれちまったらまぁ普通みてぇには育ちにくいんじゃねぇのか?よく知らねーけどよ」
お、これは上手く作れた
皿がいっぱいになったので下に重ねてあった皿を取り出してラップをして並べ始めた

「私も普通に、がよく存じませんがお二人は立派に育ってらっしゃいます」
「そうかねぇ。あんた甘いよなあの二人には。むしろあんたみてーなやつが大人しくヤクザの若頭っていう方がしっくりくるわ」

「私なんぞには務まりませんよ」
「どうしてだよ。雫のやつよりタッパあるし見た目もわりーがヤクザ向きだろ?あ、悪い意味じゃねーからな」
良い意味の方なんてあんのかと自分でも思ったが
今更だと思い二の句は告げなかった

「人というのは単純であり、時に複雑でもあります。私ではきっと崩壊します」
「崩壊って…」

「どうでもいいです。ヤクザなんて」
「はっ…」
驚いてボウルの中にスプーンを落とす
それをすかさず龍司は掴み自分の方の皮にタネを乗せる
「内緒ですよ」
チラッとだけ俺を見て言った
嘘か本当かわからない
こいつも曲者だということだけがわかった

「ヤクザがそんなこと言っていいのかよ。立場的にやべーんじゃねーの?」
窺い見てみる
どこか自嘲気味のような笑みを口元だけで浮かべていた
それがなんだか危ういものに感じ今にも何かがこぼれ落ちてしまいそうな……

「私は組の者ではありませんから」
「はっ?」

どういうことだ?俺を揶揄ってる…って感じもしねーが
「ただの半端者です…」
いつのまにか空になったボウルを持って器用に二枚の大皿を指に挟み台所に向かっていった
その後ろ姿を目で追って
俺は何とも言えない気持ちになった



「「おおー…」」

俺と蓮がつい漏れ出た言葉が重なり
目の前で蓋が開けられたホームプレートから湯気の中から
羽付の餃子が現れた
「追加はたくさんあるから気にしないでおかわりしなよ」

シリコンヘラでサクサクと境目を作りサッと下の隙間に入れて皿の上にひっくり返した
「はいこれはそっち」
「はい。わー美味しそうですね仁!」
「俺が包んだんだからまずいわけねぇだろ」
なんの根拠ですそれと雫に言われたが無視する
結構腹が減っていたようで口の中に唾が溜まる
「何使います?醤油と酢、ラー油、ポン酢、レモンとかありますよ」
「あ?酢醤油一択じゃねーか普通」
「そんな決まりはないですよー。僕はポン酢にしようかな」
嬉しそうな顔をして蓮は俺に酢と醤油を渡し
小皿にポン酢を注いでいた
俺は半量ずつ入れてタレを作る
そして多めのラー油を入れる
「第二陣できるまでスープでも飲んでて」
人数分のスープ皿に卵とワカメの中華スープが置かれる
「いただきます!」
「…いただきます」
俺たちは箸を使ってそれぞれ餃子を取って食べる
カリッとした皮ともちッとした食感の後じゅわっと肉汁と旨味が口に広がる
う、うめぇ
「どう?美味しいかな」
「はい!美味しいですよ兄さん!」
「なら良かったね。そちらは?」
「……‥悪くねぇんじゃねぇの」
「ふふ」
「…なんだよ」
「なんでもない」
小さく笑う雫
気にくわねぇが食べ物に罪はないので次の餃子を取って食べる
うまい

「龍はいつもの?」
「はい」
「じゃあ普通のは一緒でいいね。洗い物増えるし」
「はい」
反対側の二人はシェアする気なのか二枚の小皿にそれぞれタレを作る
酢と胡椒のタレとレモンとラー油だ
変わってんな

「結構美味しいんですよ」
「…別に何も言ってねぇだろ」
「わかりやすいんですよ仁君は」
「うるせぇ。あと君つけすんななんかむず痒い」
「年下には君つけて話したいんだよね」
「知るか」
「そっちの皿取って」
「…ん」
「どうも」
こいつほんと人馴れしてやがんな

「そろそろいいかな」
雫がまた台所に行く
それをスッと静かに龍司が追う

「…」

「あーーん」
「ムグッ!?」
死角から隣の蓮が俺の口に餃子を突っ込んだ
仕方なく咀嚼し飲み込む
「おい!危ねぇだろ!」
「ボーとしているのが悪いんですぅ。さっきから兄さんたちばっかり見て」
相手にされていないと思っていたのか
別に無視してたわけじゃねーしあいつらが変な事しねー様に見ていただけだし
こいつはなんだかんだ過ごすうちに知っていることが増えたが
まだあいつらはわからないことばかりだ
蓮の身内だろうが警戒するのが俺の役目だ
俺はじっと蓮を見る
するとどこかばつが悪そうに視線を逸らしたので
雑に頭を撫でる
ボサボサになった髪を整えてぶんすかと怒る
「別に見てねぇーよ。あんな奴でも飯作れるんだなと思ってな」
「兄さんも龍ちゃんも上手ですよ。得意分野はそれぞれ違いますけど」
そう言って近づく
な、なんだよ
蓮は親指の腹で俺の口の端を拭いそれを舐める
タレがこぼれていた様だ
「なっ!何すんだよ!別に言えばいいだろ…あと汚ねぇからやめろ!」
ニンマリと笑う蓮
「言うより拭った方が早いんです。別に仁のなら、平気だし」
!?
な、何言ってんだこいつ
汚れは汚れだろ誰のとかカンケーねぇし
「あっ、赤くなってる」
「なってねぇよ!」
「ふふっ、かーわい!」
「おちょくんな!」
俺は蓮の小皿に置かれていた餃子を奪い食べる
あーと抗議の声をあげ俺の確保していた餃子を奪おうとしたが寸前に皿を動かし防ぐ
「ぬぅ…ワンコのくせに生意気な」
「ハッ、随分ちっせーご主人様だな!やっぱ焼きたてはうめぇな」
わざとらしく食べる
「小賢しい真似を!」
「あっ、あぶね!」
俺の膝に乗り上げて掲げる様に持った皿を奪おうとする
させるか
箸を持った片腕で蓮の体を抱える様に押さえる
「なぁ!卑怯な!」
「戦略的だろうがガハハハ」


「何してんのお前達は」
呆れた様な顔をして大皿に入った水餃子を置いて雫は言った
後ろから続いて揚げたであろう揚げ餃子を持っている龍司は一瞥するだけで何も言わなかった

「「………」」
「食事時ぐらい行儀よく食べなさい恥ずかしい」


「はい…」
「おう…」


二人して叱られた
大量に作られた餃子はみるみるうちに減っていく
意外とこの兄弟は見た目とは裏腹に食うやつらだ

俺が紫蘇と生姜入りの揚げ餃子をバリバリと食べている時だった

「どう二人とも。生活慣れました?」
雫は中身が真っ赤な餃子に丁寧にタレをつけて口に入れる


「どうって……別に普通だよ普通」
「僕も特には。仁は意外と家事は教えたらちゃんとやってくれますし文句を言うことも減りましたね」
「それはお前が細かいからだろ」
「細かくないですよ。洗濯物は全部一緒に洗うしシワは伸ばさないし掃除機は雑だし僕がパンツ干すだけで怒るんですよ?思春期って困りますね」
「はぁ!?お前が毎日毎日あれしろこれしろ言うからやってやってるんだろぅが!パ、パンツは蓮が俺のだけベランダに干すからだろあぶねーんだよチビなんだから俺がやるっつってんのに。あと思春期過ぎてっし思春期はお前だろ」
「ほらまたチビっていう!デカいだけで偉そうに!毎度毎度頭梁にぶつけてるの知ってるんですからね。すました顔で痛いくせに痩せ我慢しちゃって」
「別に痛くねぇからだし」

「はいはいわかったからもういいですよ全く」
また呆れた様子で止められる
「仲良しなのは十分わかりました」

「「そんなんじゃないです(ねぇ)!」」

俺たちは怒鳴った勢いのまま餃子を取り口に入れる

「「うっ」」
「あ、俺の…」
龍司が久しぶりに言葉を発した
それは俺たちがチョコ入りの餃子を食べたせいだった
二人で冷えた麦茶を飲む

「はは、当たりだね」
「どう見てもハズレだろッ」
「それを食べてる俺は…」
「いや、ほら食の好みはそれぞれって聞くし….」
慣れないフォローをする
「うぅ、餃子とチョコとなんだろこれ、ジャム?」
「マーマレードジャムです」
「…そんなのいれたの」
「…」
「好きなんだもんね。ごめんね勝手に食べて」
「いえお構いなく」
龍司は静かに甘い餃子を食べるのを再開した
…すげぇな

「それで、話を戻すけど君たちどうするの?」
「どうするって何がですか?」
モグモグと口の中の餃子を飲み込み
雫は箸を置いていった

「だから、学校ですよ学校」


………………学校?


俺たちは二人して固まった
なんで学校がかんけーあんだ?


「…はぁ。何呆けてるんだ。お前たちは学生でしょうに。これだから不良は」

「な、関係ねぇだろ….」
「あるに決まっているでしょ。仁君は一応蓮の側付きで立場的にいえば保護者の枠なんですから自覚してほしいね。保護者が保護が必要なんて笑い話にもならない」

「だ、ダメかよ。学校なんて行かなくてもこいつのそばにいればいんだろ?」
「中学校にまでついてく気かな。せめて高校卒業はしてもらいますからね」
「何でだよ!」
「できれば大学まで行ってほしいですが、それは難しいですからねぇ。裏口入学でもさせようかな」
どこがいいかな?とという問いに龍司は淡々と候補らしき大学名を述べる
「今更学歴とかいらねーだろ!ヤクザに必要ねぇじゃねーか!」
「それは私と蓮にもそうだと?」
「うッ!」
別に俺の話であってお前らに必要ないなんて言ってない
好きにすればいい
特に蓮は子供だ
裏社会で過ごすより表で過ごした方がいいに決まっている

「仁君」
「何だよ…」
改めて雫は言った

「いくらヤクザでも、馬鹿はいらないんですよ」

ただ当たり前の事実を子供に聞かせる様に言われた

「そんぐらい知っとるわ!」
ならいいですけど
お茶を飲む雫
横からおかわりを龍司が注ぐ


「正確には君はヤクザじゃない。盃も交わしておらず立場的には世話人兼ボディーガード。それ以上は求めていません」
「なら…」
「ですがこの前の大口叩いたせいであなたも蓮も立場が悪いんですよね」
「…….」
ぐうの音も出なかった
それはその通りだからだ

「いざという時身を守れるものは多ければ多い方がいい。わかりますね」
「そうだけどよ…」
「もしかしら蓮を連れて逃げてもらうかもしれない」
「兄さん!」
どんな状況だよだと思ったが有り得るのことだと顔を見てわかった
何から逃げればとは聞けなかった
「カタギで生きていけるなら、それがいい。わかるね」
そう言われたら、頷くしかなった
「それと学校行くのと何の関係あんだよ」
「君が働いて蓮を養ってもらわなければ困るからに決まってるじゃないか」
「は、はぁ?!」
「ちょ、兄さん…」
何故か蓮は照れた顔で
俺はその言葉の意味をあまり理解できなかった
最悪、そうなんのか?
別にそれはそれで、悪いことはねぇが
適当なアパートでも借りて俺が肉体労働でもしときゃ
俺とこいつぐらいから世話できる……はず
確かにその選択肢も悪くねぇ

「まぁな」
「じ、仁くん」
なんでくん付けすんだ
慣れるために呼び捨てにしたがたまにくんがつく
慌てると出やすいのかもしれない

「それが聞けなたら一つは安心です。えぇと確か今年の八月から学校いってませんね」

「何で知って…まぁ知ってるか」
調査済みってことだったのを思い出す
「だからせめてちゃんと卒業してくださいね。学業すらまともにできないならお払い箱です。お馬鹿な犬は保健所行きです、なんて」
揶揄う様に笑う
「そんなことさせません!僕が責任を持って仁を守って面倒見ます!保健所なんか行かせません!」
「……立派になったね蓮」
「ご立派です蓮坊ちゃん」
前の二人がわざとらしく褒める
まんざらでもなさそうに照れ顔だ

「最後まで犬扱いかよ」
「それが嫌なら君が立派になるしかない。わかるね」
チラッと見ると笑い顔でも目は真剣だった
「仕方ねぇな」
そう答えた


「それで蓮も学校そろそろ行くよね」
「えっ……えっとまぁ、はい」
ん?何で蓮はこんなに曖昧な返事をすんだ
もしや学校に行きたくねぇのか?めんどいもんな!
いや、こいつの事だ家のこととか頭いーし僻みとかでいじめられているとか…くそ俺がその場にいりゃぶん殴れんのに

「いい加減人に慣れることも覚えなさいよ。危なそうなら私が対処してあげてもいいけど」
「いや!…自分で何とかしてみます…」
「おい!やっぱ学校でなんかあんのか!?いじめられてんのか?」
顔を近づけて問う
なぜか顔を背けられた
やっぱり言いづれー事なのか…

そこで周りの視線に気づく
…なんだよ

「…ぷふッ」
「…てめぇ!何がおかしいんだ!」

「そ、それはのっぴきならない理由…がありまして」

「ふふ、ファンクラブだよ」
「………ふぁんくらぶ?」
「そう、ファンクラブ」
ジャケットの中から小瓶を取り出してそれをタレに入れた
真っ赤なソースだった


「なんだそれ?」
俺は横を向いた
それに蓮はおずおずと話し始める
「…実は転校したんです僕。最初は珍しいから遠巻きにされていると思っていたんですけど、ある日の放課後に落とし物をしたので確認しに職員室に向かったんです」

「……それで」

「先生に尋ねたら了承をもらって保管室に行ったんです。そしたら….」
「したら?」

「…ファイルが置いてあったんです」
「ファイルが…置いてあったんだな」

「合いの手うるさい」
雫の小言は無視する

「そのファイルがなんとなく、気になって」
「なって?」

「開いてみたら、し、写真がたくさん」
「写真がたくさんあったんだな」

「…」
隣でドバドバと激辛ソースと書かれた小瓶をタレに入れていた雫が龍司によってストップがかけられた

「…被写体が、全部僕で、怖くなって離したら落ちて、書いてあったんです」
「….」

「最上蓮 写真集 会員用と書いてあったんです」
「それでファンクラブとやらを知ったんだな」
それが原因か…よくわからねぇが勝手に写真撮るとかストーカーってやつか?学校側は何してやがんだ

「それで学校に行くたびに下駄箱に色々入れられたり物がなくなったりして、行きたくなくなったんです」

「クソだなそいつら…」
くだらねぇ事しやがって

「やっぱ学校なんて行かなくていいんじゃねーのか」

「…蓮は学力は十分あるのでそちらの面では行かなくもいいと言えばいいんですがね。蓮は以前から同年代に対しては苦手意識あるし、どうにか克服できればと思ったんだけど」

「…別に学校じゃなくてもなんかしら、あんだろ。クラブとかゲーセンとか」
何ですかそれ
と小馬鹿にされた
…俺だって知らねぇよ

「…一度、学校に挨拶しに行こうか」
「なっ!?何でそうなるんですか!」
「環境要因で一生徒が迷惑を被ってる事実は学校が認知して対応しているのか、血縁者として気になるから、かな」
「で、ですが何もそこまで」
「では解決できるのかい?お前一人で」
「……」
「俺が何とかしてやる」
思わずそう言い放っていた
「はぁ、殴り込みにでも行きそうだね」
「ばっ、馬鹿かそんなこと、すっかよ」
それもアリな方だった
むしろそっち方面しかできる気がしない
「まったく」
雫は残った自分のスープを飲み干した
「明日、仁君は蓮の送り迎えを頼みます」
「え?」
「車は、まだその年齢なら免許取れませんでしたね。じゃあ自転車、はないか」
顎に手を添え考え始めた
「送り迎えなんて…」
「外では常に襲撃を予想して行動しなさい。もうお前も最上家の一人だからね」

「はい…」

「いいかな仁君。蓮の通う学校は中高一貫校です。だから仁君も遅刻しないで学校通えるでしょ」
「はぁ?何で俺の話になんだよ」
「もう転校の手続きは済んである。だよね龍」
「はい。恙無く」
半分食われた餃子の残りを皿に置き横に置いてあった鞄を開けて
何かを取り出し俺に手渡した
「入校手続き案内書?」
「よく読めたね」
「馬鹿にすんな!」
横から蓮が覗き込む
「あ、一緒だ」
「一緒?」
「併設校だから、これで一緒に通えるね二人とも」
雫はそう言って笑い
皿に置いてあった餃子を食べて暗い顔をした



これなら確かに守れる機会が増える
…学校とかクソめんどくせーが
まぁ適当にサボって迎えにいきゃいいか

「別にいいぜ」
「ほんと!?」
蓮が俺の腕にくっつき上目遣いで見る
その目はいつもと違って子供らしく感じられた

「なら以後お願いしますね。必要なものや詳細は龍から聞いておいてください」
「お任せください」
「わかった」
「よろしくね!」
俺たちの皿に残っていた餃子をとりわけ食べる
…ッ!?
か、かれぇ!?ヤバいまじヤバい
水を飲むがそれでも辛さはあんまり変わらない
「きゃ、きゃらい」
蓮も罠に引っかかったらしく水を飲むが同じように呻き泣いている
雫はあららという顔で
龍司は素早い動きで麦茶を抱えて走って来た








≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫






「……ほう」

「チッ…なんだよ」



下から刺さる視線についに反応を返してしまう
仕方ねぇだろ居心地が悪いんだよ


真新しい制服に身を包みネクタイを結ぼうと四苦八苦する
くそ、何でこんなめんどくせぇんだ…
結んだことのないネクタイを複雑に縛る
首が苦しい
「しゃがんでください」
「…」
言われた通りしゃがむ
顎下ぐらいに蓮の頭がある
蓮はスルッと俺の首元からネクタイを解き
そしてグルリと俺の首に腕を回す
…近いな

「はい、出来ました」
「おう。サンキュ」
ついぶっきらぼうに言ってしまう
蓮がニヤニヤしている
「なんだよ…俺だって変だと思ってんだよ」
「何もそんなこと言ってないじゃないですか」
「はぁ…ったく」
俺は整えれた自分の体型に不気味なほどぴったりな制服を見る
紺と黒地の布で光沢感があるせいか
無駄に高級感を演出していた
…脱ぎてぇ

「見すぎたぞこら」
「だって…」
「ん?」
「すごい…似合っててかっこいいです」
「…なッ!?何言ってんだよガキのくせに」
「ガキって、関係なくないですか?もうひどいなぁ」
褒められてないせいか思ったより蓮の溢れた様な物言いに
仁は動揺した



「おはようございます」

「おはようございます龍ちゃん」
「…おう」


玄関の前にまた黒塗りの高級車が停めてあり
朝から仏頂面の男が立っていた

「本日はお送りしますね。放課後にお迎えにあがります」
「よろしくね龍ちゃん」
「…おう」

蓮は浮き足立っているようで我先にと車に乗り込んだ

「仁くん」
「なんだよ」
「例のものが準備できました」
「まじかよ…はえーな」
「迅速にせよとお申し付けでしたので」
「なるべくはえー方がいいって言っただけだろ。まぁあんがとよ」
「お気になさらず。放課後に受け取りを」
「あー、いいや。俺が直接受け取っとくから帰りは大丈夫だぜ」
「そうですか。では学校の敷地に配備しておきますのでできましたらご連絡します」
「どうも、色々すまねぇな。あと俺相手にそんなかてー口調じゃなくていいぜ。年上なんだしよ」
「普段こちらの言葉遣いが慣れていますので、ご希望でしたら善処します」
「いや、まぁ好きにしてくれよ」

俺はそう言って車に乗り込んだ
そして車は静かに学校まで走った







ダーーールい
ダルすぎる……


俺は学校の屋上にいた
こんな金持ち学校にでも不良はいるようで
午前中は耐えたが昼休みからこうして屋上でサボっている
ちょうど暇つぶしにと絡んできた上級生とやらをぶちのめしてやった
雑魚だったから手加減してやったけどな
久しぶりに喧嘩で勝ったが何とも思わなかった
元々好きじゃねーしな
だけど龍司との殴り合いは血が沸き立つような興奮を覚えた
今のままじゃ喧嘩売っても返り討ちだろーがな

白い雲が風に乗って流れる空を仰向けに寝転がって見る
蓮はどうしてっかなん

渡り廊下で繋がれた中等部の校舎を横を向いて見る
そこにはただの建物があって音楽室やカーテンで隠された部屋しか確認できなかった


ポケットの中で振動がした
取り出してみると持たされたスマホに龍司から連絡が来ていた
『学校の裏駐車場に配置して置きました。運転の際は十分安全に留意してください。鍵とヘルメットは失礼ながら靴箱の中に入れさせていただきました』

おう!丁度いいじゃねーか!
早速ご対面と行きたいので下駄箱(一人の靴が三足縦に入れられるほど大きめの)に向かい
靴を履いて鍵とヘルメットを持って駐車場に向かった

「おっ!すげぇな」
新車の大型バイクが置いてあった
カラーは黒と赤のバイクだ
何百万したんだ…軽い気持ちでバイクがあればと言ったが
ここまでするとは
まぁもらえるならありがたく乗るけどよ

「あー!なんですそれ!」
「!?」
後ろから大声で声をかけられた
振り返ると包みを持った蓮だった
「おう蓮じゃねーか。どうした?」
「どうした?じゃないです!校舎から見たことある人が走ってくのが見えたから追いかけて来たら何ですかこれ!聞いてません!」
頬を赤くして怒っている様子の蓮
仕立てのいい紺色のブレザーがよく似合っている
まさにお坊ちゃんだ

「龍司に頼んでおいたんだよバイク。こいつがあれば好きに移動できんだろ」
「僕…聞いてません」
「言ってねぇからな」
「蚊帳の外とか酷い」
「酷かねぇよ…まぁ悪かったよ言わなくて。だからキレんなよ」
「別にキレてません!」
どんどんヒートアップしていく蓮
「それで、何持ってんだよそれ」
話を逸らしたくて言った
驚かせたくて黙っていたとは言えなかった

「え、お弁当ですよ」
「弁当?」
「仁はまだ校舎内わからないと思いまして、ならお昼ぐらいなら中庭で一緒に、どうかなって思って」
照れ臭そうに蓮は言った
飯一緒に食いたかったのか
わざわざ弁当まで作って来て
転校したばっかの俺を気にかけてくれたんだな

「あー、悪かったよ。いいぜ、食おう」
「はい!ハンバーグ入れましたよ!」
笑顔の蓮の頭を撫でる
喜んでくれたらしく気が軽くなる

「じゃーこんなとこより別のとこいこーぜ」
「え?」
「これでな」
俺はニッと笑ってヘルメットを叩いた

収納スペースに小さめのヘルメットがあった
気がきく男だと感心した

「の、乗っていいんですか」
「あたりめーだろほら、早く被れ」
ボフッと頭にかぶせる
慌てながらもヘルメットを被った

「ちゃんと腰につかまってろよ。あぶねーからな」
蓮はそう言われ俺の腰ベルトの辺りを掴む
「走るぞ」
「は、はい」
まだビビっているのか声が小さい
「あれ、二人乗りって免許取ってから最低一年後じゃなかったでしたっけ」
「おう。よく知ってんな」
「ちょ、交通ルール~ーー」
言い終える前に俺は発進させた


蓮はしっかりとくっついていた
話せないが伝わる温もりが存外悪くなかった






しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...