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「では早速皆さま!かんぱーい!」

「「「かんぱーい!」」」



帰りたい
カシャンと酒が注がれたグラスを各々持ち上げながら盛り上がる若人……その中の隅っこで、こぼれ落ちた枝豆を拾って口に入れる。美味しい
ここはチェーン居酒屋、そして狭い店の半分を文芸サークルのメンバーが占拠していた。いつの間にか眼前に置かれたレモンサワーがしゅわしゅわと透明な泡を浮かべている。レモンと氷がゆっくりとくるくる回っていた
文芸サークルのメンバーらしき彼らは挨拶を終えると今年の芥川賞候補について語ったり好きな作家を推していたり自筆の文を紹介したりと意外と(失礼)ちゃんとしているグループと、垢抜けたと言うかテンプレに沿ったような派手な男女がノリに乗ってきゃっきゃわいわいドンドンぱちぱちと表現するのも億劫な賑わいで盛り上がっているグループがある。そうか、派閥は結成されていたのか。まぁ関係ない。もし関わるしかないのであれば前者で願いたいなと思う

「ねぇこれ食べなよ~」
「うん!ありがとうー」
甘ったるい男女の声が聞こえる
チラリと振り向くと二つの長卓で分かれたニグループ、こちらは地味目文学メンバーで僕の後ろの卓が陽気な輩のグループである。その真後ろに、周防エリオットがいた
奴は一際謎の煌びやかなオーラを放ち、あのグループの中でも目立ち中心人物だと一目でわかる。……レモンサワー片手に笑みを浮かべて周囲と喋っていたやつが一瞬、見つめてしまっていた僕と目が合った。僕は目が合わなかったかのように枝豆に視線を移しそれを手に取って食べた。美味しい

「であるからして、作家東海林四葉の”砂城の鳥籠”は実に巧妙で人間の性悪説を表現しその中でも垣間見える人間味と善意が読者の心にダイレクトに響くのだよ!!」

こちら地味グループ(失礼)では意外にも白熱した語らいが各々で勃発しており、なかなかに興味心をくすぐった
「ねぇ」
…………
「ねぇってば」
「あっはい」
聞こえていたが自分に声をかけられているとは思わなかった。見ると白いブラウスにゴールドのイヤリングをした。ふわりとしたライトブラウンの髪色をした女性がいつの間にか隣に座っていた。左にいた男は開始早々グラス片手に他所に行き、右は大人しそうな眼鏡でポニーテイルの子がいた気がする
「君飲み会初めてだよね?何度か大学では見かけたけど」
「はい。初めてです」
来る気もなかったし来たくなかった。そしてあなたのことも知りません。とは言えない
「もしかして緊張してる?酔っちゃった?」
白ブラウスの彼女は何が面白いのかくすくすと笑う。そのしぐさが誰かに似ていると既視感を感じたが、すぐに気泡として消えた
「これは烏龍茶なので酔いません」
目も合わせないで言う。正直さっさとほかのところにでも行ってわいわいしていてほしい。静寂が恋しいと思った
「お酒苦手なの?」
「わかりません。飲んだことがないので」
わかめと鰹節、海苔とカットされたトマトが入った冷奴サラダなるものを食す。美味であった
勝手に小皿にトングで取り分けて手前に置くと隣に黄金色の飲み物が入ったグラスが置かれた
「これは……」
「ジンジャエールでビール割ったやつ。これならいけるでしょ」
何もいけないが?
なのにこの無駄にこしらえた胸の皮下脂肪を肩に押し付けてくる彼女からは、化粧品の独特のにおいと艶めいた唇が嫌に神経を逆なでた。失言しそうになるのを冷たい豆腐とトマトで押しとめる
「これとかイケるんじゃない?ほぼお茶みたいなものだし」
見た目だけの判断でそれは危険では?
苦手な普段感じることのない人肌の体温が、においと重なって生々しく、気持ち悪く感じる
「ヘルシーなの好きなの?男の子なんだからほら、唐揚げとか食べなよ!」
酔っているのか頬を赤く染めて箸でつかんだ油でギトついた冷えている唐揚げを差し出してきた。このご時世に性別による信憑性のない傾向や固定概念は押し付けに近いもので悪意がなくともあわわわわあ頬に唐揚げの油が!?
「や……やめ」
喧騒と熱気によって大勢の人の圧に慣れていない僕はすでにノックアウト寸前だった
グイッっと体が引っ張られる。左肩に大きな手が乗っていた。長く形の綺麗な指だった
「こらこら優香。ダル絡みやめろよ酔ってんのか?」
僕と優香と呼ばれた酔っ払い唐揚げ女はきょとんとしてその間に突然現れた男。少し酒が回っているのか頬がわずかに赤く、爽やかな香料が鼻に届いた
「大丈夫?」
喧騒の中でも聞こえる抑えられた優しい声音
声と同じく優しく心配したような色を浮かべた丸い瞳でこちらをのぞき込んでいたのは、周防だった




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