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第三話
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「ウメ、モモ。新しい花嫁だ。アケル、二人に世話をしてもらえ」
「はぁい!旦那様!」
「はい。主様」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺はまだ花嫁になるなんて……!」
神やあやかしというものは、いつもどこの世でも、人間の話を聞かないものらしい。
明は強引に支度部屋へ押し込まれ、世話係という少女二人に着てきた着物を剥がれてしまった。
あやかしの姫神だけでなく、ここの少女は皆力が強いのだろうか。
「まあ、本当に男のひとですわ」
「うわぁー、裾が泥だらけだよ!さ、お着替え着替えぇー!」
明の世話係にと呼ばれた少女は、一人が小梅、一人が桃緒と名乗った。
どちらも、村から生贄として差し出されたが山神に食われることなく、そのまま社で暮らしている人間の娘だという。
「梅はねぇ、赤子の時に供物と一緒に並べられてたんだってぇー」
「私は明様と同じですわ。ひどい水害の年に、身寄りのない私が花嫁としてここへ差し出されました」
「そうか、二人とも大変だったんだな。まだそんな小さいのに……」
桃緒も小梅も、十四、五歳の外見に似合った通りの少女で、手を動かしながらも尽きることなくおしゃべりを続けている。
それが、急にピタリと止まった。次いで、噴き出したように笑いだした。
「やだなぁ、明!梅はもう百年はここにいるんだよ」
「ひゃ、百!?」
「ええ。私も、こちらへ来て七十年になりますわ」
「な……っす、すごい年上だったのか……すまない!」
女性の年齢というのは、外見ではわからないものである。どちらも明と同じか、年下にも見える小柄な少女たちだ。
世間知らずなのは自覚していたつもりだが、もう少し気をつけないといけない、と、明は一人頷いた。
二人が言うには、社での時の流れは、外とは随分と違うらしい。普通の人間であれば神の世界にいても老いはするが、二人は花嫁として山神と契りを交わした。その年齢で成長も老いも止まったのだそうだ。
そして、契りを交わしてしまえば、外と社を自由に出入りすることはできない。
外の人間が此方へ足を踏み入れることができるのは、今回のように、贄として差し出される時くらいだという。
「それにしてもさ、村ではまだ生贄を出せば助かるなんて、思われてるんだねぇー」
「違うのか?」
「あんなの、迷信だよぉー。旦那様は、別に生贄がなくたって村を見守ってるし、生贄を出したからって特別に何かをしたりしないよ。梅たちを花嫁にしてくれたのは、帰るところがない梅たちをかわいそうに思ってのことだもん」
「そういうものか……」
物心つく前に生贄に出されたせいなのか、小梅は終始あっけらかんと話す。
そして桃緒も、幼さの残る顔に似合わず、とても淡々としている。
「ええ。主様は人間は食べません。その証拠に、私達は生贄に差し出されましたが、生きています。村がどうなったのかは……興味がなくて知りませんでしたが、明様のお話しによれば滅びてはいないようですね。山神様がなにもしなくとも、関係ないということです」
「そうか」
「そうかそうかって、明はずぅーっと頷くだけじゃん。村に戻ったっていいってことだよ?生贄なんて意味ないんだから!」
明は二人の話のすべてに、納得して頷いた。
自身の意にそぐわない、例えば「男であろうとここへ来たら必ず花嫁にされる」等と言うことであれば異を唱えたが、二人の話には気になる部分は特段なかった。
少しだけ、生贄の真を知って悲しい部分はあるけれど。
「花嫁になるつもりも、村に帰るつもりはないんだ。俺は最初から、山神に喰われるつもりでここに来たから」
婿を欲しがっている様子だったあやかし達には悪いが、あの美しい山神ならば、伴侶などすぐに見つかるだろう。
自分のような泥臭い男よりも、相応しい人間はいくらでもいるはずだ。
「それに俺は、神様の伴侶になれるような人間じゃない」
二人に聞こえぬよう、そう、心の中でだけ呟いた。
「でもぉー、旦那様は頼まれても人間は食べないと思う。いつものお食事も木の実とかお酒だけだし」
「私も、聞いたことはありませんが、神様は人間を食べないのではないでしょうか」
「困ったな。どうしても喰ってもらえないのか?俺は男だから花嫁にもなれないし……」
「な、なんでそんなに食べられたいのぉー?」
小梅は手を止め、口元から小さな八重歯をのぞかせ困った顔をしている。
これにはさすがに、申し訳なくなった。
「明様、主様はああ見えてとてもお優しい方です。明様が花嫁はどうしても嫌だとおっしゃるのなら、村に戻りたいという望みは聞いてくださるはずです。私も同じ境遇の者として明様の力になりますわ」
「そうだよ。わざわざ食べてくださいって言うよりも聞いてもらえる願いごとだよ!明が帰れるように、梅も手伝ってあげるぅー」
今度は逆に、明の方が困ってしまった。
花嫁になることを承諾したわけではないが、せめて女ものの衣装は脱ごうと、襦袢に手をかける。さすがに、ここまでは少女たちに脱がせるわけにはいかない。
「アンタ達はいい子だな。俺なんかの為に……。でも大丈夫だ。それなら俺は、自分で山神様にお願いしてみるよ。俺を喰ってもらえるように」
「どうしてそこまで……先ほど端で見ていましたが、宵様もそんなことを望んでは……、っ」
そこまで言って、桃緒は言葉を飲み込んでしまった。少女らしく途切れることなく声を発し続けていた小梅も同様に。
明の背中に、視線を注いだまま。
「はぁい!旦那様!」
「はい。主様」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺はまだ花嫁になるなんて……!」
神やあやかしというものは、いつもどこの世でも、人間の話を聞かないものらしい。
明は強引に支度部屋へ押し込まれ、世話係という少女二人に着てきた着物を剥がれてしまった。
あやかしの姫神だけでなく、ここの少女は皆力が強いのだろうか。
「まあ、本当に男のひとですわ」
「うわぁー、裾が泥だらけだよ!さ、お着替え着替えぇー!」
明の世話係にと呼ばれた少女は、一人が小梅、一人が桃緒と名乗った。
どちらも、村から生贄として差し出されたが山神に食われることなく、そのまま社で暮らしている人間の娘だという。
「梅はねぇ、赤子の時に供物と一緒に並べられてたんだってぇー」
「私は明様と同じですわ。ひどい水害の年に、身寄りのない私が花嫁としてここへ差し出されました」
「そうか、二人とも大変だったんだな。まだそんな小さいのに……」
桃緒も小梅も、十四、五歳の外見に似合った通りの少女で、手を動かしながらも尽きることなくおしゃべりを続けている。
それが、急にピタリと止まった。次いで、噴き出したように笑いだした。
「やだなぁ、明!梅はもう百年はここにいるんだよ」
「ひゃ、百!?」
「ええ。私も、こちらへ来て七十年になりますわ」
「な……っす、すごい年上だったのか……すまない!」
女性の年齢というのは、外見ではわからないものである。どちらも明と同じか、年下にも見える小柄な少女たちだ。
世間知らずなのは自覚していたつもりだが、もう少し気をつけないといけない、と、明は一人頷いた。
二人が言うには、社での時の流れは、外とは随分と違うらしい。普通の人間であれば神の世界にいても老いはするが、二人は花嫁として山神と契りを交わした。その年齢で成長も老いも止まったのだそうだ。
そして、契りを交わしてしまえば、外と社を自由に出入りすることはできない。
外の人間が此方へ足を踏み入れることができるのは、今回のように、贄として差し出される時くらいだという。
「それにしてもさ、村ではまだ生贄を出せば助かるなんて、思われてるんだねぇー」
「違うのか?」
「あんなの、迷信だよぉー。旦那様は、別に生贄がなくたって村を見守ってるし、生贄を出したからって特別に何かをしたりしないよ。梅たちを花嫁にしてくれたのは、帰るところがない梅たちをかわいそうに思ってのことだもん」
「そういうものか……」
物心つく前に生贄に出されたせいなのか、小梅は終始あっけらかんと話す。
そして桃緒も、幼さの残る顔に似合わず、とても淡々としている。
「ええ。主様は人間は食べません。その証拠に、私達は生贄に差し出されましたが、生きています。村がどうなったのかは……興味がなくて知りませんでしたが、明様のお話しによれば滅びてはいないようですね。山神様がなにもしなくとも、関係ないということです」
「そうか」
「そうかそうかって、明はずぅーっと頷くだけじゃん。村に戻ったっていいってことだよ?生贄なんて意味ないんだから!」
明は二人の話のすべてに、納得して頷いた。
自身の意にそぐわない、例えば「男であろうとここへ来たら必ず花嫁にされる」等と言うことであれば異を唱えたが、二人の話には気になる部分は特段なかった。
少しだけ、生贄の真を知って悲しい部分はあるけれど。
「花嫁になるつもりも、村に帰るつもりはないんだ。俺は最初から、山神に喰われるつもりでここに来たから」
婿を欲しがっている様子だったあやかし達には悪いが、あの美しい山神ならば、伴侶などすぐに見つかるだろう。
自分のような泥臭い男よりも、相応しい人間はいくらでもいるはずだ。
「それに俺は、神様の伴侶になれるような人間じゃない」
二人に聞こえぬよう、そう、心の中でだけ呟いた。
「でもぉー、旦那様は頼まれても人間は食べないと思う。いつものお食事も木の実とかお酒だけだし」
「私も、聞いたことはありませんが、神様は人間を食べないのではないでしょうか」
「困ったな。どうしても喰ってもらえないのか?俺は男だから花嫁にもなれないし……」
「な、なんでそんなに食べられたいのぉー?」
小梅は手を止め、口元から小さな八重歯をのぞかせ困った顔をしている。
これにはさすがに、申し訳なくなった。
「明様、主様はああ見えてとてもお優しい方です。明様が花嫁はどうしても嫌だとおっしゃるのなら、村に戻りたいという望みは聞いてくださるはずです。私も同じ境遇の者として明様の力になりますわ」
「そうだよ。わざわざ食べてくださいって言うよりも聞いてもらえる願いごとだよ!明が帰れるように、梅も手伝ってあげるぅー」
今度は逆に、明の方が困ってしまった。
花嫁になることを承諾したわけではないが、せめて女ものの衣装は脱ごうと、襦袢に手をかける。さすがに、ここまでは少女たちに脱がせるわけにはいかない。
「アンタ達はいい子だな。俺なんかの為に……。でも大丈夫だ。それなら俺は、自分で山神様にお願いしてみるよ。俺を喰ってもらえるように」
「どうしてそこまで……先ほど端で見ていましたが、宵様もそんなことを望んでは……、っ」
そこまで言って、桃緒は言葉を飲み込んでしまった。少女らしく途切れることなく声を発し続けていた小梅も同様に。
明の背中に、視線を注いだまま。
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