5 / 10
第五話
しおりを挟む
山神の支度部屋へ行くと、道中ちいさいあやかし達に止められなじられはしたが、なんとか通してもらうことができた。
鞠のように丸い猫が脚に絡んではしがみつくので、蹴らないよう進むのが大変だった。
「せっかちだなアケルは。そんなに吾の艶姿がはやく見たかったのか?焦らなくとも、祝言でたっぷり見せてやるというのに」
クスクスと笑む少女は、支度途中と言っていたがすでに完成されたようにうつくしかった。
床に広がるほど長い銀の髪は絹糸のようにさらさらとしており、まだ高い陽光に照らされ輝いている。長いまつ毛も同じだ。白い肌に蔭を作っている。
明から「頼みがある」と告げると、山神は嫌な顔一つせず(隣にいたばあやが怒り狂っていたが)部屋から出てきてくれた。
そのまま東屋に案内され、明は小梅に言われたように、自分の生い立ちを話しはじめた。
ここでは一日の流れも、生えている木々まで外と違うのだろうか。あの寂れた山にあった廃れた社の中に、花の咲き乱れる中庭が存在している。
ここで裂かれて殺されるのは咲き誇った花たちに申し訳ないが、きっと、この優しい山神がなんとか花を傷つけないよう図ってくれるだろう。
「なるほど、そんなことがあったのか……」
「ああ。だから、なるべく酷い方法で、俺を喰ってほしい。それが、幼馴染へのせめてもの手向けだ」
「祝言の準備をしている女のもとへ乗り込んで来て、何を言い出すかと思いきや他の女の話とは。人間というのは本当に自分勝手だな」
ずっと黙っていた少女の尻尾が、体の後ろでぶわ、と揺れた。
豊かな毛の束はそれだけで別の生き物のようだ。おそらく怒っているのだろう、左右にふさふさと音を立てるほどに揺れている。
「不躾にすまない……!だが、話すなら祝言の前の方が良いと」
「ああ、お前の口から聞けたのは良かった。花嫁になる者の生い立ちくらい、知っておかねばな」
「そうだよな……え?花嫁に?俺は喰われるんじゃ……」
ふう、と宵は息を吐く。
その白い嫋やかな指先が、明の頭へ伸びる。思わず身を固くすると、少女は悲しそうな顔をした。
「こんなに素直でかわいい男の子、捨てるなど非道い連中だ」
「……?俺は捨てられたわけじゃないぞ?自分で来たんだ」
たしかに、「要らない子」だとか「生まれてこなければよかったのに」とは何度も言われたが。
「お前を食らうのは、夜の楽しみにしておこうか」
「喰ってくれるんだな!?」
「ああ」
頭に乗せられた指は、明の髪の中に埋まり、そのままゆっくりと髪を梳くように撫ぜつけられた。
それが「頭を撫でる」という行為だということに、明はこの時は気付くことはなかった。
幼い頃より、他人が手を上げた時は殴られる時で、こんなにも優しく、ましては異性に触れられたことなどなかったのだ。
幼馴染の娘は、異性の触れ合いになることを恐れて、彼に触れることを極力避けていたから。
明自身が、そのことに最後まで気付かなかったから。
なぜ髪を撫ぜつけられるのがこんなに心地良いのか、暖かくて、なぜ、痛みはないのに泣きたくなるのか。
遠い昔に、忘れてしまった母の声で、その答えを言っていた気がする。
「主様ー!」
支度部屋の方から、老女が声とともに駆けてくる。
触れていた手を離すと、宵は「まったく」とそれでも怒った風ではなさそうに立ち上がった。
やはりその姿は、きらきらとまぶしいほどに美しい。
「次から次へと。五百年ぶりの嫁入りを邪魔するとは、無粋な奴らめ」
鞠のように丸い猫が脚に絡んではしがみつくので、蹴らないよう進むのが大変だった。
「せっかちだなアケルは。そんなに吾の艶姿がはやく見たかったのか?焦らなくとも、祝言でたっぷり見せてやるというのに」
クスクスと笑む少女は、支度途中と言っていたがすでに完成されたようにうつくしかった。
床に広がるほど長い銀の髪は絹糸のようにさらさらとしており、まだ高い陽光に照らされ輝いている。長いまつ毛も同じだ。白い肌に蔭を作っている。
明から「頼みがある」と告げると、山神は嫌な顔一つせず(隣にいたばあやが怒り狂っていたが)部屋から出てきてくれた。
そのまま東屋に案内され、明は小梅に言われたように、自分の生い立ちを話しはじめた。
ここでは一日の流れも、生えている木々まで外と違うのだろうか。あの寂れた山にあった廃れた社の中に、花の咲き乱れる中庭が存在している。
ここで裂かれて殺されるのは咲き誇った花たちに申し訳ないが、きっと、この優しい山神がなんとか花を傷つけないよう図ってくれるだろう。
「なるほど、そんなことがあったのか……」
「ああ。だから、なるべく酷い方法で、俺を喰ってほしい。それが、幼馴染へのせめてもの手向けだ」
「祝言の準備をしている女のもとへ乗り込んで来て、何を言い出すかと思いきや他の女の話とは。人間というのは本当に自分勝手だな」
ずっと黙っていた少女の尻尾が、体の後ろでぶわ、と揺れた。
豊かな毛の束はそれだけで別の生き物のようだ。おそらく怒っているのだろう、左右にふさふさと音を立てるほどに揺れている。
「不躾にすまない……!だが、話すなら祝言の前の方が良いと」
「ああ、お前の口から聞けたのは良かった。花嫁になる者の生い立ちくらい、知っておかねばな」
「そうだよな……え?花嫁に?俺は喰われるんじゃ……」
ふう、と宵は息を吐く。
その白い嫋やかな指先が、明の頭へ伸びる。思わず身を固くすると、少女は悲しそうな顔をした。
「こんなに素直でかわいい男の子、捨てるなど非道い連中だ」
「……?俺は捨てられたわけじゃないぞ?自分で来たんだ」
たしかに、「要らない子」だとか「生まれてこなければよかったのに」とは何度も言われたが。
「お前を食らうのは、夜の楽しみにしておこうか」
「喰ってくれるんだな!?」
「ああ」
頭に乗せられた指は、明の髪の中に埋まり、そのままゆっくりと髪を梳くように撫ぜつけられた。
それが「頭を撫でる」という行為だということに、明はこの時は気付くことはなかった。
幼い頃より、他人が手を上げた時は殴られる時で、こんなにも優しく、ましては異性に触れられたことなどなかったのだ。
幼馴染の娘は、異性の触れ合いになることを恐れて、彼に触れることを極力避けていたから。
明自身が、そのことに最後まで気付かなかったから。
なぜ髪を撫ぜつけられるのがこんなに心地良いのか、暖かくて、なぜ、痛みはないのに泣きたくなるのか。
遠い昔に、忘れてしまった母の声で、その答えを言っていた気がする。
「主様ー!」
支度部屋の方から、老女が声とともに駆けてくる。
触れていた手を離すと、宵は「まったく」とそれでも怒った風ではなさそうに立ち上がった。
やはりその姿は、きらきらとまぶしいほどに美しい。
「次から次へと。五百年ぶりの嫁入りを邪魔するとは、無粋な奴らめ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる