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第五話
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山神の支度部屋へ行くと、道中ちいさいあやかし達に止められなじられはしたが、なんとか通してもらうことができた。
鞠のように丸い猫が脚に絡んではしがみつくので、蹴らないよう進むのが大変だった。
「せっかちだなアケルは。そんなに吾の艶姿がはやく見たかったのか?焦らなくとも、祝言でたっぷり見せてやるというのに」
クスクスと笑む少女は、支度途中と言っていたがすでに完成されたようにうつくしかった。
床に広がるほど長い銀の髪は絹糸のようにさらさらとしており、まだ高い陽光に照らされ輝いている。長いまつ毛も同じだ。白い肌に蔭を作っている。
明から「頼みがある」と告げると、山神は嫌な顔一つせず(隣にいたばあやが怒り狂っていたが)部屋から出てきてくれた。
そのまま東屋に案内され、明は小梅に言われたように、自分の生い立ちを話しはじめた。
ここでは一日の流れも、生えている木々まで外と違うのだろうか。あの寂れた山にあった廃れた社の中に、花の咲き乱れる中庭が存在している。
ここで裂かれて殺されるのは咲き誇った花たちに申し訳ないが、きっと、この優しい山神がなんとか花を傷つけないよう図ってくれるだろう。
「なるほど、そんなことがあったのか……」
「ああ。だから、なるべく酷い方法で、俺を喰ってほしい。それが、幼馴染へのせめてもの手向けだ」
「祝言の準備をしている女のもとへ乗り込んで来て、何を言い出すかと思いきや他の女の話とは。人間というのは本当に自分勝手だな」
ずっと黙っていた少女の尻尾が、体の後ろでぶわ、と揺れた。
豊かな毛の束はそれだけで別の生き物のようだ。おそらく怒っているのだろう、左右にふさふさと音を立てるほどに揺れている。
「不躾にすまない……!だが、話すなら祝言の前の方が良いと」
「ああ、お前の口から聞けたのは良かった。花嫁になる者の生い立ちくらい、知っておかねばな」
「そうだよな……え?花嫁に?俺は喰われるんじゃ……」
ふう、と宵は息を吐く。
その白い嫋やかな指先が、明の頭へ伸びる。思わず身を固くすると、少女は悲しそうな顔をした。
「こんなに素直でかわいい男の子、捨てるなど非道い連中だ」
「……?俺は捨てられたわけじゃないぞ?自分で来たんだ」
たしかに、「要らない子」だとか「生まれてこなければよかったのに」とは何度も言われたが。
「お前を食らうのは、夜の楽しみにしておこうか」
「喰ってくれるんだな!?」
「ああ」
頭に乗せられた指は、明の髪の中に埋まり、そのままゆっくりと髪を梳くように撫ぜつけられた。
それが「頭を撫でる」という行為だということに、明はこの時は気付くことはなかった。
幼い頃より、他人が手を上げた時は殴られる時で、こんなにも優しく、ましては異性に触れられたことなどなかったのだ。
幼馴染の娘は、異性の触れ合いになることを恐れて、彼に触れることを極力避けていたから。
明自身が、そのことに最後まで気付かなかったから。
なぜ髪を撫ぜつけられるのがこんなに心地良いのか、暖かくて、なぜ、痛みはないのに泣きたくなるのか。
遠い昔に、忘れてしまった母の声で、その答えを言っていた気がする。
「主様ー!」
支度部屋の方から、老女が声とともに駆けてくる。
触れていた手を離すと、宵は「まったく」とそれでも怒った風ではなさそうに立ち上がった。
やはりその姿は、きらきらとまぶしいほどに美しい。
「次から次へと。五百年ぶりの嫁入りを邪魔するとは、無粋な奴らめ」
鞠のように丸い猫が脚に絡んではしがみつくので、蹴らないよう進むのが大変だった。
「せっかちだなアケルは。そんなに吾の艶姿がはやく見たかったのか?焦らなくとも、祝言でたっぷり見せてやるというのに」
クスクスと笑む少女は、支度途中と言っていたがすでに完成されたようにうつくしかった。
床に広がるほど長い銀の髪は絹糸のようにさらさらとしており、まだ高い陽光に照らされ輝いている。長いまつ毛も同じだ。白い肌に蔭を作っている。
明から「頼みがある」と告げると、山神は嫌な顔一つせず(隣にいたばあやが怒り狂っていたが)部屋から出てきてくれた。
そのまま東屋に案内され、明は小梅に言われたように、自分の生い立ちを話しはじめた。
ここでは一日の流れも、生えている木々まで外と違うのだろうか。あの寂れた山にあった廃れた社の中に、花の咲き乱れる中庭が存在している。
ここで裂かれて殺されるのは咲き誇った花たちに申し訳ないが、きっと、この優しい山神がなんとか花を傷つけないよう図ってくれるだろう。
「なるほど、そんなことがあったのか……」
「ああ。だから、なるべく酷い方法で、俺を喰ってほしい。それが、幼馴染へのせめてもの手向けだ」
「祝言の準備をしている女のもとへ乗り込んで来て、何を言い出すかと思いきや他の女の話とは。人間というのは本当に自分勝手だな」
ずっと黙っていた少女の尻尾が、体の後ろでぶわ、と揺れた。
豊かな毛の束はそれだけで別の生き物のようだ。おそらく怒っているのだろう、左右にふさふさと音を立てるほどに揺れている。
「不躾にすまない……!だが、話すなら祝言の前の方が良いと」
「ああ、お前の口から聞けたのは良かった。花嫁になる者の生い立ちくらい、知っておかねばな」
「そうだよな……え?花嫁に?俺は喰われるんじゃ……」
ふう、と宵は息を吐く。
その白い嫋やかな指先が、明の頭へ伸びる。思わず身を固くすると、少女は悲しそうな顔をした。
「こんなに素直でかわいい男の子、捨てるなど非道い連中だ」
「……?俺は捨てられたわけじゃないぞ?自分で来たんだ」
たしかに、「要らない子」だとか「生まれてこなければよかったのに」とは何度も言われたが。
「お前を食らうのは、夜の楽しみにしておこうか」
「喰ってくれるんだな!?」
「ああ」
頭に乗せられた指は、明の髪の中に埋まり、そのままゆっくりと髪を梳くように撫ぜつけられた。
それが「頭を撫でる」という行為だということに、明はこの時は気付くことはなかった。
幼い頃より、他人が手を上げた時は殴られる時で、こんなにも優しく、ましては異性に触れられたことなどなかったのだ。
幼馴染の娘は、異性の触れ合いになることを恐れて、彼に触れることを極力避けていたから。
明自身が、そのことに最後まで気付かなかったから。
なぜ髪を撫ぜつけられるのがこんなに心地良いのか、暖かくて、なぜ、痛みはないのに泣きたくなるのか。
遠い昔に、忘れてしまった母の声で、その答えを言っていた気がする。
「主様ー!」
支度部屋の方から、老女が声とともに駆けてくる。
触れていた手を離すと、宵は「まったく」とそれでも怒った風ではなさそうに立ち上がった。
やはりその姿は、きらきらとまぶしいほどに美しい。
「次から次へと。五百年ぶりの嫁入りを邪魔するとは、無粋な奴らめ」
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